「生まれてきて良かった」という子育てを!

脳幹を鍛える「ボードトレーニング」

池川クリニック院長 池川明先生

「胎内記憶」を知ることは、良い子育てから良い社会づくりに ──「胎内記憶研究」の第一人者

 産科医の池川明先生は、子ども達から胎内での記憶、誕生の記憶を聞き出し、それをお母さんに照合したデータを調査されました。
 その内容から、人が「うまれる」には目的があり、それは「学ぶため」と「人の役に立つため」であり、そのために人は親や人生を選びとっているといわれます。虐待や流産、中絶などの辛く悲惨と思われる体験さえも、子ども達は選びとってくるのだそうです。
 池川先生はこうした研究から、胎内環境の如何がその後の人生、親子関係のみならず、社会のありようにまで大きくかかわっており、「胎児のときから母親とのコミュニケーションを持つことは、いい出産、いい子育て、ひいてはいい社会をつくることにつながる」といわれます。
 科学的には証明されていない子ども達の胎内記憶ですが、咎め
というものが全く感じられない池川先生から語られると、不思議に腑に落ちてきます。インターネットでの妊婦さんの声は、「池川クリニックで出産してとても良かった」が大勢なのも頷けます。
 生まれてからでは遅すぎる一方で、生まれてからの教育もまた重要です。池川先生は戸塚ヨットスクールの戸塚宏氏の教育を高く評価され、脳幹を鍛える「ボードトレーニング」はご自身でも取り入れられています。今回は「ボードトレーニング」のお話を中心に、池川先生にお話をうかがいました。

おなかの中から始める 子育て
教育は 産婦人科から始まる」

──まずは池川先生が産婦人科を選ばれたわけからお聞かせください。
池川 父親が産婦人科だったんです。常々父の背中を見ていて何となくきちゃったんですが、選んでみて面白かったですね。
 いろいろ伏線もあるんですが、
1997年にロータリークラブに入って、最初に聞いた講話(卓話)がフリースクールの勉強をされている方のお話で、名刺交換の際にその方から「これから教育は産婦人科が良くないと、良くならないですよ」といわれて、なんで産婦人科と教育が関係あるんだろうと、それがずっと引っかかっていたんです。

伊藤善重さんとの出会い ──『子育て貯金箱
教育はこうでなくっちゃ』 伊藤善重著・池川明解説

池川 当時私は、妊婦さんや赤ちゃんに薬を極力使わない治療を模索していた中で、「周昌院療法」という自然治癒能力の体系を立てた伊藤善重さんに出会い、伊藤さんの『子育て貯金箱──教育はこうでなくっちゃ』を生原稿で読ませてもらってビックリしたんですね。
 そこには、『幼稚園では遅すぎる』を書かれたソニーの井深大さん、戸塚ヨットスクールの戸塚宏さん、才能教育スズキ・メソードで知られるバイオリニストの鈴木鎮一さん等々、早期教育の実例効果が詳細に紹介されていて「知らない世界がやっぱりあるなあ」とそこでも学んだんです。
 伊藤さんに「長年求めていた育児書です。ぜひ本にしたい」ということで、私が解説を書いて2002年11月に出版されましたが、それまでも、井深さんなどが出版社に何社も掛け合って全ての出版社が「戸塚ヨットスクールを省いたら出版する」というので、伊藤さんは「これが一番大事なのに」と頑として受けつけなかったという経緯があり、やっと陽の目を見た本なんですね。

