うつや認知症も 食生活の改善から

脳や心を健康に保つ食事・栄養

国立精神・神経医療研究センター  神経研究所 疾病研究第三部部長 功刀 浩先生

社会問題化するうつや認知症も、生活習慣病の一つ

 急速に進む高齢化社会に加えて、ストレスのたまりやすい複雑多様な現代社会では、うつ病や認知症が猛威をふるい、社会問題化しています。
 認知症はこの10年間で149万人から300万人と倍増、うつ病も100万人を超え、今や20人に1人はかかるといわれています。
 こうした脳や心の障害に対して、食事・栄養面からのアプローチは、日本ではこれまでほとんどなされていませんでした。そんな中で、東京小平市にある国立精神・神経医療研究センターでは、精神疾患の栄養学的側面に注目した臨床研究が進められています。
 研究の中心を担う功刀浩先生は、健常者や患者の血液検査や食事調査などから、うつ病や認知症は肥満・糖尿病・メタボリック症候群とリンクしていることが多く、また、うつ病では葉酸や鉄、亜鉛、必須アミノ酸等の栄養素が不足傾向にあることを見出され、病院の栄養指導室と連携して、うつ病の治療に個人に応じた栄養療法を取り入れた食事改善を指導して成果を挙げられています。
 功刀先生はこの成果を踏まえ、従来4本柱だったうつ病治療──@心身の休息、A環境調整(ストレスや発症の引き金となった誘因を取り除く)、B心理療法、C抗うつ薬などの治療──に、D食生活などの生活改善を加えた5本柱で取り組むべきだと提唱されています(表1)。
 ストレスや加齢が引き金になる脳や心の病は、「メタボなどの生活習慣病と同様に、食事をはじめとする生活改善で予防・回復が期待できる」と話される功刀先生にお話を伺いました。

 うつや認知症も、     生活習慣病の一つ  うつ病が増えている ──社会的損失が大きい病気

──認知症に加えてうつ病が増えて社会問題化していますね。
功刀 厚生労働省の調査では患者数はこの15年程で2・5倍、40万人から100万人と相当に増えています。潜在患者を含めると約500万人ともいわれ、20人に1人はいるともいわれています。
 うつ病は休職や自殺の主要原因になっており、生活に障害を受ける年数は、精神疾患に限らず、全ての疾患の中で第一位となっています。
 先進国の中で自殺者の多い日本は、昨年でこそ15年ぶりに3万人をわずかに切りましたが、3万人ということは1日100人近くが自殺し、その背後には未遂の方が何倍もいるということです。
 これは、現在の治療法が十分でないことや、うつ病の客観的な診断法がないことなどで、未治療で病気を悪化させてしまう人が多いからともいえます(表1参照)。
──躁うつ病とうつ病は違うのですか。
功刀 どちらも気分障害の精神疾患ですが、躁うつ病は今は双極性障害といい、周期的に躁状態とうつ状態を繰り返す、遺伝的な要因が高い病気です。
 うつ病は、憂うつな気分や不安感、悲観的考え方、精神活動の低下、食欲低下、不眠などの症状が特徴的で、遺伝よりも環境的要因が大きいといわれます。ですからストレスフルな環境が増えることで、恐らく患者数も増えているのだと思います。

背後に、自然と離反した生活  ──ストレスフル社会と
    3つの現代型生活習慣

功刀 うつ病が増えている背後には、昔の安定した農耕社会と違い、現代は人間関係も複雑に絡み合い、社会変動も大きく、不安定で将来を予知しにくいといった高ストレス社会の中で、現代特有の3つの生活習慣が関係しているのではないかと考えられます。
@まず食生活。食材をそのままとっていた自然食が当たり前だった昔と違い、今は食物が製品加工化されその過程で栄養素が不足し、加えていくらでも食べられる。こうした食の製品化と飽食による、食事・栄養のバランスの異常が、いろいろな生活習慣病を引き起こし、その一つにうつもあるということですね。
A太陽光と同期しない生活による睡眠・覚醒リズムの乱れ。電灯のお陰で24時間の活動が可能になり、生活リズムが整わない、狂いやすい。ですから入院すると生活リズムが整い、それだけで病気が良くなることもあります。
B運動をしない。
 こうした生活習慣とストレスがリンクしてうつ病が増えていると考えられます。
──認知症が増えている背景にも高齢化に加えて生活習慣が関与していることがいわれていますが、うつ病に加齢は関係していますか。
功刀 加齢するとやはり、うつになりやすい傾向があります。
 体質的にはストレスホルモンがだんだん増え、ストレスホルモンが増えると脳の神経細胞が障害を受けやすくなります。
 環境的には年を取ってくると体が不自由になったり、仕事がなくなったり、配偶者が亡くなったり、そうした喪失体験がストレスとなって引き金になりもします。

