古代食・長寿村の研究を通して世界一の健康食"和食"を探る

食文化史研究家 永山久夫先生

──今こそ、伝統的和食の見直しを!

 世界一の長寿国、日本。平成13(01)年の平均寿命は、男性78・07歳、女性84・93歳となり、昭和60(85)年以降、世界トップの座を守り続けています(表1)。
 日本人の長寿の秘訣として、世界的に注目されているのが和食です。しかし、当の日本では食生活の欧米化が進み、伝統的な和食文化が失われつつあります。
 その結果、がんや心筋梗塞、脳梗塞、アレルギー疾患、自己免疫疾患などが増大しており、平均寿命が延びる一方で、寝たきりや痴呆のお年寄りが増えているのも、また事実です。
 食文化史研究家の永山久夫先生は、古代日本人の食生活や日本全国の長寿村の調査を通して、日本人の健康と長寿を支えてきた伝統的和食の健康効果に注目。日本人には和食の見直しを訴え、世界的には和食の素晴らしさを広めていらっしゃいます。
 永山先生に、古代食や長寿村の研究から導かれた健康長寿食・和食についてお話を伺いました。

和食再興
――今、なぜ和食か―― 
世界的にも注目される和食

――日本は今や世界一の長寿大国となり、健康長寿の秘訣として、世界的に和食が注目されていますね。
永山 数年前、アメリカの農務省が作成した「食事指針ピラミッド(イラスト)」は、「穀類と野菜・果物をたくさんとり、肉や卵、乳製品は少なめにし、油脂や砂糖は控えましょう」というもので、つまり伝統的な和食そのものでした。
 今、健康的な食生活のモデルケースとして、世界中で和食が注目されています。日本人が世界一の長寿という事実も、和食が理想的な健康長寿食であることを証明しています。
 海外に講演に行くと、ニューヨークではキャリアウーマンたちが豆腐などの大豆製品に非常に強い関心をもっていて、その人気の高さに驚かされます。彼女たちがいうには、「日本女性は更年期障害が軽く、骨粗鬆症も少なく、肌もキレイ。それは豆腐などの大豆製品から女性ホルモン作用のあるイソフラボンを毎日とっているからだ」と。
 しかし、日本でも今は、骨粗鬆症や寝たきりのお年寄りが増えており、乳がんや子宮がんなどのホルモン性のがんも急増しています。世界的に和食が注目されている一方で、肝心の日本では食生活の欧米化にともなって和食離れが急速に進んでいるためです。

和食離れにストップを!!

永山 近年、世界中で「スローフード運動」が活発化してきています。スローフードとは、ファストフードに代表される食の画一化に警鐘を鳴らし、郷土の特色ある食材や伝統食を守っていこうという考え方です。日本でも今まさに、伝統的和食の再興が求められています。
 伝統的な和食は、その土地でとれる旬の食材を中心に形成されていましたが、今や日本は世界中から食材を輸入し、ハウス栽培などの普及で旬の感覚も薄れてきています(表2)。インスタント食品や、ファストフードのハンバーガー、コンビニの菓子パンなどで手軽に食事を済ませてしまう若者も多く、このままでは長寿大国日本も危ないという気がしますね。
 日本は少子化が進む一方で、高齢人口が加速度的に増加しており、これからの日本は未曾有の高齢者大国になります(図1)。国民医療費は年間30兆4000億円にものぼり、国民一人一人が健康面で自立するよう努めなければ、日本は急速に衰退していってしまう。
 幸いなことに、私たちは気候風土に恵まれ、世界一の健康食といわれる和食の国に住んでいます。健康自己管理時代の鍵は、伝統的な和食にあると思います。

