万病は腹に根ざす

──小腸は 体の根っこでありぬか床である

西諫早病院 東洋医学研究センター長 田中保郎先生

東洋医学を理論づけた「考根論」
──人間の根は「腸(小腸)」にあり、万病は腹に根ざす

 医学が驚異的に進歩する一方で、がんやアレルギー、生活習慣病は増え続けています。
 緊急医療には目覚ましい威力を発揮する西洋医学も、がんや生活習慣病などの慢性病には弱い。
 西洋医学のみでは行き詰まりを見せている時代、東洋医学が見直されてきています。
 しかし、理論が確立し、映像や検査数値で症状がはっきり出る西洋医学と違い、東洋医学は我々は勿論、医学者もどうもよくわからない。せいぜい、東洋医学は体質(証)を重視するようだと曖昧に考えるくらいのものです。
 田中保郎先生は、医学とは何か? 医者の仕事とは何か? 病気を治すとはどういうことか? その答を模索する中で、東洋医学に出合いました。
 しかし、医学本来のあり方を示す東洋医学も、そのわからなさを、根本的に解き明かさなければ発展しない!
 そう考えられた田中先生は、東洋医学の曖昧さを解き明かすべく理論づけた「考根論」を打ち立てられました。「考根論」は、盆栽を趣味とする田中先生がある日、庭の花を見て思いつかれたといいます。
 すなわち、花に異常が見られるのは根に原因がある! そして、人間にとっての根は「腸(小腸)」であることを、田中先生は見出されたのです。田中先生に、「考根論」から照らした、腸の働き、腸の健康、ひいては、人間丸ごとの健康についてお話をしていただきました。

「考根論」
──小腸は体の根っこ 東洋医学との出合い

田中 私は長崎大学で消化器科と脳外科の外科医をしていました。20年近く西洋医学的治療に携わり、ある時から医者とは何だろうと疑問を抱くようになりました。
 高血圧の患者さんには降圧剤を、糖尿病の患者さんには血糖降下剤を与える。しかし、完治する例は少ない。そして何より、薬を与えるのは薬剤師の仕事です。医者とは一体何なのだろうと思うようになりました。
 ある時、麻酔科の人員不足から助手として派遣され、当時流行していた鍼麻酔を知りました。鍼でツボを刺激することで、麻酔薬を打ったのと同じ効果が生まれる。それに興味をもったことが、私と東洋医学との出合いでした。
 大学を辞めてから、鍼を患者さんに始めたところ、患者さんがものすごく喜ぶ。NHKテレビにも紹介され、ある時、東京から頭痛の患者さんが来ました。ところが、頭痛に効くあらゆるツボを打っても治らない。最後に私が「鎮痛剤も…」といった途端、患者さんの目の色が変わり、翌日帰られた。
 その時に「鍼以外に何かないか」と勉強し始めたのが、漢方薬です。ところがこれがまた治らない。
 試行錯誤しながら、鍼や漢方中心の医療をしていく中で、東洋医学は西洋医学とは異なる場所、次元で病気を診ている医学であることに気づき始めたんです。

病巣は根にあり 人間の根は小腸である

田中 明治政府が日本に西洋医学を導入して以来、東洋医学とは、実証・虚証だのあやふやな言葉でごまかし、理論のない、わけのわからない医学だと否定されてきました。
 そこで私は、西洋医学から見た東洋医学のわけのわからなさを、根本的に解き明かそうと思いついたのが、『考根論』です。
 東洋医学と西洋医学の違いは、症状と病巣が離れた医学≠ェあるということです。中国最古の医学書『黄帝内経』に、「症状と病巣が離れた医学があり、これを追い求めて治せ」とあります。これこそが東洋医学の基本なんです。
 例えば、アトピー性皮膚炎なら、西洋医学は皮膚の病気と考える。しかし、東洋医学は症状は皮膚にあるけれど、病巣はどこか他にあると考えるわけです。
 しかし、その、症状とは異なる病巣がどこにあるかがわからなかった。
 ある時02年であったか、ぼうっと庭を眺めていた時にハッと思い出しました。花が枯れた時、「根腐れ」というではないか。
 花が枯れる。症状は「花」です。この場合、西洋医学的には花の病気と考え、花の薬を与える。しかし、プロの植木師は、花が枯れた時に「根腐れ」を疑う。花が症状で、病巣は根ということです(図1)。
 では、「根」は何の仕事をするか。根は、水や栄養分を吸収するところです。人間でいえばそれは「腸(小腸)」です。そして、その腸は腹部にある。ということは、「腸」と「根」は同じではないか。植物が根腐れでいろいろ病気が起こるように、人間も腸腐れ、腸の不調でいろいろ病気が起こるのではないかと思いついたわけです。
 これに気づいてから、腸管を意識した「腹診」を実践し、腸管の状態を改善することを目標に漢方薬を処方し始めたところ、目をみはる治療成果が出てきました。
 同時に、腸を勉強し始め、解剖学の藤田恒夫・新潟大学名誉教授然り、口腔科医で実験進化学の西原克成先生然り、私が想像していた以上に、腸(小腸)は、思考とか、免疫の中心であるとか、とてつもないことをやっていることがわかってきたんです。
 何より、人間は腸から出発した動物である。 人間は、腸から出発し、大量のエネルギーを得るために、例えば、酸素をとってエネルギーを大量に得るために肺ができたとか、食物を大量にとってエネルギーに変えるために腸内細菌だけでは無理だから、消化液を出して吸収する内臓ができた。だから、腸は根本的な根、そのものズバリなんです。
 根が弱い植物はダメなのと同じように、人間も腸が弱いと、根性もなく、考えも浅い、仕事がなかなかできない。つまり「腹ができてない、すわっていない」というわけです。

