美味しいものは土作りから

"発酵”で、土も、作物も、漬物も、 人も元気!!

針塚農産代表 東京農業大学客員教授 針塚藤重先生

伝統的な発酵漬物に科学の光を当てて50年

 健康食として世界に冠たる日本の伝統食。その源泉は味噌・醤油
・納豆・漬物・日本酒・酢などの
発酵食品にあるといわれます。
 自ら国際フーテンの寅さんと称して世界を股にかけ「お米のご飯に味噌汁・漬物・海苔に小魚・お茶」の日本食の良さをPRされる針塚藤重さん。本誌2003年6月号では、伝統的製法でつくるプロバイオティクス漬物の健康効果をお話ししていただきました。
 東京農業大学卒業後、都の農業改良普及員を経て群馬県渋川市の生家に戻り、以来50年、「美味しく安全な食べ物、漬物は土づくりから」と田畑で大自然に学ぶ傍ら、
伝統的発酵技術に科学の光を当てることで、針塚農産のお漬物を進化させ続けています。その業績は高く評価され、今は出身校の東京農大の客員教授としても活躍されています。
 この暮れには、現代に合わせた塩分控え目・小家族向けの『漬けもの名人が教えるおいしい浅漬け』(家の光協会刊・1260円)を発刊、ヘルシー漬物の新たな業と極意を展開されています。
 そこで針塚藤重さんに改めて、漬物を含めて美味しく健康な発酵食品の良さを、その土台となる「土づくり」と合わせてお話を伺いました。

生きた漬物を食べよう! 酵素漬の浅漬 ──本物の野沢菜漬は何故美味しいか

針塚 今回「家の光協会」から出した『漬けもの名人が教えるおいしい浅漬け』は、私が新しく研究・開発した浅漬の極意を展開しました。
 その浅漬は、長野県野沢温泉の野沢菜漬はなぜ美味しいか。そこから発想をいただきました。
 本来、野沢菜漬は、50℃くらいの源泉に採りたて野沢菜をサッと浸けます。そうすると、野菜(野沢菜)の酵素が速やかに活性化され、それを樽に漬けると、野沢菜の発酵が高められ、酵素量の多い酵素漬になるんですね。
 こうした先人の知恵をお借りして、野菜を漬け込む前に、塩少しを入れた50〜60℃のお湯に数分間浸す(6頁図1参照)。それから漬け込むと、野菜のもつ酵素量がグンと増える他に、エグミや農薬などの汚染物質も取れて、低塩でも飽きのこない、美味しい浅漬ができあがるんです。
 大根などは50℃の湯に浸けますと、シャキッとして、同時にあだ辛さがなくなります。不思議なものです。

やばい物を落とす ──流水洗浄・トリミング・塩

針塚 無農薬野菜といえども、広範な土壌・大気汚染等で今、完璧な清浄野菜というのはなく、また、野菜の傷ついたところには腐敗菌が繁殖し、東京都農業試験場(現東京都食品技術センター)の宮尾茂雄先生の研究では、腐った野菜の小指の頭ぐらいのところには10億からの病原菌がいるそうです。
 腐ったり傷ついたところは思い切ってカット、トリミングし、野菜を勢いの良い流水(シャワー)で十分に洗う。これが美味しい漬物づくりのまず第一です。
 よく洗った野菜は3%の食塩を丁寧にふり、重しは十分にします。
 塩が素晴らしいのは、ダイオキシン、排気ガス、重金属、農薬のプラスイオン等の人体に有害な成分や、エグミやアクなどの美味しくない成分を、ナトリウムのプラスイオンと塩素のマイナスイオンが、すべて吸着してくれることです。塩でよくもんで、糠漬などでは45分間くらい放置しておくと、浸透圧で出てきた水分の中にこういったやばいものが検出されています。45分経ったら、水でもう一度よく洗い流し、糠床に入れるなど本格的に漬け込みます。また、塩は野菜のうま味成分を野菜の中から逃がさないことも素晴らしい。
 先程の「酵素漬の浅漬」の場合は、塩を入れた50〜60℃の湯に数分間入れてやると、農薬や水銀やカドミウムだとかの重金属がパッと取れます。それを、流水で洗ってから漬けますと、非常に清潔で、かつ酵素が活性化された漬物ができあがるんですね。

