全ての命は、ミネラルバランスから

――農から、食・医・人生を考える――

農業科学研究所所長 NPO法人 日本綜合医学会理事長
中嶋常允先生

土壌の看破から始まって

 ミネラルとは、生命を健やかに保つために根元的な役割を果たしている鉱物質微量栄養素です。作物が生える土壌に分布しており、食物を通じて人間に取り入れられ、体内でバランスが良く保たれると、健康が増進され不調も改善されます。作物自体の健康もミネラルバランスで決まります。
 中嶋常允先生は「そもそも農薬は、作物が健康であれば不要だ」というお考えで、このミネラルバランスを考える農業を全国的に指導され、その作物はイトーヨーカ堂では中嶋農法ミネラル野菜の表示で、ダイエーでは、健やか育ち・中嶋農法の表示で販売されています。
 大学で哲学を専攻された先生は、終戦を少年飛行兵学校の思想教育指導教官で迎えられました。敗戦で行き場を失った飛行少年兵を自宅に引き取り、芋でんぷんに大根おろしのジアスターゼを作用させて煮詰めた水飴とか、渋柿を石灰で処理して甘いリキュールを作って販売されたり、工夫とご苦労を重ねて、戦後の混乱期を乗り切られました。そういう方法を教えてくれる人は誰もいなかったので、ご自分で本から知識を積み重ね応用されたということです。哲学で思考するトレーニングを積んでおられたのが役立ち、一つ一つこれは正しい、これは間
違っていると、本に○や×をつけて、知識を応用してこられたのです。この方法はその後、周辺の農業関係者の悩みを解決する工夫でも生かされ、土壌の成り立ちから考えて今日のミネラル農法に至ったとのこと。結局、土壌とは単に岩石が砕けた物ではなく、超古代の海草類が陸に打ち上げられて土壌のベースを作り、その上に藻類が進化して植物になり、魚類が進化し動物、人間になり、植物や動物、微生物の死骸などが積み重なって造っていったと、それまでの常識とは違うお考えに達した中嶋先生を、東京大学の土壌学の教授が「自分の先生だ」と
触れ回ってくれたことがきっかけで農業指導者への道を歩み始められたのです。

生命の原点

中嶋 作物は土から、人はその作物から生きる糧を得て成長し命を維持します。源を辿ればいずれも大地に行き着きます。作物は土壌中から栄養素を選択して吸収し、人に受け継がれます。
 地球上では、他の惑星と違って、大量の水分を保持することができました。太陽からの距離や自転の速度が、水を液体で保持するのに最適であったと考えられます。この地球上の植物の93%は水分であり、動物の66%が水分です。地球に液体の水が存在できたから命が誕生できたのです。
 昭和62年、NHK総合テレビで日本海溝に潜った様子が報道されました。海底ではマグマが噴出し、熱水噴出口が写っていました。270℃、200気圧の世界です。とても生物など棲めそうもないその周辺に、エビやイカ、魚あるいはなまこのような生き物が生きていました。私はここに生命の起源に関与する要因があると興奮したものです。熱水噴出口の周辺にはマグマから析出された金属成分が多量にあります。モリブデンに次いで亜鉛、銅、鉄、マンガン、コバルトが多いのです。
 この番組をやはり見ておられた三菱生命科学研究所の柳川弘志理学博士は、3千気圧に耐えられるタンクを作り、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウムは現在の海と同じ程度の濃度にし、これに実験室での反応を早めるために6種類の遷移金属元素、モリブデン、亜鉛、銅、鉄、マンガン、コバルトを触媒として多く加えて、通常の海水の千倍から十万倍の濃度にして、原始の海水に近似の修飾海水を作りました。
 また9種類のアミノ酸混合物、これはグリシン、グルタミン酸、アスパラギン酸、リジン、アルギニン、ヒスチジン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファンですが、これを加えて4週間、105℃で反応させたところ生命体組織粒子が生成してくるのが発見されたのです。
 このことからも水とミネラルが生命の原点だろうと考えられます。
 生物、これは人間、動物、植物、昆虫、微生物を含みますが、水素・酸素・炭素・窒素の4元素で96%を占めています。
 生物は火で燃やすと空気と水蒸気になって空中に飛散し、残りが灰分として4%残ります。これがミネラルすなわち無機成分の元素です。
 宇宙は108の元素で構成されていますが、生物も80種類以上の元素でできているのです。量の多い主要ミネラルとして、カルシウム・マグネシウム・ナトリウム・カリウム・リン・硫黄の6つがあげられます。それに続いて鉄・亜鉛・マンガン・銅・モリブデン・硼素などがあげられます。超微量で必須のものとして、クロム・バナジウム・セレン・ヨウ素・ケイ素・フッ素・コバルト・チタン・タングステン・ゲルマニウムが知られています。
 我々の体の中では、生命現象を維持していくため新陳代謝の担い手として、約3千種類もの酵素が体内で日夜休まず働いてくれていますが、ミネラルはこの酵素の活性基として働き、生命の維持・持続をはかっています。