 うつ病や認知症等も    食事・栄養の改善から   精神疾患と食事栄養療法

功刀 食事と病気との関係は1970年頃からイヌイットには心臓病が少ないなどのことが明らかになり、1990年代後半頃から、認知症やうつ病なども食生活が関係していることがわかってきました。特にここ5年ほど前から、うつ病になりやすい食習慣や栄養療法による効果などが欧米では次々と発表されてきました。
 そのため欧米では、例えばカナダの“うつ病治療のガイドライン”では、精神(心理)療法、薬物療法、刺激療法に加えて、運動療法や食事療法などの補完・代替療法が入っています。
 一方、日本のガイドラインでは「運動療法は確立された治療法とはいえない」、「栄養療法もエビデンスが希薄」として、補完・代替療法は未だに取り入れられていないのが現状です。
 しかし、ごく単純に考えても、栄養状態が悪ければ体に不調が出て元気が出なくなるのは当然なんですね。ミネラル、ビタミンが不足すればいろいろな酵素活性がうまくいかなくなり、例えば鉄不足で貧血になれば酸素が減り元気が出なくなります。
 症状だけを聞いて「うつ病ですね。では抗うつ薬を出しましょう」というのが今の医療です。
 私はうつ病などにはまず食事・栄養を調べるべきだと思います。人によってメタボリック症候群(以下メタボ)になりやすい食習慣の人もいれば、鉄の不足、亜鉛の不足、葉酸の不足、中には魚油に多いn−3系脂肪酸が不足している人もいるでしょう。そこを調べずして薬だけ出してもなかなか治らない。食事や栄養面を改善するとより治りやすくなると思います。
 こういうことから、栄養学的な異常のある患者さんに、精神科医が栄養指導のオーダーを出すことを我々はやり始めたのです。

うつ病や認知症と   肥満・糖尿病・メタボ等

功刀 うつや認知症は、脳血管障害、心筋梗塞、肥満、糖尿病等、メタボ関連の疾患と互いに関係し、リスクを高め合ったりしています。
 うつ病では糖尿病になりやすく、逆に糖尿病の人はうつ病になりやすい(一般人のおよそ3倍)。心筋梗塞でもうつ状態になりやすく、脳の血管まで詰まると認知症も引き起こします。また、うつの人は7倍も認知症になりやすいというデータもあります。
 このように、うつ病や認知症、脳血管障害と心筋梗塞、糖尿病、メタボ等は、団子5兄弟みたいな関係で、どんどん集結していって健康寿命が下がっていくという関係があるんですね。
 メカニズムはまだよくわかってはいませんが、例えば、ストレスでやけ食いして肥満になる。肥満になると肥大化した脂肪細胞からは動脈硬化やインスリン抵抗性を引き起こす悪玉のアディポカイン(脂肪細胞から出るサイトカイン。善玉と炎症に働く悪玉とがある)が出てきて糖尿病や動脈硬化を引き起こします。
 インスリン抵抗性があると糖が細胞にうまく取り込まれなくなり、脳でもそういうことが起きてエネルギー不足になったり(従来、脳はインスリンに依存せずにグルコースを取り込むとされていたが、最近はインスリン依存性のメカニズムが脳でも働いていることがわかってきた)、インスリン自身が神経保護作用や神経栄養作用をもつことから、インスリン抵抗性が脳の機能に影響を与えることが明らかになってきました。
 また、耐糖能異常やメタボのある人は、記憶に関係する脳の海馬の体積が小さいという脳画像研究も報告されています。
 ですから、うつ病治療の第一原則の休息や、抗うつ薬の副作用で食欲が高まることなどによって、医原性の肥満・メタボ・糖尿病を引き起こし、それによってうつ病や認知症を悪化させている可能性もあります。

