ニンニクパワーで、認知症の予防・改善

低温熟成ニンニクに含まれる「S‐アリルシステイン」

東京大学薬学部名誉教授(薬学博士)齋藤 洋先生

65歳以上の4人に1人・・・激増する「認知症」に光明

 現在、日本の高齢者(65歳以上)の認知症患者は約462万人、7人に1人が認知症とされ、境界域の「軽度認知障害(MCI)」を含めると4人に1人が認知症、もしくはその予備軍と推計されています(図1)。
 急速な高齢化で2025年には患者数は700万人超、MCIを含めると1300万人、高齢者の3人に1人が認知症かその予備軍になるといわれ、大きな社会問題となっています。
 中でも、認知症の半数以上を占める「アルツハイマー病」は今のところ、運動や食事、ストレス対策などの生活改善により、「MCI」の段階で何とか進行を防ぐしか手立てはないといわれています。
 そうした中、ニンニクを低温熟成させると多く生成する成分「S‐アリルシステイン」に、脳神経細胞の死滅を防ぐだけでなく、機能再生効果があるという画期的な研究結果が報告され、アルツハイマー病や血管型認知症などの予防と改善に光明が見えてきました。
 東京大学在職時代、S‐アリルシステインを中心とするニンニク中の「S‐アリル化合物」に“脳神経細胞保持効果”および“再生促進効果”を見出された齋藤洋先生に、
S‐アリルシステインを高濃度に含有する「低温熟成ニンニク」の認知症予防・改善効果についてお話をお聞きしました。

驚異のニンニク成分 「S‐アリルシステイン」と「低温熟成ニンニク」との出合い
 生ニンニクの80倍もの含有量

齋藤 高齢化社会で大問題になっているアルツハイマー病は未だに確かな治療法はなく、世界中の研究者が改善可能性物質を探しています。
 私は東京大学在職中、ニンニク製剤では世界的トップの湧永製薬と共同でニンニクの研究――動物を利用した記憶・学習に対する薬物、及び脳中枢神経細胞の生存・再生・可塑性を促進する「神経栄養物質」の探索研究をしておりました。
 そんな中で、「S‐アリルシステイン」を中心とする一部の「S‐アリル化合物」に記憶の獲得・再生の促進作用及び脳神経細胞の@生存維持、A再生促進作用が認められ、認知症薬への可能性が見えてきたのです。
 その後、衝撃的な出合いとなったのが「琥珀にんにく」でした。
 私たちが研究対象にしていたのはスライスした生ニンニクを水‐エチルアルコール液に約2年間静浸した「熟成ニンニク抽出液」で、S‐アリルシステインを含有していましたが、青森県の田子町では独自の低温熟成方法によるニンニク加工食品「琥珀にんにく」を製造し、その中には「S‐アリルシステイン」が生ニンニクの約80倍も含まれ、この他、玉ネギの有効成分として知られている「シクロアリイン」、「多量のアミノ酸」も高濃度に含有されていたのです。
 全食品中でニンニクだけに含まれ、しかも生の状態では限りなく少なく、低温で長時間熟成した時のみ大量に蓄積される「S‐アリルシステイン」に大変興味をひかれました。
 その「琥珀にんにく」の研究・開発者が現在、田子かわむらアグリサービス有限会社の代表をしている川村武司さんです。川村氏と「琥珀にんにく」の出合いから、私はさらに、低温熟成ニンニク成分への興味が膨らみ、「琥珀にんにく」に対してもいろいろ相談にのるようになりました。

「低温熟成ニンニク」と「黒ニンニク」との比較

齋藤 私が「低温熟成ニンニク(琥珀にんにく)」を知ったのは、たまたま週刊誌で「黒ニンニクにS‐アリルシステインが豊富」という記事を見て興味を抱き、高品質のニンニク(田子にんにく)の生産と加工で知られる田子町に出向いたところ、当時農協の指導員だった川村さんからその存在を教えてもらったのです。
 川村さんが研究開発した「低温熟成ニンニク(琥珀にんにく)」は、ニンニクを人肌に近い40℃以下の低温下で2週間ほど熟成したものです。一方、70℃前後で熟成させる「黒ニンニク」は、アミノ酸やポリフェノールが豊富で健康効果が高いことがいわれています。
 しかし、琥珀色した「低温熟成ニンニク(琥珀にんにく)」に比べると、「黒ニンニク」中の生理活性物質の含有量は、S‐アリルシステインは比べるべくもなく、さらに、他のアミノ酸などの生理活性物質も少ないことが明らかになっています(図2参照)。