ミネラルと健康

中嶋 病気には急性と慢性があります。急性の病気は怪我や病原菌、毒物の侵入がありますが、これは現代医学での治療で良いのですが、慢性の病気すなわち生活習慣病は、細胞の若返りと免疫力を回復する方法が最適です。その栄養は食べ物で摂られますが、農業でつくられる作物の多くが現在ミネラルも、ビタミンも、うまみのあるアミノ酸も欠乏した栄養失調状態で、食べておいしくない上、日持ちも悪くなっています。
 一日も速く、大方の国民がこれらのことを理解して、土壌を甦らせ、生命輝く作物を食べるようにしなければ、国民はますます自然治癒力が弱くなり、医療費の更なる増加に苦しむようになるのです。
 私は命輝く作物作りを指導し、それを食べているからでしょう、70才から日に日に若返り始めて、毎日楽しい健康な生活を送れるようになれました。平成14年正月で82才になります。

微量ミネラルは酵素の活性基

中嶋 生命は、約26億年前の、原始の海の中で生まれたと考えられています。海で生まれた生命は、水中に溶けている多種類のミネラルを利用し進化増殖してきました。赤ちゃんは母親の胎内の羊水で育くまれますが、羊水は原始海水とよく似た成分構成をしています。約5億年前、海から上陸した生物は、様々な植物・動物に分化しやがて人間が誕生しました。人間は進化の先端に位置しているので、他の生物とかけ離れた存在ではないわけですが、さかのぼれば、海に生まれ大地に育ってきたので地球の分身でもあるわけです。
 従って人間の体を構成している元素の割合と、現在の地球の海と大地を構成している元素の割合は大変よく似ています。生命の誕生と進化に、海や大地の成分のミネラルが大いに関係した訳ですから26億年たった現代人の健康にとっても、影響しないはずがありません。微量ミネラルは、体の中で特に酵素の働きを盛んにする活性基と呼ばれる物質として、機能しています。酵素は体の中の様々な反応を促進させる触媒の役割をする蛋白質です。中でも消化酵素が良く知られています。
 私たちが栄養を摂っている食べ物はそのままでは吸収できません。小さく分解される必要があります。この分解過程を消化といい、消化酵素が大切な役割をしています。消化酵素はミネラルを含んでいなければ働けません。例えばでんぷんをブドウ糖に変えるアミラーゼや、蛋白質を溶かすペプシンの活性基はカルシウム。胆汁に含まれていて、脂肪を分解するリパーゼの活性基は亜鉛なので、カルシウムや亜鉛が欠乏すると消化もスムーズに行かなくなります。
 またよく万病の元といわれている活性酸素や、過酸化脂質を無害化する能力を持っているのも微量ミネラルの特徴です。活性酸素は酸素が体内で変身し、大変攻撃的な性格に変わった特殊な酸素分子です。細胞膜をこわしたり炎症を起こしたりして、老化の原因にもなります。この活性酸素や過酸化脂質といった体内のテロ集団を鎮圧するのがSODとよばれる酵素ですが、その活性基には亜鉛や銅、マンガンが働いています。