和食のルーツ、古代日本人の食生活を探る
古代日本人の長寿の秘訣「旬の野菜スープ」は抗酸化スープ

――先生は古代食や長寿村の研究から和食の健康効果に注目されていますが、古代日本人も長寿だったのですか。
永山 弥生時代後期の日本の様子を記した有名な『魏志倭人伝』に、「倭人(日本人)は長命で、100歳、あるいは80〜90歳まで生きる」という記述があります。『魏志倭人伝』の編者は中国の史官の陳寿で、これは内容的に信用できるものだと思います。中国独特の誇大表現という見方もできますが、当時、不老長寿に強い関心をもっていた中国人の目から見て、古代日本人が非常に長生きだったことは確かです。
 その150年ほど後の『後漢書倭伝』にも、古墳時代の日本人について、「多くは長生きで、100余歳に至る者、甚だ多し」とあります。
 注目したいのは、『後漢書倭伝』に、「土気は温暖で、冬も夏も菜茹を食べる」という記述があることです。「菜茹」とは野菜をぐたぐた煮たもので、今の味噌汁のルーツではないかと思いますが、古代日本人は一年中、野菜を煮て食べていたということです。
 ひところ野菜スープが流行った時期がありましたが、野菜は生で食べるよりも、茹でて煮汁ごととった方が、固い細胞壁が壊れて有効成分が溶け出し、有害な活性酸素を消去する力が10〜100倍も強くなることが、熊本大学医学部の前田浩教授の研究で確認されています(図2)。
 もちろん冷蔵庫やビニールハウスなどない時代、すべて地場でとれる旬の野菜です。現代の季節外れの野菜に比べ、旬の野菜はビタミンやカロテンなどの含有量が断然多いことも分かっています(表3)。
 つまり菜茹とは、野菜に含まれるビタミンやカロテン、ポリフェノール、フラボノイドなどが丸ごととれる、濃厚な抗酸化スープだったというわけです。

昭和30年代まで受け継がれた健康の原点「三里四方のもの」

永山 『魏志倭人伝』にはまた、「倭の水人は、海中に潜って魚や貝類を捕らえる」、「稲を植える」、■豆をもって手食する」などの記述があります。■とは竹製の高坏(脚のついた器)のことで、果物などを盛るのに使い、「豆」は木製の高坏で、漬物や塩辛、納豆などの発酵食品を盛るのに用います。
 古代日本人の食生活は、米を主食に、抗酸化成分の豊富な旬の野菜スープ、DHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)の多い旬の魚介類、日本の風土から生まれた発酵食品――などから成り立っていたことが分かります。
 春、夏、秋、冬と変化する自然のリズムに順応して逆らわず、生命力の強い旬のもの、地場のものを上手に食べていたからこそ、古代日本人は健康で長寿だったのではないでしょうか。
 昔から「三里四方のものを食べていれば、万病に無縁で長生きできる」といわれます。自分の生まれ育った土地の食べ物や水、空気が一番体の生理に合っており、その土地でとれる旬のものを食べていれば、病気にならず長生きできるという意味です。まさに、古代日本人の健康の原点は、ここにあったのです。
 こうした古来からの食文化は、昭和30年代くらいまで家庭料理に受け継がれていました。ところが、近代化するにつれて日本人の食生活は大きく欧米化してしまい、食品添加物だらけの加工食品や、高脂肪・高蛋白食の増大、過食の結果、肥満や糖尿病、がん、脳梗塞、心筋梗塞などの生活習慣病が急増しています。
 しかし、伝統的な食生活を今なお守り通している地域もあります。それが"長寿村"です。

