ビタミン・ミネラル・食物繊維から、第7の栄養素として注目のファイトケミカルまで

色とりどりの野菜で、野菜のパワーを最大限にとろう!

神奈川県立保健福祉大学学長 中村丁次先生

正しい食習慣は、どんな医療保険よりも人生を守ってくれる

 中村丁次先生は、聖マリアンナ医科大学病院内に、日本初の本格的な栄養外来「院内栄養相談室」を開設され、27年間、医療現場で食と栄養による病気の予防と治療にあたられてきました。
 臨床栄養指導と食事療法を実践される中で、毎朝病院で痛感されていたことは、朝から病院の待合室で診察を待つ人の長蛇の列。その多くは中高年世代で、とりわけ糖尿病や高血圧などの生活習慣病で病院を訪れる患者さんの多さには驚かれたと言われます。
 中村先生は著書『食べかた上手』の前書きで、「リタイア後の長い年月を半病人として暮らすか、最後までピンピン暮らして現役のままコロリと死ぬか。生活習慣、とりわけ毎日の食事のとりかたしだいで決まる」、
「正しい食事の習慣はどんな医療保険よりも確実にあなたの人生を守ってくれます」──このことを声を大にして叫びたいと述べられています。
 2003年からは神奈川県立保健福祉大学に転任、管理栄養士の教育等を通して国民の生活習慣病の予防と健康増進をはかる職務に専心、2年前からは学長の重責に就かれていますが、臨床の現場を通して得られた「普段の食事の改善こそ体調不良を治す一番のクスリ」という確信に揺るぎはありません。
 中村先生に、アンチエイジングや生活習慣病予防に今最も注目されている野菜の成分「ファイトケミカル」を中心に、野菜の有効成分と効果的な摂り方など、野菜のパワーを最大限に発揮するお話をしていただきました。

 第7の栄養素として注目の      ファイトケミカル

 食品の栄養素と機能性
  ──ファイトケミカルは
         栄養素?!
──野菜をはじめ植物性食品に含まれるファイトケミカルが、食物繊維に次ぐ「第7の栄養素」として脚光を浴びています。そこで、臨床栄養指導の草分けである中村先生に、ファイトケミカルを中心に野菜の健康パワーについてお話をお願いします。まずファイトケミカルなどの機能性成分は栄養素なのかというところからお願いします。
中村 洋の東西を問わず昔から、食べることと健康とのつながりは強く意識されていました。
 科学としての栄養学は18世紀後半、フランスのラヴォアジエが「人間は食べものをエネルギーにして生きている」、つまり、食物と人間のエネルギー代謝の概念をつくったのが始まりです。
 その後、「食べものからエネルギーを得ているとしたらその源は何か」という研究がドイツで始まり、炭水化物(糖質)、脂質(脂肪酸)、蛋白質(アミノ酸)の三大栄養素が発見され、さらに、ビタミン、ミネラルといった身体の調子を整える栄養素が発見されて五大栄養素となりました。この5つのカテゴリーの各々を合計すると今、栄養素は40〜50くらいあります。
 栄養素のポイントの一つは、「栄養学」は"生命の元を求めた学問”であり、「栄養素」は食べものの中に見出された"生命の元となる成分”すなわち、その成分をとらないと特有の欠乏症を起こし、最終的には死ぬというものです。
 ところが近年、栄養素の定義そのものがゆらぎ始めております。それは、食べものの中には栄養素の他にも、抗酸化作用をはじめ、血糖の抑制作用だとか、血圧の降下作用とか、免疫能向上作用──等々、これまで栄養学が栄養素として検討しなかった健康に寄与するいろいろな機能作用や生理活性を持つ成分が見つかって、それらをどう位置づけていくかが問われています。
 例えば、カテキンやポリフェノールなどの健康効果がいろいろ明らかになっています(12頁表1)が、カテキンやポリフェノールをとらなかったために欠乏症を起こして、最後は死に至ったという人はいません。そこが、“生命の元”と定義されている栄養素とは大きく違うところです。
 ファイトケミカルなどの機能成分は栄養素か、そうでないのか、という答えを出す上では、栄養学という学問の領域をどこまで広げるかなどいろいろ検討しないと、答えはなかなか出せないものです。ただ、食物繊維に続く栄養素があるとしたら、抗酸化成分の可能性はあるかとは思いますが、抗酸化成分を含むものは現時点で200種くらいありますから、今後カテゴライズする必要があると思います。栄養学の中に入れて、食品の機能としての研究方法を構築すれば良いのではないかとも考えられます。