酸素の運び屋 鉄

中嶋 鉄分は人体でも比較的多く含まれており、酸素を運ぶ大切な役割を果たしています。そのため鉄は血液の成分に多く含まれます。女性は生理や妊娠・出産などで、血液を失う機会が多いので、貧血も起こりやすいのです。体重60キロの人には、約4・2グラムの鉄がありますが、うち3グラム程度は血液中の赤血球に含まれます。酸素を運ぶ細胞の赤血球には血色素ヘモグロビンがあり、その中核に鉄の原子があります。鉄は酸素が近くにくると、すぐにくっつく性質を持っています。釘のような鉄は空気にさらしておくと錆がきますが、この錆は
鉄が酸素とくっついて酸化された状態です。
 生物の多くは、この鉄の性質を利用し酸素を体内に取り込みます。息を吸うと、肺に沢山の空気が入ってきますが肺には毛細血管が張り巡らされており、酸素が毛細血管から血液の中に取り込まれます。血液中に取り込まれた酸素はすぐにヘモグロビンの鉄とくっつき体の隅々まで巡回し、酸素を必要とする細胞に渡されることになります。鉄分を含む野菜などの摂り方が不足しますと、鉄分が欠乏します。
 熊本の体力研究所が、熊本と宮崎の女性マラソンランナーを対象に6年間かけ調査し次のことがわかりました。ランナーの平均体重は約50キロで、血清鉄は平均3・6グラムでしたが、宮崎のランナーが1万メートルで世界記録に準じるほどの好記録を出したとき、血清鉄はなんと5・5グラムあったのです。これは酸素の供給量がとても増えていたということです。
 ところが反対に体調を崩して走れなくなったときの血清鉄の量は2・2グラム、このことがわかってスポーツ選手には鉄剤を補給するように指導されましたが、血清鉄はあまり増加しませんでした。過剰に摂った分が尿などから出てしまったのです。
 鉄は単体では駄目なのです。造血には鉄が10に対して銅が1の割合で必要です。また亜鉛も関係が深いことがわかってきました。バランスを欠いた栄養は身につかないのです。

血管の守護役 銅

中嶋 血管の内側には弾性細胞組織エラスチンが整然と配列されています。血管がゴムのように体の動きや血液の流れにしなやかに対応できるのは、このエラスチンがあればこそです。ところが銅の吸収不全が続くと、このエラスチンが正常に配列されなくなってきます。そして血管壁に悪玉コレステロールがたまり、動脈硬化が起こると血管は折れやすくもなります。
 心筋梗塞や脳梗塞は血管がつまり、そこから先に血が通わなくなって組織が死んでしまう病気です。銅を十分にとってエラスチンが健全にできていれば、血栓も出来にくくなります。銅を沢山含むタコなどを頻繁に食べる地域では脳梗塞や心筋梗塞も少ないのです。セルロプラスミンという銅を含む酵素は、吸収された鉄を血液で運搬する手助けをしていますが、銅が足りないと、その酵素の働きが鈍り、酸素をもった鉄が必要なところに運ばれなくなってしまいます。

植物にとっての銅

中嶋 植物にとって銅は成長の調整役です。銅が不足をすると、蛋白質の合成がスムーズに行われなくなり、これが原因でアブラムシが寄ってきます。また成長抑制ホルモンの合成にも差し障りが出てきます。ジャガイモなど、50〜60センチで成長が止まるべきところ、2メートルにも伸びすぎてしまい、根塊の方に栄養が行かなくなってしまいます。反対に過剰だと戦前の足尾銅山の公害のように、作物が生長しません。ほうれん草は発芽もできなくなります。

「性」のミネラル亜鉛

中嶋 亜鉛は成人男性には、2グラムから3グラム含まれています。特に皮膚に一番多く、およそ20パーセント、臓器では前立腺と精巣に多く、精液、精子に多量に含まれています。亜鉛は銅や鉄と同じようにいろいろな酵素の活性基として働きますが、その中でも特に細胞分裂に関係する微量ミネラルです。
 私たちの体は60兆もの細胞でできており、細胞は毎日新陳代謝を繰り返し、新しい細胞が沢山生まれています。肝臓では肝臓の細胞が生まれ、皮膚では皮膚の細胞が生まれています。しかし細胞がこの時、亜鉛が不足をしていると、ガン細胞になる場合があります。DNAやRNAが働くときにも、亜鉛が活性基となる酵素が働いてくれるのです。
 皮膚や精子は体の中で一番細胞分裂が活発に行われています。皮膚の表面は表皮細胞が角質化している角質層です。ここは毎日垢となってはがれていきますが、一つの表皮細胞が生まれて徐々に表面に出てきて垢となってはがれるまでの期間は大体28日です。赤ちゃんは新陳代謝を活発に繰り返し成長します。
 赤ちゃんの肌は比較的短い期間で入れ替わるのでいつもすべすべ肌です。この代謝期間が長くなると角質層が何時までも皮膚表面にとどまり小皺となります。内臓も筋肉も骨も細胞単位で新陳代謝をしています。この新陳代謝に欠かせないのが亜鉛を活性基とする酵素です。
 亜鉛は別名「性」のミネラルと呼ばれており、男性のセックスには欠かせません。不妊が増えているのは亜鉛欠乏により男性の精子の活動が衰えていることも理由の一つでしょう。
 亜鉛は子供の成長にも欠かせない微量ミネラルで、亜鉛不足は発育不全を招きます。また亜鉛は免疫にも深く関わっています。免疫とは体の中に入ってきた病原菌を攻撃したり、異物を排除して体を守る働きのことです。免疫を担当する本拠地は心臓の前上部にある胸腺です。亜鉛不足は胸腺の働きも半減させT細胞の働きを不十分にさせるほか、抗体の産生も悪くさせます。

