疲労の蓄積は、心身の健康をも脅かす

──疲労の正体と、疲労回復に働く食物・ライフスタイル

独立行政法人理化学研究所 分子イメージング科学研究センター 細胞機能イメージング研究チーム・チームリーダー 片岡洋祐先生

疲れやすい日本人──日本人の約6割は疲れている

 「疲れた」という言葉が日常よく使われ、「お疲れ様」という言葉は挨拶語にもなっている日本。実際、日本人の約6割は日常的に疲労を感じていることが報告されており、日本人は疲れやすい傾向にあると考えられています。
 理化学研究所分子イメージング科学研究センターの片岡洋祐先生は、その要因を「世界105ヶ国の自殺率を見ても先進諸国では日本は年間3万人以上で8位とダントツに高い(8頁図1)」などのことから、遺伝的素因や社会環境などからくる国民性なども関係しているのではないかと指摘されています。
 また、疲労が蓄積してくると、仕事や勉強などの能率が下がるばかりではなく、自殺や病気の原因にもなり、疲労対策への取り組みは、公的環境から個人の生活環境に至るまで重要な課題だと警告されています。
 しかし、なぜ体や心は疲れるのか、どのように疲労が回復するのか、疲労の正体やそのメカニズムはこれまでなかなか解明されていませんでした。
 近年、文部科学省の疲労克服に向けた研究班(班長:渡辺恭良・大阪市立大学大学院教授)において、さまざまな疲労動物モデルが考案され、疲労のメカニズムが分子・神経レベルから研究されるようになって、疲労の正体がかなり具体的に解明されるようになってきました。抗疲労に働く食事因子の解明も進んでいます。
 分子・神経機構から疲労やストレスを研究されている片岡先生に、疲労について、基本的なメカニズムや疲労対策を中心にうかがいました。

疲労とは
ストレスの蓄積と疲労 ──疲労の様々な要因と種類

──誰もが日常的に疲労を感じていますが、疲労というと漠然とし、ストレスとの違いもよくわかりません。疲労の正体、疲労回復策などの基本をお教えいただければ幸いです。
片岡 疲労とは、「過度の肉体的および精神的活動、または疾病によって生じた、心身の活動能力、能率の減退状態」と日本疲労学会は定義しています。
 ストレスが疲労の原因になることはあるものの、大事なポイントは疲労が活動能力や能率が低下するのに対し、逆に、ストレスはある程度の負荷なら能率が上がり、人のパフォーマンスが上がることもあるということです。但し、ストレスも長時間負荷がかかってくると、だんだん疲れを感じてきます。
 ですから、疲労の原因にはもちろんストレスがありますが、ストレスがずっと負荷としてかかったあげく、体内で機能的な変化が蓄積してパフォーマンスが落ちてくる──という状態が疲労と考えられています。
 疲労の原因にはいくつかの種類があり、大きくは健康な人の疲労と病気の人の疲労とに分けられます。病気が原因の疲労はたくさんあり、糖尿病でもがんでも非常に疲れやすくなります。
 一方、健康な人が感じる疲労は
・運動なども続けていると最後にはへばってしまうように、筋肉運動負荷により引き起こされる純粋な「肉体疲労(末梢疲労)」
・脳にストレスがある程度かかるとその後疲労として感じる「精神疲労(中枢疲労)」
・インフルエンザや風邪などにかかると免疫反応を起こし、それが原因で強い倦怠感、疲労感を覚える「感染疲労」
・いくつかの疲労要因が重なった「複合疲労」──などに分類できます(表1)。
 さらにその中間があり、蒸し暑い日が続くとか、騒音など生活環境からくる疲労。また、24時間交代勤務などで起きやすい睡眠リズム障害も疲労感を伴います。
 このように、疲労にはさまざまな原因があり、共通するメカニズムもあれば、違うメカニズムもあり、それによって解消法も異なることも多いわけです。
 社会環境が複雑な現代では、精神的、身体的要因が複合した複合疲労も多く、例えば最近では介護による複合疲労──介護は体力を使い、夜中も起こされたりすると睡眠リズム障害も起きますし、何年続くのか出口のわからないことからくる精神的ストレス──と、非常に多様なストレスがかかって疲れが蓄積されていくケースも多いと思います。

疲労と疲労感

──身体的ストレスも、疲労を感じるところは脳なのですか。
片岡 そうです。脳のどこで疲労を感じているかという疲労関連領域はまだ100%はわかっていませんが、いくつかの研究グループによって解明されつつあるところです。
 「疲労感」というのは、疲労に多く伴う独特の不快感、休養願望、活動意欲の減退を指します(日本疲労学会)。
 注意したいのは、疲労と疲労感は通常は並行していますが、時々違う動きをすることです。
 例えば、1日働いて疲れて家に帰る時、1ヶ月前に買った宝くじを思い出して番号を調べてみたら1等に当選していた。そんな時は瞬間、仕事の疲れを忘れます。でもやはり体は疲れているのです。
 また、体が疲れて、脳もその疲れを感じていても、いざという時に動けるように、脳と体は少しずれて動く時があります。そこに注意していないと、働き過ぎなどで過労死を招くおそれもあります。

