日本人の5人に1人は不眠症――

より良い睡眠をとるには

国立精神・神経センター 精神保健研究所精神生理部
内山真部長

今や国民病──生活習慣病から大事故の引き金にも

 日本の成人の5人に1人は不眠の悩みをかかえていると報告され、今や不眠症は国民病ともいわれています。
 不眠症では、眠れないこと自体がつらい上に、疲労感や食欲の低下、ひどい場合は血圧の上昇など、生活習慣病にもつながるなど、心身の健康に大きな影響を及ぼします。
 また、日中の強い眠気から、集中力や思考力、作業能率が低下したり、注意力散漫が大きな事故につながるなど、睡眠障害がもたらす経済的・社会的損失も侮れません(図1)。
 全米睡眠障害研究委員会の報告では、睡眠障害がもたらす事故と生産性の低下によるアメリカ国内の経済的損失は、実に500億〜1000億ドルにのぼると推定されています。一説には、チェルノブイリやスリーマイル島の原発事故、スペースシャトルチャレンジャー号の爆発事故、アラスカ沖タンカー座礁事故などの大惨事も、作業員の居眠りや作業ミスが引き金になったといわれています。
 こうした深刻な睡眠障害に対して、厚生労働省では、平成11年度より「睡眠障害の診断・治療ガイドライン作成とその実証的研究班」を結成。昨年、その最新の研究成果をまとめた「睡眠障害対処12の指針」を発表しました。
 研究班の主任研究者を務められた国立精神・神経センター精神保健研究所の内山真先生に、快眠のための方策を伺いました。

日本人の睡眠の実態高齢社会の今、5人に1人が不眠症――

日本人の5人に1人が不眠症だそうですね。
内山 成人男女3030人を対象とした睡眠の実態調査では、23・1%が「睡眠で休養がとれていない」と回答、21・4%が「何らかの不眠がある」と訴え、5人に1人が不眠の悩みを抱えていることが分かりました。
 年齢別にみると、20〜30代では18・1%、40〜50代では18・9%、60歳以上では29・5%と、高齢になるほど不眠の訴えが多く、高齢化に伴って不眠症は今後も確実に増えていくことが予想されます(図2)。
 年をとると眠れなくなる理由としては、
・老化や昼間の活動量の減少などのため、体が必要とする睡眠が減る
・睡眠と覚醒のリズムをつかさどっている体内時計の衰えや、体内時計と関係の深いメラトニンというホルモンの分泌量低下
・腰痛などの体の痛みや、トイレが近くなるといった身体変化――などがあげられます。

ストレスと睡眠

――ストレス社会の影響もあるともいわれますが。
内山 ストレスは確かに不眠症の一因となりますが、ストレスの影響で不眠症が増えているかどうかは明らかではありません。100年前の教科書にも「現代はストレス社会」と書いてあるくらいで、古今東西、ストレスのない生活などあり得ません。
 睡眠は本来、大変デリケートなものです。大昔の人間にとって、寝ている間に猛獣に襲われるなどの危機がせまったとき、すぐに目を覚まして安全な場所に逃げることが生きていく上で大切な能力でした。こうして、ストレスがあると眠りが浅くなったり、眠れなくなる人がいる家族や部族は生き延びてきたのではないかと思います。
 現代の日本でも、生命に関わるストレスは日常多くはありませんが、現代社会特有のストレスはいろいろあります。より良い睡眠を得るためには、こうしたストレスにうまく対処できるかどうか、ストレスに適応する工夫ができるかどうかが重要です。

平均睡眠時間は6・5〜7・5時間

――睡眠時間はどれくらいが理想的ですか。
内山 よく8時間睡眠が理想的といわれますが、個人差もあり、大人ではその根拠は全くありません。
 私たちの調査では、「睡眠での休養が十分とれている」と答えた人では6〜7時間が最も多く、「不十分」と答えた人では5〜6時間が最多でした(図3)。平均睡眠時間は6・6時間で、NHKの2000年の国民生活時間調査では7・2時間という結果が出ています。6・5〜7・5の間が平均的と考えていいでしょう。
 中には短い睡眠時間で十分休養がとれていると感じる人もいれば、逆にいくら眠っても足りないと感じる人もいます。必要な睡眠時間は人それぞれで、年齢や季節によっても変化します。年をとると短くなる傾向があり、70歳以上では平均6時間弱です。また、冬は夏に比べて長くなります。
――睡眠時間は年々減る傾向にあるそうですね。
内山 NHKの調査によると、1970年は7時間57分だったのが2000年には7時間23分と、この30年間で30分くらい短くなっています。
 ただし、これは床に入っている間の時間で、正味の睡眠時間は実際はあまり変化していないかもしれません。