エビデンスより実証

池川 私が帝京大学を選んだのにもすごく意味があって、私は三期
生なんです。
 普通、大学はピラミッドになって教授の下に統一されているんですが、帝京大学は新設校で、人が足りない。講師がいろんな大学から派遣されてきていて、出身大学によってみな違うことをいう。それでも患者さんは、違うやり方で同じ病気が治る。極端な場合、全く正反対の治療でも治る。そうすると「なんだ、医者が治しているんじゃなくて、患者さん自身が治しているんだな」と思うわけです。
 国家試験でも、正解だった問題が半年で不正解になったり、絶対正しいと思っていた医学が実はそうではない、ということを知って「治る人は治る」というのが、私のどこかベースにあるんですね。
 だから、科学万能と思わない。患者さんを治すために科学があると思っていたら、どうもそうじゃないらしいと気がついたら「じゃあ何なんだろう」とやっぱり思いますよね。
 お産が面白かったのは、赤ちゃんが生まれるプロセスは「すごい美しい、数学の世界だな」と思ったんです。でも、そのプロセスから外れたら、異常だからと帝王切開とかいろいろ処置しちゃう。ところが開業して、助産師さんたちのお産を見てると、大学で習ってたお産はあくまでも管理した中でのお産だと気づく。
 そんなことがいろいろ重なってくると、自分の立脚点はどこにあるか、置くのかが問われてくるわけです。そのときに、「胎内記憶」のある子どもたちがいう内容がもしも正しいとしたら、それはすごい意味があると思ったわけです。

「胎内記憶」を知る意味

池川 私の中では10年間続けていると世の中が変わる、というのが実感としてあります。
 「胎内記憶」を調べ始めたのは1999〜2000年くらいからですが、当時は「うちの子は変なことしゃべります」だったのが、今は逆に「うちの子どもはしゃべらない。どうしたら聞けるんですか」というくらい変わってきました。今、妊婦さんの7割くらいが言葉としての胎内記憶は知ってお産する時代です。
 胎内記憶は昔からあり、子どもたちは普通に口にしていたのだと思います。しかし、まわりが聞く耳を持たなかったのでしょう。でも、私の研究調査をきっかけに、全国の子どもたちが同じようなことを口にしはじめて、やっと親たちは聞く耳を持ち始めた、ここに重要な意味があると思います。
 子どもたちの話を集めると相当深い内容、仏様、神様がいってるようなことをいうんですね。宗教を信じない時代ですが、宗教心とか宗教性はほしい。宗教と同じようなことを科学の方からいってもいいのではないかとは思います。
 これまで知られていた胎内記憶は主に「退行催眠」で語られていた話で、赤ちゃんはお腹の中で辛かった、生まれてからも大変、生まれなければ良かったという話が多かったんです。一方、私が調べた胎内記憶では95%の子が「お腹の中は気持ち良かった」、「楽しかった」とみなポジティブです。
 この違いは何か。退行催眠を受ける方は生きるのが辛いという方が多い。そういう方はお母さんがお腹の中で自分のことを拒否してたとか、生まれた時に抱っこしてくれなかったとか、そういう記憶がどうもあるらしいんですね。
 ですから、妊娠中から胎内記憶ということを意識していれば、産後ウツとか、虐待とかも減るだろうし、変わっていくのではないかと思います。
 産婦人科の側からはそういう期待を込めて、世の中を変える原動力になり得るだろうと思っています。検証はなかなか難しいけれど実学的に意味があるんですね。
 近年の研究でも、知覚が未熟で何もわかっていないと考えられてきた胎児は、胎内ですでに触覚・聴覚・嗅覚などの五感が機能し、知覚も意思もあることが知られるようになってきました。でも、胎内記憶が正しいかはわからない。
 科学の世界では「これが正しく、あれは間違い」と色分けしていきますが、色分けせず全てそのままを受け入れる世界、仏教でいう「空」の世界。科学とは対極の世界ですが、それも反目するのではなく、互いにいいところを取って、足りないところを補い合っていければいいのではないかという気はします。

良い子育てをしてほしい

池川 日本の社会がこれだけ悪くなってしまったのは、子育てとお産のときの対応が悪いからで、胎内のときから、子どもともっとコミュニケーションを取っていれば、日本の社会はもっと良くなると思います。
 赤ちゃんを抱っこするだけで母性が目覚めます。今は赤ちゃんを抱っこした経験がないまま出産をする人がたくさんいます。
 お母さんと赤ちゃんのスキンシップは、触覚刺激を受け感情の脳の働きが活発になり、穏やかな性格になるとされています。生まれた直後の赤ちゃんの全身をお母さんがスキンシップするのは、赤ちゃんの人格形成にとても重要なんですね。
 生まれた直後のヘソの緒でつながったままの状態で母と子の最初の交流儀式として抱っこする姿かたちは、カンガルーの親子に似ているので「カンガルーケア」ともいわれます。私はこれを産科医学ではとても重要と考えて、実践しています。