日本人の5人に2人が 「慢性疲労」 ──「慢性疲労」と 「慢性疲労症候群(CFS)」

片岡 2004年に文科省生活者ニーズ対応研究「疲労および疲労感の分子・神経メカニズムの解明とその制御に関する研究」研究班(班長:渡辺恭良)が行ったアンケート調査では、「疲れている」人は全体の56%に上り、このうちの半数以上(全体で約40%)が「半年以上続いている」と答えています。
 疲労とは「放置すると健康を損なう」という身体の警告であるとも考えられています。半年以上続く疲労は「慢性疲労」と呼ばれ、休養なり薬なりの処置が必要とされます。そのままの生活を続けていると病気の原因になったり、いろいろな問題が生じたりしてきます。
 ところが、慢性疲労の半数以上の人が「日常生活に支障はない」と答え、半数弱の人が「能力低下を感じる」と答えています。思い当たる原因としては40%の人は「過労」、20%の人は糖尿病などの「病気」と答え、残り40%の人は「よくわからない」と答えています。
 全体の約4割、日本人の約5人に2人は慢性疲労を覚えているという事実は、欧米の約20%という数値に比べても多い。
 これは、日本人は本当に疲れているのか、それとも疲れていると脳が感じやすい国民なのか議論があるところです。遺伝子解析結果などでは、日本人は心配性で精神的に疲労しやすい国民である可能性も指摘されています。また、狭い国土の村社会で長年生活してきた社会的、歴史的背景もあるのかもしれません。
 最も問題なのは、慢性疲労でしばしば会社を休んだり、あるいは休職・退職される方の中に、「慢性疲労症候群(CFS)」という特殊な病気が潜んでいることです。
 慢性疲労症候群の患者さんは人口の0・3%、日本でいうと30〜40万人は潜在するといわれています。
 慢性疲労症候群の原因は未だにはっきりしていませんが、非常に強い疲労感が半年以上、長い人で数十年続き、ベッドから起きられない、会社に行けないという人から、時々会社を休めば何とか一人で生活できる人もいます。
 症状は、労作後疲労感といって少し動くとそのあと普通の人の何倍も強い疲労感があり、その他は筋肉痛、関節痛、頭痛、咽頭痛、睡眠障害と、ほとんどが風邪の症状と一致し、風邪と間違えられやすく、今でも診断がつきにくい病気です。
 私たちは慶應義塾大学や大阪市立大学などと共同で、患者さんの血液を用いてメタボローム解析(代謝物解析)を行った結果、エネルギーの元となる「ATP(アデノシン三リン酸)」の生産に必要な代謝物、すなわちクエン酸などのエネルギー産生に関係する物質が落ちていることがわかってきました。
 この結果から、客観的診断や、何かを服用・摂取することで慢性疲労症候群が治療できる可能性が見えてきまして、今後さらに検査対象を広げ、普通の慢性疲労でも代謝物の量の変化があるかを見ていきたいと思っています。

疲労と病気

──病気が原因の疲労があるということですが、逆に、疲労が病気の引き金や原因になったりするのですか。
片岡 疲労の蓄積や過剰なストレスは免疫力の自律神経機能の低下を招き、感染症やがん、心筋梗塞、脳梗塞、そして、うつ病などさまざまな病気の引き金や悪化の要因になったりすると考えられています。
 日本の自殺率は世界第8位と高く、社会情勢が安定している先進国では珍しい現象です(図1)。自殺の原因はうつ病が多いのですが、その手前にはストレスからくる疲労があることが考えられます。