長寿村の生活に学べ
長寿者の食事の共通点

――長寿村の食生活にはどのような特徴がありますか。
永山 日本全国、元気で長生きしているお年寄りの多い村や町を訪ねてみると、年をとっても家族の世話にならないで自立して生活しているような長寿者の食事には、共通点があることが分かります。
・その土地でとれる旬の野菜
 まず、畑で自分でつくった野菜を食べている人が多いんです。季節ごとに近くの山でとれる山菜や新芽、キノコ、木の実、芋など、自然の恵みも大いに利用します。それらは全部旬のものですから、生命力・エネルギーを豊富に含んでいて、たいへん栄養価が高い(表3)。
 今、スーパーなどでは一年中野菜が出回り、食べ物の旬が分からなくなっていますが、長寿者たちはちゃんと"食べ時"を知っています。大量生産しているもの、人工的につくられたものを無理して食べず、身近でとれる自然なものをうまく利用して生活しています。
・味噌汁を欠かさない
 古代日本の「菜茹」が味噌汁のルーツではないかといいましたが、味噌汁を飲まない長寿者はほとんどいません。味噌汁は"日本人の長寿スープ"といっても過言ではないでしょう。
 味噌や、具の豆腐・油揚げには、原料の大豆由来の有効成分がたっぷり含まれています。大豆ポリフェノールのイソフラボンは、抗酸化物質であると同時に、女性ホルモンに似た作用があり、乳がんなどのホルモン性のがんを抑制したり、骨粗鬆症の予防に役立ちます。この他、脳内の神経伝達物質アセチルコリンの材料となってボケ予防に働くレシチン、コレステロール低下作用のあるサポニンをはじめ、ビタミンB1、B2、E、鉄、カルシウムなどが豊富です。
 また、味噌には麹菌や酵母菌、乳酸菌などの有用菌が豊富で、優れた整腸作用もあります。腸の老化を防ぐことが、ひいては全身の老化防止につながります。
 だしに使われる魚介類、例えば鰹節の旨味のもとであるイノシン酸は、味噌のグルタミン酸系の味をよりおいしく引き立てると同時に、鰹節には、骨を丈夫にするビタミンDや、ボケを防ぐDHA、血行を良くするEPAなどが多く含まれています。
 シジミやアサリ、魚のアラなどの魚介類を入れれば、アミノ酸の一種のタウリンがたくさんとれます。タウリンは肝機能や高血圧を改善したり、加齢にともなう目の老化防止にも役立ちます。
 具にはもちろん旬の野菜。煮込むことで抗酸化作用が一層パワーアップします。ワカメや昆布などの海藻類は、酸性土壌のために風土的にカルシウムが不足しがちな日本人にとって、カルシウム摂取源として重要です。
・お茶をよく飲む
 長寿村のお年寄りたちは、1日に10杯以上はお茶を飲みます。
 人間は水分の塊みたいなもので、生まれたばかりの新生児は体重の約80%が水分ですが、成長する過程でどんどん水分が少なくなり、老人になると50%を割って、肌がカサカサしたり、シワシワになってしまいます。ところが、常に水分を補給している長寿村のお年寄りたちは、肌がツヤツヤしています。
 また、お茶を飲むことで、茶葉に含まれるポリフェノールのカテキンをとることができます。カテキンは強力な抗酸化成分で、体内の酸化を防ぎ、細胞や組織をサビから守ります。老化を防ぐということは、いかに酸化を防ぐかにかかっていますが、長寿村のお年寄りたちは、知らず知らずのうちに抗酸化成分の豊富なものをたくさんとっているのです。
 お茶には、イライラを鎮めて気持ちを穏やかにするアミノ酸の一種のテアニンも含まれています。
 だからでしょうか、長寿村のお年寄りたちは非常にゆったりしていて、自分のリズムを崩しません。自然に心にゆとりが生まれ、いつもニコニコ、声を出してよく笑う。それがまた、健康にいいんです。

現代日本人が失った、ゆったリズムを取り戻そう

永山 各地の長寿村を訪れて感じることは、時間がゆったりと、自然に流れているということです。朝はお日様が昇るのと一緒に起き、日中は畑仕事で体を動かし、仲間たちと茶飲み話に花を咲かせ、よく笑い、夜はお月様を眺めながら昔の童謡などを歌ってみたり…。長寿村に行くと、都会に帰りたくないな、このまま100歳のお婆ちゃんの養子にでも迎えてもらいたいな、という気分になります。
 長寿村の生活リズムは、都会で忙しく暮らしている者の目には奇妙に映るかもしれません。逆にいうと、それが人間が本来もっている生理的なリズムであって、昔の日本人は皆、そのリズムに合った暮らしをしてきたわけです。現代の都会人の方が本来のリズムから脱落してしまったんです。
 今、うつ病や突然キレる人などが増えて社会問題になっていますが、人間が超えてはいけないスピードを超えてしまった結果、軋みが生じているのではないかという気がします。
 長寿村の人たちは皆朗らかで、声を出してよく笑います。笑いは腹式呼吸で酸素を十分に取り込むことにつながり、腹筋の振動によって内臓のマッサージ効果も得られます。そして、笑うことによって免疫細胞のNK細胞活性が高まり、免疫力がアップすることも分かっています。笑いは健康長寿に重要な"ビタミンS(スマイル)"として、生活の中に積極的に取り入れていくようにしましょう。
 「スローフード」、「スローライフ」という言葉が盛んにいわれていますが、日本人の本来の食生活、生活リズムを取り戻そうという時代にきているのだと思います。長寿村の時間の流れを、ぜひ一度体験してみるべきだと思いますね。食生活や生活リズム、心の持ち方など、現代日本人が学ぶことは多いですよ。