人はなぜ眠るのか
睡眠のメカニズム

――そもそも、人はなぜ眠るのでしょうか。
内山 睡眠には2つのメカニズムが働いています。
1.一つは、恒常性維持機構です。誰でも、徹夜した次の晩には深く長く眠る経験をしたことがあると思います。これは、長く起きていると体内に睡眠物質(睡眠促進物質)という物質がたまり、睡眠物質が多くなると睡眠が引き起こされるように恒常性維持機構が働くためです。
 睡眠には、・体は休んでいるが脳は活発に働き、素早い眼球運動を伴う「レム睡眠」と、・脳は休んでいるが筋肉の緊張はある程度保たれている「ノンレム睡眠」の2種類があります。
 起きている時間が長ければ長いほど、眠ったときには深いノンレム睡眠の量が多くなります。深いノンレム睡眠は、ホルモンの分泌や疲労回復などに重要で、睡眠が不足すると恒常性維持機構が深いノンレム睡眠を取り戻すように働き、睡眠の質や量を調節します。
 一方、レム睡眠には筋肉の緊張を抑えて運動器を休める役割があります。また、夢をみるのはレム睡眠のときで、記憶の整理や保持に関わるのではないかといわれています。
 ノンレム睡眠とレム睡眠は約90分周期でくり返され、このバランスがとれていることが大事です。
2.二つ目は、体内時計機構です。十分に睡眠をとっていても、毎晩決まった時刻になると眠くなってきます。これは体内時計が睡眠と覚醒を制御しているからです。
 体内時計は脳の視床下部の視交叉上核にあり、体内時計が松果体に信号を送るとメラトニンというホルモンが分泌されます(図4)。メラトニンには睡眠を誘発する作用があり、夕方から夜間にかけてメラトニンの分泌が盛んになると自然に眠くなって、朝になって分泌量が減ると目が覚める仕組みになっています(図5)。
 メラトニンの分泌は思春期をピークに減少するので、高齢者に不眠症が多い一因にはメラトニンの分泌量低下の影響が指摘されています(図6)。

生活習慣病から大事故にもつながる睡眠の役割と重要性

内山 睡眠には脳と体を休ませる働きがあり、健康の維持にも重要な役割を担っています。
 昔から「寝る子は育つ」といわれるように、深いノンレム睡眠の間に脳下垂体から成長ホルモンが分泌され、子供の体の成長や、大人では組織の損傷を修復して疲労回復に役立ちます。
 細菌やウイルスに感染すると、白血球やリンパ球から免疫系を活性化する物質が分泌されて睡眠を促進すると共に、睡眠自体も免疫物質の分泌を促します。風邪をひくと眠くなり、よく眠ると治りが早いのはそのためです。
 睡眠不足は、疲労感や食欲低下、肩こり、腰痛、血圧の上昇、耐糖能(血糖の代謝能力)の低下などを引き起こしたり、気分や情動が不安定になるなど、心身の健康を大きく損ないます。また、集中力や思考力の低下から、不注意による事故などをおこしやすくなります(図7参照)。
 不眠症は眠れないこと自体がつらいだけでなく、身体的にも社会的にも大きな影響を及ぼす問題なのです。

