野菜の栄養価は、年間変動する

栄養価が高く、安くて美味しい"旬”の野菜を上手に活用

女子栄養大学 辻村卓教授

野菜の栄養価は年間を通して大きく変化する
旬の野菜の栄養価は昔も今も変わらない

 野菜の栄養価は昔に比べて下がってきているとよくいわれます。
 実際、2000年に公表された最新の『五訂日本食品標準成分表』と1982年公表の『四訂版』と比べると、ビタミンやミネラルなどはおおむね減っています。
 しかし、女子栄養大学の辻村卓教授は15年間にわたって野菜の栄養価を年間を通して毎月分析し、"野菜の栄養価は年間を通して大きく変化し、昔も今も、旬に野菜の栄養価がぐんと高まる”ことを明らかにされました。
 「旬と旬のはずれの野菜は見た目は同じでも、別の野菜」と指摘される辻村先生に、ほとんどの野菜が通年で出回るようになった今、改めて旬の野菜を食べる意義、上手な活用法などを伺いました。

旬の野菜は栄養価が高い 野菜が最もパワフルな
"旬”という時期がなくなった!

──旬とはどんな時期なのか、まずその定義から教えてください。
辻村 本来、魚や野菜には旬があって、昔から食べ頃の時期、出盛りの時期を「旬」と呼んでいました。つまり、旬とは「大量に収穫できる時期」であり、「もっとも味の良い時期」であるということです。
 そして自然の摂理として、野菜は旬の時期に充実した栄養価を持ちます。
──収穫量、味、栄養ともに最も充実した時期が旬ということですね。今はほとんどの野菜が年間を通して出回っていますが、旬がなくなったのはどういうところからでしょうか。
辻村 昔は野菜は旬の時期にしか生産できなかったわけです。
 今は生産技術が向上して露地栽培、ハウス栽培、水耕栽培と、野菜は年間を通して生産・供給が可能になり、また輸送手段も発達して、年間流通の野菜が年々増えてきました(図1・2)。
 こうした背景には消費者や生産者、外食産業や販売者のそれぞれのニーズや思惑があります。
 例えば、消費者側からは、・「はしり」や「名残」など旬はずれのものを必要以上に求めたり、・病院や学校給食では栄養素のバランスが求められますから、特に緑黄色野菜などは年間を通してニーズがあります。・生活習慣病の予防の観点からは、家庭でも今は同様のニーズがあるわけです。
 生産者側も、旬の野菜は一時に大量に出回ることで価格が暴落するリスクがあり、自然に反した無理な作り方をしてでも、旬を外して生産する方が収入の安定につながるということがあります。

旬の野菜の栄養価は昔も今も変わらない

──昔と比べて野菜の栄養価は下がっているといわれますね。
辻村 食品の成分値は一般的に『日本食品標準成分表』が使われています。昭和25(1950)年に初めて公表されて以来改訂を重ね、現在は平成12(2000)年12月に改訂された『五訂食品成分表』になりました。
 最新の五訂成分表と18年前に公表された四訂成分表(1982年)と比べてみますと、確かにビタミンやミネラルなどがおおむね減っています(表1)。
 その大きな理由は、四訂版が出た当時はまだ野菜の旬があり、出盛り時期の分析結果が記載されていたわけです。ところが今では、ほとんどの野菜が一年中出回るようになり、今回の五訂版では"年間を通じて普通に摂取する場合の全国的な平均値を表わす”標準値が記載されているのです。それで栄養価が減っているように見えるのですね。
 昔から「旬の野菜には栄養がある」といわれていましたが、私達の研究でも、旬の野菜の栄養価は昔も今もあまり変わらず、野菜は旬の時期に充実した栄養価を持ち、それ以外の季節は旬に比べて数分の1の栄養価しかないことが明らかになりました。

野菜の栄養価は旬の3ヶ月がピーク
──旬をはずれた野菜は見た目は同じでも中身は別──

──先生が旬の野菜の栄養価に着目されるようになったのはどんなところからですか。
辻村 1985年の夏休みに入る直前の7月、"無水鍋を用いた調理前後の栄養成分の変化”について分析を依頼されたんです。
 そこでほうれん草のビタミンCの値を測ってみたところ、データでは100g中70〜80mg含まれているはずのところが、わずか10mgくらいしかなかったのです。データとあまりに大きく違ったので、分析を間違えたのかと2度、3度やっても結果は同じでした。
 これをきっかけに、「野菜の栄養と季節」の関係に関心を持ち、五訂成分表が公表された2000年までの15年間、1年を通して毎月、同じ野菜を購入して栄養分の含有量を分析してみました。
 試料とした野菜は、東京都と東京近郊の5地域の店頭から購入し、主に出盛り期の長い野菜や果物(じゃが芋、かぼちゃ、キャベツ、さやいんげん、セロリ、トマト、にんじん、ピーマン、ブロッコリー、ほうれん草、キウイフルーツなど)を中心に40種ほど分析しました。
 1年を通して分析してわかったのは、ほとんどの野菜の栄養価は多い少ないはあっても必ず山があり、栄養価の高い時期が3ヶ月くらいあって、その山はちょうど昔からいわれる旬と重なっていました。逆に旬をはずれると栄養価はぐんと低くなります。
 旬と旬はずれの野菜は見た目は同じでも栄養価は全く違って、中身はもう別の野菜になっているのです。

