がんは食生 活で防げる!!

〜無精白穀類・大豆・野菜など、植物性食品を中心にした食生活のすすめ〜

東京農業大学応用生物学部栄養科学科(医学博士)
渡邊昌教授

がんは、日本では急増、アメリカでは激減

 1981年以降、がんは脳卒中を抜いて日本での死因トップとなり、今では3人に1人はがんで亡くなっています(図1)。
 がんは主に生活習慣、中でも食生活が大きな要因で起こり、日本でも食の欧米化につれて大腸がんや乳がん、前立腺がんなど欧米型のがんが急増しています。一方、疫学研究が進んでいるアメリカでは、国を挙げて禁煙や食生活改善などがん予防の生活改善に取り組み、91年以降、全がんで死亡率が減り続けているという快挙を成し遂げました。
 日本でも03年、厚労省研究班による「多目的コホート※によるがん・循環器疾患の疫学研究(JPHC Study)」の10年間追跡調査結果が発表され、食生活とがんの関連がいくつか明らかになっています。
 日本の疫学研究の第一人者で、国立がんセンター疫学部長時代(85〜96年)にこのコホート研究を作り育てた渡邊昌先生は、長年のがん研究に加え、ご自身の糖尿病を玄米食など生活療法だけで克服された体験から「がんも食事で防げる」と断言されています。
 現在は東京農業大学で「環境・食糧・健康」を一体化させた新しい研究(公衆栄養学)に取り組まれている渡邊先生に、「がんにならない食生活」をお聞きしました。
※コホート研究 ある集団を分類して比較分析し、その間の因果関係を調べる疫学的研究。「前向きコホート研究」は健康人集団を対象に、疾病原因となる可能性のある要因を調査し、さらに追跡調査で疾病にかかった者を確認し、最初に調査した要因とその後の疾病発生との因果関係を分析する。

菜食型が良い
自ら、菜食中心の食事で 減量と血糖改善に成功

──04年はがん研究者のお立場から『食事でがんは防げる』、ついでご自身の体験から『糖尿病は薬なしで治せる』を出され、大変興味深く拝読しました。ご本で先生はがんをはじめ生活習慣病には菜食型が良いとされていますね。
渡邊 築地の国立がんセンター時代は近くに河岸はあるし、銀座も近い。美食飽食で当時は76 kgもあり、10年前に糖尿病と診断されました。不摂生するとどれだけ体がおかしくなるのか、自分の体で実験したようなものです(笑)。
 予防医学の立場にある者がそれではまずいと食事と運動で治そうと決意し、1日3食1600キロカロリーで間食なし。車を使わず歩いたり、自転車通勤したり、週3回はプールで泳ぎ、1年で13 kg痩せ、血糖値も正常に戻りました(表1参照)。その時食べ物がいかに大事か、よくわかりましたね。
 1日1600キロカロリーというと、好物のステーキも天ぷらもうなぎも駄目。食事はどうしても穀類・大豆製品・野菜の植物性食品が中心になります。そうした食事は肥満や糖尿病、あるいは動脈硬化などだけではなく、がんにも良いことが多くの疫学研究からわかってきています。

がんの急増と欧米型化の 背景に、食の欧米化

渡邊 今日本で増加傾向にあり、今後も増え続けるといわれる、大腸がん、乳がん、前立腺がんなどは、もともと欧米に多く、日本では少ないがんでした(図2)。さらにいうと日本人は本来、高塩分食からくる胃がんを除いてはがんの少ない民族だったのです。
 その日本で今がんが増え、特に欧米型のがんが増えているのは、食生活が肉や乳製品など動物性食品の多い高脂肪・高蛋白・低繊維≠フ欧米型になり、一方で、日本人が昔からとってきた大豆食品や野菜や海藻など、ファイトケミカル(生理活性のある植物性化合物)≠竅A食物繊維≠ノ富んだ植物性食品の摂取が減ったことが大きく影響しているのです。
 食の欧米化は特に若い人ほど顕著です。高脂肪食は全てのがんに悪影響を及ぼし、とりわけ大腸がんと乳がんの発生に悪影響を及ぼします。2015年には男女共にトップは大腸がん、女性の2位は乳がんと推定されているのには、このような食生活が背景にあるからですね。

