食事・栄養の摂取と、運動の両輪で「サルコペニア(加齢による筋力の低下)」を予防・改善

──要介護予防・老後QOLの維持・向上に筋肉の重要性

筑波大学大学院 人間総合科学研究科准教授山田実先生

高齢者の身体的自由を阻む「サルコペニア」 ──要介護の予防に重要な“筋肉の力”

 年を取るにつれて、ネジ蓋が開けにくくなったり、つまずきやすくなったり、転びやすくなったり、立ち上がるのや、階段上りが一苦労──そんな症状が出るようになったら、「サルコペニア」になっているのかも知れません。
 筋肉量は誰でもが加齢に伴って減少していきますが、加齢による筋肉量の減少に加えて、運動機能も低下(握力や歩行速度の低下)した状態は「サルコペニア」といって、超高齢社会になった近年、にわかに注目されています。
 放置していると、日常動作が制限されていくだけでなく、転倒・骨折のリスクが高くなり、それをきっかけに要介護・寝たきりになる可能性が非常に高くなります(図1参照)。
 そればかりか、サルコペニアは糖尿病や肥満症、骨粗鬆症等々、高齢者特有の疾患とも密接に関連し、互いに症状を悪化させ、そのことがまた、要介護の大きな要因になることもいわれています。
 日本では現在、65歳以上の約20%もの人(男女とも)がサルコペニアと推測され、サルコペニアの予防・改善は、医療費や介護給付費の抑制の上でも、差し迫った課題になっています。
 山田実先生は専門の老年学の立場から高齢者の虚弱予防を研究されている中で、サルコペニアの予防・改善には、「運動」と「食事・栄養摂取」の両輪で取り組むことが重要だといわれています。
 山田先生に、日常生活で無理なく取り組める、運動と、食事・栄養摂取によるサルコペニアの予防についてお話を伺いました。

 要介護の入り口となる      サルコペニアとは  定義・診断基準
  ──加齢による筋肉減少と        運動機能の低下

──最近サルコペニアという言葉がよく聞かれるようになりました。これは病気とは違うのですか。
山田 今のところサルコペニアは病気としては確立されず、概念として使われています。
 ラテン語の筋肉(saruco)と減少(penia)から作られた造語で、1989年に海外の研究者が「加齢による筋肉量減少」を意味する用語として提唱しました。日本では10年くらい前から研究者の間で使われるようになり、一般に知られるようになったのはごく最近のことですね。
 定義・診断基準としては──骨格筋(以下筋肉。7頁表1参照)の量が減少するのに加えて、運動機能の低下(握力低下および歩行速度低下のいずれか一つ、または両方)が認められるもの──とされています(図2)。ただし、サルコペニアは今のところ病気として認められていないこともあって、検査や診断を受けられる医療機関は日本ではほとんどありません。
 誰もが簡単にサルコペニアを判定できる方法としては、東京大学の飯島勝矢先生が考案された「指輪っかテスト」(図3)は妥当で有用な方法としておすすめします。
──加齢による自然現象としての筋肉量の減少がベースにあるわけですね。
山田 そうです。筋肉は40歳頃から減少し始め、私たちの研究では、40歳以降は5歳刻みに筋肉量が1〜2%低下し、70代になると40代に比べ男性で8%、女性で5%の減少が認められました(図4)。これは手足の筋肉で約1kg分にあたり、さらに介護が必要な人では2kgの減少が見られます。
 元気な高齢者であっても、日常を無為に過ごしているとサルコペニア、さらには要介護状態になってゆく可能性は非常に高いと考えられます。