 食の欧米化と     栄養バランスの異常  ──地中海食の優位性と        EPA・DHA

功刀 食の西洋化(欧米化)による栄養バランス異常で、よく指摘されているのが西洋食と地中海食との比較です(表3)。
 地中海食の人は西洋食の人に比べ、死亡率が低く、心臓病、がん、神経変性疾患(アルツハイマー病やパーキンソン病)、うつ病などの発症率が低いことから、うつ病や認知症などの予防にも有効ではないかといわれています。
 特に地中海式食事で注目される栄養素は、n─3系脂肪酸の中で、魚油のEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)です。EPAやDHAは心臓血管系疾患の予防に有効であり、うつ病や認知症においても魚の摂取量が少なかったり、n─3系脂肪酸の血中濃度が低いとリスクが高まると指摘され、補充療法の有効性が報告されています。
 肉や脂肪や加工食品の多い西洋食(現代食)では生活習慣病になりやすく、野菜・魚・穀類の多い地中海食は日本の伝統食にも相通じて、うつや認知症なども含めて広く生活習慣病予防に役立つと評価されているわけです。
 ただし、日本人は欧米人に比べて魚の摂取量が多く(日本人は1人当たり年間60〜70 kgの魚を食べるとされ、欧米諸国では一般に20〜30 kg)、魚嫌いでない限り、不足の心配はあまりないと思います。

 ビタミンの不足   ──ビタミンB1・B2・      B6・B12・葉酸

功刀 うつ病ではビタミンB群の1、2、6、12、葉酸、認知症ではビタミンB12の関連がいわれています(表4)。
 中でもうつ病では葉酸が最もエビデンス(科学的根拠)が多く、葉酸の補充療法はうつ病治療に有効という報告は少なくありません。
 血液を調べると、患者さんと健康な人の比較では有意な差が出るのは葉酸です。血清中や赤血球中の葉酸濃度が低いとうつ病のリスクが高まるという結果が多く、また、食生活から葉酸摂取量を推定した調査でも葉酸の摂取が少ないとうつ病リスクを高めるという結果が多く出ています。
 葉酸はアミノ酸(蛋白質)やDNA(核酸)の合成に必須のビタミンで、ビタミンB12と協働して造血にも働きますから、葉酸が不足すると元気が出なくなるのは当たり前なのです。
 葉酸やB6、B12などのビタミンは、メチオニン・葉酸代謝を行うメチル化サイクルや葉酸サイクルにおいて重要な役割を果たしています(図1)。メチオニン・葉酸代謝は、DNAや蛋白質、リン脂質、カテコールアミンなどの産生に用いられます。このサイクルに何らかの異常をきたしてホモシステイン(血中アミノ酸の一つ)がたまると高ホモシステイン血症となり、心疾患や、うつ病、統合失調症、アルツハイマー病、パーキンソン病などのリスクを高めることが指摘されています。

 神経伝達物質とアミノ酸

功刀 神経伝達物質のセロトニンの材料となる必須アミノ酸のトリプトファン(11頁表4)が不足すると、うつ病の人やうつ病の素因のある人は気分の落ち込みを引き起こしやすいことが指摘されています。また、うつ病の人は健常人に比べて、血中トリプトファン濃度が低下しているという報告も多くあります。
 セロトニンは、睡眠・覚醒や心の安定に重要な働きをしており、セロトニンの働きが低下すると、イライラ、不眠、うつになりやすくなるといわれています。
 アミノ酸では他に、葉酸関連でお話ししたメチオニン、チロシンが重要です(表4)。チロシンは元気や覚醒に働く神経伝達物質のドパミンやノルアドレナリンの前駆物質となります。

 鉄や亜鉛等の     ミネラルの不足(過剰)

