物忘れ・認知症60

 このテーマで、画期的な疫学調査を実施し、得られた希望の持てる方法が発表されていることがわかりました。本屋さんでも求められる本にもなっていますから、関心を持たれた方は、是非この本を本屋さんで求めて熟読してください。
 『生涯健康脳─こんなカンタンなことで脳は一生、健康でいられる!』ソレイユ出版。
 そのさわりをガイド役として本号でご紹介します。
 著者・研究者は東北大学加齢医学研究所教授の瀧靖之先生です。瀧先生は人が誕生してから幼児、青少年期を経て成人となり、そして老いを迎え一生を終えるまで、「脳が健康を保ち人間として幸せであり続ける」にはどうしたらよいのか、すばらしく歳を重ねるにはどうしたらよいかについて日々研究を重ねておられます。先生のお言葉によれば「いま、日本は世界一の長寿国となりました。現在、日本の65歳以上の高齢者は3000万人を超え、全人口の4分の1を占めるまでになっています。そのため、認知症患者の増加という大きな問題をかかえることとなり、ただ長生きをすることが喜ばしいのではなく、どれだけ健康で長生きできるのかが切実に求められるようになってきました。」

 さて、その内容は?   四分野の疫学データ

 具体的なデータは、瀧先生により「認知力」「生活習慣」「遺伝子」「MRI画像」の四つの分野のデータベースにまとめられました。
 現在、それらデータの解析から、多くのことがわかってきました。例えば、「こういう体質を持った人が、こういう生活習慣だと、こういう病気にならない」とか、「同じような遺伝子を持っている人でも、このような生活習慣だと病気になる、ならない」など、それら四分野の相互のデータ解析から、さまざまな傾向がわかるのです。
 疫学データとしては、血液データや生活調査などはよくありますが、脳のMRI画像を疫学データとして活用しているところは世界でも数えるほどです。「体質」や「生活習慣」との関わりで「脳がどのように変化していくのか」について疫学データを持っているのが、瀧先生の東北大学加齢医学研究所です。世界最先端の研究といえるでしょう。

人生の理想、幸せの実態

 疫学データから見えてきた「生涯健康脳」を保つということは、「人は亡くなる直前までしっかりとした頭を持ち、認知力を健全に保った状態で生活すること」です。
 これは大方の人にとって、人生の理想であり、幸せの実態ではないでしょうか?
 「そうはいっても、いまさらこの歳になっては」と、あきらめている人が多いのですが、瀧先生によれば、「思い立ったが吉日」で、何歳からでも「生涯健康脳」への一歩を踏み出すことができるというのです。
 ほんの一昔前までは、脳は一度形成されてしまうと形態は変化せず、後は衰えていくだけと思われていました。しかし、今ではそうではなく、脳はいくつになっても、脳のネットワークによってその機能を高め、記憶をつかさどる「海馬(かいば)」という部分に至っては、神経細胞そのものが新しく生まれることもわかってきました。脳には機能を一度失ったとしても、また回復させる働きもあることがわかってきたのです。
 日常生活の中で簡単にできる「脳を健康に保つ」方法を学んで、「生涯健康脳」を保ち、ぜひ今日から「生涯健康脳」のイキイキ生活を始めてください。

「MRI画像」を 見なくても見た目と 脳は一致している! 「生涯健康脳」は 自分でつくれる!

 MRI画像とは人体の内部情報を、磁気を使って三次元で撮影したものです。これによって、脳や身体の内部を隅々まで輪切りにした状態で見ることができます。
 これで脳の構造を「見える化」し老化の状態も把握するわけですが、沢山の人の脳画像を見てこられた瀧先生は、見なくても察しがつくそうです。これは興味深いエピソードです。瀧先生がいわれるのは「例えば70歳の男性が撮影のために、MRI室に入ってこられたとしましょう。身なりがきちんと整い、お洒落のセンスもところどころに感じられます。機器まで案内した短い時間にも、その言葉遣いはとても丁寧で、しかも声が若々しい響きを持っています。
 実は、ここまでで、もう私の頭の中には、この男性の脳の画像がはっきりと映し出されています。もちろん、まだMRIの装置は働いていません。では、どのような画像が浮かんでいるかというと、脳の中枢である「前頭葉(ぜんとうよう)」はじめ周囲にもほとんど萎縮がなく、しっかりとした脳の画像です。
 身なりがきちんとしたお洒落な方、言葉遣いがしっかりしている方、そしてコミュニケーションがしっかりとれる方たちの脳は、実際には70歳の方でも、往々にして50歳から60歳くらいの方の脳に見えるそうです。逆に同じ70歳でも、身なりがよれっとしている方の脳はかなり萎縮していることが多く見られるとか。身なりが老け込んでいる人は脳も老け込んでいるのです。何もかまわないような身なりで、言葉遣いもはっきりしないような方は、脳の萎縮が進んでいることが多いそうです。
 身なりや言葉遣いに頭や心を働かせているから、脳が健全であるということも考えられます。これは表裏一体というか、鶏と卵の関係と同じであり、人間はいろいろなことが絡み合って、その状態をつくっています。
 ですから、この若々しい70歳の方とは逆に、脳の老け込んだ方は脳の萎縮が進むことで認知力が落ち、外見を整えるところまで気がまわらなくなったということもあるでしょう。どちらにしても「見た目の印象と脳の健康度は一致している」というのが、長い間、たくさんのデータを見てこられた瀧先生の経験から得られた結論です。
 普段から脳のMRI画像を見ているわけではない一般国民でも、このことを知っているだけで脳のMRI画像診断ができそうな気がしてきますね。

脳の最高の栄養素は、 知的好奇心!

 脳を活性化させるために、「運動」とならんで重要な要素がまだあります。それは、「知的好奇心」です。
 探究心・冒険心・追求心などは、みな「知的好奇心」です。見たい!聞きたい! 知りたい! 行きたい! やりたい! など、さまざまなことに興味関心を持ち、いつもワクワクときめいている状態は脳にとても良いのです。
 「知的好奇心」のレベルの高い人ほど、本来は加齢とともに進む「側頭頭頂部」の萎縮が、他の人々に比べて少なく保たれていることがわかったのです。「側頭頭頂部」もまた、情報の記憶と操作をする「ワーキングメモリー」をはじめ、さまざまな高次の認知機能を担当する領域です。このことからも、まさに「知的好奇心」が、「認知症予防」の重要な役割を果たすことがわかります。
 さらに「好奇心」を持って取り組んだ時の記憶効果は、「短期的な記憶」だけでなく「長期的な記憶」にもなることがわかりました。
 「好奇心」を「記憶」に結びつける「ドーパミン」は、「好奇心」を抱いた段階ですでに分泌されることもわかっています。
 「これも知りたい!」「あれも知りたい!」という「知的好奇心」こそ、まさに脳の最高の栄養素といえます。