95年、日米で逆転した 野菜摂取量≠ニがん死亡率

渡邊 一方、アメリカでは国を挙げてがん予防に取り組み、1960年代後半に始まった禁煙運動、70年代後半から80年代にかけて始まった食生活の改善運動などが功を奏し、全がんの死亡率は91年以降、減り続けているという快挙を成し遂げています。
 アメリカでの食生活によるがん予防は77年の「マクガバン・リポート(表2)」を契機に、82年に米科学アカデミーが高脂肪食はがんを増やし、野菜と果物や全粒穀物を重視した食生活ががんの罹患率を低下させる≠ニして、その裏付けとなる実験や疫学調査が、私も学んだNCI(国立がん研究所)を中心に進められました。
 90年のNCIによる「デザイナーフーズ」計画では、がん予防の可能性のあるファイトケミカル約600種が明らかになり、これらを多く含む食品を一目でわかりやすくランク分けした「デザイナーフーズ・ピラミッド(図3)」によって、植物性食品の摂取がより一層注目され、健康指向に向かうようになりました。
 91年には毎日5皿以上の野菜と果物をとれば、がん、心臓病、高血圧、糖尿病などの生活習慣病のリスクを軽減できる≠ニいう「5 A Day」運動が官民共同で推進され、運動開始わずか3年のうちに野菜と果物の摂取量が増加しています。
 日本とアメリカの野菜摂取量は95年にアメリカが日本を上回り、その年は奇しくも日米のがん死亡率が逆転し、アメリカが世界に先駆けてがん死の減少を成功させたのです。この現実が私たちに教えているのは野菜などの植物が持っている強力ながん予防効果です。がん予防を念頭においた、菜食指向の食生活は地道に思えても、必ずや好結果をもたらすのです。

なぜ植物性食品が良いか
ファイトケミカルの宝庫

渡邊 ではなぜ植物性食品が良いのかというと、植物はファイトケミカル(植物性化合物)の宝庫なんですね。Phytochemical のPhyto はギリシア語で「植物」を意味し、ファイトケミカルとは植物のつくる化学物質のことです。
 野菜などの植物にはビタミンやミネラルなどの微量栄養素以外にも、病気予防に役立つ物質があると考えられていました。その物質がファイトケミカルで、その機能が本格的に研究され始めたのは1980年代に入ってからのことです。
 ファイトケミカルはカロテノイドやポリフェノールなど、植物の色素・香り・辛み・苦み成分などに多く含まれ、これまで900以上のファイトケミカルが突きとめられ、野菜のたった一盛りにも100種類を超えるファイトケミカルが存在していると推測されています(図4)。
 がん抑制に働くファイトケミカルは大きく分けると、
植物のアクや色素の成分で、葉、花、茎、樹皮などに含まれているポリフェノール、
緑黄色野菜や海藻などに含まれる色素成分のカロテノイド、
ねぎ類の香り成分、大根やわさびやからし菜などアブラナ科の野菜の辛み成分のイオウ化合物、
ハーブや柑橘類の香りや苦み成分であるテルペン類、
キノコ類に含まれる不消化多糖類のβ─グルカン──の5つがあり、がんだけでなく、老化や動脈硬化も予防します。この他、アミノ酸が複数結合したペプチドなど新たなグループも加わってきています。
 ファイトケミカルは今はまだ、生命維持に必要な栄養素に分類されていませんが、そのいくつかは将来、栄養素として扱われるようになると私は確信しています。

強力な抗酸化作用による 抜群の発がん抑制効果
組み合わせが大切

渡邊 ファイトケミカルの発がん抑制力は非常に強力で、動物実験ではがんのステージTかそれ以上に進んだ段階でも、がんの進行を停止させることができるのです。動物だけでなく、ヒトにおいても、例えば大豆イソフラボンのように、ある種のファイトケミカルはがん予防効果を示します。
 ファイトケミカルの抗がん作用はいろいろありますが、共通しているのが抗酸化作用です。がんは遺伝子のDNAが、発がん物質などの作用によって傷つけられることから始まります。発がん物質は体内で強い酸化力を持つフリーラジカルや活性酸素などを生成し、それが細胞膜や遺伝子を傷つけるのですが、ファイトケミカルはこれらの活性酸素を消去する働き(抗酸化作用)があるのです。
 一口に抗酸化作用といっても、それぞれのファイトケミカルには、それぞれ異なる役割、得意分野があり、例えば、あるものは脂溶性のラジカルを、あるものは水溶性のラジカルを消去し、それらの働きが複合的に働いて、体の中で次々に生まれる活性酸素(フリーラジカル)を消去するので、ファイトケミカルも総合的にバランス良くとることが大事です。
 ファイトケミカルによるがん予防効果では、NCIが介入した有名な疫学調査が二つあります。
 一つは、85年から6年間胃がんの多い中国のリンシャンでの試験で、β─カロテン、ビタミンE、セレニウムを摂取した人たちは胃がん死が21%も減少したもの。
 もう一つは、同じく85年から8年間、フィンランドで男性喫煙者を対象にしたβ─カロテンの介入試験で、β─カロテンの単独摂取群では肺がんが18%も増えたというものです。
 結局、人体に良いと思われる物質でも、一つのものを大量にとれば望ましくない結果になり得るということですね。これはサプリメントや健康食品についても同様のことがいえます。そういう意味で、カテキンを強化したお茶などはとてもすすめられません。
 私たちは、ファイトケミカルなどをどのようにとれば健康に良いのかを明らかにする新しい疫学研究のデザインを構想しました。
 そのために、さまざまな野菜や果物中のファイトケミカルを分析してデータベースをつくり、これによって、どのようなファイトケミカルの組み合わせが人の健康に最も役立つかを明らかにしました。さらに、ファイトケミカルの有効性を基に、どんな食材を組み合わせて食べれば良いのかがわかる、日本版「食品ピラミッド」(10頁図6)を作成しました。