赤ちゃんにこそ、たっぷりの亜鉛を!

中嶋 精子と卵子が結合し細胞分裂を盛んに繰り返して成長し、赤ちゃんになりますが、このとき亜鉛が重要な働きをしますから、赤ちゃんがおなかの中で大きく成長するに連れて亜鉛の必要量が増加をします。不足で未熟児や奇形児が生まれやすくなります。妊婦には、亜鉛含有のサプリメント(海藻粉末ソルテヤ)を服用するように勧めています。
 赤ちゃんは生まれ落ちたら大至急、自前の免疫機能を持たなければなりません。そこでお母さんの初乳には普段の20倍もの亜鉛がたっぷり入っています。
 勿論赤ちゃんには初乳を是非飲んで貰わなければなりませんが、心配なのは初乳が出なくなっているお母さんが多くなっていることです。この原因としては亜鉛の摂取不足や吸収不全があるのです。それには現代社会のストレスという心の問題や、肉食中心の食事の問題もあるでしょう。
 心配事を離れ動物性食品を少なくし、穀物と野菜中心の食事にすると、亜鉛の吸収も良くなって、おっぱいが出始めることが良くあります。

愛情のミネラル、マンガン

中嶋 北海道には沢山の乳牛がいますが、ある年受胎率が低下して困ったことがありました。毎年1頭ずつ子牛を生むはずなのに、この時は3年に2頭くらいしか生まれなかったのです。原因を探っていくと、微量ミネラルのマンガンの不足という栄養失調があるとわかりました。マンガン不足で受胎率が下がった雌牛は、搾乳もいやがります。乳を搾ろうと人が近寄ると蹴るので近よれません。こういう牛は子宮の発育も不全です。
 マンガン不足の牛は子牛を可愛いがりません。母牛が子牛を圧死させたりすることもあるのです。マンガン不足の土地で作物を作って食べていれば、人間にもマンガンが欠乏し、女性は性的触れあいを嫌がるようになりがちです。これは不感症のはじまりです。
 また赤ちゃんがかわいく感じられない、泣いてうるさいとぶってしまう、あるいは無性に叩きたくなる、こんな心当たりのあるお母さんは、育児ノイローゼになる前にマンガン不足かなと考えてみて欲しいところです。

ガンや心筋症を防ぐセレン

中嶋 国際微量元素学会で成人病と微量元素の関係が調査され、ガンとセレンの関係が明らかになりました。血清セレンが0・25PPMになると、ガンは消えていくということです。セレンの欠乏は、白血球の殺菌力低下をもたらし、血清セレンが0・15PPM以下になると、ガンは増殖するということです。セレンは免疫力にも関係しています。欠乏すると、抗体の生産力が落ちることも確認されています。
 また、中国の克山地方で心筋症が、動物に集団発生していたことがありました。一種の風土病ではないかと思われ、克山病と呼ばれていましたが、ある獣医がこれはセレン不足によると考えて、作物の種をセレンを薄めた水溶液に浸してから畑に蒔くようにしたところ、それ以後その地方の動物には心筋症が出なくなりました。