麹・酵素・乳酸菌の力 ──ザワークラウトと日本酒

針塚 和食の一番美味しい味、味噌、醤油、酒はすべて麹からつくられています。平安時代から種麹があり、日本人は古くからそういうスターターカルチャー方式という進んだ微生物農業技術をもっていたんですね。
 私は浅漬に麹を利用していますが(図1)、発酵食品である麹にはプロテアーゼ、アミラーゼ、リパーゼなどの酵素が含まれていますが、酵素は食べたものの消化吸収ばかりでなく、呼吸や筋肉の活動など一切の生命活動に関与しています。日本人は酵素を上手に食べてきた民族であり、これが長生きの理由です。
 また、ドイツのミュンヘン大学のストレッチャー教授は、70トン規模で実験的にL(+)乳酸菌で
ザワークラウト(キャベツの乳酸発酵漬)をつくったと講義されました。そこで私は気がついたんです。
 日本酒の昔からの作り方「山卸廃止酉元」のミクロフローラの出現は、ザワークラウトと似ているではないかと。山卸廃止酉元は4
℃の低温でも生育可能な乳酸菌の力で雑菌を抑えながら30日もの時間をかけてじっくりとつくります。
 筆者が学生時代東京農大で佳江金之博士に教えていただいた話、──日本酒の麹、もろみの中で最初に野性のLeuc.mesenteroides球状乳酸菌が働き、次にLacto bacillus sakeというL(+)乳酸菌の出現となって、やがてpHが低くなって雑菌が少なくなってきてから純良な風味豊かな酵母菌(Saccharomyces sake)が盛んにアルコールをつくり、やわらかでまろやかなのどごし良い素晴らしい日本酒となる──という過程と、ドイツのキャベツの漬物のザワークラウトの乳酸菌がよく似ていたのに驚いたわけです。
 私は、発酵漬物のL(+)乳酸を多くつくる歴史的に安全性確認の乳酸菌(表1)を使った漬物づくりをしていますが、その切り札は米麹です。
 また、単純な乳酸菌があばれないように、L(+)乳酸の菌を複数使用してコンパニオンプラント(共生植えつけ)とし、菌で菌を制御し、pHを4・2以下に下げないようにする手法も見つけました。
 私が漬物の改良開発に使用している歴史的に安全性を確認している乳酸菌は表(表1)のようなものです。これらの菌を10の6乗g使用しています。
 発酵漬物は、腸内のビフィズス菌など善玉菌を活性化し、消化吸収を高め、整腸作用が活発になります。その結果、免疫力が高くなるのです。

トウガラシ・コンブなどの活用

針塚 安心安全漬物には、良質なトウガラシがぜひとも必要です(表2)。
 カプサイシンが脂質の酸化を抑え、辛み成分がほどよい味わいをもたらします。たくあん漬では本当の米糠を使えば脂質は15%近くもあり、脂質の酸化を抑えるためにも、トウガラシのカプサイシンは大切な成分となります。
 私どもでは、自家農場で育種から栽培までしたトウガラシを用い、大豆粕を主に有機質肥料で栽培すれば、無農薬でびっくりするほどよく成ります。晩夏から秋にかけて手もぎして、食酢でよく洗い、食塩を十分に使ってマイナス18℃程度に保存しておけば、一年中採りたてのような美しさを保ちます。
 我が家ではウコン(クルクミン)粉も使います。ウコンも脂質の酸化を抑え、抗菌性と香りを出し、また乳酸菌でpHが低くなってからのクルクミンの美しい黄色は食欲をそそってくれます。
 さらにコンブなどの天然のうま味成分を上手に使いますと、うま味成分の力を和らげることができます。

美味しいものは 土づくりから
美味しい漬物も 土づくりから

針塚 「おいしい漬物づくりの秘訣は何ですか?」と聞かれますと私はすかさず「それは土づくりにあります」と答えています。
 原料野菜の土づくりには緑肥、モミガラ、米糠、魚粉、貝殻などの有機質を使い、検定された安全な微生物・有胞子細菌を入れてポリペプタイドの団粒化した土づくりを基本とします。
 土壌は保水性、排水性が良くなり、野菜や稲も、根が深く伸び、ミネラルをたっぷりとバランスよく含有した作物になります。
 こうしてつくった野菜は、生でバリバリ食べてみると、とびきり上等の美味しさです。そして、この美味しい野菜を漬物とします。生命力あふれる作物ですから、殺虫剤や殺菌剤、化学肥料の必要もなく、高品質の良好なものができます。

