リンシャン・ スタディーの 物語るもの

 本誌先月号で報告したとおり、アメリカの国立ガン研究所(NCI)は、中国の河南省リンシャンで、ビタミン・ミネラルサプリメントを用い、地域住民に多発するガンがどうなるかという大規模な栄養介入実験を行いました。
 結果としては、セレニウム・ビタミンE・ベータカロチンを組合わせたサプリメントを毎日摂らせていたグループのガン死亡率が大幅に低下しました。
 今月はこの問題を皆さんと一緒に考えてみたいと思います。

アメリカにおける ガン急増と栄養調査

 アメリカは病気、中でもガンの急増に悩まされている国です。
 その背景、原因には食べ物の粗悪化、食生活が大きな影響を及ぼしているのではないかという指摘が上がり、1977年に上院でマクガバンを委員長とする栄養特別委員会が調査に乗り出しました。
 そして、様々な調査の結果、やはり食生活は主要な一因になっていることが分かり、アメリカ国民の新栄養基準を発表しました。
 他国民に比べ、あまりに多い心臓血管系疾患、糖尿病、肝硬変、乳がん、結腸ガンなどを減らし、国家財政の医療費による圧迫を減らしたいというのが狙いです。この委員会は、食生活・栄養とガンの関係を徹底的に調査するように国立ガン研究所(NCI)に勧告しました。

NCIと中国アカデミー ガン研究所による 大規模臨床実験

 NCIはフィンランドなど他の地域でもフィールドワークを進めていますが、中国でのリンシャン・スタディーは、中国のアカデミーガン研究所が積極的に協力した大規模な臨床実験として注目されていました。
 その結果、セレニウム・ビタミンE・ベータカロチンの組合わせによるサプリメントの飲用が、ガン死亡率をかなり減少させたこと、さらに、ガンだけではなく、一般死亡率も下げたことなど、栄養素の摂取が、死亡率の低下につながるという注目に値するデータを得ました。

微量栄養素の摂取による ガン予防の可能性

 リンシャン・スタディーには40歳から60歳までの約3万人の住民が参加し、5年後にはガンの死亡率が13%下がり、全体の死亡率も9%下がりました。
 調査にあたったNCIのブロット博士は「ビタミン及びミネラルの摂取は、健全な個人がガンにかかるのを防ぐ助けになるかも知れないという希望に満ちた研究」と論評しています。

リンシャン地方の 特異性

 ただし、リンシャン地方は、住民の殆どが慢性的な栄養不足状態であること、食道ガンがひどくなって胃の噴門部にまで及ぶという他国ではめずらしいタイプのガンが多いため、リンシャンでの経験はそのまま機械的に他国・他民族には引き移しはできないといわれています。
 リンシャン地方住民の主要な食べ物は、とうもろこし、キビ、じゃがいも、小麦などで、解放後潅漑施設がいくらか整備されたものの、新鮮な果物、肉などの摂り方はとても少ない地域として知られています。
 血液検査などでも、ビタミンA、ベータカロチン、ビタミンB群、ビタミンC、ビタミンEなどの水準は、西欧の水準からすると大変低いレベルでした。
 リンシャンは、中国の中でもガン死亡率は10倍高く、アメリカよりも100倍も高い地域であるのは、こういうことと関連があると思われています。
 一方、漬け物とか、ニトロソアミン、熱いお茶を飲む習慣など、胃や食道がんに関連するような原因は、リンシャンでは特別見当たりませんでした。
 たばこはあまり吸う習慣がなく、肺がんは少ない地域です。
 世界の中では、新鮮な野菜・果物を食べている習慣のある地域が胃がんや食道がんが少ないということから、リンシャン地域での栄養介入実験が選択されたという事情があるようです。

リンシャンスタディでの セレニウム、ビタミンE、 ベータカロチンの投与量

 リンシャンスタディではアメリカのRDA(一日の推奨量)と同じ量、またはその2倍量でテストをしました。
 セレニウム・ビタミンE・ベータカロチンの組合せは、三つの酸化防止剤の組合せが、遺伝子を構成するデオキシリボ核酸を傷つけることを防げるという期待でテストに使われました。
 このテストは1986年3月から1991年5月まで続きましたが、セレニウム・ビタミンE・ベータカロチンの三つの組合せを試したグループでは、2年後からはっきりと違いが現れ始め、リンシャン地方で最大死亡原因であったガン死亡率は大きく下がり始めたのです。
 1991年5月の時点では、食道がんによる死亡数は約4%減少し、胃がんによる死者の数は21%減少しました。
 介入テストの開始時点では、この二つのがんによる死亡だけで、全部のがんによる死亡の87%を占めていました。また、ガンによる死亡率が37%でしたので、この減少は大きく響きます。(脳血管疾患による死亡率は25%)

微量栄養素摂取と ガン予防の可能性

 この実験で使用されたセレニウム・ビタミンE・ベータカロチンは、アメリカでは自由に店頭販売されているものです。セレニウムなども一粒200マイクログラム入りのものが百粒入りで六千円程度でスーパーなどで自由に売られていますが、日本では自由に販売が出来ません。輸入の時点で薬と認定されて、自由な輸入が規制されます。
 アメリカと日本の厚生当局の方針の違いと言えばそれまでなのですが、自由に買えなくてガンを始めとする病人が増え、医療費高騰の原因になっているのは大いに問題です。
 アメリカが悩んでいる乳がん・大腸ガンに対しては、リンシャンスタディーは直接的な解決策の提供にはなりにくいとしても、抗酸化ビタミンとミネラルであるセレニウム・ビタミンE・ベータカロチンの組合せが遺伝子のガン化からの保護に役立つということは、これらのガンの解決に必ず役立つものとして今後の応用研究が進められていくことでしょう。