今注目のさまざまなカロチノイド

多種類とってがん・生活習慣病を予防

京都府立医科大学 西野輔翼教授

「野菜をよく食べろ」、その真意は!?
近年続々見つかってきた植物性食品のパワーの正体

 「野菜を食べろ」とは昔からよくいわれてきたことです。人々は植物性食品にはビタミンやミネラルなどの必須栄養素の他にも何かすごいパワーがあるのを経験的に知っていたからでしょう。
 近年、植物中の生理活性物質(ファイトケミカル。植物性化合物)の研究が進み、そのパワーの正体がいろいろわかってきました。
 中でも注目されているのが、β―カロチンで有名な「カロチノイド」、甘草中のグリチルリチンなどの「テルペノイド」、赤ワインポリフェノールや大豆フラボノイドなどの「フェノール化合物」、ニンニクやタマネギに多いアリシンなどの「含硫化合物」で、米国のがん予防のためのデザイナーフーズ計画でも重点的に研究が進められています。
 がん予防を中心に、こうしたファイトケミカルを研究されている京都府立医科大学の西野輔翼教授は、「発がん抑制物質のほとんどが植物性で動物性のものは数少ない。その理由はまだわかっていないが、興味深い事実である」と述べられています。
 3年ほど前からは、米メリーランド大学のフレデリック・カチック博士との共同研究で主要なカロチノイドの研究に取り組み、"カロチノイドは単独摂取より多種類を総合的に摂取する方がより強力なパワーを発揮する”ことを突き止められました。
 さらに西野先生はカロチノイドに限らず、がんをはじめ生活習慣病に対しては、"日常の食事から多種類のファイトケミカルを満遍なく摂取する”という無理のない自然なスタイルでの第一次予防を呼びかけておられます。
 その西野先生に、今注目されているさまざまなカロチノイドについてお話をしていただきました。

β―カロチンだけではない
多種類のカロチノイド
天然色素「カロチノイド」
――600種のうち、体内に吸収されるのは10数種――

――カロチン、正式にはカロチノイドということですが、これまでカロチノイドというとβ―カロチンといわれていましたが、最近はルテインだとかリコピンだとかいろいろなカロチノイドが注目されてきていますね。
西野 カロチノイドは緑黄色野菜や果物などに多く含まれている黄や赤などの天然色素で、自然界には花や鳥の羽、魚介類の外皮、細菌類や藻類などに含まれ、約600種ものカロチノイドが見つかっています。
 人間など動物は体内でカロチノイドを合成できないため、植物や微生物が体内で合成したものを摂取して役立てています。
 食品中には約50種のカロチノイドが含まれていますが、体内に吸収されるのはそのうちの10数種で(表1)、しかもこれらは全身に均等に行きわたるわけではなく、特定のカロチンが特定の部分に多く蓄えられ、それぞれの働きをします。
すぐれた抗酸化物質
――共通した働きとしてはやはり抗酸化物質としての働きですか。
西野 そうですね。
 今、よくいわれる活性酸素やフリーラジカルに細胞膜や遺伝子、酵素などが酸化されて傷つくという酸化的障害が、がんや動脈硬化、アレルギーなど多くの病気にかかわっているということで非常に問題になっています。
 活性酸素やフリーラジカルに対して体の中ではそれを無害にする防衛機構が働いていますが、完全に防衛しきれない部分がどうしてもあります。その時、酸化的障害から身を守ってくれるのが抗酸化物質で、カロチノイドは代表的な抗酸化物質の一つです。