ボードトレーニング 脳幹を鍛えるということ

──伊藤善重先生にお話を伺って興味深かったのが、戸塚ヨットスクールの「ボードトレーニング」です。
 先生はボードトレーニングを評価、実践されているということで、ぜひそのお話をお願いします。
池川 ボードトレーニングは戸塚先生の理論から生まれたトレーニングで、水に浮かべた(ウインドサーフィンなどの)ボードの上に立ち上がることによって、ストレスからくる様々な精神症状や身体症状を改善するというものです(写真1・2)。
 結論からいうと「脳幹を鍛える」ということです。戸塚先生は数多くの問題を抱える練習生のボードトレーニングの結果から、ボードトレーニングが脳幹部を強く刺激していると推定されています。
 脳幹は自律神経の中枢で、体の全ての機能を維持するところです(図)。科学的には証明はされていませんが、体が弱っている方は脳幹が弱く細くなっているそうです。知育偏重で大脳(特に左脳)が発達すると、生きる本能を司る脳幹が細く弱くなるというのですね。医者の常識では脳幹が太くなるってあり得ないんですが、実際戸塚ヨットスクールの子どもたちのCTを撮るとトレーニング後は脳幹が太くなっているそうです。裁判で資料は全て押収され、返してくれないそうで見られないんですが。
 戸塚先生は「ここに1mの円を描いてそこに立ってごらんといわれたら立てるでしょう。でも東京タワーの上に1mの円を描いてそこに立てといわれたら立てる?」といわれます。
 普通それは無理です。なぜ無理なのか。
 目から入る情報が圧倒的に違うからで、目から入った情報は脳で処理しなければいけないけれど、体を鍛えている人、脳幹がしっかりしている人、例えば綱渡りをずっとやってる人は、入った情報を脳を使わずに体の中で判断する。一方、脳幹を鍛えていない人は、入った情報を一旦頭の中で処理して体に返すので反応も遅くなるし、脳の他の部分でも情報処理するので知能が回っていかないというのです。
 戸塚ヨットスクールで鍛えるとやはりバランスが良くなる。そうすると、ヨットスクールでは勉強はあまり教えないんですが、学校に戻ると優秀な成績を取る。これは、今まで頭を使って目で見たものを処理していたのが、脳幹を鍛えていると「頭に余裕ができるから頭の回転が速くなる」と戸塚先生は説明されています。

身体と精神の改善 ──年齢が低いほど高い効果

池川 それでクリニックでもボードトレーニングを取り入れてみたわけです。平成12年(2000年)から母親と子どものトレーニングを続けていますが、頭が良くなるかどうかはわからないけれど、バランスは非常に良くなります。
 アンケートを取ってその結果を論文(13頁表参照)にまとめましたが、ボードトレーニングは身体や脳への効果的な刺激になり、結果として身体や精神症状に良い影響を与える。また、年齢が低いほど効果がよりはっきりすることが予測されました(13頁表)。
 ボードトレーニングで身体バランスが良くなるのは、ボード上では四方八方から予測できない波の揺れが生じるため、平衡感覚としての内耳─小脳系が刺激されて、それに応じて小脳─大脳基底核の神経ネットワークが活発に活動をはじめるためと考えられます。
 小さい子のほとんどが初日2クール目以降、簡単にボード上に立つことから、このネットワークはトレーニングとほぼ同時に機能し、効果が発現しはじめると考えられます。ただし18歳以上ではなかなか初日1クール目では乗れないことが多く、年齢が早いほど効果が出やすいと推定できました。
 効果がなかったと回答した、
成人2人は元スチュワーデスと元大工さんで、初日1クール目からすぐにボードに立ち上がり、すでにそうした感覚を身につけていたので、改めてのプラス効果が実感できなかったのではないかと思われます。過去に身につけたバランス感覚はその後も長期間維持されると同時に、慣れの現象が起き、慣れは精神と肉体の両方に作用するためと思われます。
 たった1人、薬剤を必要とした毛嚢炎がトレーニングで自然治癒に向かい、ボードトレーニングには免疫能向上の可能性もあるのではないかと考えられました。
 楽しい、心地良い気持ちになれたということは、視床下部─扁桃体が刺激され、深い睡眠が得られたのは脳幹網様体─視床が刺激されセロトニンの分泌が促進し、橋の青斑核からのノルアドレナリンの分泌が抑制されるなどの関与が推測されます。
 自分の思っていることをはっきり言えるようになった、人見知りがなくなった、笑顔が出てきた、夜中に悲鳴を上げなくなった、意欲が出てきた──などは前頭連合野の関与が考えられます。
 以上のことから、ボードトレーニングは脳幹、小脳を含めた脳の広範な働きを促していることが推定され、ボードトレーニングによる運動が感情を改善することから、大脳辺縁系と脳幹部以外にも、運動の中枢である小脳の関与が感情改善の効果発現に重要ではないかと推測されました。
 トレーニングから効果発現までの時間はかなり早いのが特徴で、ボードトレーニングが脳や身体刺激に対して効率良い方法と考えられます。