季節変動の大きい
カロチン・ビタミンCと変動の大きい野菜

──どんな栄養素を測定されたのですか。
辻村 野菜の主要な栄養素はビタミンとミネラルですが、測定したのはミネラルではカルシウム、リン、鉄、ナトリウム、カリウムの5種類。ビタミン類では体内でビタミンAに変わるベータカロチン、ビタミンB群の一つであるナイアシン(ビタミンB)、ビタミンCの3種類。それと水分です。
 このうち、特に季節変動が高かったのはカロチンとビタミンCでした(図3〜6・表2)。
〈カロチン〉では、にんじんが最大月の6月では最小月の1月の約2・5倍、トマトが最大月の9月では最小月の2月の約3倍、ブロッコリーでは最大月の3月は最小月の8月の約4倍も多く含まれていました。
〈ビタミンC〉ではさらに変動が大きく、先程からお話ししているほうれん草は最大月の2月は最小月の7月の約7〜8倍、ブロッコリーも2〜3・3倍くらいの開きがあります。
 根菜類や芋類は葉菜類に比べて比較的変動が小さいのですが、ジャガ芋は最大月の7月は最小月の4月の約5倍と大きく変動しています。
 全体的にはほうれん草が特異的に変化が大きく、あとは大体2〜3倍くらいの間で変動し、季節変動が小さい野菜はセロリ、ピーマンの2種類しかありませんでした。
 食品成分表は1食品1標準成分値で対応していますが、ほうれん草の場合はビタミンCのみ、夏どりと冬どりの値が備考欄に記載されています。私としてはほうれん草の他にも、ブロッコリーやにんじんなど、変動の大きな野菜には季節毎の成分値記載があって良いかと思います。

土壌の影響が大きい
ミネラルは季節変動が少ない

辻村 ミネラル類は全体の傾向としてカロチンやビタミンCと比べて、年間の含有量の変動は少ない結果となりました。
 これは土壌成分の影響を受けるミネラル類と、光合成の影響を受けるビタミン類との違いからくると思います(図7)。
 ナイアシンも変動があまりなく、水分については冬が旬の野菜は夏に水分が多い傾向にありました。

抗酸化力も違う

──ベータカロチンはビタミンAに変わる以外に抗酸化作用もありますね。今野菜はビタミンやミネラル以外に抗酸化力が注目されていますが、それはどうなのでしょう。
辻村 旬と旬以外の物では2倍から10倍抗酸化力が違います。
 植物は紫外線の防御にフラボノイドとかポリフェノール、またカロチンなどの色素類を備えているわけですが、夏が旬の野菜は短時間にたっぷりと、冬が旬の野菜は長時間じっくりと、紫外線を浴びた時もっとも抗酸化力がアップすると考えられます。

旬に栄養価が高いのは自然の摂理

──夏場のほうれん草と本来旬の冬場のほうれん草の栄養価(ビタミンC)が7〜8倍も違うというのは驚きですが、同じ野菜が季節によってそんなにも栄養価が違ってくるのはなぜでしょうか。
辻村 結局、自然の現象として、野菜は旬の時期に充実した栄養価を持ち、それ以外の季節に収穫した野菜というのは栄養価が低いというわけですね。
──野菜の栄養価の違いは、季節だけでなく、品種や栽培方法、肥料にも関係すると聞きますが。
辻村 ハウス栽培でも旬の方が栄養価は高いという結果が出ました。ハウス栽培も栽培法は露地栽培に準じているわけですから、やはり自然の摂理ということでしょうね。
 野菜の成分の含有量は、種子だとか、紫外線量だとか、地温だとかの影響がいわれますが、ほうれん草のように、葉菜でも地温がかなり低くても旬の時期を迎えるものもあれば、キュウリのように暑い時期に旬を迎えるものもあり、よくわかっていません。やはり、自然に組み込まれているのだと思います。
 ただ、ミネラルについては旬よりも、土壌や肥料の影響が強く出ると思います。
 ビタミン類などの含有量は、化学肥料でも有機肥料でもあまり変わりません。
 ただしトマトは今、昔のように酸っぱい物は好まれなくなり、糖度の高い桃太郎種が全盛になっていますが、これは旬の時期でも、昔よりもビタミンCなどの値は下がっています。