ビタミンA前駆物質としてのカロチノイド

――β―カロチンなどはビタミンAの前駆物質(プロビタミンA)でもあるわけですね。
西野 カロチノイドの中で動物の体内で一部がビタミンAに変わるプロビタミンAカロチノイドにはβ―カロチン、α―カロチン、β―クリプトキサンチンなどがあり(表1*)、体内でビタミンAの補給に利用されています。
 その中でもβ―カロチンは優れた活性があるところから特別に注目されたわけですが、その後多くの研究で、プロビタミンAでなくても、カロチノイドには活性酸素を除去したり、がんを抑制したり、免疫力を高める働きで、がんをはじめ生活習慣病の予防に大きな役割を果たすことがわかってきたというわけです。
――肝臓障害が出るなど、ビタミンAはとり過ぎはいけないといわれますが、β―カロチンでとる分には安心だといわれますね。
西野 ビタミンAが肝臓に集積するとそこで肝細胞に対する障害作用を促してしまうのですが、プロビタミンAの形ならそこに集積してもそのような障害作用は示さない。ですから、β―カロチンをかなりとってもビタミンA過剰症による肝臓障害というのは現れてこないのです。
 なぜかというと、ビタミンAに変わる量をちゃんと調整しているので過剰になる一歩手前のところでカロチノイドの形で留まっている。そういう調整が体の中でうまくできているわけです。

がん予防に注目されるカロチノイド特定の部位で発揮される カロチノイドの発がん抑制
――β―カロチンより強力なカロチノイドが――

――大分前になりますがフィンランドで行われた栄養介入試験で、β―カロチンの大量投与でかえってがん(肺がん)が増えてしまうという結果が出ましたね(1986〜91年)。
西野 この結果は研究者に非常なショックを与えました。
 緑黄色野菜を多くとっている人ほどがんにかかるリスクが低く、さらに、がん患者の血中のβ―カロチン濃度は低い――などの疫学研究から、β―カロチンの大量摂取でがん予防ができると考えられたわけですが、この大規模実験で、β―カロチンの神話は一挙に崩れてしまいました。
 いろいろ解釈されていますが、大別すると・大量摂取という投与量に問題があった、・β―カロチンの完全否定――の2つで、私は投与量が適切でなかったという前者の説をとっています。
――先生がカロチノイドに注目されるようになったのはどういうことからですか。
西野 以前は多くの研究がβ―カロチン中心だったわけですが、ある時、β―カロチンとα―カロチンの発がん抑制効果を比較検討するという課題が出て、効力はあまり変わらないだろうと思っていたところ、実験してみるとα―カロチンの方が強い効果を見つけたのです(1992年)。
 そうすると、我々が食べているカロチノイドにはβ―カロチン以外にも沢山あり、かなりの種類が吸収されているところから、それぞれのカロチノイドの特性や全体のつながりをもっと調べる必要性が出て、そこから研究が広がり、国際プロジェクトによる共同研究も始まったというわけです。
 その結果、α―カロチンより強い効果を示すカロチノイドも次々に見つかり、さらに、それぞれの臓器に対してどのカロチノイドが順位的に有効かということもだんだんわかり始めてきました。
 ですから、β―カロチンに限らず、ある1種類のカロチノイドが全勝ということはなく、また、あるカロチノイドが全てに無効ということもない、健康な人ががんやさまざまな生活習慣病を予防する上では、いろいろなカロチノイドを複合摂取して全体をうまく利用するのが望ましいということになるわけです。