不眠症のタイプと不眠症をもたらす要因

──一口に不眠症といっても、いろいろなタイプがあるのですか。
内山 不眠症には、・なかなか寝つけない「入眠障害」、・夜中に何度も目が覚める「中途覚醒」、・朝早く目が覚めてしまう「早朝覚醒」――の3つのタイプがあり(図8)、また、これらの不眠を引き起こす原因には次のようなものがあげられます。
〈神経性〉
 心配事や不安があると一時的に眠れなくなるのは誰でも経験のあることです。しかし、心配事が解消されても、「今晩は眠れるだろうか」、「眠れなかったらどうしよう」と、不眠そのものを恐れるあまり入眠障害になったり、強い精神的ストレスから中途覚醒をおこすことがあります(図9)。
 こうした患者に睡眠薬が処方される場合、飲み方や安全性についての説明が不十分だと、睡眠薬への不安からかえって眠れなくなることもあります。
〈睡眠時無呼吸症候群〉
 肥満や扁桃腺の肥大などが原因で寝ている間に気道が塞がり、呼吸が一時的に停止する病気です。眠っているところに鼻をつままれたのと同じ状態になるので、何度も睡眠が中断され、日中強い眠気に襲われます。
 また、無呼吸をくり返していると慢性的な酸欠状態から心臓や血管に負担がかかり、高血圧や不整脈、狭心症、心筋梗塞などをおこしやすくなって、時には突然死する危険性もあります。
 断続的な大きなイビキと呼吸音の停止が特徴ですが、本人は気づきにくいため、周囲の人が気づいたら本人の自覚をすすめてあげることが大事です。
〈むずむず脚症候群、周期性四肢運動障害〉
 「むずむず脚症候群」では、足に虫が這うような不快感から入眠障害をおこし、「周期性四肢運動障害」では、足のぴくつきが睡眠中に何度もおこり、これが刺激になって中途覚醒を来し睡眠が浅くなります。
 これらは体質的なものの他、貧血や腎機能障害などに伴っておこることがあります(表1)。
〈概日リズム睡眠障害〉
 体内時計の失調で睡眠時間帯がずれてしまう障害で(図10)、著しい入眠障害や早朝覚醒をともないます。
 夜遅くまで寝つけず朝起きられない「睡眠相後退症候群」は若い人に多く、学校生活や社会生活に大きな支障を来します。反対に、夕方早くから眠くなり早朝に目が覚めてしまう「睡眠相前進症候群」は高齢者に多くみられます。
 時差ボケ(時差症候群)や交替勤務による睡眠時間帯のズレも、概日リズム睡眠障害に含まれます。
〈その他の病気〉
 腰痛やリウマチの痛み、アトピー性皮膚炎や皮膚掻痒症のかゆみなども入眠を妨げます。
 気管支喘息の発作や、前立腺肥大による頻尿などは中途覚醒の原因になります。
 早朝覚醒は初期のうつ病の特徴的な症状の一つです。
〈薬原性〉
 もう一つ気をつけなければいけないのは、薬の副作用に伴う不眠です。
 パーキンソン病の治療薬や降圧薬など、一部の薬には睡眠障害をもたらす作用があります(表2)。薬を飲み始めたのをきっかけに睡眠がおかしくなったと感じたら、すぐ主治医に相談して下さい。