天明時代から続く ミネラル豊富な 団粒構造の田畑

針塚 土づくりでもっとも大切なものは、バランスのとれたミネラルということがわかってきました。麦藁・稲藁を入れたり、全国から賞味期限切れになった海苔だとかが大量に送られてきますので、それを畑や田んぼに入れて、ミネラル群や、ビタミンB群や、ビタミンEが非常に多い、栄養的レベルの高い作物になっています。
 実は我が家ではこういう農法を天明時代からやっておりました。味の素の創業者の鈴木家は三浦海岸にあり、昔はアラメを焼いてヨードをつくる薬種問屋だったんですね。焼いてヨードをとった後の灰や貝殻などを天明時代の我が家の先祖は払い下げてもらってきまして、ついでに漁師さんから三浦海岸のイワシの丸干しを譲ってもらい、あとは山の腐葉土。腐葉土にはリグニンなどいろいろな繊維質を分解するバチルス・リケニホルミス菌が含まれていて、そうしたものをかき回しかき回しして、良い堆肥にしてきました。

菌耕農法と コンパニオンプラント ──南の農業哲学

針塚 今世紀に入りようやく科学が追いつき、土壌を団粒化構造にして保水性、排水性を高めて根張りを良くし、ミネラル吸収率の良い土壌にすることを解明してくれました。
 これまでは、日本の農学は北の欧米流が主流で、そうした研究があまりなされなかったのです。
 一方、篤農家は体験的にそのことを理解しており、我が家などでも300年前から、田畑に30 cmほどの穴を掘り、イワシ丸ごと、海藻丸ごと、落葉樹丸ごと、稲藁・麦藁を丸ごと入れ、土をかけて踏み固めて嫌気性にし、嫌気性ですから炭酸ガスもアンモニアも出ない、非常に良い田畑づくり、土中堆肥づくりをしていたわけですね。
 今、私どもでは300年伝わる技術を現在に生かして、「南の農業哲学」という、自然と共生する生き方、生命系の経済学を実践しています。大学や農業試験場などの「北の農業技術」のような合成化学薬品の除草剤、殺虫剤、殺菌剤の使用をできるだけ抑え、コンパニオンプラント(共生作物づくり)を基本とします。
 その土づくりは「菌耕農法」。土に微生物の種をまき、土壌を団粒化させて土の保水性・排水性を高め、作物の毛根発達を促すことでミネラル吸収率を高めます。そうすると農産物の品質が向上し、美味しくなり、日もちもします。
 菌耕農法の微生物は、バチルス・リケニホルミス菌、バチルス・スブテリス菌等ですが、すべての微生物には「エサ」が必要です。そこで、畑や庭に穴を掘って生ゴミを入れ、米糠をふりかけてから土を厚くかけよく踏みつけます。穴の中は嫌気性になり、極上の分解物となってポリペプタイド(枯草菌が分泌する物質。水にも油にもよく溶ける)のサーファクチン(界面活性剤)ができますから、その土は素晴らしい団粒状土壌となるのです。
 農場では、菌耕農法でコンパニオンプラント(共生作物づくり)。大麦の間にキャベツ、ニンニクを育てます。
 そして、稲と麦の二毛作すると、環境保全農法になりますし、美味なんです。

グリーン鮮やかな アミノ酸リッチの米づくり ──オリザシスタチン

針塚 このあたりは稲は11月3日あたりの、温度が低く、虫も病原菌も少なくなる頃に刈り取ります。
 我が家は天明の300年前から生糸と養蚕と米を商っており、「針塚の米は美味しい」というのは実は遅く収穫した米なので倉に入れておいて老化しないんですね。
 米は「初霜」といわれています。京都や金沢あたりの高級料亭はコシヒカリは使わない。ベタベタネバネバの軟質米でなく、本当に美味しい料理に合うのは噛みしめて美味しい硬質米の晩生種「初霜」という品種です。晩生品種は10月の澄んだ太陽と空気によって浄化され、良質なアミノ酸ができるんです。
 私は稲は新しい環境保全農法でつくっています。稲に炭酸ガスを食べていただいて酸素を出す。ミノルタの葉緑素計で計測するとグリーンの一番最高の色調ですと炭酸ガスを食べて酸素を出してくれるんです。そういう稲を開発しており、完成には後5〜10年かかると思いますが、関東一円をグリーン鮮やかなアミノ酸リッチの稲にしたいと思っているんです。
 中国では朝粥を食べます。南京米など長江沿岸の米はアミノ酸が多く、特にウイルスをやっつけるオリザシスタチンという成分が多い。長江沿岸の重慶の水は鳥獣の死骸であるとかウイルスが蔓延し、中国の民は、特に肝炎のウイルスを防ぐために朝粥を食べていたんです。
 私の稲の品種も中国種で、お粥にしますとオリザシスタチンがよく溶けます。食しますとウイルスへの抵抗力がつくられ、呆け防止にもなると東大農学部の荒井綜一博士らが研究・発表しています。
 荒井博士からそのお話を承って50年間、グリーンの多い、つまり、グリシンやアラニンなど美味しいアミノ酸の多い稲づくりを試み、その米から麹をつくって、麹の酵素の力によって漬物をつくる。そういうことをこの50年間、ずっと続けているわけです。