個々のカロチノイドの発がん抑制効果〈α―カロチンと肺・皮膚・肝臓の発がん抑制〉

――なるほど。それでは個々のカロチノイドの特性、効果についてお願いします。
西野 α―カロチンはニンジンなどに多く含まれる身近なカロチノイドですが(表2)、プロビタミンA活性がβ―カロチンの2分の1であることから今まであまり注目されていませんでした。
 しかし、今お話ししたように強力な発がん抑制効果を示すことが明らかになり、特に肺がんや皮膚がんでは強力な抑制効果がみられ(表3)、肝臓がんでも同様な効果が認められました。
〈ルテインと皮膚・大腸・肺の発がん抑制〉
西野 ルテインは青汁で有名なケールやホウレンソウなど多くの緑黄色野菜や果物などに広く含まれているカロチノイドです(表2)。
 動物実験では皮膚がんや大腸がんの発生を抑えることがわかってきました(表4)。
 また、ルテインを多く摂取している人たちには肺がんが少ないという結果が出ています。
〈ゼアキサンチンと皮膚がんの発がん抑制〉
西野 マンゴー、パパイア、桃などに多いゼアキサンチン(表1)には、皮膚がんの発生を抑える効果が認められ、さらに肺や肝臓でもその傾向が示されました。
〈リコピンの多彩な発がん抑制作用〉
西野 リコピンはトマトに含まれている赤色系のカロチノイドで(表2)、他のカロチノイドに比較して強力な抗酸化作用を持っています。
 がんについてもその効力は極めて優れ、肺、肝臓、大腸、乳腺、膀胱への発がん抑制が認められました(表5)。
 さらに、リコピンを多くとっていると前立腺がんになるリスクが低下するという疫学調査の結果も出ています。
〈β|クリプトキサンチンと大腸がん〉
西野 日本の温州みかんの果肉に多いβ|クリプトキサンチンにはβ―カロチンの5倍の発がん抑制効果が認められ、大腸がんの発がん抑制や皮膚の腫瘍の抑制にも効果があることがわかりました。
 さらに、大腸がんやポリープなど大腸に腫瘍が見つかった人は見つからなかった人に比べ、β|クリプトキサンチンの血中濃度が低いこともわかりました。この調査では腫瘍があるとβ|クリプトキサンチン以外にもリコピンなど数種類のカロチノイドの血中濃度が低いというデータも出ています。
〈海産物のカロチノイドの発がん抑制効果〉
西野 エビ、カニ、タイ、サーモンの赤い色素、アスタキサンチンには、肝臓がん、舌がんなど口腔がんの発生を抑制することが動物実験でわかりました。
 また、ワカメやヒジキなどの海藻に含まれているフコキサンチンには皮膚がん、肝臓がん、十二指腸がんの発生を強力に抑制する効果があることがわかってきました。

カロチノイドの発がん抑制作用は

――こうした発がん抑制効果は、主にカロチノイドの抗酸化作用によるのですか。
西野 そのメカニズムはまだはっきりとは解明されていません。
 研究の初期にはビタミンAに変換された後にその働きが発現すると考えられていたのですが、ビタミンAに変換されないカロチノイドにも強力な発がん抑制効果があることが明らかになり、今ではカロチノイド自体が、
・発がんプロモーター(促進物質)によって引き起こされる種々の細胞変化を抑制する
・抗酸化作用
・免疫細胞や抗腫瘍因子を増やしたり誘導したりする作用――などで、直接がんの発生を抑えていると考えられています。

その他の生活習慣病の予防
目にルテインとゼアキサンチン

――ルテインは目にも非常にいいということですね。
西野 ルテインやゼアキサンチンは目の網膜、特に網膜の中心部の黄斑部に多く存在し、黄斑部の黄色い色素はカロチンのルテインとゼアキサンチンによるものです。それ以外のカロチノイドは人間の目には存在していません。
 黄斑部が加齢などで変性する「加齢黄斑変性症」は、欧米では以前から成人後失明原因のトップクラスで、日本でも高齢人口の増加とともに急増して今では失明ワースト3になっています。
 黄斑部はカメラのレンズに当たる網膜の中心にあって、網膜の中でも光が集中的に入ってくるところですから当然、光による酸化障害を受けやすく、特に黄斑部の脂質が酸化されると細胞が傷つき、視力障害を起こします。
 ですから、黄斑部にゼアキサンチンやルテインが集まっているというのは、生体はなかなか上手く防御していると思います。
 特にゼアキサンチンは目の網膜にかなりの量があり、しかもゼアキサンチンは他のカロチノイドに比べ食品の中にそんなに沢山あるものではないのに(表1)、わざわざ大量に網膜にため込んでいるということは、目はゼアキサンチンの力を上手に使っていることが推測できるわけです。
 ただ、黄斑変性症などの予防にはそれだけでは量的に足りなく、ルテインなどの助けも同時に借りているという気がします。両方互いに働きを補い合うということですね。
――白内障でも水晶体の酸化障害がいわれますが、その場合にもゼアキサンチンとかルテインは効くのですか。
西野 可能性としてはありますが、点眼薬は別にして、経口摂取で果たして水晶体まで辿り着くかどうか。網膜での働き方とはずいぶん違うので、辿り着いたとしても量的には非常に少なくなってしまうと思います。
 ただ、アメリカの研究では8年間の追跡調査で、ルテインやゼアキサンチンの多いホウレンソウを多く食べた人たちの半数で白内障の症状が軽減し、一方でβ―カロチンの多いニンジンやカボチャを多く食べた人たちの症状は軽減しなかったという結果が出ています。
 目の健康にも、緑黄色野菜や果物を、偏らずにいろいろとった方がいいということはいえると思います。
 動脈硬化の予防西野 心臓病や脳梗塞などの原因になる動脈硬化の予防にも、カロチノイドはその強い抗酸化作用で期待されています。
 動脈硬化は最近、一般に悪玉コレステロールといわれるLDL(低比重リポタンパク)コレステロールが、活性酸素によって酸化されることが大きな原因だといわれています。
 悪玉コレステロールが酸化されると免疫細胞の一つのマクロファージ(大食細胞)がこれをどんどん食べ、やがて食べ過ぎてパンクし、その死骸が血管壁にたまった結果、血管が狭まって血液の流れが悪くなって動脈硬化が起こるわけです。
 この時、リコピンやβ|カロチンをはじめ、ルテイン、ゼアキサンチンなどのカロチノイドは優れた抗酸化物質として動脈硬化の予防に働いてくれると思います。