旬の野菜を食べる意義と上手な活用
野菜の摂取量は足りない

──時季はずれの野菜は栄養価がぐんと下がるということで、野菜はもっと心して食べないといけませんね。
辻村 抗酸化作用などから野菜の健康効果が改めてクローズアップされていますが、野菜の摂取量はまだまだ不足しているといわれています。
 外食の機会も多くなり、外食は見た目や満腹感が優先されるのでどうしてもたんぱく質や糖質、脂肪が中心となり、野菜はあまり使われません。野菜は洗いからカットまで調理に手間がかかるので避けるという事情もあるでしょう。これは共働きの家庭が増えたことで、家庭でも似たような事情だと思います。
 栄養素の摂取量も、ビタミンCなどは目標値より約2〜3倍も摂取していると発表されていますが、旬と時期はずれの野菜の栄養価には大きな差があり、実際にはビタミンなどもそれほどとれていないと思います。
 外食が多くて野菜を食べる機会が少ない人や、食が細くてあまり量が食べられない人はなお一層、旬の知識を持ち、旬のものを選んで食べることが大事になります。
 旬でない時期の野菜はかなりの量を食べなければいけませんが、逆にいうと、健康な方は水分が多くアクの少ない夏場のほうれん草をサラダのようにして大量にとるというのも悪くないのかもしれません。
 ただ野菜を多くとるには、温野菜をおすすめしますね。

"安い”というのは旬の一つの目安

──今では旬を知る人も少なくなっています。見分け方などを教えて下さい。
辻村 野菜には自然の理にかなった適地、適作、そして適した季節があり、野菜の旬とは大量に収穫できる時期でもあります。
 ですから、旬の野菜は値段も安く、「安い」というのは一つの目安になると思います。

冷凍野菜の利用とビタミンCの有効なとり方

辻村 市販の冷凍野菜の多くは旬の安い時期に大量購入して冷凍しています。
 野菜を冷凍して(約20秒熱湯処理した後、瞬間冷凍)、栄養分析した論文がありますが、1年間くらいはほとんど変化しませんでした。ですから、時期はずれの野菜よりも冷凍野菜の方が栄養価が高く、冷凍野菜を賢く利用するのも一つの手です。
 特に子供や老人、病人など、栄養は確保したいのに量を多く食べられない人には、効率よく野菜の栄養を摂取することができます。通年での栄養変化の激しいほうれん草やブロッコリーなどは、旬に買ったものをサッと茹でて冷凍保存するのが賢いと思います。
 ただ、ビタミンCは解凍過程でドリップ中に溶け出すので、包丁が入る程度に解凍したらすぐに切り分けて、凍ったまま加熱調理するといいでしょう。
 ちなみに、キャベツのせん切りを水にさらすとシャキッとして美味しくなりますが、水溶性のビタミンCが水に溶け出すことが心配されています。ところが、15分ぐらい水に浸してビタミンCの量を測定したところ、水に浸す前とほとんど差がありませんでした(図8)。包丁で傷ついた細胞はほんの1〜2列で、そこから流れ出す栄養分はほんのわずかなんですね。
 また、だいこんとにんじんを一緒にすりおろしてもみじおろしにすると、にんじんのビタミンC破壊酵素がだいこんのビタミンCを壊すといわれます。これも実験してみましたが、ビタミンCは酸化されるだけで破壊には至らず、ちゃんとビタミンCとして残っていました(図9)。もともとビタミンCには還元型と酸化型があり、その効力は同等だと考えられています。酸化されたビタミンCも体内に吸収された時点で還元型に戻りますから、どちらの形でとっても結果的には同じなのです。

旬は移動する
産地によって異なる旬

辻村 日本は小さいようでいて南北に長く、旬が移動していきます。つまり、地域によって旬は異なるので、野菜の旬は一つではないということです。
 最近は野菜の産地が表示されるようになりましたが、産地の表示は旬を見分けるにも有効です。産地別に旬の野菜を選択すれば、食卓もかなりバラエティに富むと思います。
 現代的な旬の定義というのが発表されています(表3)。条件を満たす野菜・果物には「旬の野菜」シンボルマーク(イラスト)を表示できることになり、このマークも一つの目安になると思います。
 旬の野菜は、栄養価も高く、価格も安く、味もよく、また、作るのにも最も適している時期ですから農薬も少なくてすみます。栄養価、価格、味覚、また安全性の面からも、旬を知って、旬の野菜をもっと活用したいものですね。
 今はほとんどの野菜が年間を通して出回っていますが、1年を通して食べるのと、旬の時期だけを待って食べるのとでは、野菜への思いは変わります。今、多くの人が感じている昔の野菜への郷愁は、今日の状況を反映した"旬の野菜への郷愁”ともいいかえられるでしょう。
(取材構成・本誌功刀)