日本人の元気 私の元気のもと
米・味噌汁・漬物・ 海のものと、お茶

針塚 日本人は世界一の長寿の民族です。これはやはり日本人の今日までの食生活の賜で、神戸牛の美味しい肉を食べたことによるわけでも、豚肉を食べたことによるわけでもないんですね。
 お爺ちゃんやお婆ちゃんが85歳までピンピン生きて世界一番の長寿国になったのは、やはりシンプルなお米のご飯に味噌汁と漬物、特に糠漬(図2)。
 ベルリンのフンボルト大学に呼ばれ、大学の先生や雑誌・新聞記者たちが日本人の生命力のある話をしてくれないかというので「一番は和食である」と話しました。日本は世界一の長寿の民族であり、私が75歳までピンピンしているのは和食のお蔭です。
 ご飯に漬物、味噌汁。そしてあとは海のもの。イワシ2匹程度に海苔などの海藻。それに濃い目のお茶を日に5杯。私はそういった食生活で、75歳になった今も、朝起きると田んぼや畑に出かけ、鎌を持って芝を刈り、それを農場や家庭菜園に入れ、土壌の団粒化を図っているのです。

すごいパワー! 馬乳酒

針塚 私は交通事故に遭いまして1年間は起き上がれないような状態で、今生きているのが不思議なくらいの人間ですが、自分で開発した健康ドリンクを毎日食すことが一番の回復の元になりました。
 モンゴルで約1ヶ月間生活をし、その時の主食がアイラック(馬乳酒)。牛皮の袋の中に馬乳を入れ、その袋の内面には酵母や乳酸菌がものすごい量棲み着いて、何千回と攪拌して発酵させると、乳糖が酵母によって発酵することでアルコールができ、また乳酸菌発酵で発酵乳となるんです。アルコール分は2%程度で、限りなくヨーグルトに近いどぶろく(濁酒)なんですね。
 この馬乳酒は、野菜が大変貴重で肉中心の遊牧民にとって、ビタミンやミネラルを補うものとして、年寄りから赤ちゃんまで飲んでいます。北京農業大学の研究では、馬乳酒には12種類の必須ミネラル、18種類のアミノ酸、数種類のビタミンが含まれ、さらに、結核など呼吸器系の感染症、胃潰瘍や胃腸炎など消化器系、糖尿病から高脂血症、高血圧といった生活習慣病まで効果があるそうです。
 そこで私は、日本に帰ってからアイラックを分析して再構築しました。馬乳の乳糖は約8%で、乳糖を発酵分解しますと約2%がアルコールになります。牛乳1合に乳糖で培養した乳酸菌を大さじ3杯入れ、そこに最高級の焼酎を小さいコップ1杯くらい入れまして摂氏60℃に温めて活性化させます。これを毎朝飲む。
 これは本当にすごい。一旦死んだのも同然だった人間がこうやって生き返ったんですから、身を以ての人体実験は大成功、その結果が今の私であり、これからも続けて百歳長寿を目指しています。

添加物のない 加工食品づくり50年

針塚 戦後満州から引き揚げてきた人たちが長野や群馬や福島の山中の開拓地に入り、真っ先につくったのは大根です。
 その大根をたくあん漬にする時にタール系色素で黄色く色づけ、サッカリンで甘く漬けました。石炭からつくられたタール系色素は太陽光線の下でも退色しないんです。それを全国の八百屋さんの店頭に置いて、日本中がパリパリ食べました。ところが既に戦前からタール系色素には発ガン性があると指摘していた研究者がおられて、それが私の先生だったんですね。
 そこで私は、添加物のない食品をつくる仕事をしようと思い立ち、今日まで50年間続けているわけです。
 今日本全国の漬物業者の多くは苦戦していますが、地方のお爺ちゃんやお婆ちゃんがやっている直売所、道の駅は大繁盛です。学者たちが漬物業者に教えてきたことと、江戸時代からずっと続いてきている私の実践的な技術の指導の違いがそこにあると思います。
 やはり日本人に合うのは、私どもがやっているような「スモール・イズ・ビューティフル」の方法だと思います。大量生産、大量販売ではなく、お客様から「美味しいから、日もちがしなくても結構ですよ」といっていただける、気持ちのいい食べ物をつくる。それが21世紀の漬物のあり方だと思います。