血液を固まらせ、血栓をつくるパイワン(PAI‐1)((プラスミノーゲン・アクチベーター・インヒビター 1型))とは

長嶋監督の身に起きたこと

 68才の長嶋監督が「脳梗塞」で倒れたということで、改めて血栓の問題がクローズアップされています。報道によると長嶋監督の場合、心臓上部の左心房で「心房細動」という不整脈が起きたことがきっかけで心臓の中で血栓が出来てしまい、それが脳にいく血管の中を流れて脳の中で血管が分岐するあたりで引っかかり、そこを詰まらせてしまった結果、そこから先の脳細胞に酸素が届かなくなって壊死させてしまったということです(図1)。
 その結果右半身の手足に麻痺が来たということです。このように他所で出来た血栓が梗塞を起こすことを塞栓といいますから、長嶋監督の場合は「脳塞栓」というのが正確のようです。
 しかし、血液がまとまって流れている心臓の中でも血栓が出来てしまうというのですから、血栓ができやすいドロドロ・ベタベタ血液と、その流れに乱れをつくる不整脈というのは怖いと改めて思います。
 最近の傾向として脳出血は減る一方、血栓のトラブルである脳梗塞は脳卒中の七割を越えて増える傾向にあります。この機会に改めて血栓予防の方策を考えておきたいものです。

死因トップは栓症

 日本人の死亡原因は、第1位ががん、第2位が心筋梗塞、第3位が脳卒中であるのはよく知られていますが、第2位の心筋梗塞と第3位の脳卒中は、血液の中で血栓が出来てしまい、心臓の冠動脈や脳血管の血流が障害をうけて、その先に酸素と栄養がいかなくなる結果、突然に生命も落としかねない重大な疾患です。
 心筋梗塞と脳梗塞は「血栓症」という共通原因によるトラブルであり、日本人の死因トップは血栓症ということになります。
 健康人では血液は凝固(固まる)と線溶(溶かす)のバランスがうまくとれています。凝固の力が少ないと血が止まらなくなりますし、強すぎると血の塊が出来てしまい血栓症になりやすくなります。

血栓とは何か、どのようにして出来るか。

 血栓は血管内に出来る血の塊で、本来は血管が傷ついて出血した時に血を止める(止血)ために血液の流れの中で出来るものです。
 まず、血管が破れて出血が起こると、そこに血小板が集まって互いに張り付いて(血小板凝集)、血小板血栓が出来、とりあえず止血します(図2|・・)。
 しかし、これだけでは止血は不十分で、続いてその場所では血液が固まる(凝固)過程が進み、その結果作られた「フィブリン」という線維素がさらに局所を止血し(図2|・)、最終的にはフィブリンを足場にして血管壁の細胞が分裂増殖して破れた血管の修復が行われ、止血が完了します(図2|・)。
 しかし、このままではフィブリンの塊によって、血液の流れは阻害される状態が続いてしまいます。
 そこで生体には、そのフィブリンの塊を溶かしてしまう線維素溶解系、略称「線溶系」というシステムが存在し、この線溶系の働きが活性化すると、フィブリンの塊が溶かされ(図2|・)、血液が再びスムーズに流れるようになるわけです(図2|・)。
 この線溶系を活性化する仕組みは図3で示すように、血液の中にあるプラスミノーゲンという前駆物質が、血管内皮細胞などの組織から放出されるプラスミノーゲン活性物質、プラスミノーゲン・アクチベーター(PA)によって、いきいきと働く酵素のプラスミンに変換されると、出血箇所で固まっているフィブリンを分解して溶かすようになるわけです。なお、PAには血管内皮細胞から出てくるt|PAと、尿の中から見つかったウロキナーゼ(u|PA)の2種類あります。
 このt|PAもu|PAも点滴の薬になっていまして、今回の長嶋監督にも頼りになる薬としてかなりの量が使われたといわれています。
 そして、フィブリンが分解されて血液中に流れていく物質をFDP(フィブリン分解産物)と呼んでいます(図3)。この検出量によって、血栓が溶けているということがわかる指標になります。
 線溶活性はフィブリンがすでに固まっている場所でのみ働き、まだ血栓が出来ていないうちは、血液の中にとけ込んでいるプラスミンやPAに対するインヒビター(阻害物質)、パイワン(PAI|1)が働いているので、線溶活性にブレーキがかかります。
 最近、テレビの健康番組などでも取り上げられるパイワンは、基本的に血栓を出来やすくする物質であり、血液の粘っこさを強くする方向に働くということを頭に入れてください。