 植物自身が備える防御物質 「ファイトケミカル」は 今なぜ注目されるか

中村 ファイトケミカルが注目され始めたのは1980〜90年代頃です。生命を維持するための栄養学が解決し、今度はアンチエイジング、すなわち長く、若々しく、美しく生きるための研究が求められるようになったわけです。
 植物の中に存在する天然の化学物質「ファイトケミカル」(phytochemical :植物化合物)は、植物自身が紫外線や虫、細菌などから身を守るために自ら備えている防御物質です。植物全体に分布していますが、そのほとんどが色素や香り、アク、渋み、苦みなどに多く含まれています。現在1000種類ほどが確認されていますが、おそらく1万種はあるといわれています。
 「植物性生理活性物質」とも呼ばれ、その最大の作用は、老化や万病の元といわれる活性酸素を除去し、アンチエイジングやがんをはじめ多くの生活習慣病予防に期待される強い抗酸化作用です。
 私たちの体内にも、活性酸素を除去する抗酸化物質が備えられていますが、人間があまりに長寿になったことや、環境汚染やストレスなどの外的要因が多すぎるために、体内の防御物質だけでは不足しているのが現状です。そこで、野菜などのファイトケミカルが注目されているわけです。

 野菜の力で   病気にならない体づくり    野菜の健康効果

中村 野菜の最も優れた点は、各種のビタミン、ミネラル、食物繊維、ファイトケミカルが豊富に含まれていること(12・13頁表1・2)。
 そして、それらの補給によって病気にならない体づくりができることにあります。
 三度三度の食事で、野菜は必ずとりたいものです。野菜を毎日、十分量とることにより、ビタミン、ミネラル、食物繊維などの栄養素や抗酸化物質が体内で働き、代謝が活性化され、蛋白質など他の栄養素の吸収も良くなり、免疫力も高まって、老化やがんなどの予防に働いてくれると期待されているということです。

 酸化抑止と生活習慣病の予防

中村 体を錆びさせない、つまり細胞の酸化を防げば老化が防げ、生活習慣病の予防になるのではないかということは20年前くらいからいわれ始めました。
 具体的なきっかけになったのは悪玉といわれるLDLコレステロールだけでは動脈硬化にならない、LDLコレステロールが酸化変性した「酸化(変性)LDLコレステロール」が動脈壁に蓄積するのが動脈硬化の最大の原因であるというフレンチパラドックスの研究です。
 肉や乳製品など動物性脂肪を多くとる欧米人には虚血性心疾患が多いことが知られていますが、フランスでは動物性脂肪の消費量が多いのにもかかわらず、心臓病の死亡率が低く、それは、抗酸化作用の強いポリフェノールを豊富に含む赤ワインを多飲するからだということで研究が始まりました。
 生活習慣病では、今や国民病となった糖尿病にも酸化現象が大きく影響し、また食糧難だった第二次世界大戦直後には糖尿病の患者数は国民の1%に満たなかったのが、食の欧米化で食物繊維が不足しがちになったことも一因です。食物繊維は小腸の中でブドウ糖吸収をゆるやかにしてくれる働きがあるからです。

 がん予防は野菜の      最大の効果

中村 中でも野菜が大きな力を発揮してくれるのはがん予防です。
 がんの原因には生活習慣が大きく影響していますが、その中でも喫煙と食事は3分の2を占めているといわれています。
 食事では、脂肪分や塩分のとりすぎ、また食べすぎによる肥満もがんのリスクになります。がんの種類別で見ると、食道がんはお酒の飲み過ぎ、胃がんは漬物など塩辛いもののとりすぎ、大腸がんは食物繊維不足と肉のとりすぎがリスクを高めるといわれます。
 ところが、野菜や果物を十分量とっている人は、こうしたリスクがどれも低下することがわかっています。
 がんの発症過程では、
@第一段階のがんの発生にかかわる活性酸素を消去する力が強いのはビタミンC、ビタミンE、ビタミンAの前駆体であるβカロテンなどの抗酸化ビタミンです。
 その他、なす、ごぼう、ほうれんそう、しょうが、ブロッコリー、りんご、パイナップルなどの野菜や果物に含まれる抗酸化成分が細胞の突然変異を強く抑制することがわかっています。
A第二段階のがんの増殖には、βカロテンなどカロテノイド(植物色素の総称)の抑制効果が高いことがわかっています。緑黄色野菜に多いクリプトキサンチンや、ルテイン、レタスに含まれるラクツカキサンチン、トマトに含まれるリコピン、トウモロコシのゼアキサンチンなどの成分ががんの増殖抑制効果を持っています。たまねぎやにんにくの辛み成分や香気成分が増殖抑制に働くという報告もあります。
 これら多種多様な成分を一緒にとると、相乗的に大きな効果を発揮します。緑黄色野菜には多くの抗酸化物質が含まれていますが、色の白い野菜でも大根にはビタミンEが豊富ですし、かぶやカリフラワーにはビタミンCが豊富です。いろいろな野菜を食べることが大事です。