がんは食生活で防げる
「がん予防14カ条+禁煙」で がんは75%防げる

渡邊 世界的に有名なイギリスの疫学者、ドール博士らはNIH(米国立衛生研究所)の委託で81年、がんの発生要因の割合を推計し、これらの要因を避ければがんが予防できると結論しています。それによると、がん発生要因の約70%は食生活、タバコとなっています(図5)。
 この報告の16年後(97年)に、世界の約5000に及ぶ食生活とがん予防についての論文を8カ国15名の専門家が分析評価して刊行された『食品と栄養とがん予防──世界的展望』では、食生活とそれに関連する要因(肥満、運動、飲酒)の是正で、がんは予防可能≠ニ報告され、世界的な反響を呼びました。
 この報告書では「がん予防の14カ条+禁煙(表3)」が提言され、これに従えば、以下のように、がんの発生が最低でも20%、最高で75%も抑えることが可能だと予測されています。
@口腔・咽頭がん 飲酒を控え、野菜と果物を多くとることで、33〜50%予防できると推定。
A食道がん 飲酒を控え、野菜と果物を多くとることで55〜75%予防できると推定。
B肺がん 禁煙し、野菜や果物を多くとることで20〜33%予防できると推定。
C胃がん 野菜や果物を多くとり、食物をきちんと冷蔵し、塩や高塩食品を控えることで66〜75%予防できると推定。
D肝臓がん 飲酒を控え、カビ毒に注意することで33〜66%予防できると推定(但し、日本では肝臓がんの大部分がB型・C型肝炎ウイルス感染で起きるので肝炎対策の方が有効)。
E結腸がんと直腸がん 野菜を多くとり、飲酒と肉類の摂取を少なくし、適度に運動することで66〜75%予防できると推定。
F乳がん 野菜を多くし、肥満を避け、飲酒を控えることで33〜50%予防できると推定。

