子どもたちに伝え続けていきたい

ご飯とダシ味に支えられた日本食の健康的で豊かな美味しさ

千葉大学教育学部教授 千葉大学教育学部附属特別支援学校校長 石井克枝先生

嗜好的にも栄養的にも、 バランスのとれた日本食の素晴らしさ

 調理学がご専門で「食材のさまざまな成分が調理過程でどう変化し、美味しさをどのようにつくり出しているか」を中心に研究されている石井克枝先生は、食の第一義を「美味しくするのは一体どんなことかを考え、結果としてそれが生活習慣病の予防や健康の維持につながる食」であることに置かれています。
 そうした観点から日本食を高く評価される石井先生は、日本食の最大の特徴は「ご飯を主食とし、昆布・鰹節・煮干し・干し椎茸を代表とする豊富なうま味成分をもつ食材でとったダシをベースに、塩・醤油・味噌・砂糖・味醂・酒などの多彩な調味料を用いて、その土地で採れた旬の食材を中心に、食材の味を最大限に引き出すように調理」することにあり、それが結果的に美味しく、生理的にも体質に合った健康食になっているといわれます。
 石井先生は大学の附属特別支援学校長(小・中・高)としても活躍されている中、学校や家庭での食育のあり方や、地域の食文化の研究などを通して、日本の食文化をいかに次代に継承していくかということにも心を砕かれています。
 そんな石井先生に、日本食の大きな特徴の一つである「うま味─ダシ」を中心に、美味しくかつ、健康的な日本食の良さについて、お話をしていただきました。

ダシのうま味が支える 日本食の美味しさ
 日本人の鋭敏な味覚が発見し 五大基本味に加えられた 「うま味・UMAMI」

石井 健康を維持するための食をいかにつくるか。その大きな目標の中で第一にあげられるのが栄養です。しかし、人が食べる時には栄養よりも嗜好が勝ち、嗜好的に満足しないと気持ちよく食べられません。食事は単に栄養摂取のためだけではなく、精神的に満たされることも非常に重要な要素です。それにはまず、いかに美味しくするかということが大事になります。
 日本の料理の美味しさは、うま味をベースに、塩味、甘味、酸味などが加わり、そのさまざまな組み合わせで構築されています。
 そのうま味は大別して、鰹節、煮干し、昆布、干し椎茸という、うま味成分をもつ4種類の食材のダシ(浸出液・スープ)でとっています(表1)。
 食物の5つの基本味は、甘味、塩味、酸味、苦味に、うま味が加わりますが、うま味が国際的に認知されるようになったのは、ごく最近のことです。それまで味は、20世紀の初頭に認知された甘味、塩味、酸味、苦味の4つの味が基本であるとされていたのですね。
 うま味は、1908年に池田菊苗博士が昆布のダシ(浸出液・スープ)から発見し、塩辛くも、甘くも、酸っぱくも、苦くもない独特のダシ味の正体が、グルタミン酸であることを突き止めました。
 その後も日本の研究者によって、1913年には小玉新太郎博士が鰹節からイノシン酸、1957年には国中明博士が干し椎茸からグアニル酸を抽出し、これらが新たなうま味成分であることを見出しました。
 以来、日本の研究者らはうま味が「甘味、塩味、酸味、苦味の4つの味では表現できない」ことを科学的に証明し、うま味を4つの味に並ぶ基本的な味だと主張し続けてきました。
 しかし、うま味の繊細な味は、国際的にはなかなか認知されず、うま味が国際的に注目されるようになったのは1980年代あたりからです。
 2002年にはアメリカの研究者が舌の味蕾の細胞に、グルタミン酸受容体を発見して、うま味の存在ははっきり認知されるようになりました。
 ですから、うま味は国際的にも「umami」として共通語になっています。
 もちろん昔から、うま味は日本ではダシ味として存在し、外国では肉スープ(フォン・ブイヨン・コンソメなど)だったり、さまざまあったわけですが、それまでは国際的にはうま味という概念や言葉はなく、肉様の味であるとか、スープ味の薄い味は塩味として括られていたわけです。
 それを日本人が鰹節、煮干し、昆布、干し椎茸でとったダシ味をうま味という独立した味であると主張したわけです。それだけ日本人は、味覚に鋭敏であるともいえるのです。