功刀 鉄不足になると、疲労、焦燥感、無関心、集中力低下などのうつ的症状が出ることが知られています。出産は出血を伴い、産後うつ病も多いことから、血清鉄やフェリチン(鉄貯蔵蛋白)値による潜在的鉄欠乏をチェックし、不足の場合は食事療法や鉄剤の補給でうつ症状が改善される可能性が示されています(表4)。
 一方で、鉄の過剰は体内で活性酸素を増大させ、アルツハイマー病などの認知症のリスクになることもいわれています(14頁表5)。また、アルツハイマー病ではアルミニウムの過剰もリスクになることがいわれています(表5)。
 亜鉛不足がうつ病のリスクを上げるという報告もあり、血清亜鉛値についてもチェックしておく必要があります(表4・表5)。
 ミネラルではその他に、カルシウム、ヨウ素、マグネシウム、銅、セレニウムなどとうつ病との関連が指摘されています。

 ネバネバ食・日本食のすすめ   ──糖吸収を抑え      神経伝達にも有効

──徳島大学の武田英二教授(臨床栄養学)は、納豆、オクラ、長芋などいわゆるネバネバ食が血糖の上昇を抑え、結果的にうつなどのリスクを下げると報告していますね。
功刀 納豆や山芋などネバネバ食は糖の吸収がゆっくりになりますから、悪くないと思います。
 糖の急上昇を抑えるということでは、ゆっくりよく噛むということも大事です。多忙な上に精製・加工食品の多い現代では早食いになりがちで、早食いは大食いにもつながります。
 現代の食生活は野菜も不足しがちになりますが、野菜ジュースなどからではなく、野菜もしっかり噛んで食べることが望ましいといえます。
 また、納豆などには、ビタミンB群や鉄や亜鉛や、安眠や精神安定に関係する神経伝達物質のセロトニンやメラニンの前駆物質となるトリプトファンも多く(11頁表4)、トリプトファンは必須アミノ酸の中でも一番不足しやすく、アミノ酸スコアが100にならないのはトリプトファンのせいだといわれています。
──先生のお話から、玄米や分搗き米ご飯に、オクラや長芋などをとり合わせた納豆、野菜たっぷりの味噌汁、魚というメニューは脳にもいいような気がしますが、いかがでしょうか。
功刀 なかなか良いのではないかと思います。ゆっくりよく噛むという観点からも評価できると思います。
 日本食では緑茶も活性酸素を強力に抑えるカテキンが多く含まれていますし、喫茶の習慣は心をくつろがせてくれます。そういうことから、うつや認知症などの予防に有効という報告もあります(表5)。

 自然に即した生活を  バランスの良い     食生活と身体活動

功刀 現代人は運動不足にもなりがちですが、身体活動量が多い人、日頃から運動をよくやっている人は、うつ病や認知症のリスクが低いことがわかっています。できるだけ体を動かすように心がけ、ウォーキングなど無理のない運動を行ってください。
 最近の研究でも、運動療法や抗うつ薬でうつ病改善後、10ヶ月後の再発率を比較すると、運動療法を自宅で続けていた人の再発率は、薬物療法だけを続けていた人より有意に低かったという報告もあります。
 有酸素運動が効果的で、高齢者120人を@週3回のエアロビクス運動(ウォーキング)と、Aストレッチ群(対照群)とに分けて1年間経過をみたところ、海馬の体積が@群は2%増加したのに対して、A群は1・4%減少し、空間記憶課題の成績も@群の方がよくなったというデータも報告されています。
 飽食や偏食、精製加工品が多く、ビタミンやミネラルが不足しやすい食生活と、運動不足になりやすい現代の生活は、脳や心のバランスも取れにくくなっています。
 うつ病を防ぐためには、人間関係や職場などでのストレスが過度にならないようにするとともに、食事・運動・睡眠などの生活習慣を正すことが大切です。これは認知症にもいえることだと思います。
 食事では栄養バランスに気をつけ、三食規則的にとることを心がけ、特に朝食は体内リズムを整えるのに大切ですので、欠かさずとるようにしましょう。
 そして、できるだけ体を動かすように心がけ、ウォーキングなど無理のない範囲で運動をしましょう。運動は、質の良い睡眠や規則正しい生活リズムをつけるのにも効果的です。十分に睡眠をとっていれば、うつ病を発症するリスクはかなり低くなるでしょう。朝決まった時間に起きることが、早寝早起きにつながります。
 このように、うつも認知症も生活習慣次第で予防、改善できる病であることをぜひ、心にとめていただきたいですね。