生きるシステムの基本は 腸が司っている
人間を司るのは 脳ではなく、腸である
──人間の原点は、腔腸動物

田中 人間にとって腸が根っこであることは、生物の進化の歴史から見てもわかることです。藤田先生は「全ての動物は腔腸動物から進化した」といわれています(図2)。
 腔腸動物とは、ヒドラやイソギンチャクなど腸(腸と口と触角)だけで生きている動物です。脳も胃も肝臓も肺も何もない。それでも、子孫を残そうという欲望で行動し、食欲がありエサをつかまえ、胃も肝臓もないのに消化できるのはなぜか。
 その答を、藤田先生は発生学的に、「腸そのものが、ものを考える」と結論しました。
 腸だけの動物も、生きていくためには栄養分を取らなければならない。「お腹が減った」と感じ、「栄養分を取れ」と指示を出すのも、全て腸が感じ、考えて、指令を出しているんです。
 その指令を受けるのが、口(腸の入り口)の周囲のひげ(触角)を動かす神経節です。この神経節に腸の考えが伝わり、ひげを駆使してエサをつかまえ、口の中に入れ、生命を保っている(図3)。要するに、腸は自我をともない、考え、体を司っているのです。
 大事なのは、そのシステムは、哺乳動物の我々まで継承されていること。人間においても、腸が考え、免疫を司り、性欲を催し、消化しているということです。
 世間では、人間の体は脳が司り、脳が考え、神経に伝わり、体を動かしている、脳が我々の臓器を動かしたり、命令を下していると思っている。
 しかし、腸は脳より先にでき、脳に優先している。脳の指令は腸には行かず、反対に、腸の指令は脳に届きます。
 脳は随意筋という筋肉を動かすために発達した臓器の一つに過ぎません。その証拠に、内臓は意識をしなくても動き続けています。もし、脳が体を司っているのであれば、 その内臓の動きを休めたり、早めたりできるはずです。
 このように生きることの基本をなす腸がやられたら、例えば、自我をともない考えている部分がやられたら、心身症や心の悩みが、免疫が侵されたら、がんやアレルギーが、ホルモンの部分がやられたら、不妊症や不眠症や更年期障害などがと、さまざまな病気が起こるわけです。

腸は考える臓器
鍵は「基底顆粒細胞」

田中 藤田恒夫先生は、腸で考えている細胞が「基底顆粒細胞」であるといわれています(図4)。
 例えばゴルフで、パッと見て5mと脳で判断したら、5mの手が動くようにできている。ところが、そこで、優勝だとか、打ちすぎたらなどと考え始めたら、手が動かなくなる。考えているのは、腸の基底顆粒細胞なんです。
 基底顆粒細胞の代表例が、舌の味蕾細胞です(図5)。味蕾では、口に入れたものを「おいしい」「おいしくない」と感じるホルモンを分泌し、脳や腸に伝達します。皮膚にも基底顆粒細胞があり、好きな人に触れられれば「快」のホルモンを、嫌いな人に触れられれば「不快」のホルモンを分泌する。要するに、「好き」「嫌い」「楽しい」「嬉しい」といった、人間の感情に関係するホルモンを分泌するのが基底顆粒細胞なのです。
 基底顆粒細胞は内臓にもあり、腸にももちろんあります(図4・5)。人が生きていく上で欠かせない欲求──食欲、性欲、睡眠欲、名誉欲、財産欲などを引き起こすホルモンを分泌するのが、腸の基底顆粒細胞です。
 この欲求が湧いてくるのは、腸の基底顆粒細胞が空腹状態にある時です。今、ニートとか自殺者が増えていますが、暖衣飽食の時代になると、生きていく意欲がなくなる。それは、腸の基底顆粒細胞もまた、暖衣飽食状態にあるからなんです。

