物忘れ・認知症18

─介護によって劇的改善─

介護で劇的改善

 今月はご家族など、周りの方の認知症に悩まされる方に朗報と思われる、NHKテレビ『ためしてガッテン』で放映されたお話をご紹介します。
 介護のやり方を変えたところ、興奮や幻覚など家族を悩ませる症状が、なんと半分以下に減ったという話です。
 物忘れ、家事ができない、判断力の低下、さらに妄想や徘徊、夜中に騒ぐ、興奮、暴言、幻覚。こうしたいわゆる問題行動を、なんと5割以上も改善させる方法が見つかったというのです。実践したところ、介護拒否などの症状が劇的に減っただけでなく、トイレの失敗まですっかりなくなったケースもあったそうです。
 以前、『ためしてガッテン』ではアルツハイマー病になりにくくなる予防法として、・3倍なりにくくなる方法として定期的な有酸素運動、・6倍なりにくくする方法として、生活習慣病にならないよう食生活を変える──を紹介していました。
 今回は、8倍なりにくくなるという方法の紹介です。

「話し相手を持つ」

 独居老人が、認知症になりやすいという話をよく聞きます。やはり会話を重ねるということが一番大事なようです。
 ヨーロッパで1200人以上を対象に行われた調査では、家族や友達などと接することが多い人は、少ない人より、リスクが約8分の1にもなることがわかったそうです。
 実際、特殊な機械を使って、おしゃべりをしている時の脳を調べてみると、真っ赤に写るほど血液の循環が良くなっています。こうしたことから、会話が、脳を刺激し鍛えることが認知症を予防すると考えられています。

「発見! 記憶のフシギ」

 次は、認知症の人の記憶に関する不思議な実験の紹介です。
 ガッテン隊は、認知症の人の記憶について研究している大阪大学医学部(精神科講師)の数井裕光先生を訪ねます。数井先生は今まで認知症の患者さんを診察する中で、何度も不思議な経験をしたそうです。それは、認知症の患者さんは記憶の障害が強く出ますが、一部のことはよく覚えているということです。
 アルツハイマー病の患者さんに画像を見せながら物語を聞いてもらいます。
・ある日、お母さんと子どもが歩いていました。
・途中で車を見ました。
・その後、二人は病院へ行きました。
 5分後、患者さんに話の内容を覚えているかどうかたずねます。しかしほとんど覚えていません。
 ところが、まったく同じ画像を使って話の筋をちょっとだけ変えたら、内容を覚えている患者さんが急増したのです。「途中で子どもが交通事故にあってしまった」と変えるのです。
 交通事故という話にしたことによって、患者さんに「かわいそう」という感情が生じた。こういう風に感情が伴った記憶はよく記憶されるのです。
 私達の脳の中には感情を司る扁桃体という部分があります。この部分の働きを調べてみると、認知症の方が健康な人よりも反応性が高まっていたのです。これまで、脳の働きが全て衰えたと思われていたのが、扁桃体という部分の働きはかえって高まっているケースが多いということがわかったわけです。
 つまり認知症になると感情が敏感になっているということが、これらの実験からわかったのです。
 一例として、アルツハイマー病の夫が、お兄さんのいる北海道へ行くといい募って、実際に出て行こうとしているケースです。もし本当に出かけてしまったら途中でパニックを起こすかも知れない。奥さんはいろいろ理由を挙げて必死に止めます。そうすると、わかったと納得して一件落着。
 しかし、認知症の方はそのやりとりも忘れ、また別の日になると北海道に行きたいといい出す。妻はまた、言葉をつくしてなだめる。
 これが繰り返される苦労は大変なものだと思いますが、本当に怖いのは、この時介護される人の脳の中で、あることが進行しているのです。
 扁桃体が怒りに震えている。
 なぜかというと、北海道に行きたいといい出した時、さまざまな理由で止められました。納得はしたものの、その裏には「妻に止められた。」という思いが残っている。
 これは感情が伴った記憶です。一見忘れたように見えても、実は長く残ります。時間が経てば消えることはあります。しかし嫌だという思いがどんどん蓄積していき、ある時、ついに爆発するのです。
 認知症で料理ができなくなってしまった妻に代わって、夫が料理をつくってあげるケースでは、妻は認知症のせいで自分が料理ができないことがよく理解できない結果、やらせてもらえなかったという不満の感情が残り、悲しいのです。「僕がつくってあげるよ」、悲しい。「つくってあげるよ」、悲しい。ついに爆発して「もう、かまわないで」と介護を拒否してしまう。
 「いきさつ」は忘れてしまって嫌とか悲しいという感情だけが残る。この認知症の方の行動の原因が扁桃体が残す気持ち、感情であったのです。

相手を描く絵入り 観察シートと心得を 書き留めた手帳

 では、こういう事態に、光が戻った、笑顔が戻ったのはなぜか。
 相手がどんな気持ちでいるのか、相手の立場になって書き出すことでした。
 否定されると悲しい。大好きだった料理をもう一度したい。その書き出しをもとに、それまでの介護を見直し、例えば、介護者が全てやっていた料理を、相手の気持ちを考え、手伝ってもらうことにしたのです。自分のことは自分でしたいという相手の性格を考えての対策です。
 何より気をつけたのは接し方。いつも持ち歩く手帳に『否定しない、説得しない』などの言葉を書く。相手の行動についイライラしてしまった時はこれを見返して気持ちを落ちつける。昔だったら文句いったところでも、今は、それは病気がさせていることだから、しょうがないと思い、何もいわないようにしたのです。
 こうした介護で、例えば失禁していた女性は(利尿作用のある薬を止め、トイレに尿もれパッドを使い方と共に置くなどして)半年後、嬉しい変化が起こりました。
 お茶を入れてくれるなど、自分から何かをしようとするようになってきた。鏡を見ておめかしもするようになり、トイレの失敗をすることもほとんどなくなった。
 最近では二人で近くの喫茶店にデートに出かけることも増えた。苦労していた介護者の夫は「アルツハイマーは悪くなる一方で、良くなることは考えていなかったが、相手の顔つきが非常に穏やかになった、良い顔になってきた」と実感しています。認知症と診断されて3年、病気は少しずつ進行していますが、増えてきた相手の笑顔が介護者の希望になっているケースです。