内山先生がすすめる快眠のための12ヶ条

――それでは、快適に眠るためのアドバイスをお願いします。
内山 私たちは最新の研究成果に基づいて、睡眠障害の対処法を以下の12項目にまとめました。
・睡眠時間は人それぞれ
 日中の眠気で困らなければ十分
 先ほどお話ししたように、睡眠時間には個人差があり、年をとると必要な睡眠時間は短くなる傾向があります。
 これを知っておかないと、8時間睡眠にこだわってなかなか睡眠薬を手放せなかったり、無理に長く床に入っていて睡眠が全般的に浅くなってしまうことがあります。不眠症の中には、知識で解決できる部分が意外と多いのです。
 日中のひどい眠気に悩まされたり、週末に普段より3時間以上長く眠らないといられない場合は、睡眠不足といえます。
・刺激物を避け、寝る前には
  自分なりのリラックス法
 リラックスするために、軽い読書や音楽鑑賞、ぬるめの入浴、アロマテラピー、筋肉の力を抜くトレーニングなど、自分にあったリラックス法をみつけることが大切です。
 ただし、コーヒーやお茶などに含まれるカフェインの覚醒作用は、摂取後4〜5時間は持続しますから、夕食後にお茶を飲むなら、ノンカフェインのハーブティーを。また、タバコのニコチンも交感神経を刺激して睡眠を妨げます。就床1時間前の喫煙は避けましょう。
・眠たくなってから床に就く
 従来、「規則正しく床につく」ことがすすめられていましたが、眠くもないのに床に入っても逆効果です。
 最近の研究では、普段眠りにつく時刻の2〜4時間前は1日の中で最も寝つきにくく、不眠解消のために意識的に早く床についても効果がないことが分かっています。
 眠りにつく時刻は、眠ろうとする意気込みや意思でコントロールできるものではありません。就床時刻にこだわるよりも、ある時間帯になったらリラックスタイムとし、眠くなってきた頃に床につくのが理想的です。
 誰でも寝つきが悪い日はあって当然。そんなときは暗いところでじっと眠ろうと我慢していないで、一旦布団から出てリラックスして過ごし、眠気を覚えたらまた床につけば良いのです。
・起床は毎朝同じ時刻
 一方、起床時刻は朝ちゃんと起きることが大切です。朝、太陽の光を浴びると、睡眠と覚醒のリズムをつかさどっている体内時計がリセットされ、約15〜16時間後に自然と眠くなる仕組みになっています。
・光の利用
 体内時計は本来は約25時間の周期ですが、光の情報によって1時間のズレを修正します。起床後2時間以上暗い室内にいると体内時計はリセットされず、その夜に寝つくことのできる時刻が1時間遅れてしまいます。
 逆に、夜遅くまでパチンコ店やコンビニエンスストアなどの明るすぎる人工照明下に長くいると、まだ昼間が続いているという錯覚を体内時計にもたらすので寝つきが遅くなります。
 自分なりのリラックス法で眠くなってきたら床につき、朝は決まった時刻にきちんと起きて光を浴びて目を覚ます――。・〜・までは一連の流れでつながっていると考えて下さい。
・規則正しい食事と運動習慣
 規則正しい朝食習慣では、食事の1時間ほど前から消化器系が活動を始め、朝の目覚めを促します。逆に、寝る直前に食べ過ぎると消化器系が活発に働くため熟睡できず、かといって極端な空腹も眠れなくなります。夜食をとる場合は軽くて消化のよいものを。
 また、日頃から運動を習慣づけている人は、夜中に目が覚めにくいことが分かっています。
・昼寝をするなら午後3時前の20〜30分
 昼寝は夜の睡眠の質を低下させるといわれていましたが、最近の研究で、昼食後から3時までの間の30分未満の昼寝は、夜の睡眠に悪影響を及ぼさないだけでなく、日中の眠気を解消してすっきり過ごすのに役立つことが明らかとなりました。
 ただし、30分以上の昼寝はかえってぼんやりしてしまい、また、夕食後の居眠りも夜の睡眠を妨げるので要注意です。
 昼寝は、午後になって疲れがたまるからおこるものではなくて、体内時計のプログラムに組み込まれているものです。おそらく朝の光を浴びてから数時間後、気温が一番高くなる頃に眠くなる指示になっているのだと思います。それは動物も同じで、一番暑い時間帯は昼寝をしてやり過ごし、エネルギーの消耗を防いでいますよね。
・眠りが浅い時は、積極的に遅寝・早起き
 体が必要としている以上に長く床に入っていても、かえって睡眠が浅くなって熟睡感が得られません。このような場合はむしろ遅寝・早起きにして床の中で過ごす時間を減らすと効果的です。
 不眠症の患者さんに話を聞いてみると、夜起きていてもつまらないという理由で必要以上に早く床についている人がけっこういます。これは睡眠の問題というよりも余暇の過ごし方の問題で、生活の見直しが大事です。
・激しいイビキや呼吸停止、足の異常感は要治療
 先ほどお話しした睡眠時無呼吸症候群や、むずむず脚症候群、周期性四肢運動障害といった病気があると、夜間の不眠やそれに伴う日中の眠気の原因になります。速やかな対処が必要です。
・日中の強い眠気は専門医に
 十分に睡眠をとっているにもかかわらず日中発作的な眠気に襲われる場合は、「ナルコレプシー」などの過眠症の疑いがあります。
 過眠症は2000〜3000人に1人くらいと、そんなに珍しい病気ではありません。
・寝酒はかえって不眠のもと
 10ヶ国約35000人を対象とした国際睡眠疫学調査で、日本は「不眠になったときに寝酒を飲む」という回答が30%を占め、世界のトップでした(図11)。
 アルコールには寝つきを良くする効果がありますが、やがて同じ量では寝つけなくなってどんどん量が増えてしまいます。しかも、アルコールが2〜3時間で代謝されると睡眠が浅くなり、利尿作用もあることから、夜中や早朝に目が覚めやすくなります。
 ナイトキャップといって、例えば養命酒などをキャップ1杯嗜む程度のアルコールなら問題ありませんが、眠るために酒をあおるといった飲み方はやめるべきです。
・睡眠薬は正しく使えば安全
 日本人が寝酒に頼りやすい背景には、「睡眠薬を飲むとボケるのではないか」、「依存性や副作用が心配」といった、睡眠薬への根強い不信感があると思われます。しかし、今使われているベンゾジアゼピンおよび非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬は、以前の睡眠薬に比べれば作用が穏やかで副作用が少なくなった薬です(表3)。医師の指示を守って正しく服用し、生活改善もきちんと心がけて用いる限り副作用の心配はしなくて大丈夫でしょう。
 ただし、アルコールとの併用は厳禁です。安全なはずの睡眠薬で呼吸抑制や記憶障害などの副作用がおこる危険があります。また、他の薬剤やグレープフルーツジュースとの併用も、睡眠薬の効果を増減させることがあるので注意が必要です(表4)。
 睡眠薬とは違いますが、体内時計に働きかけて睡眠をもたらす作用があるメラトニンは、時差ボケなどの概日リズム睡眠障害に効果的です。日本では正式に認可されていませんが、アメリカなどではサプリメント(栄養補助食品)として販売されています。ただし、性ホルモンへの作用があるので、女性や子供は慎重に用いるべきです。
 ここにあげた12項目のうち、実際の生活で実行不可能なものはないはずです。
 睡眠に関する正しい知識をもち、まずは生活習慣を見直して、薬を使う必要があれば医師の指示に従って正しく使い、快適な睡眠を取り戻していただきたいと思います。