主成分はアミノ酸と核酸
──塩味を決め手に、 複合により相乗効果

石井 うま味の主成分はアミノ酸と核酸の2系統があり、昆布のうま味はアミノ酸系のグルタミン酸ナトリウム、鰹節や煮干しは核酸系のイノシン酸ナトリウム、干し椎茸も核酸系のグアニル酸です(表1)。
 ダシのうま味を引き出すのには塩の存在が大きく、ダシそのものははっきり美味しいという味ではなく、塩味が加わることでその旨さが引き立ち、塩の存在は必須です。その上に、甘味や酸味や苦味が適宜加わることで、うま味は高まっていきます。
 さらに「うま味の相乗効果」といって、うま味が複合すると数倍美味しくなります。昆布と鰹節の組み合わせが有名ですが、精進料理では昆布と干し椎茸、中華料理でも干し椎茸と鶏がらスープを組み合わせるとか、日本のラーメンも最近は煮干しや鰹節などの魚介系のダシに豚骨ダシを組み合わせたものが人気だったりするわけです。
 また、例えば、煮干しなどは鰹節や昆布などに比べて生臭い香りがありますので、味噌と合わせると味噌の香りがうまくプラスマイナスしてくれて、美味しさがより引き立つというように、調味料の使い方次第でも美味しさは増していきます。

ダシには嗜好性がある
──うま味の活用で美味しく 塩分・油分が抑えられる

石井 高塩分、つまり血中のナトリウム濃度が高いと血圧が高まります。
 そこで、ナトリウムの摂取量を下げたいという時に、塩化ナトリウム以上に純粋に塩味だけという物質はなく、つまり代わるものがないので、どうしても塩分摂取量を抑えていくしかありません。
 その時にうま味があれば、塩化ナトリウムの量が控えられます。少量でもうま味と塩味があれば美味しくいただけるので、塩味の抑制効果につながっていくわけです。
 また、現代では高脂肪食も問題になっています。
 油分があると嗜好性が非常に高まります。京都大学の伏木亨先生のマウスの実験では、砂糖と油、中でも油の嗜好性が大変強いことが確認されていますが、鰹節のダシでは砂糖を上回って嗜好性が高いことも確認されています。
 このようにダシもかなり嗜好性を高めるものなので、油を入れなければ料理は美味しくないということはなく、ダシの味に敏感になりながら食べ物をいただけば十分美味しく味わうことができ、かつ生活習慣病の予防にも役立つというわけです。

食育の重要性 味覚は小さいうちに つくられる

石井 その嗜好性は小さいうちから決まり、動物実験ではお母さんのお腹にいる時から決まるともいわれています。
 肉のダシは強烈ですが、鰹節や昆布や干し椎茸や煮干しだとかのダシ味を美味しいと感じるのは、日本人の味覚が敏感な証拠です。現代では、そういう敏感な味覚がどんどん強烈な味にしないと感じないようになってきたという問題点もあります。ダシも濃い、塩味も濃い、甘味も濃い、全てにおいて濃厚な味を好む傾向になっています。
 このように、習慣的に強い刺激を与え続けていくと、味覚はどんどん鈍感になっていきます。
 日本の料理は素材の味が生きるように、ダシや調味料は抑えて、素材の味を引き出すように使われています。塩味でしたら0・2%の違いを明確に自覚でき、スープで塩味が濃いとか薄いとかいってるのは、その0・2%の違いを問題にしているのですね。その鋭敏な味覚が健康につながっていくことにもなります。
 食育的に見ても、ダシのとり方や使い方などを含めて、今は天然のダシ味を知っている子どもが、非常に少なくなっています。
 私は調理の授業では必ず天然ダシを使いますし、小学校でも味噌汁を天然のダシからとってつくることが課題とされています(表2・3)。食育では食材の調達から始まって調理することで本当に身につく教育になります。それによって、子どもたちが自らの食生活の内容を見つめ直し、考えることができるわけですね(表3)。我が家の子どもたちも、子どものうちから料理を覚えて、その中でうま味の違い、素材の味の引き出し方を自然に学んでいきました。