日本人に、より適した がん予防の食生活
日本版「食品ピラミッド」

──日本でもがん予防の大規模な「多目的コホート研究」が行われ、03年には10年間の追跡調査結果が出て、これによると、野菜や果物は胃がんには少量摂取で有効だが、肺がんでは予防効果がないという結果が出ていますね。
渡邊 この研究は私が国立がんセンターの疫学部長時代にスタートさせ、研究には今でも参加していますが、まだ10年しか追いかけてないのでそれほど確実な結果は出ていないんです。今の段階で明確なデータが出たのは大豆の乳がん予防効果、高塩食と胃がんの促進、肺がんと喫煙の高い相関性という研究結果くらいですね。
 疫学調査では最低でも10年、できれば20年以上の追跡調査結果が望まれます。疫学だけではなく、動物実験などによる介入試験などは有意差に捉われすぎると、結果がポジティブに出る場合は問題ないのですが、ネガティブな結果が出た時には、本当にネガティブな結果なのか、検出力が足りないために検出できていないのか、観察期間が短すぎるのか、そこらへんをきちんと検定しないといけない。そこを抜きにして、有意差がないから駄目だと切り捨てられているものが非常に多いですね。
 典型的な例が食物繊維です。「食物繊維が大腸がんを予防する」といったのは、ウガンダで風土病のバーキットリンパ腫を見つけたイギリス人のバーキット博士です。バーキットは現地で食物繊維に富む食事をしているアフリカ人には大腸がんが少ないことも見出しました。食物繊維はここ数年間の動物実験では大腸がんの予防効果があるという報告の一方で、ないという結果も多く出て混乱していますが、食物繊維は腸内の発がん物質を含む腐敗物質を排出したり、腸内細菌叢を良くすることでがんの予防に働きます。
 がん予防の介入試験は、人間でいえば20〜30年見ないと本当の結果はわからない、それを人間の寿命に換算して3年くらいの動物実験結果でわかるはずがないんです。
──「多目的コホート研究」では味噌汁の摂取が多いほど乳がんになりにくいと報告されましたね。
渡邊 この効果は大豆イソフラボンのエストロゲン様作用によるもので味噌汁に限らず、豆腐でも、納豆でも、豆乳でも、大豆製品なら有効なのです。増えているとはいえ、欧米人に比べて日本人に乳がんが少ないのは、これら大豆食品の摂取の賜なのです。
 大豆のがん予防効果は私が国立がんセンター時代に、県ごとに食べ物の調査をして県別のがん死亡率と比べたところ、大腸がん、乳がん、子宮内膜がんに関しては大豆の摂取量が多いほど少ないという結果が出て、さらに全国の40〜60代の女性約14万人を対象に10年間調査したところ、やはり大豆を多く食べている人は乳がんが少なかったわけですね。男性では前立腺がん予防にも働きます。
 女性ホルモンのエストロゲンは高脂肪食が引き金で過剰に分泌されると乳がんの原因になります。大豆イソフラボンはエストロゲンに構造が非常によく似ているのでエストロゲンのレセプターに結合してエストロゲンの作用を妨害するために、乳がんを防ぐと思われます。最近では大豆イソフラボンのダイゼインは、腸内細菌の働きによって腸内でエクオールという物質に変わり、エクオールはがん予防効果が強いことがわかってきました。この腸での変換は50代以上では50%できるのですが、食の欧米化による腸内細菌叢の変化で、若い人ほどうまく変
えられない。学生たちを調べてみると20〜30%しか変換できなくて、これはアメリカ人の平均と同じくらいです。植物性食品の多い和食をベースにした食生活に変えれば、腸内細菌叢も良くなって、エクオールの変換も良くなります。
 腸内細菌叢を良くするには食物繊維の他に乳酸菌がいわれ、乳酸菌というとヨーグルトを思い浮かべますが、日本人は昔からぬか漬けや味噌、納豆など植物性の発酵食品から乳酸菌をとってきたんですね。こうした日本人の腸にあった食生活というのも大事です。
 私が作った日本版「食品ピラミッド」(図6)は、アメリカの「フードガイド・ピラミッド(図7)」を日本人の食生活に合わせ、さらに進化させて作成したものです。
 がんを阻止し得る食品を1日にとりたい量に合わせてピラミッド型に配置したもので、これを目安に食事をとれば、1日1600〜1800キロカロリーとなり、がん予防食のみならず、肥満、糖尿病、高血圧症や心臓病、脳卒中などの生活習慣病をすべて防ぐことが可能です。しかも、美味しく食べられることに重きをおいていますから、長続きできるようにもなっています。 
 この「食品ピラミッド」を基に「がん予防の14カ条プラス禁煙」(表3)を守れば、がんは確実に予防できると断言できます。

がん化の階段を緩やかに 若いうちから健康な生活習慣

渡邊 がん細胞は20〜30年かかって、タバコやダイオキシンなどの発がん物質やウイルスなどが遺伝子に異常を生じさせるイニシエーション(開始期)、発がん物質、食塩、脂肪、ホルモンなどのがん促進物質が働いて、がん細胞の芽となる細胞が分裂・成長していくプロモーション(促進期)、Bいよいよがん細胞が増殖するプログレッション(進展期)──の3段階を経て悪性化していきます。
 がん化の芽は細胞分裂の盛んな思春期に多く出現します。その大切な時期にタバコや酒を始めたり、若いうちから脂肪や塩分の多いジャンクフードや洋食をとり続けていれば、がん化の階段は確実に急勾配になり、60代で発症するがんも40歳代で発症することにもなります。反対に、がん化の階段を緩やかにする鍵が、植物食・運動・心の休養を含めて適度の休養──という健康な生活習慣です(図8)。
 健康な生活習慣を身につけ、がん化の階段の踊り場を長くしていけば、高齢になって体内ではがん化が進行していたとしても、発病とはならずにすむのです。また、不摂生な生活を送ってきた人でも生活を改善すれば、その時点で階段の勾配は緩やかになり、それだけがんの発病を遅らせることができるのです。