考えには二通りある ──精神は脳・心は腸

田中 人間の情報伝達は、神経が全て担っているという神経万能説から、最近は、ホルモンなども担っていることがわかってきました。
 例えば、目や耳や鼻などの五感で情報をキャッチすると、基底顆粒細胞からホルモンが発せられます。それが直接脳に行く経路を「精神」、一方、発せられたホルモンが腸管の基底顆粒細胞に作用し、その腸管の考えをともなって動き始める時、これを「心」というのです(図6)。そして、脳は好きや嫌いを考えるのではなく、そういう情報をキャッチして表現するだけの臓器で、テレビの受像機にあたる作用をしているのです(図6)。
 西原克成先生は、人間において腸管が栄養や酸素を吸収して初めて物事が始まり、腸管の栄養や酸素をとる能力、欲望の強さ、好き嫌いが、人間の心であり、魂であるといわれています。さらに、脳は腸から発生した臓器であり、脳は腸を満足するためにしか働かないともいわれています。
 その最終的な裏づけは、「臓器移植」です。脳の移植実験では人格変化は認められず、一方、心臓、肺、肝臓、骨髄だとか、臓器移植すると人格が変化する多くの症例が報告されています。脳を移植しても人格も心も変化しない。けれど、内臓の細胞を移植したら考えが移る。つまり、基底顆粒細胞が移って初めて考えが移るわけです。
 脳は、精神を司る臓器ですが、その働きは感情(心)をともなわないコンピューターのようなものです。一方、腸管がおこなっている思考活動や記憶は、小腸の自我に支配された、感覚や感情をともなった「心」や「魂」の考えです。このように人間には二つの考えがあるのです(表1)。

心の病は精神科では治せない
認知症も二通りある

田中 ですから、「精神病」は「脳の病」で、脳や体壁(脊椎)神経でおこなう思考や精神が障害を受けることによって起き、「心の病」は、「腸管の病」であり、心の悩み(心労)は、腸の機能がいろんな理由で衰えることによって門脈の酸素不足が起こり、内臓から活力が失われるために起こるのです(表1)。
 精神科と心療内科があるのも、精神科は脳であり、心療内科は脳には関係のない心の病、すなわち腸管の病気を扱うわけです。今の医療では、心身症、心のうつ病、パニック症などは、多くは「精神の病気」と診断され、精神安定剤や睡眠薬が投与される。その結果、胃腸を傷つけてさらに病気が悪化するという悪循環がよく見られます。
 また、人間の認知症に二つあるのも、「単純性認知症」は、脳の考える部分の劣化であり、もう一つの「アルツハイマー性認知症」は、腸の考える部分の劣化が根本にある。人格崩壊するアルツハイマー病は、名誉欲、食欲、財産欲、性欲といった欲をともなった認知症なんです。
 事実、心の病やアルツハイマー病の人たちを腹診してみると、明らかに腸の動きが衰えています。脳ではなく腸を治すことが必要なのです。

小腸は免疫の最大器官
腸管免疫

田中 私たちが学生の頃は、免疫の臓器は、脾臓だとか胸腺だとか骨髄が全てでした。
 ところが今の医学は、最大の免疫器官は腸(小腸)といっています。腸管には、全身のリンパ球の60%以上が存在し、抗体の60%以上は腸管で作られているのです。
 腸管免疫は、@腸内細菌と、Aパイエル板と、Bリンパ球──とで免疫を司り、主な作用は、自己・非自己を見分け、体の外から入ってきた有害なもの(これが抗原となる)を排除することです。
 腸管に入った病原菌などは、腸管免疫の中枢(司令塔)であるパイエル板や、腸管上皮間リンパ球などの免疫組織によって攻撃を受けます。一方、乳酸菌などの腸内有益菌は、この腸管の免疫系を刺激して免疫力を高めています。

