健康食"ソバ"の多彩な効用

今、注目のソバの「レジスタントプロテイン」

岐阜市立女子短期大学食物栄養学科 栢下淳講師

生命力の強い穀物"ソバ"の驚くべき健康パワー

 ソバはタデ科の一年生植物で、2〜3ヶ月の短期間で生育・収穫することができます。その上、気候への適応性が高く、荒れ地でも育ちやすいところから、古くはやせた土地に暮らす人々や、飢饉の際の救荒作物として重要な位置を占めていました。
 日本ではソバ粉を麺にしたソバ切りが、その細く長い形状から寿命を延ばす長寿食として昔から親しまれ、近年は低カロリーでヘルシーな食べ物として、その健康効果が改めて注目を集めています。
 多くの人が「ソバは体にいい」という漠然としたイメージをもってはいるものの、その機能性が明らかになってきたのはつい最近のことです。
 岐阜市立女子短大の栢下淳先生は、長野県の製薬会社に勤めていた時に、会社の近くにたまたまソバの製粉工場があったこと、また地域貢献的な意味合いもあって、信州の名産であるソバについての研究を始めました。
 すると、ソバの蛋白質には予想をはるかに上回る素晴らしい健康効果があることが明らかになり、当初は「実験のやり方を間違えたのではないか」と思うほど驚かれたといいます。
 現在、長野県で進められているソバの産・官・学協同プロジェクトのメンバーのお一人でもある栢下先生に、ソバの多彩な効用についてお話を伺いました。

日本の伝統的な健康食ソバの歴史

――ソバには健康的な食べ物というイメージがありますが、ソバの健康効果は昔から知られていたのですか。
栢下 江戸時代の書物『本朝食鑑』(1697年)には、ソバが体内の浄化に役立つことが記され、ソバ湯を飲むことの重要性についてもふれられています。当時すでに、ソバの栄養効果が経験的に知られていたことをうかがい知ることができます。しかしながら、江戸の庶民にソバが好まれたのは、「体にいい」というよりも、「安くて手軽でおいしい」という理由からだったようですね。
 ソバの生理的な効果が科学的に明らかになってきたのは、つい最近のことです。私もソバの研究を始める際にずいぶん文献を探してみましたが、ソバの生理的な作用に関するものは世界中ほとんど見当たりませんでした。
 日本人に馴染みの深いソバですが、原産地はアジア北・中部で、中国または朝鮮半島を経由して伝えられ、日本でのソバ栽培が始まったのは5世紀頃といわれています。穀物の多くがイネ科やマメ科に属する中、ソバはタデ科と異色の存在です。他の穀物に比べて生育が非常に早く、しかも火山灰地や開墾地などのやせた土地でもよく育つことから、古くは飢饉に備えての救荒作物として栽培されていました。
 当初は脱穀したソバの実を米やアワ、キビ、ヒエなどと混ぜる「ソバ米」として食べられ、石臼の普及と共に、ソバ粉を練った「ソバがき」や「ソバ団子」が一般的になり、ソバ粉を麺にした「ソバ切り」が大衆食として普及したのは、ようやく江戸時代中期に入ってからのことです。
 年越しソバや引っ越しソバの風習が今も残るように、日本人の生活と密接に関わりながら受け継がれてきたソバですが、戦後はラーメンやパスタ人気に押され、脇役に追いやられた感もありました。しかし近年、飽食や欧米型食生活の反省から伝統的な日本食が見直される傾向にあり、その中でソバも改めて注目を集めています。