胎教から 親子のコミュニケーションまで

池川 小さい子は母親や父親と一緒にトレーニングするのですが、親子で取り組むことで、肉体的にも精神的にも大きな意味があると思われます。親子の精神的な関係も深まり、その結果、第一次反抗期をうまく乗り切ることができるようになります。
 顕著な効果は4〜5回までですが、その後は親の観察眼にも慣れができ、初回当時ほどの進歩を感じなくなるのではないかと思います。しかし、保育園などで同じ年齢集団に入れば、肉体的、精神的なレベルの違いは歴然としています。
 障がいのあるお子さんでも、トレーニングの回数が増えるに従い、徐々に姿勢や表情などに変化が現れます。
 妊娠中のトレーニングも胎児に効果があるようで、妊婦がトレーニングに参加した赤ちゃんは生まれた後、あたかもトレーニングを受けていたかのようにしっかりした子になり、お母さんとのコミュニケーションも密になります。
──それこそ胎教ですね。
池川 そうなんです。だからお母さんが妊娠中にされていることは赤ちゃんも得意。マラソン選手は、生まれた子は多分マラソン得意なんですよ。
──年齢が早いほど効果が上がるということですが、子どもたちはいくつくらいからはじめることができますか。
池川 早い子は生後3ヶ月くらいからで、ずっと継続して小学生までやっているんです。今、サッカーチームに入っていますけれど、バランスが段違いにいいんです。幼稚園で片足立ちをしたら、普通の子は3〜5秒だそうですが、その子は1分以上できます。

姿勢の矯正効果 ──体が悪いとボードが傾く

池川 こうしたボードトレーニング効果は、「臨床動作法」という肢体不自由の人の姿勢や動作の改善を目的として発展した心理臨床の一手法とよく似ています。健常者でも効果があり、腰痛、頭痛、猫背、股関節脱臼などの治療も試みられています。治療に際しては姿勢を重視し、また、表情が明るくなり、積極性が出たなどの精神的な改善も指摘されています。
 ボードトレーニングでは、ボードに立つときに本来の良い姿勢にならざるを得ないため、比較的容易に姿勢を正すことが可能です。アンケートでもみられた、腰痛、頭痛が治った、股関節が緩んだ、姿勢の歪みがわかった──などの効果(13頁表)は姿勢が矯正された結果だと思います。
 伊藤善重さんがいうには、魚が病気だと泳ぐときに傾くようになるんだそうです。人間も一緒で、ボードの上に病気の人が乗ると傾くんです。けれども、健康になると真っ直ぐになってきます。
 大人でも風邪をひいた人がトレーニングの帰りには治っている。トレーニングは1時間ですけど、実際にボードに乗るのは1回3分を2回です。それだけで結構良くなったりするので、やはり身体的には相当いいことが起きているんだと思いますね。