 最大の問題点は要介護
  ──サルコペニアの症状・       合併症・関連疾患

山田 サルコペニアになると、例えば階段を上れない、椅子から立ち上がれないといった日常動作が制限されてきます。
 さらに、サルコペニアは代謝疾患の骨粗鬆症や糖尿病、肥満症などと深く関連しているところから、サルコペニアを契機に要介護状態になる方が非常に多く、そのことが最近サルコペニアが注目されている大きな問題点だと思います。
〈転倒〉
 要介護になる大きな要因の一つに転倒があります。高齢者の1年間の転倒発生率は約30%といわれ、その主な要因の一つに筋力の低下があげられています。サルコペニアの高齢者では健常な高齢者に比べて発生率は2〜3倍高まることもわかっています。
〈糖尿病〉
 筋力とは関係なく、糖尿病の人は転倒リスクが高まることが知られていますが、糖尿病にサルコペニアが加わればさらに転倒リスクは高まります。
 実は糖尿病とサルコペニアは非常に関係が深く、筋肉はインスリンの主要な標的となって血糖を取り込んでいます(表1参照)。
 筋力の低下から運動不足になれば糖尿病になりやすくなり、また、糖尿病になると末梢神経障害やインスリン抵抗性などから、身体機能が低下したり(HbA1c7%以上)、筋肉の減少(8%以上)が認められることが明らかになっています。
〈より危険なサルコペニア肥満〉
 サルコペニアになると普通は体重減が見られますが、サルコペニアに肥満が合併すると、単純なサルコペニアに比べて日常活動がより制限されやすくなり、心筋梗塞や脳梗塞などの心血管系疾患の発症リスクが高まり、死亡リスクも高まることが報告されています。
〈骨粗鬆症との合併が多い〉
 サルコペニアと骨粗鬆症の背景には共通したところが多く、サルコペニアと骨粗鬆症は関連しているものと考えられています。そのため、サルコペニア高齢者では骨強度も低下していることが予想され、1回の転倒が直接要介護につながるような大きな怪我を負う可能性が高まると考えられています。
〈フレイル(虚弱)との関連〉
 なお、虚弱を意味するfrailtyを日本人に馴染みやすくした造語「フレイル」は、要介護状態と健常な状態の中間的な状態を指し、要介護に移行するリスクが高い一方で、適切な対処によって健常な状態に戻す可能性があるとされています。
 フレイルには、@身体的フレイル、A認知・精神的フレイル、B社会的フレイルの3つの側面があり、身体的フレイルはサルコペニアと重なり合うところが多いとされています。

なぜ加齢で筋肉が衰えるのか。    発症のメカニズム
    ──筋肉代謝の異常

山田 加齢に伴って筋肉量が減少するのは、筋肉をつくる(合成)因子が低下する一方で、筋肉を壊す(分解)因子が増えていくからです(図5)。
 筋肉では、骨と同じように日々代謝(蛋白の合成と分解)が行われています。この代謝のバランスが加齢とともに変化して、蛋白の合成が衰え、分解が促進された結果、筋肉量が減少するのです。
 筋肉をつくる因子には、@インスリン様成長因子(IGF-1‥成長ホルモンの刺激でつくられるインスリンに構造が似たホルモン)、Aデヒドロエピアンドロステロン(DHEA‥男性ホルモンの一つ)、Bテストステロン(ステロイドホルモンの一種で男性ホルモンの一つ)などがあり、それぞれ20歳代をピークに、加齢に伴って血中濃度が低下します。特に男性では減りやすく、サルコペニア有病率は女性より男性の方が高いことが知られています。
 一方、筋肉を壊す因子としては@炎症性サイトカイン(炎症を強める物質。病気があったり、内臓脂肪が増えると血液中の炎症性サイトカインが増える)、A酸化ストレスなどがあげられています。高齢になると、病気に罹りやすくなったり、酸化ストレスに対する防御機能も低下してきますので、筋肉を壊す因子が増えやすくなると考えられます。
 このように正常な加齢変化でも、筋肉の代謝が変化することで緩やかに筋肉量は減少していきます。
 それプラス、運動習慣や、食習慣なども、合成因子や炎症性サイトカインの増減にも深く関わっているので、運動と良い食習慣を維持することで、サルコペニアの予防・改善は可能なのです。

「食事・栄養」と「運動」の コンビネーションで予防・改善
 運動と栄養摂取の     組み合わせが最も有効

山田 筋力、筋肉量の両面からも、「運動+栄養」の組み合わせは最も効果的であることが多くの研究からわかっています。
 @運動(レジスタンストレーニング)+何らかの栄養補助、A運動単独、B何らかの栄養補助単独──という3種類の介入効果の違いをいくつかある研究結果と統合して検証した結果、
@筋力(レッグプレス)の改善率は、「運動+栄養」で約40%、「運動単独」で約20%、「栄養単独」で15%(図6)、
A骨格筋量の増加率は、「運動+栄養」で約2・5%、「運動単独」で約1・5%、「栄養単独」で1・0%でした(図7)。
 このように、筋力、骨格筋量の両面からも、「運動+栄養」の組み合わせは最も効果があり、次いで「運動単独」、「栄養単独」という結果となりました。
 「運動+栄養」の組み合わせは、サルコペニアやフレイルの高齢者においては有効で、サルコペニアの改善を目的とした場合には運動に加えて栄養介入を実施することは必須と考えられます。