特徴的な成分
ソバの実の構造とソバ粉の種類

――一口にソバといっても、白い「更科ソバ」から黒っぽい「田舎ソバ」まで、種類はさまざまですね。
栢下 ソバの実は外側が黒い殻(果皮)で覆われ、その内側が甘皮(種皮)、胚乳、子葉(胚芽)という順に構成されています(図1)。
 殻を取ったソバの実を段階的に挽いていくと、実の中心部から順に、内層粉、中層粉、表層粉と製粉され、それぞれの色や持ち味、栄養成分も違ってきます。
・内層粉(一番粉) ソバの実を粗挽きすると、まず最初に胚乳の中心部が砕けた白い粉がとれます。真っ白な「更科ソバ」や「御膳ソバ」、ソバを打つときに表面に振るう打ち粉には、主にこの内層粉が使われています。ほのかな甘みがありますが、澱粉質が大部分で、ソバ本来の風味や蛋白質はあまりありません。
・中層粉(二番粉) さらに挽いていくと、一番粉にならなかった胚乳や子葉が挽き出され、淡い緑黄色を帯びた粉がとれます。
・表層粉(三番粉) 続いて、やや緑色を帯びた粉がとれます。ソバ本来の風味が強く、蛋白質も豊富に含まれています。
・全層粉(挽きぐるみ) 三層を合わせたものを全層粉といい、黒っぽい粉になります。
 なお、昔からソバは石臼で挽きますが、これは金属のように熱を出さず、ソバ粉に含まれる澱粉をいためない最良の方法です。

ソバに特異的に多いルチン

栢下 ソバは栄養的に大変優れた食べ物です。特徴的なのは、ルチン(ビタミンP)を多く含んでいるということです。
 ルチンはフラボノイドの一種で、ビタミンCと共に血管壁を強くしなやかにする作用があり、紫斑病や歯槽膿漏などの出血性疾患、動脈硬化、高血圧、ひいては心臓病や脳卒中の予防に役立つといわれています。
 ルチンは殻を含めたソバの実の外側の部分に多く、ソバ一食分(100g)には約10mgのルチンが含まれています。日常的な食品の中で、これほどルチンを多く含むものはありません。
 特に中国北部で生産されるダッタンソバ(通称苦ソバ)にはルチンが圧倒的に多いことが知られています。

特異的な蛋白質

栢下 ソバの栄養成分の特徴としてはもう一つ、穀類の中で蛋白質を比較的多く含んでいることがあげられます。100g当たりの蛋白質含量は、精白米6・8g、小麦粉8gに対し、ソバの場合、表層粉で15g、中層粉で10・2g、内層粉で6g、全層粉で12gとなっています(表1)。
 ソバの蛋白質は質的にも優れています。蛋白質の栄養価は、人間の体内で合成できず食べ物からとらなければならない必須アミノ酸の量とバランスで決まり、一般に、卵や牛乳、肉などの動物性蛋白質はアミノ酸スコア(各必須アミノ酸の一日の必要量を100として充足率をあらわしたもの)が高く、良質の蛋白質といわれます。一方、一種類以上の必須アミノ酸が不足すると質の悪い蛋白質となり、植物性蛋白質はリジンが少ないために(第一制限アミノ酸)、アミノ酸スコアは精白米65、小麦粉44と低くなっています。
 しかし、ソバは植物性蛋白質の中で例外的にリジンが制限されてなく、イソロイシンが少し足りない程度で、92という高いアミノ酸スコアを有しているのです(表1)。
 このソバの蛋白質の特徴的な事は、消化されにくく、こうした蛋白質のことを「レジスタントプロテイン」といって、1997年、私たちは世界に先駆けてこの概念を発表しました。食物中の消化・吸収されない蛋白質にもさまざまな有用性があるとするこの考え方は、従来の栄養学の常識を覆すものであり、近年、食物繊維や未消化の炭水化物「レジスタントスターチ」などと共に注目を集めています。
 こうした未消化の成分は、戦中・戦後の栄養不足の時代ではあまり役に立たなかったかもしれませんが、飽食の時代といわれ生活習慣病の増加が著しい現代、その役割に大きな期待が寄せられています。
 さらに最近の研究で、ソバの蛋白質にはさまざまな機能性があることが明らかになってきました。