7色野菜でバランスよく! 多種多様にとることの重要性 ──食物成分は複合的に機能し    効果の発揮にも個人差が

中村 栄養学は食べものから生命の元を分析し、9つの必須アミノ酸、3つの脂肪酸、糖質であるグルコース、さらに各種ビタミンとミネラルと、約40〜50種の栄養素を突き止めたわけですが、私たちは栄養素を単独でとっているわけではなく、その栄養素を含む食品、例えば蛋白質なら、蛋白質を多く含む肉や魚、大豆食品を食べているわけです。
 機能成分にしても、がん予防や動脈硬化の予防に働く成分を見つけたとしても、実際には食べものからその成分だけが利用されているのではなく、食物全体の成分が複雑にからみ合って作用していると考えられます。大根にしても人参にしても、食物自体に複合的な成分が含まれ、さらに料理で組み合わせていくと、献立全体では非常に多くの種類の成分が含まれるようになります。これらの成分が複合的に作用し、結果的に我々の健康に貢献したり、あるいは害を及ぼしたりしているわけです。
 一つの成分がそのまま反映されるほど人の体は単純ではなく、効果にこだわりすぎたり、マスコミ情報や食品メーカーに踊らされて“健康のための偏食”にならないように、野菜に限らず、いろいろな食べものからいろいろな成分をバランスよくとることは非常に大事です。
 抗酸化成分にしても、例えば、ビタミンCとビタミンEの作用も違い、それぞれ助け合ったり拮抗し合ったりしながら、総合的に見ると助け合っているという面があるわけです。有名な話ですが、緑黄色野菜は肺がん予防効果があると報告され、その成分はβカロテンとされ、中国で大規模なβカロテンのサプリメントによる大量投与実験をしたところ、投与グループに肺がんが多く発症して、実験が中断になったことがありました。
 私はサプリメントや健康食品を否定しません。ストレス過多で多忙な現代人は、賢く利用するのは良いことだと思います。
 しかし、これだけをとれば健康効果があると、ある抽出成分のみを偏ってとれば、高濃度に作用した弊害が起きたり、相互作用が起こらなくなって思ったほど効果が上がらなかったり、かえって害作用をもたらすことにもなります。
 現行の食事改善は、臨床検査での評価・判定に基づき、血圧が高い、血糖が高い、あるいは中性脂肪が高いとか、生体の表面に現れたリスク、例えば血圧が高い人は減塩し、太っている人はカロリーを控え、中性脂肪が高い人は油っこいものを控えてリスクを減らすというものです。
 ところが、本態性高血圧でも塩分の影響がほとんどない体質もあり、酸化に強い体質、弱い体質もあると思います。どういう体質を持っているか、どういう遺伝情報を持っているかは、家族の病歴などで経験的に判断できても、本当に遺伝子がそういう体質を持っているのかを、物質として測れるところには至っていません。将来的にはゲノム解析でその人の遺伝子に合った食事改善ができるようになるかと思いますが、今のところはわからないわけです。
 ですから、ある健康食品で、効いた人、効かない人が出てくるわけです。
 今のところは、例えば野菜ならいろいろな色をとっていれば、その分自分に効果のある成分がとれる確率が高くなるわけです。