パイワン増加をもたらすもの

 このパイワンは血管の老化がすすむにつれ、その内皮細胞からより沢山出てきてしまうものだということもわかってきました。また、血管内皮細胞の他にも、脂肪細胞から出されるので、脂肪で太り気味の人ほど、線溶系の活性化が阻害され、血中パイワン濃度が高くなる傾向にあります。
 昔から、肥満者では血栓性疾患の頻度が高いことが知られていました。心筋梗塞や静脈血栓症などの血栓性疾患の患者さんの血液を調べてみるとパイワン量が増加していることはすでに、多くの研究者によって報告されています。パイワン量が増加するにつれ、凝固が亢進しやすくなり、血液が粘りを増すわけです。また、血液中のパイワン量は腹部の内臓脂肪量と比例することもわかっています。
 さらに、パイワンのように線溶系を抑制するものは動脈硬化を促進させることも知られています。
 よくいわれる「死を招く四重奏」とは肥満、高脂血症、高血圧、糖尿病の四つが同時に起きている状況ですが、この四つはいずれも血中のパイワン濃度をあげて血栓症になりやすいトラブルなのですが、逆にパイワン濃度があがれば、この「死を招く四重奏」になりやすくなるという関係、つまり悪循環の関係にもあるのです。
 食生活の欧米化が進んだり、食べすぎていると、まず、血液中の中性脂肪やコレステロールの値が高くなりますが、それだけでもパイワンを、より沢山出させる条件でもあるので、血液はドロドロしやすくなり、ちょっとした不整脈程度の血流の乱れでも、たとえ心臓の中でも血栓が出来てしまうようになるのです。
 一日の中の血中のパイワン濃度を調べてみると、やはり日周リズムがあって、朝6時から8時ころまでが一番高い値を示します(図4)。
 突然死が何時起こるかという時間別頻度のグラフは、この血中パイワンの濃度変化のグラフにみごとにかさなります。
 長嶋監督も朝、ベッドから起きて来なかったので、お疲れ気味のようだからもう少し休ませておこうと迎えに来た運転手が判断して、そのままにしておいたのが結局、救急車に運びこまれるタイミングを遅らせたといわれています。
 この時間帯こそ、パイワンが一番沢山出ている時間帯なのです。

パイワンを増やさないための予防

 パイワンを出すのが老化のすすんだ血管内皮だというのですから、まず、早すぎる老化にブレーキをかけるのが一番の予防対策です。それには、ヒトはもともと草食動物の遺伝子をもった動物だという自覚をもち、できるだけ植物オンリーの食生活で、なおかつ、微量栄養素は総合的にとれるサプリメントを活用し、新陳代謝を活発にして血管を含む全身の若さをできるだけ保つのが一番です。そして、やはりパイワンを出す内臓脂肪を減らし、肥満予防のために食べすぎに気をつけ、適度な運動を取り入れることが大切です。
 なかなか純菜食とはいかなくとも、食事面では脂肪の多い肉類は極力控え、代謝を整えるビタミン・ミネラルが摂取できる野菜、海藻類、果物をしっかり食べることが大切です。長嶋監督は肉食大好きでも有名でした。
 そして、内臓脂肪抑制には白砂糖の摂りすぎもセーブしなければなりません。白砂糖は骨を弱くするだけでなく、内臓脂肪を溜めやすくするからです。
 パイワンを出す内臓脂肪は、有酸素運動で皮下脂肪より簡単に落とすことができる脂肪といわれています。有酸素運動にはウォーキング、ランニング、自転車などがありますが、体脂肪変化率が大きいのはウォーキング(大股での速歩)の13・4%で、次にランニングが6%、自転車が5・7%というデータが出ています。
 そして、この運動とともに、何よりも自然食ニュースが繰り返し訴えている身体の代謝機能を高めるためにビタミン・ミネラルなど微量栄養素の総合サプリメントや納豆、赤ミミズの健康食品、焼酎なども巧みに利用しての根本的食生活改善を実行して、パイワンの減量コントロールや線溶力の向上に役立ててほしいと思います。