健康長寿食としての和食の特性
優れた基本構成「一汁三菜」

――それでは、古代食や長寿村の研究から導かれた、健康長寿食としての和食の特色について教えて下さい。
永山 伝統的な和食には、先人たちの経験と知恵から生まれた長寿のヒントがたくさん詰まっています。
 まず、和食の基本的な構成の「一汁三菜」。主食のご飯に、味噌汁、魚などの主菜1品、野菜中心の副菜2品となり、こうした組み合わせはたいへん栄養のバランスがとりやすいのです。米の炭水化物、大豆の植物性蛋白質と魚の動物性蛋白質、DHAやEPAなどの脂肪酸、野菜のビタミン、ミネラル、繊維質などを過不足なくとることができます。

米は理想的な主食

永山 米が主食というのも、和食の大きな特徴です。欧米には日本の米のような主食という概念がなく、肉が主体で、これに牛乳や乳製品がつき、パンなどの炭水化物はごくわずか。こうした動物性蛋白質・脂肪過多の食生活が、肥満や生活習慣病の大きな原因となっています。
 同じ穀物でも、米とパンではどちらが主食として理想的かというと、文句なしに米のご飯です。ご飯には、味噌汁、焼き魚、芋の煮物、納豆、日本茶と、健康にいいものが合うのに対し、パンの場合は、バタ ー、肉料理にフライドポテトを添え、マヨネーズやドレッシングのかかったサラダ、白砂糖とミルク入りのコーヒーとなり、どう見ても米より健康に問題が生じます。
 昨今、若い世代を中心に米離れが進んでいますが(図3)、米を中心においた食生活が日本人の健康のポイントだということを忘れてはいけません。

大豆食品の多用

永山 そして、味噌、納豆、豆腐などの豊富な大豆食品。米と大豆の組み合わせは、互いに不足している必須アミノ酸を補い合い、良質な蛋白源となります(図4)。この賢い組み合わせのお蔭で、日本人は動物性蛋白質をあまりとらなかったにもかかわらず、健康な長寿民族として育ってきたのです。

日本ならではの発酵食品

永山 『日本書紀』では日本を「豊葦原瑞穂国」と呼び、「豊かに葦が生え茂り、水面には瑞々しい稲穂がたわわに稔る美しい国」と称えています。温暖で多湿な日本の気候が稲作に適していたことから、日本では古来から水田稲作が盛んだったわけですが、こうした気候は、一方では微生物の繁殖に好条件で、食べ物が腐ったり、カビが生えやすくなります。それをうまく利用してたくさんの発酵食品を生み出し、健康に役立ててきたのも、温暖多湿な土地に暮らす日本人ならではの知恵でした。日本人は、発酵食品から納豆菌や乳酸菌、麹菌などの生き
た菌を日常的にとることによって、疫病や食中毒をおこす悪玉の菌を制してきたのです。
 新型肺炎SARSが世界的に大問題となっていますが、同じアジア圏内にあっても、日本と韓国は感染者が出ていません。これは全くの独断ですが、日本は納豆、韓国はキムチを常食していることが、SARS禍を免れている理由の一つではないかと思うのです。ウイルス系の病原菌は酵素に弱く、発酵食品は酵素の宝庫です。納豆には、納豆菌が作り出す抗菌物質のジピコリン酸が含まれ、納豆菌自身を守ると同時に、それを食べた私たちの健康も守ります。「菌(善玉)をもって菌(悪玉)を制する」という先人たちの知恵には驚かされますね。

箸を使う素晴らしさ

永山 食べる作法が、また素晴らしい。毎日箸を使うという習慣が、日本人の頭脳力と指先の器用さを形成する上で大きく役立ってきたのは間違いありません。指先には無数の神経細胞が集中していて、脳と直結していますから、指先を使えば使うほど脳が刺激され、頭の機能が良くなり、ボケ予防にもつながります。
 このように、日本人は古来より食べ方が非常に上手な民族で、そうした食文化が土台となって世界一の長寿になれたわけです。今、その土台が壊れつつある。もう一度、土台を構築し直さないと、このままガラガラと崩れていってしまう危険性があります。今、ちょうどその曲がり角に来ていると思います。古代から受け継がれてきた素晴らしい食文化を、日本人は今こそ見直さなければいけません。(インタビュー構成・本誌 岩橋)