「低温熟成ニンニク」と認知症 記憶の獲得と神経細胞の再生・新生

齋藤 脳の機能の主役である「神経細胞(ニューロン)」は、20世紀末まで「成人後は新生・再生しない」と考えられていましたが、
1998年に――胎児にしかないとされていた脳の幹細胞(細胞分裂により自己複製能力を持ち、特定の細胞に分化できる能力を持つ細胞)が成人後のヒト脳海馬で発見され、脳神経細胞も「新生・再生される」ことがわかりました。
 神経細胞はそれ自体では機能せず、神経細胞同士が結びついて、巨大なネットワークを形成することで学習や記憶、運動の制御といった機能を発揮しています。
 この細胞間のネットワークは、神経細胞の樹状突起(入力部分)が外部からの刺激(情報)を受け取り、軸索を通って軸索末端の「シナプス」に達すると神経伝達物質を放出し、この神経伝達物質を次の神経細胞が受け取ることで情報を伝達しています(図3)。
 ニューロンは、樹状突起と軸索を使って他の神経細胞とつながります。新たな情報が入力されると、樹状突起やシナプスが枝分かれし、他のニューロンとつながって新しい回路を作り、新しい回路ができていくのにつれて脳のネットワークはどんどん広がっていきます。このようにして神経細胞のネットワークができるに従って、そこに記憶が蓄えられます。
 脳が活発に働くほど新しい回路ができ、新しいニューロンも増え、過去の記憶と新しい記憶がつながり、新たな情報の流れができます。反対に、脳を使わなければシナプスもニューロンも減り、伝わっていた情報や記憶はなくなっていきます。

 「アルツハイマー病」と「S‐アリルシステイン」

齋藤 認知症の約6割を占める「アルツハイマー病」は、記憶など脳の認知機能の異常を主な症状とする認知症です。
 アルツハイマー病においては、
(1)脳内に神経細胞の老廃物ともいうべきアミロイドβという異常タンパクが蓄積し始め、蓄積が続くと、
(2)その10数年後くらいに変異したタウタンパク質が蓄積するようになり、変異タウタンパクの蓄積(最近では正常タウタンパクの蓄積でも)が続くと、神経細胞の変異や細胞死が起き、認知症を発症すると考えられています。
 症状の経過は、
(1)嗅覚細胞異常から始まることが多く(このため記憶障害以前に嗅ぎ分けができなくなることが多い)
(2)異常タンパク質が短期記憶の要の海馬に蓄積し、海馬が萎縮(このため直近のことが覚えられない。古い記憶は思い出せる)
(3)次第に脳全体がおかされて、認知機能全般が著しく低下します。
 S‐アリルシステインは、培養海馬細胞に作用させると神経細胞死を防ぎ、軸索はもちろんのこと、細胞体から分岐する神経突起が多くできることがわかってきました。
[1]神経細胞の生存を維持
 S‐アリルシステイン含有ニンニク抽出物を、ラットの海馬の培養神経細胞に加えた実験では、何も加えなかった細胞では神経細胞が滅少しているのに対し(図4左)、ニンニク抽出物を加えた方は神経細胞の生存が多く、神経細胞のネットワークも多く残っていました(図4右)――S‐アリルシステインが神経細胞死を防いでいるためであると考えられます。
[2]神経細胞突起からの分岐数を増やす
 ラットの海馬細胞にS‐アリルシステイン含有ニンニク抽出物を加え時間差で観察した実験では、抽出物を加えなかった細胞に対して(図5上段)、抽出物を加えた細胞では明らかに突起の枝分かれ数が増加していました(図5下段)――S‐アリルシステインは海馬の神経細胞の突起を枝分かれさせ、新たな突起形成を促す作用があると考えられます。
[3]学習と記憶能力の向上効果
 老化促進マウスを使った動物実験では、S‐アリルシステイン含有ニンニク抽出物を餌に加えたマウスでは、@学習記憶能力が向上し、A記憶障害も改善していました。
[4]神経細胞の保護
 ラットの細胞(PC12細胞)に、老化の元となる活性酸素種の過酸化水素を加えると、細胞死が誘導され突起は消失した一方で、低温熟成ニンニク抽出物を添加した後に過酸化水素を加えた実験では、細胞死には至らず、神経突起も保護されたという実験結果も報告されています。
 こうした一連の実験からは、S‐アリルシステインには、@脳の神経細胞の生存を維持し、A機能を維持・向上させ、B酸化ストレスによる細胞死を防ぐことがわかり、S‐アリルシステインが認知症の予防・改善につながる可能性が見出されてきました。
 さらに最近の研究では、S‐アリルシステインは、原因物質である異常タンパク質の産生や蓄積を抑える作用もわかってきました。
(1)脳の神経細胞には小胞体という小さな組織があって、タンパク質の分解や合成を行っています。
 認知症の原因物質といわれるアミロイドβなどの異常タンパク質が作られると、それによってカルパインという酵素が活性化されてアミロイドβの蓄積を加速させます。こうした現象が小胞体に集積すると脳の神経細胞は死滅していきます。この現象を小胞体ストレスといいますが、S‐アリルシステインはカルパインの活性を正常範囲に抑制して小胞体ストレスを軽減するという研究結果が出ています。
(2)さらに、S‐アリルシステインは神経細胞を直接障害し、神経細胞死を招くタウタンパク質を、その発生からできにくくし、できたタウタンパク質の蓄積を防ぐ働きも認められました。
 このように、S‐アリルシステインは、アルツハイマー病の原因物質とされるアミロイドβタンパクやタウタンパクの蓄積を防ぎ、除去し、なおかつ、神経細胞の樹状突起を増やし、神経細胞の生存を高め、再生を促進し、機能回復を図ることが示唆され、認知症を防ぐ上で最も頼もしい働きをしてくれる物質であるのではないかと期待されます(図6参照)。
 嗅覚細胞の異常や脳に異常タンパク質の蓄積が見え始めてから認知症が発症するまでには約25年前後かかるといわれます。この間に認知症を防ぐ生活習慣に留意し、さらにS‐アリルシステインを多量に含む「低温熟成ニンニク」を常食すれば、かなりの確率でアルツハイマー病を防ぐことができるのではないかと推測されます。