 しっかり栄養摂取
 ──特に重要な     蛋白質とビタミンD

山田 高齢になると食が細くなりがちです。意識的に摂らないと、なかなか十分な量を確保できず、それによってサルコペニアにもなりやすくなります。
 食事は意識してしっかり摂ること。中でも蛋白質、ビタミンDは重要であり、また、多くの高齢者が蛋白質、ビタミンDともに摂取量が不足していることがわかっています。
〈蛋白質〉
 特にBACC(分岐鎖アミノ酸、特にロイシン)や、ロイシンの代謝中間体であるHMB(β−ヒドロキシ−β−メチル酪酸)には、蛋白の合成促進や分解抑制の作用が認められています(表2・3)。
 ロイシンは筋肉をつくる上で司令塔のような役割をしています(表2)。指令を基に実際に筋肉をつくるには、他の必須アミノ酸を十分に摂っておかないといけません。必須アミノ酸を十分に満たした上での、ロイシンです。
 日本人の食事摂取基準では、70歳以上の高齢者の蛋白質摂取推奨量は、男性で1日60g、女性で50gとなっています。目安としては、体重1kg当たり蛋白質1・2gともいわれています。
 三食きちんと食事を摂った上で、そのうち蛋白源となる肉、魚、大豆製品、乳製品などは積極的に摂ります。間食でも蛋白質の摂取につながるもの、例えばショートケーキよりはチーズケーキ、チョコレートよりは甘納豆を食べた方が蛋白質摂取には役立ちます。
 私たちは高齢者の方に、スーパーやコンビニでは、「必ず栄養表示を見て、蛋白質がどれくらい入っているかというのを知って、それを摂取量の目安にしたら良い」と伝えています。また、独居の方などではサプリメントの利用もすすめられます。
〈ビタミンD〉
──ビタミンDが骨に重要なのは周知のことですが、筋肉にも重要なのですね。
山田 筋肉だけではなく、実は脳をはじめ、様々な臓器にビタミンDが好影響を及ぼしていることが最近よくいわれています。
 筋肉においては筋表面にビタミンDのレセプターがあり、そこからビタミンDが取り込まれることにより筋収縮を力強くさせたり、筋肉を大きくするのに関わっているといわれています。
 紫外線に当たるとビタミンDの前駆物質(7−デヒドロコレステロール)が生産され体内でビタミンDに変換されますが、この生産能力が高齢者では若年者の50〜70%も減少することが報告されており、食物から摂取することの重要性が指摘されています。
 日本人のビタミンD食事摂取基準は1日5・5μgです。
 摂取源としては、魚類やキノコ類(特にキクラゲ、干し椎茸、マイタケ)全般、卵に多く、穀類、豆類、肉類、乳・乳製品にはほとんど含まれていません。サプリメントなどからの摂取もすすめられます。
 なお、高齢女性を対象に、@カルシウム+ビタミンD)補充群と、Aカルシウム単独補充群にわけて12週間投与した研究では、@群はA群に比べて、転倒回数が49%減少し、筋肉の機能も有意に改善することが認められています。

 運動
 ──有酸素運動を基本に     レジスタンス運動も

山田 運動は筋肉の合成を促し、分解を抑えてくれるので、運動によって筋肉に負荷をかけると、筋肉量が増えます。
〈基本は有酸素運動
 ──ウォーキングのすすめ・
継続できるものが鍵〉
 最も簡便に実施できるのがウォーキングです。高齢の方では歩くだけでも筋肉量を維持でき、場合によっては増やす効果も期待できます。事実、ウォーキングを主体としたトレーニングによって筋力増強および筋肥大の効果が得られています。
 つまり、日々のウォーキングや水中歩行、サイクリングといった高齢者個々人でも行えるようなシンプルな運動であっても、ある程度の効果が期待できるのです。
 運動でも栄養摂取でも日々の継続が最も重要です。続けなければ意味はありません。そういう意味では、掃除、洗濯、庭仕事などで積極的に体を動かすことでもいいのです。
〈レジスタンス運動で
      さらに改善効果〉
 ただし、最も期待できる運動は筋肉により負荷をかけるレジスタンストレーニングです。高齢の方でもあまり無理なくできる運動例として図8などがあります。
 レジスタンストレーニングの頻度は週3回、期間は6ヶ月以上、全ての運動において10回(もしくは10秒)を1セットとし、それぞれ3セット実施します(運動単独でも同様)。

サルコペニア対策は 高齢者のQOL向上と、 医療費・介護費抑制にも重要

山田 4人に1人が高齢者、そのうちの5人に1人が要介護認定者という時代(図9)、65歳以上の高齢者では男女共にサルコペニアの罹患率は20%と推測されています。
 積極的な運動と適切な栄養補給により、サルコペニアの予防・改善を進めることは、高齢者のQOL向上の上でも、医療費・介護給付費を抑制する上でも重要であると思います。