 丸ごと摂取して     潜在性欠乏症を防ぐ

中村 野菜に含まれるビタミンやミネラルの量は昔に比べて少なくなっている上に、ファイトケミカルなどは皮の部分に多く含まれていますから、野菜や果物はよく洗って丸ごと食べるのが良いのです。野菜だけではなく、穀物は精製し、肉や魚はばらして食べやすくおいしいところだけを食べるのが現代人です。
 例えば、魚は内臓にビタミン、ミネラルが多く、頭の部分にはカルシウムやリンなどが多く含まれていますから、丸ごと食べればかなりいろいろな栄養素がとれますが、切り身では蛋白質や脂肪ばかりで、ビタミンやミネラルがとりにくくなっています。
 一昔前の食糧不足時代には、ビタミンB1不足で脚気、ビタミンA不足で夜盲症などビタミン欠乏症が問題でしたが、今はその前段階にある「潜在性栄養素欠乏状態」で、いろいろな不定愁訴、慢性的な体調不良が起きています。
 人間はポリフェノールなどの成分だけで体を維持しているわけではありません。毎日の食事から、健康維持に必要な糖質、蛋白質、脂質、ビタミン、ミネラルなど基本的な栄養素をとり、その上で様々な成分の摂取を考えるのが順当です。
 飽食の反動、食品成分の情報が世の中にあふれたせいで、脂肪を一切とらなかったり、食物繊維が良いとなるとそればかりを食べたり、最近は一昔前に否定された糖質をカットする低インスリンダイエットが流行ったり、栄養バランスを崩して、かえって栄養失調になって体調を損なうという本末転倒現象も起きています。
 このようなことからも、食事はいろいろなものをバランスよくとることが重要です。そうすれば、今は知られていない、今後明らかになる未知の栄養素も知らないうちにとることができます。

 7色野菜で満遍なく

中村 野菜や果物は、ファイトケミカルの色素成分に着目して、赤、橙、黄、緑、紫、黒、白の7色でとらえて7色そろえば、ビタミン、ミネラルも、ファイトケミカルも自然とバランスよくとれます(12・13頁表1・2)。
 例えば、じゃが煮付なら、ジャガイモ(黒)、タマネギ(黄)、ニンジン(橙)で3色、キヌサヤ(緑)を加えれば4色そろいます。具沢山味噌汁なら、根菜、葉菜、キノコといろいろ一緒にとれます。
 「毎日7色」と気負わず、「昨日食べなかった色を今日は選ぼう」という考えで、1週間単位で考えると無理なくとれます。
 ポリフェノールのような抗酸化物質は植物の色素や味の成分で、ほとんどの野菜や果物に含まれていますから、普段の食事で野菜や果物を十分にとっていれば特別にワインやココアを飲む必要はなく、赤ワインにはアルコールが、ココアには脂肪や糖分が多いことも忘れないでください。

 ご飯・味噌汁・主菜・副菜…     伝統的な食の重要性   ──食体験の長さが大事

中村 伝統的な食品が良いというのは、長い間食べ続けているというところです。それで、安全性が保証できているんですね。
 急性毒性はその場の食体験で判定できますが、例えば20年30年、油や塩、砂糖をとりすぎ続けて、がんや動脈硬化が出たという慢性毒性を有するものは、食べ続けた期間、歴史が評価になるわけです。国や地域単位の集団で長生きしているか、していないかが、エンドポイントになるのですね。
 専門家が「偏らないでバランス良くとって下さい」というメッセージはそこなんです。それが本来の普通の食事であり、そういう食生活を続けていれば健康長寿が得られるということです。
 和食の良さは、主食にご飯があること。糖質のご飯を中心に、蛋白質食品中心の主菜、野菜中心の副食、それに味噌汁という献立では、三大栄養素からビタミンやミネラルの微量栄養素、食物繊維やファイトケミカルがバランス良くとれるのです。

 食事は楽しい要素も大事

中村 野菜を彩り(色取り)よく食べるのは、見た目の美しさ、食の楽しさにもつながることです。
 人が食べものから栄養素を消化吸収するためには、「おいしい」という感覚が重要です。おいしいと感じないと、体は消化のための準備をしてくれません。「いや」と思う食べものや相手が一緒だと、食欲も減退し、おいしさも感じられなくなります。
 おいしいという感覚は、食卓を囲んで楽しい、しあわせという感覚にも左右されます。家族みんなでわいわい食事をすれば、子どもには良い食習慣がつきますし、お年寄りは食欲が高まってしっかり栄養がとれるようになり、元気に長生きができるでしょう。