脳血管性認知症とシクロアリイン

齋藤 認知症の約20%を占め、アルツハイマー病に次いで多いとされる「脳血管性認知症」は、脳梗塞や脳出血などで脳の血管が詰まったり出血することで、障害された部位の神経細胞に酸素や栄養が送られなくなって、神経細胞が死滅して認知症を来します。発症部位によって症状は異なり、近年ではアルツハイマー病と併発した混合型認知症も多いことがいわれています。
 脳血管性認知症では、認知症そのものではなく、背景にある脳血管障害を改善することが重要だといわれています。
 「低温熟成ニンニク」には、タマネギの代表的な有効成分「シクロアリイン」も豊富で、低温熟成ニンニク1個には生タマネギ40個分のシクロアリインが含まれていることが明らかになっています。
 シクロアリインは高い抗酸化作用によって、血液と血管を正常に保つ働きがあり、血流を良くし、脂質異常症、高血圧、血栓等を予防し、動脈硬化の予防・改善に働きます(次頁表1)。
 S‐アリルシステインも抗酸化作用は強く、低温熟成ニンニクにおいては、両者の相乗効果が大いに期待され、これは脳血管性認知症のみならず、アルツハイマー病でも同様です。
 低温熟成ニンニクと、

生活習慣病と認知症の関連――ヒトでの健康効果

齋藤 認知症も生活習慣病の一つといわれ、また、認知症では糖尿病や動脈硬化などの生活習慣病との深い関連がいわれています。
 日本の大規模疫学研究では大変有名な九州大学の「久山町スタディ」では――糖尿病のある人はそうでない人に比べ、アルツハイマー病や脳血管性認知症の発症リスクが2〜4倍高く、中でもアルツハイマー病との関連が深い――という研究結果が出ています。
 糖尿病が認知症を引き起こす理由は、@高血糖による血管障害=動脈硬化の影響、Aインスリン抵抗性が高まるとかえってインスリンが増え(高インスリン血症)、この時、インスリン分解酵素はインスリンの分解に働きますが、この酵素はアミロイドβの分解も補佐しているため、インスリンが過剰になるとインスリン分解酵素はインスリンの分解に優先され、アミロイドβの分解が手薄になって蓄積する――等があげられています。
 S‐アリルシステインはインスリンの感受性を向上させて糖尿病を改善する働きもあります。それによって血中インスリン濃度が下がると、インスリン分解酵素は副業のアミロイドβの分解にも手がまわってきます。
 ニンニクには、S‐アリルシステインやシクロアリイン以外にも、がんや認知症、メタボリックシンドロームをはじめとする多くの生活習慣病に有益な成分(生理活性物質)が豊富です(表1)。それらのニンニク成分は、低温熟成することによってさらに驚異的に増えることは、加工ニンニクのアミノ酸含有量を比較した研究(3頁図2)でも一目瞭然です。
 さらに、低温熟成ニンニクのメリットは、生のニンニクの持つ強烈な刺激が軽減されることです。生ニンニクは悪臭、胃粘膜などの障害、殺菌効果は腸内細菌に及ぶこともあります。加熱すれば刺激は弱まりますが、生理活性成分が減ったり変質したりします。