合成ダシでは到底かなわない 天然ダシの味を覚えよう
──工夫次第で 手間もかからず

石井 今は企業もいろいろ工夫し、顆粒ダシなどのインスタントダシも合成成分だけではなく、鰹節のダシから抽出したエキスなども多分に加えてはいますが、やはり天然ダシの味にはかないません。
 顆粒ダシと天然ダシの何が違うかというと、香りが違う。香りの成分はなかなかインスタントには付与できないところで、鰹節なども天然ダシは香りが高く、香りで味はまた増強されるので、それによって塩分使用量をかなり抑えても美味しくいただけるわけです。
 現代では専業主婦も少なくなり、時間がないからとよく言われますが、私自身は天然ダシを使って、30〜40分で3〜4品はつくります。
 例えば、煮物なら具材と一緒に鰹節をサッと削って紙パックや袋などに入れて一緒に煮込んで出来上がりにサッと引き上げる。昆布もサッと切って最初からポンと入れて加熱します。これで十分ダシも出ますし、美味しく仕上がります。味噌汁は煮干しでダシをとっていますが、これも最初から煮干しを割り入れて具材と一緒に加熱し、出来上がりに引き上げます。また、干し椎茸や昆布は一晩水に浸しておけば十分な水ダシが出来上がります。
 もてなし料理は別として、日常の家庭料理では、そんな使い方で十分美味しくいただけるのです。

主食のご飯と ダシ味が支える日本食の 健康的で豊かな美味しさ
ご飯食では自ずと、 おかずの組み合わせと 栄養のバランスが整う

石井 日本食の何が良いかというと、やはり主食がご飯であるということがまずきます。主食と副食の区別があるというのは日本食の大変優れた特徴です。
 そして、食材の違いよりも、基本的にはご飯を主食に、汁があって、おかずがあり、ダシを鰹節と煮干しと昆布と干し椎茸でとり、塩、醤油、味噌、砂糖、酒、味醂などの調味料で調理してあることがポイントになります。
 子どもたちの朝食を調べてみましたら、栄養バランスの一番良かったのは和食でした(図)。和食は、おかずの組み合わせがしっかりして、整えやすいということですね。
 パン食でもきちんとおかずをつくっている家庭もありますが、なかなか副食の取り合わせがうまくいかない。野菜の煮物や焼き魚では合わないですし、バターやマーガリン、ジャムなどを付けて牛乳や紅茶、コーヒーで済ますケースも多いと思います。欧米ではパンは、肉など濃厚な料理の付け合わせ、添え物という位置付けなのですね。
 ところが、ご飯が主食ですと、自ずと何種類かのおかずができます。なま物、ゆで物、煮物、焼き物、炒め物という基本的な5つの調理法を駆使して、主菜は魚や肉、副菜は野菜の煮物や和え物、箸休めに酢の物、豆の煮物、漬け物と、一汁三菜で自ずと栄養バランスの良い、美味しくヘルシーな料理になります。
 塩分も、ご飯は0%、煮物で約1・2%、味噌汁やおすましで約0・8%、そうすると、汁は薄めの塩味を楽しみ、煮物はそれよりもちょっと濃い味でいただくというように段階を変えてそれぞれの素材の味を楽しむことができるわけです。
 このように、うま味がベースにあって味の段階を少しずつ変えていけばそれぞれの素材の味が楽しめ、いただく量さえ適正であれば健康維持や病気予防の面でもうまくいくはずです。
 あとは間食をいかに抑えるか。今はスナック菓子など間食でどれだけ塩分や油分、糖分の多い物を食べているのかを知ることですね(表4)。

旬・風土を大切に 体質的にも適った日本食

石井 我々の体は、長年生まれ育った土地で生産される食材と一体化して生理機能なども培われています。ですから、当然ながら日本食は私たちの体質に、生理的にも合っているわけです。
 私もそうなのですが、炭水化物を中心にエネルギーを得てきた日本人は高脂肪食に弱く、また、乳糖不耐性などで乳製品になかなか対応できない日本人も結構多くいます。
 手術後などで食事が思うように摂れない時にエネルギーをどう保つかというと、日本人はお粥から始めますが、脂質に強い欧米人では食事に油を入れるそうです。
 そういう意味でも、その土地でその季節に採れるもので食事を構成することは、とても大事な観点であると私は考えています。
 その認識が今はすごく薄れて、そのような食事を構成するのはなかなか難しい時代ですけれど、そこに気づかないと、健康的で、豊かな味わいの食の構成は、なかなかうまくできないのではないかと思います。
 嗜好は学習によって培われるものです。小さい時から、その土地のいろいろな地物にふれ、いろいろな野菜を幼いうちから食し、味つけでもこれが天然ダシの味であり、これがうま味、美味しさであるということを認識できるような嗜好を培う食事に小さい時から接していくことは非常に重要であると思います。