レジスタントプロテインによる多彩な成人病予防効果
未消化の蛋白質がコレステロールを体外へ排泄

栢下 ラットにコレステロール添加食を与え、ソバ蛋白投与群、大豆蛋白投与群、牛乳蛋白のカゼイン投与群の3群に分けて比較した実験では、ソバには、コレステロール低下作用が知られている大豆をしのぐ強いコレステロール低下作用があることが示されました(図2)。
 そこで、ソバがどのようなメカニズムでコレステロールを下げるのか探ってみたところ、ソバ蛋白を食べたラットはカゼインを食べたラットに比べて糞の排泄量が多く、糞中には未消化の蛋白質が多く含まれることが分かりました。蛋白質は通常、95%程度は消化されるのですが、ソバ蛋白は76・7%と非常に消化率が低く、25%程度が未消化のまま糞中に排泄されているのです(表2)。
 つまり、この未消化の蛋白質が食物繊維のような働きをして腸管内でコレステロールを包み込み、ダイレクトに体外へ出しているのではないかと考えられます。
 実際、蛋白質分解酵素(プロテアーゼ)で、ソバ蛋白を消化される部分と消化されない部分とに分けてラットに与えると、消化されないソバ蛋白の方がコレステロール低下作用が強いことが確認されました(表3)。
――このような働きをする蛋白質はソバの他にもありますか。
栢下 大豆や絹の蛋白質も非常に消化されにくいのですが、大豆とソバとではコレステロール低下のメカニズムがまた違います。
 大豆蛋白の場合、コレステロールを原料につくられる胆汁酸を吸着して体外へ排泄することで、間接的にコレステロールを下げます。ソバの場合はコレステロールそのものとの親和性が強く、このような働きをする蛋白質は今のところソバ以外に見つかっていません。

体脂肪の蓄積を抑える

栢下 コレステロールの実験をくり返しているうちに、おもしろいことに気づきました。ラットを解剖してお腹を見たときに、少し体脂肪が少ないという印象をもったのです。
 そこで、ラットにカゼインとソバ蛋白を与えて比較したところ、明らかにソバ蛋白群の方が腹腔内の脂肪組織の重量が少ないことが確認されました(表4)。
 ソバ蛋白には、肝臓内の脂肪酸合成酵素の働きを阻害する作用があり、その結果として体脂肪の蓄積が抑えられるのではないかと考えられます(表4)。
 先ほどお話ししたように、ソバ蛋白はアミノ酸スコアが高いものの、消化率が悪く、栄養不足から体脂肪が減る可能性も考えられました。しかし、体脂肪が減っている一方で体重には変化がなく、成長には影響がないことも分かりました。これは、ソバ蛋白のアミノ酸組成の中で、成長ホルモンの分泌に関わるアルギニンが比較的多いためかもしれません(7頁・表1参照)。
 体脂肪が減っている一方で体重に変化がないのは、体脂肪が体蛋白に置き換わっているためです。ダイエットというと体重の増減ばかり気にする人が多いですが、生活習慣病予防に重要なのは体重よりも体脂肪です。こうした点からも、ソバは生活習慣病予防に役立つ食品といえるでしょう。

高脂肪食の影響を受けやすい大腸がん・乳がんを抑制

栢下 未消化のソバ蛋白に食物繊維に似た作用があるところから、食物繊維と関係の深い大腸がん予防効果についても調べてみました。
 ラットに大腸がんを引き起こす物質を注入し、カゼインとソバ蛋白を与えて比較したところ、ソバ蛋白群では細胞レベルの大腸がん因子が有意に減少しました。
 また、ラットに乳がんを発生させる物質を注入した実験でも、カゼイン群では7割に乳がんが発症したのに対し、ソバ蛋白群では3割に抑えられました。
――ソバ蛋白が発がん物質を吸着して体外に排泄しているのでしょうか。
栢下 この実験では、発がん物質は経口投与ではなく注射で投与しているので、必ずしもソバ蛋白が発がん物質を吸着して糞中に排泄しているとは限りません。しかし、脂溶性の有毒物質を食べた場合には、ソバ蛋白がそれを吸着・排泄する可能性があります。
 例えば、成長を阻害する毒性のある食用色素赤色2号のアマランスをラットに経口投与した実験では、カゼインにアマランスを加えた群では栄養効率が低下して体重が減少したのに対し、ソバ蛋白にアマランスを加えた群では体重の減少が抑えられました(表5)。ソバのレジスタントプロテインが消化管内で脂溶性のアマランスと結びつき、糞中への排泄を促すのではないかと考えられます。
 大腸がんも乳がんも、食生活が欧米型になって高脂肪食を食べるようになってから日本人に増えてきたがんです。これらのがんの予防効果は、やはりソバのレジスタントプロテインにコレステロールなどの脂溶性物質を吸着して排泄する作用があることと深く関係していると思います。