 その点、低温熟成ニンニクは刺激の低減と同時に生理活性成分は増加するわけですから、いいことずくめといえるでしょう。
 ニンニクの抗酸化作用は非常に強く、米国デザイナーフーズのがん予防食品でもトップとなっています。低温熟成ニンニクでは抗酸化作用もより強力になり、万病の元・老化の元といわれる活性酸素の過剰生成を防げれば、生活習慣病全般はもとより、未病の予防にも大いに役立つと考えられます(図7参照)。

ニンニクや認知症への思い

齋藤 ニンニクは、S‐アリルシステインやシクロアリインをはじめ、数多くの有効成分を持ち、すでに4000年以上前から栽培され、食品・医薬品としていろいろな使われ方をしてきました。
 しかし、成分の研究は19世紀に入ってからで、中でも日本での研究は遅れを取り、私が研究していた当時もニンニクの研究者はごくわずかでした。
 ニンニクというのは処理の仕方によって姿・形を変える非常に面白い機能性食材です。体に無理なく働きかけ、数多くの優れた薬効をもつ天然素材でもあります。
 S‐アリルシステインは化学的合成が可能ですから、いずれ安全な医薬品・健康食品へとなるかもしれません。それは認知症かもしれないし、それ以外の神経疾患に有効なのかもしれません。S‐アリルシステインの安全性は高く、生体ではアセチル化されて排泄されますので、体内に蓄積されることはありません。以前からこの成分は免疫力を高め、がん、特に大腸がんの予防や改善に有効だとされていましたが、その後の研究で、認知症、特にアルツハイマー病に有効であることがわかってきたのです。
 それは今後の研究の進展を見守るほかはないのですが、今の段階ではS‐アリルシステイン単体ではなく、人間の体温程度の低温で熟成させたニンニクを摂取していただくと良いと思います。低温熟成ニンニクには、S‐アリルシステインやシクロアリインが豊富なだけではなく、神経伝達物質となるアミノ酸類も豊富に含まれているからです。
 今後は、S‐アリルシステインやシクロアリインの認知症などの有効性がはっきり言える日を楽しみにしつつ、その一方で私は「認知症は神様からの贈り物」とも考えたりしております。死への恐怖やこの世の諸々の世知辛さから解放されて、脳天気に生きられれば、それも幸せなことではないでしょうか。
 なお、認知症はMCI(軽度認知障害)の段階で対策を取れば、認知症にならなくてすみます。また、認知症の発現を遅らすことができるでしょう。現在MCIの診断を受け、リハビリに取り組む方は増えていますが、S‐アリルシステインが最も効果を発揮するのも、この時期だといわれています。
 MCIよりさらに早期の段階で起きる嗅覚異常には、アロマ療法も有効といわれます。嗅覚を鍛えると認知機能の改善が期待できるという研究結果もあります。
 とりあえず今の段階での認知症の予防改善対策は、自分なりの知的好奇心を追究しながら、運動、栄養・食事、アロマ療法等々、認知症への有効対策を講ずることが宜しいのではないかと思います。
 その中でも、有効成分が豊富な低温熟成ニンニクの摂取は、試す価値大いに有りとおすすめします。