ミネラル野菜とは化学性から見た土壌環境

中嶋 作物の栄養素不足は、畑に栄養素が足りないからだけとは言えません。たとえ畑にその栄養素があっても、ほかの栄養素とのバランスが崩れると、作物は栄養素を吸収する力が落ちてくるからです。
 窒素が過剰になると、亜鉛とカルシウムの吸収がうまくいきません。カリが過剰だと、マグネシウムとカルシウムの吸収がうまくできません。カルシウムの吸収が悪いと、収穫後に作物からエチレンの発生が早まるので、日持ちが悪くなります。リン酸が過剰だと、鉄と亜鉛と銅の吸収が悪くなります。
 こうしたバランスを配慮した肥料の設計をたて、作物のでき具合を見ながら施肥の微調整をしていくのが大事です。
 土壌自体の化学的、物理的な環境も大切になってきます。土壌の化学性では、最適なPHを作ることが大事です。最適PHは5・5〜6・5。ところが酸性土壌が良くないと思って、苦土(マグネシウム)石灰をまくとPHが7・5くらいになって栄養素を十分吸収できなくなります。

物理性のポイントは団粒土壌

中嶋 また、物理性の面では土壌を「団粒化」してやることが大事です。団粒化とは、土がつぶつぶになって、空気や水分が適度に入り、透水性・通気性を良くすること。こうした土壌なら、作物の根も良く呼吸できるし、微量ミネラルをはじめとする栄養素がスムーズに吸収できます。
 固い土だと水がかたよって溜まったり、土地の表面を流れ去って土の中に程良く残ってくれません。とくに土壌が固く緻密だと、粘土粒子を気圧の強い水がくっつけて、透水できない「有害水」をつくります。反対に砂地のような目が粗い土壌だと、水が一度に通過し土の間に残りません。表面を流れ去ったり、土壌を通り過ぎてしまう水は根が利用できないので「無効水」なのです。
 団粒化した土だと、日照りで表面は乾いても、少し掘ってみると適当な湿り気を持っています。また長雨が続いても、水はけがよいからいつまでも水が溜まっていません。
 いつでも作物が自由に利用できる水、これが有効水です。団粒化した土壌には、有効水がたくさん含まれています。

土壌と作物の根

中嶋 土壌が健全で栄養素が行き届いた作物と、土壌や栄養素が貧弱な作物の違いはどこで分かるのでしょう。
 熊本県立農業大学で実験をしてみました。まず土壌を三つのタイプに分け、栽培袋に入れます。
 一番目の袋には、従来どおり窒素、リン酸、カリを入れ、二番目の袋には、窒素、リン酸、カリに微量ミネラルを加えて入れ、三番目の袋には、窒素、リン酸、カリ、微量ミネラルに土壌団粒化剤を加えました。
 この三つの袋に、ナスとピーマンを栽培し、夏の収穫が終わって袋を破って根を見てみました。すると、一番目より二番目が根が豊かになっています。そして二番目より三番目の根が豊かです。よく見ると、大きな根がたくさん出ていて、そこに細根が付いています。こういった根を持つ作物は、長雨や干ばつに遭遇しても大丈夫です。土から上に出ている部分を見てもよく分かりませんが、根を見ると明らかに違いが分かるでしょう。

栄養の選択吸収

中嶋 根は数だけでなく、性能も違っています。土が付いている根を水を入れたコップの中でゆっくり5回振ってみます。きれいに土が取れてしまうのが、不健康な根。健康な根は、大きな土は取れても、小さい土は離れません。
 作物は大きな根(主根)から小さな根(支根)が生えています。支根には細根が付いています。細根の先端近くには、顕微鏡で200倍から400倍くらいにしないと見えないような、さらに小さな根が生えていて、これが根毛です(写真2・3と図)。植物はこの根毛から栄養を吸収しています。
 根毛は、細胞壁からアーゼ(生体エネルギー分解酵素)を使って能動的に良い栄養物を探して取り込みます。これが根の「選択吸収」です。そのとき、ATPアーゼは酸素を必要とするので、土壌の透水性・通気性が良くないと健全な作物は育ちません。
 根毛からは、粘液が出ています。この粘液と土壌の成分が結合して、必要な栄養素が吸収されます。根毛がたくさんあり、粘液が分泌され細かい土が根と離れにくければ、水中で振っても落ちないのです。
 根毛が少なく粘液も少ない作物は、窒素分は吸収するけれど、ミネラル分は吸収しなくなります。こうなるとミネラル不足によって生体防御能力が弱くなり、病害虫にやられてしまいます。