ソバアレルギー

――ソバで心配なのは、劇症型の即時性アレルギー(アナフィラキシー)ですが…。
栢下 ソバに対してアレルギーがある人は、絶対にソバを食べてはいけません。ソバアレルギーは、卵や牛乳アレルギーに比べて患者数は少ないものの、症状が激しく、時には命を落とす危険性もあります。
 ソバアレルギーは、アミノ酸の段階にまで分解されていない未消化のソバ蛋白質が腸から吸収されることで引き起こされます。つまり、ソバの消化抵抗性が高いことが、コレステロール低下にはプラスに作用するのに対し、アレルギーにはマイナスに作用してしまうのです。
 下痢などで腸が炎症をおこしているときは未消化の蛋白質が吸収されやすくなるので要注意です。
 また、日本人はリノール酸系の植物油の摂取量が多く、リノール酸などのn―6系脂肪酸からは、アレルギー反応を促進するロイコトリエンやヒスタミンなどの化学物質がつくられます。一方、n―3系脂肪酸からつくられるロイコトリエンやヒスタミンは活性が極めて低く、n―6系脂肪酸の害を競合的に抑える作用があります。激しいアレルギー症状を起こさないようにするには、普段から油のとり方にも注意が必要です。

効果的な食べ方

――最後にソバの効果的な食べ方を。
栢下 ソバ(ソバ切り)は、中心部分の内層粉を用いた白い「更科ソバ」よりも、殻に近い表層粉や全層粉を用いた黒っぽい「田舎ソバ」の方が蛋白質やルチンを多く含んでいるといえます。
 ただし、ソバは通常、ソバ粉につなぎとして小麦粉を混ぜているので、小麦粉の割合が多くなるほどアミノ産スコアは落ちてしまいます(7頁・表1※参照)。
 ソバ粉100%の「十割ソバ」がベストですが、小麦粉2割にソバ粉8割の「二八ソバ」程度でも、まずまず栄養価の高い蛋白質をとることができます。つなぎには小麦粉の他に卵や山芋、海藻などを使う場合もありますが、コレステロール低下作用を期待するなら卵を使っていないソバの方が良いでしょう。ソバは茹でる段階で蛋白質やルチンが湯にだいぶ溶け出てしまうので、ソバ湯はぜひ飲むことをおすすめします。
 ソバ粉を温湯で練って食べるソバがきは、有効成分が比較的逃げず、ソバ粉を丸ごととれるのでおすすめです。パンケーキやお好み焼きなどにしてもとても美味しくいただけます。
 食べる量は、私たちが行ったラットの実験を人に重量換算した場合、1日2回はざるソバを食べなければいけない計算になります。ただし、特定保健用食品に認定されている大豆の場合、1日10gでコレステロール低下作用が認められているので、その程度の量なら、主食のご飯にちょっとソバを添える形でとれると思います。
 飽食の時代といわれ生活習慣病の増加が著しい現代、栄養となる食品成分を積極的にとり入れるだけでなく、消化・吸収されず体外に排泄される成分も有効に利用しようという時代に変わってきています。日本の伝統食・ソバの栄養価値が、今こそ見直されるべきだと思います。