腸内細菌の重要性 ──腸は「ぬか床」である

田中 腸内細菌がいかに重要か。
 まずは、肝臓も膵臓も胃もない時に、食べ物を選択し、消化していた。
 そして、脳は骨(頭蓋骨)で守られていますが、腸は腸内細菌で守られている。それも、人間の細胞は約60兆なのに、その腸内細菌は100兆個も存在する。それくらい分厚く守られているのは、毒が入ってきたら困るからです。
 ビフィズス菌や乳酸菌などの有用菌は、腸内で乳酸や酢酸を作って腸内を酸性に傾け、腸内有害菌を抑えたり、病原菌の侵入を防いだりします。また、有害物質の生成を防ぎ、腸内で作られた有害物質を吸着・分解したりして、体を守っているのです。
 さて、人間の腸内細菌叢は、「ぬか床」と同じだということをぜひ知っていただきたい(図7)。
 ビフィズス菌や乳酸菌などの有用菌は酸素を使わずに食物を「発酵」という作業で分解し、できた発酵物は、抗酸化物質ないしサプリメントというべきものになって、炎症や、がん化した細胞を修理してくれます(図7)。
 一方、有害菌は、食物を酸素を使う分解、すなわち酸化、腐敗によって有害物質を生成します。高蛋白食が腐敗すると、ニトロソアミンだとか、チアミンだとか、ヒスタミンだとか、体に悪い作用を起こすものになります(図7)。
 腸内細菌の仕事は他にもいろいろあり(表2)、これほど重要な働きをしている腸内細菌のバランスが崩れると、腸管の免疫力が落ち、発がん性が高まったり、アレルギーや自己免疫疾患を起こしたり、病原菌が入ってきたりすると腸管で炎症が起き、水分の吸収も十分にできなくなって下痢を起こし、最後は死にいきついてしまうのです。

腸の手入れは、 植物やぬか床と同じ 「三つ子の魂百まで」
──乳幼児期が大事

田中「三つ子の魂百まで」という諺は、人間の腸管の基底顆粒細胞の完成時期が3歳であることを示しています。3歳までの発育状態が、腸の神経の性質を決め、それは、将来の人格や心にまで影響するということで、それまでに母親の心理状態が不安定だったり、食事が粗雑だと、基底顆粒細胞が未発達にでき上がり、自閉症やうつ病の原因にもなるのです。
 味のセンサーとなる基底顆粒細胞の味蕾がうまく育つためには、離乳食までは、味の濃いものや香辛料、人工甘味料などを与えないことです。
 基底顆粒細胞と同様に、腸内細菌も離乳期までに完成します。腸内細菌を完全に備えないうちに、エビやカニ、タマゴや肉などの蛋白質を入れてしまうと、腸の中でこなし切れず、種々のアレルギーを引き起こします。
 また、防腐剤や抗生物質など、腸が未発達な時期に与えると腸内細菌が死んでしまう。大人でもダメージが大きいので、なるべく避けることです。

身土不二

田中 「地産地消」、「身土不二」。これは、「自分の住む500m内のものを食べなさい」ということ。腸内細菌が慣れたものを食べた方が、消化が良いということです。
 腸内細菌が整っていない時に肉類を食べたら、肉と自分の肉の判断がつかない。自分の腸を食べてしまうから自己免疫疾患性の腸炎になる。パプアニューギニア人は普段肉を食わない。ところがお祭りの時だけ豚を食う。それで腸炎で死ぬんです。
 遭難した時や断食後は、おかゆから始めます。腸内細菌は絶食したら死にますから、細菌叢が整うまでは肉などの高脂肪高蛋白食は食べたらいかんのです。
 断食療法でリンゴや人参ジュースをとるのは、腸内細菌のエサとなるオリゴ糖をとるためです。完全断食では、腸内細菌そのものが死んでしまう。腸内細菌が死んだらダメなんですよ。

「漢方薬」はお腹の環境改善剤
最高の医師は「食医」

田中 最終的に、腸内細菌を元気にするのは、漢方医学しかない。
 漢方薬は、植物が根腐れを起こした時に土壌を改善して根を丈夫にするように、人間の腸が弱った時に、腸を改善するために開発されたお腹の環境改善剤と考えていいと思います。
 そういう考えを踏まえて、だからといって、オールマイティというものはない。だから漢方医は、この患者さんには、どれくらいのかき混ぜ方がよいか、水はどれくらいに調節すればよいか、温度はどれくらい調節すればよいかなどに、心を砕くんです。
 漢方薬を使っても、葛根湯を風邪薬として使う。これは西洋医学です。葛根湯は、腸を温める薬で、温めた結果、風邪も治るし、肩こりも治る。小柴胡湯を肝臓薬として用いて副作用が出ました。違うんです。あれは、喉から胃までの臓器を冷やす薬なんです。漢方薬を用いる場合は、患者さんの体質、体調を見抜いて処方することが、東洋医学なんです。
 「獣医」「外科医」「内科医」「食医」は、中国で決められた医者の位です。外科医は、症状と病巣が一緒の医学。内科医と食医は、症状と病巣の離れた医学。
 内科医は、お腹の調子を「薬で整える」。そして、最高の医者は、「食材で整える」食医です。昔のおっかさんは、そういう食医の仕事もしていたし、できたんですね。