導管と篩管のつまり

中嶋 根毛の細胞を顕微鏡で見ますと、老化した根は細胞壁の輪郭がぼやけています。健康な根では、細胞壁が整然と配列されています。しかも新しい根毛がいつも出ています。切って断面を見ると導管と篩管が画然としています。老化した方は、管壁の細胞膜が弱く、管には何か詰まっています。
 これが何かは、今のところ明らかではありませんが、人間でいうと、おそらく血管に付くコレステロールのようなものだと思われます。不健全な根は作物を病気にするのです。

葉緑素の様子

中嶋 これは、中嶋農法で育つホウレン草と農薬をかけた市販のホウレン草の葉の表面を800倍に拡大して見た写真です。市販のホウレン草の葉緑素には奇形が多いのがわかります。微量ミネラルがバランス良く充実しているホウレン草の葉緑素は、きれいに並んでいます。
 葉緑素は、根で吸い上げた水を水素と酸素に分解しています。そして空気中の二酸化炭素を取り込み、太陽の光で炭水化物を作ります。これが光合成です。
 葉緑素がしっかりしていれば、炭水化物もたくさん作れます。同じように見える葉でも、栄養素次第で中身が全然違ったものになります。緑の葉であれば栄養素が同じという訳ではないのです。

良い作物ができる環境

中嶋 肥料や畑の土壌を作物の生育環境に適するように整えてやることが農家本来のしごとです。生育環境が良ければ、作物は自然に豊かに育っていくのです。
 団粒化した土壌では、小さな虫や微生物がたくさん住んでいます。土の中の小さな生き物は、自分たちの環境を整えようと、いつも土壌を団粒化しています。たとえばミミズは、土を食べて粒状の糞をしますが、これも団粒土壌になります。
 しかし人間は団粒土壌を作ってくれている小さな生き物を殺しています。除草剤で雑草を枯らし、土の中の生き物も殺しているのです。だから除草剤を使うと、土が固くなってしまいます。
 ホクホクとほぐれる土壌は作物に合った土であり、かちかちに固い土のところほど背が低く根の強い雑草がよくはびこります。背の高い雑草でも、土地が柔らかければ簡単に引き抜けます。団粒土壌にしておけば草とりの面倒も少ないのです。
 農業は、工業のように設備などをそろえ合理化を図れば、それに伴って生産性が高まるわけではありません。自然界の秩序に基づいた栽培こそ農業の基本です。しかしこれまでの農業は、農薬や化学肥料などで自然界の秩序を破壊してきたのです。

植物と動物の共通性

中嶋 私たちは本来、栄養を口から食べ、胃や腸で消化吸収しなければ生きていけません。その大本の食べものに栄養素がバランスよく詰まっていなければ、健康に暮らしていくことは不可能です。
 日本人は料理に贅をつくし、お腹一杯食べる幸せを求めてきました。しかし最近は生活習慣病などの原因として肥満が取り上げられます。これは食べ過ぎ、過剰栄養の害です。その結果病院に通い何種類もの薬を飲まされたら、これは作物の化学肥料漬け、農薬漬けと変わるところはありません。

栄養は量より質で

中嶋 人間の健康にとって必要な栄養を考えるとき、大事なのは量ではなく質です。より多くを取り入れるより、より栄養バランスのとれた作物を食べることが重要です。栄養バランスがとれた作物は最高においしい味がするのです。
 私たちの体は、微量ミネラルによって機能しています。この影響を深く考えると、生命にとって栄養の質がどれほど大事かを思い知らされます。
 健康な作物こそ、健康な人間を作ります。これからの日本の食生活を考えるとき、微量ミネラルの豊富な栄養満点の作物が全国の農家で作られ、食卓にのぼってほしいと願わずにいられません。
 わが国では、すでに高齢化社会が始まっています。お年寄りの介護が重要課題になっていますが、半面、お年寄りの知恵を生かしてこそ成熟した社会が実現できるのではないでしょうか。
 健康に年をとることは、何ものにも代えがたい人生の喜びです。人を健康に導く作物は、お年寄り一人ひとりが元気に、健やかに過ごす基礎となるものであり、そのようなお年寄りの活躍する社会こそがあるべき高齢化社会であると信じます。
 生きている間は元気に楽しく働き、二度とない人生を満喫したいもの。そして死ぬときは、秋のそよ風に紅葉が舞うようにこの世とお別れしたいものです。健康に生きるとはそのような人生をいうのではないでしょうか。