疲労の科学から見えてきた 疲労と抗疲労のメカニズム
エネルギー(ATP)減少と 酸化ストレスの関与

──CFS患者さんではエネルギー(ATP)産生に関わる物質の低下が認められたということですが、エネルギー不足は疲労全般にいえますか。
片岡 疲労は、エネルギー代謝の低下が一因になっていることは確かです。
 我々の細胞がコップだとすると疲労はストレスを受けた結果、コップに穴が開いた状態だと考えられます。その場合、コップに水を入れる時、いつもより余計に水を入れる必要があります。つまり、水が実際に生きるために必要なATPだと考えると、細胞修復にも大量のATPが必要となるため、疲労時には普段以上にATPを産生することが要求されるわけです。
 ATPは主に細胞小器官の「ミトコンドリア」でつくられます。ミトコンドリアでATPがつくられる時には酸素が必須で、その際に活性酸素が発生し、活性酸素は周辺のタンパク質や脂質などを酸化させてしまいます。そうすると、ミトコンドリアの働きが悪くなり、ATPが十分につくれなくなります。
 特に、脳では末梢臓器に比べて2〜30倍と大量のエネルギーが使われ、酸素消費量は身体全体の20%と大量の酸素を消費します。そのため、脳は酸化ストレスを非常に受けやすく、精神作業で脳内の神経活動が亢進すると、より強い酸化ストレスがかかって活性酸素が増え、活性酸素が神経細胞を障害することによって神経伝達機能が低下し、情報処理能力や精神活動が落ちてきたりします(図2)。

筋肉疲労と エネルギー(ATP)の減少

片岡 筋肉への過剰な負荷によって生まれる筋肉疲労は、日常感じるポピュラーな疲労の一つです。
 私たちはラットに、150秒間強制遊泳させて筋肉疲労について検証してみました。
 ラットに体重の8%に当たる重りを付けて遊泳させると、時間経過につれて筋肉の収縮が悪くなり、ラットはだんだん泳げなくなってきます。
 私たちは泳ぎきったラットの腓腹筋(ふくらはぎの筋肉)を取り出し、筋肉内のATPとグリコーゲンの量を測ったところ、ATPとグリコーゲンは共に遊泳直後には30〜35%低下し、遊泳後、通常の飼育ケージに戻し5分間の休息を与えると、ATPは遊泳前のレベル近くまで回復しましたが、グリコーゲンは回復傾向がやや見られた程度でした(図3)。
 この実験から、瞬発的な筋肉運動負荷では、骨格筋収縮のエネルギー源であるATPの消費が供給を上回り、運動パフォーマンスの低下をもたらすことがわかります。
 疲労の回復には、休養と共に、ATPの産生に関わる物質の摂取が求められます。

精神(中枢)疲労と酸化ストレス

──睡眠・神経伝達物質の重要性
片岡 長時間の精神ストレスや精神作業によって脳は疲労します。
 脳の疲労の多くは過剰な中枢神経の興奮によってもたらされると考えられています。中枢神経が過剰興奮すると、細胞内のカルシウムイオンの上昇、エネルギー産生の亢進、さらにプロスタグランジンの産生──等により、活性酸素が多量に生まれ、それによる酸化ストレスが神経伝達機能を障害します。
 一方で、こうした疲労から身を守るために、脳内ではさまざまな機能が働いています。
 中でも睡眠は重要です。疲労を覚えると眠気を催してきますが、特に眠りについて30分〜1時間ほどで到達する最も深い眠りの「徐波睡眠」は、脳の疲れをとるのに重要です。
 実験動物の脳を剌激してストレスを与えると、神経細胞ではシクロオキシゲナーゼ2(COX2)という酵素がつくられ、この酵素が徐波睡眠を引き起こすプロスタグランジンD2という生理活性物質をつくり、徐波睡眠を誘導します(図4)。同様のメカニズムは人間でも働いていると考えられます。

感染症と免疫反応 ──サイトカイン

片岡 インフルエンザなどの感染症にかかると発熱し、筋肉痛や強い疲労感が生まれます。
 感染症にかかると血液中にサイトカイン(免疫・炎症に関係する生理活性物質。特定の細胞に情報を伝達する働きを持つ)の一つ、インターロイキン6がつくられ、これによって脳の血管壁ではCOX2がつくられ、それにより発熱を引き起こすプロスタグランジンE2がつくられることで発熱することがわかっています。
 私たちは、感染時の疲労感にも同様のメカニズムが働いているのではないかと考え、ウイルスに似た物質(感染力はない)をラットに投与したところ、発熱と同時に行動量の抑制、摂食量の減少など感染時とよく似た症状を引き起こしました。
 こうしたラットに、COX2阻害薬を投与すると発熱は治まりましたが、行動量は改善しなかったことから、発熱と疲労感は異なるメカニズムで引き起こされている可能性が見出されました。そして、さらに詳しく調べたところ、別のサイトカインが脳内でつくられていて、これが疲労感を増大させ、行動量を減少させたと考えられました。さらに、このサイトカインは感染症だけでなく、ストレスによっても脳内でつくられることがわかっています。
 疲労感をもたらすサイトカインとこうしたはたらきを抑制するメカニズムや、脳の疲労回復に関係するセロトニンなどの神経伝達物質との関連性が解明されれば、うつ病や慢性疲労症候群の根本的治療にもつながるのではないかと考えられ、さらに研究を進めていきたいと思っています。
 なお、感染症時に起きる免疫反応では活性酸素の産生による酸化ストレスも関与します。