いろいろなカロチノイドを複合摂取
生活習慣病予防には総摂取量1日6mgを目標に

――ではどのくらいとれば良いのかということですが。
西野 日本人が普通の食事をしている場合、全体として総カロチノイドとして2mg位とっています。
 それを過剰摂取にならないよう、いろいろなカロチンを複合して6mg位とるといいという漠然とした推奨量が今出され始めています。
 ただ、確証を出していかないと本当の推奨量には使えないですから、一応の目安として過剰症にもならない範囲で6mg位を目指しましょうというところですね。
──1日6mgのカロチノイドを確保するには、野菜や果物をいろいろ取り合わせてどのくらいとればいいのでしょうか。
西野 野菜や果物の種類によって含有量が違うので一概にはいえませんが、できれば1日500〜800gはとりましょうといわれています。すごい量ですが、食生活ではそれを目標にするということですね。
 植物性食品にはカロチノイドだけでなく、いろいろなファイトケミカル(植物性生理活性物質)が含まれていますから、やはりいろいろな野菜をはじめ、果物、海草などの植物性食品を日常コンスタントに摂取するのが非常に望ましいことだと思います。
――昔からの健康の知恵として、食事に始まり、日光にも十分当たって、深呼吸で酸素を十分とりましょうといわれてきましたが、最近は紫外線は有害で日光に当たり過ぎてもいけない、深呼吸では活性酸素も生まれやすくなるのではとも思うのですが。
西野 酸素が欠乏状態になると、もちろん活性酸素の産生量も少なくなりますが、それ以上にいろんな障害が出て低酸素状態というのは我々にとっては基本的に良くない。
 我々地球上で酸素を必要とする生き物は、酸素が十分量あって普通に生活でき、その時にも体の中では活性酸素ができ、それに対しての防御機構はあっても一部は無毒化できないで残ってしまうという運命なんですね。
 ですから、生体は食物からとる抗酸化物質を有効に使うというシステムになっている。
 食事から少量のカロチノイドはずっととり続け、その中で例えばゼアキサンチンは他の臓器にも循環しているけれども、将来の危険に備えて網膜に積極的にため込むという非常に上手くできているシステムが生体にはあるんですね。
――とれる時には多目にとってため込んでしまう…。
西野 そうだと思います。ゼアキサンチンなどは普段の食事からはそんなにとりやすいものではないですから、入ってきた時は素早くキャッチして網膜にため込んでしまうのでしょうね。
――とりにくいカロチノイドはサプリメントで補うというのも一法ですね。
西野 そうですね。
 その場合も、単独のカロチノイドではなく、自然な日常的に食べる食品からとれるカロチノイドを複合してとることが大事ですね。
 いずれにしても特定のカロチンだけ摂取することは得策ではない。その意味で、さまざまなカロチンを配合したサプリメントの利用も一つの手だと思います。
(構成・本誌功刀)