疲労に対処する! 睡眠・休養と超回復

片岡 これまでお話ししてきましたように疲労の緩和・回復には睡眠と休養が非常に重要です。しかも、睡眠・休養は、単に疲労前の状態に回復するだけではなく、ストレスへの耐性を強めることにも重要だと考えられています。
 ウエイトトレーニングなどで、筋肉にストレスを与えた後に24〜48時間程度の休養期間をおくと、その間に筋肉量がトレーニング前よりも増える現象を「超回復」といいます。
 脳でも神経回路の可塑性によって同じような現象が起こっていることが想定されています。
 私たちの研究で、脳が活動したあとは新しい細胞が生まれ、新しく生まれた細胞の一部は脳の興奮を鎮める細胞に変化することがわかってきました。興奮後の深い睡眠中に、脳はその働きを休ませるだけではなく、脳組織を積極的に改善することで、ストレスや疲労への耐性を獲得しようとしているのではないかと考えられます。
 この脳の超回復は、学習後に睡眠をとると学習成果が上がるという研究からも想定されています。
 ストレスや疲労を感じた時は、十分睡眠をとっていただき、脳や体の回復力を十分引き出してほしいと思います。

抗疲労食 ──ATP産生促進物質・ 抗酸化物質の 日常的な摂取

片岡 最近では疲労研究を行っているいくつかの大学や研究所、企業の努力で、疲労のメカニズムのみならず、疲労に効果のある成分も知られるようになってきました(表2)。
 エネルギーの元となるATPは細胞内のミトコンドリアで糖や脂肪を原料に産生されます。糖や脂肪酸の代謝にはビタミンB1などが補酵素として必須です。ビタミンB1の誘導体「フルスルチアミン(TTFD)」はビタミンB1より速やかに経口摂取で吸収され、体内で活性型のチアミン二リン酸に変換され、糖代謝関連酵素の補酵素として働いて、筋肉疲労の回復を促進することが確認されています。
 私たちが行ったラットの強制遊泳実験では、泳ぐ前にTTFDを5日間摂取させたラット群は遊泳後、腓腹筋のグリコーゲンやATPの低下が抑制され、さらに回復も早まり、連続遊泳可能時間も延長していました。また、他の疲労モデルラットにおいても、TTFDの数日間の持続投与により抗疲労効果が確認されています。
 ミトコンドリアでのエネルギー代謝を改善しATPの産生を促進するということでは、クエン酸や、抗酸化物質のコエンザイムQ10などの効果も確認されています。
 酸化ストレスは、ミトコンドリア内のATP産生、脳の疲労、また、感染時の免疫反応にも大きく関与しています。私たちの研究では、抗酸化作用を持つビタミンCや茶カテキン(エピガロカテキン)を組織液中に添加すると酸化ストレスによるシナプスの伝達機能の低下が軽減されることを確認しています。
 脳の疲労回復には青葉の香り成分から抽出された青葉アルコールや青葉アルデヒドも効くと報告されています。
 適切な食事、抗酸化物質の日常的な摂取、睡眠と休養の環境づくりは、疲労の予防・回復に重要なポイントになると思います。

生体リズム・情動・共感の 重要性

片岡 複雑な現代生活では生体リズムが破綻し、これもストレスや疲労の増大をもたらしています。特に、子供の生体リズムの破綻は不登校の一因にもなっていることが、三池輝久・元熊本大学教授らにより指摘されています。そうした生体リズムが整うような環境づくりも非常に大切です。
 ここからは私個人の考えですが、日本では物があり余っているにもかかわらず、国民が幸せをあまり感じられていないように思っています。
 私は、情報社会から情動社会、つまり喜怒哀楽を大事にする社会、例えば何をすると楽しいのか、何をやれば安心できるのかということを社会づくりの目的にしないと、情報の量だけを追い求めても決して幸せを享受することは難しいだろうと思っています。
 そして家族や周囲に「自分はこういう人生を送った」と語れるような人生を送れるのが幸せなのではないのかと考えます。
 そのためには、他人との共感や、自身の欲を超え、自然と一体化したような超個人的共感をたくさん体験することが重要だと思っています。
 一方、こういった共感をあまり体験できず、常に人との比較、例えば「あの人より給料がよい」だとか「地位が高い」といったことで幸福度を測ってきた人に、定年退職した瞬間からどのように生きていけばよいかわからなくなる方が多く見受けられるようです。また、こうした他人との比較を価値観に据えた生き方は疲労しやすいと考える研究者もいます。
 ですから、これからは子供たちが大人になって、どういった価値基準で生きていくのかを見据えた教育のあり方が問われてくるだろうと考えています。