現代型食生活は、ミネラル摂取がアンバランスに

日本の伝統食は、ミネラル摂取源としても望ましい

東京農業大学応用生物科学部栄養科学科 鈴木和春教授

99年第六次改定日本人の栄養所要量
ミネラルの所要量は2項目から12項目に

 第五次改定まで、栄養所要量が決められていたミネラルはカルシウムと鉄の2種類、目標摂取量が示されているナトリウム、カリウム、リン、マグネシウムを加えてもわずか6種類と、日本のミネラル事情は欧米に大きく遅れをとっていました(表1)。
 所要量の決められていない栄養素は栄養素であっても栄養素として認められず、そのため食料輸入などに支障を来し、項目増加は国内外からの要望でした。
 研究者の側からも、ミネラルが健康の維持・増進や、疾病予防に重要な役割を果たしていることが明らかになるにつれ、また、精製加工食品や高脂肪・高蛋白に偏る現代の食生活がミネラル摂取のアンバランスを招いているところから、項目を増やすべきだという声が上がっていました。
 昨年5年ぶりに改定された「第六次改定日本人の栄養所要量」では、ミネラル所要量は12項目に増え(表1)、新たに上限値も付加されました。
 今回のミネラル所要量の策定に加わった東京農業大学の鈴木和春教授に、日本人のミネラルの摂取状況、現代の食生活で陥りやすいミネラル摂取のアンバランス、望ましいとり方などを、生活習慣病とも関連して伺いました。

カルシウム代謝とリン・マグネシウム 
加工食品の普及でリンはとり過ぎ傾向

――まず主要ミネラルですが、日本人に不足しているミネラルは昔からカルシウムとされ、一方、とり過ぎるとカルシウムの代謝に悪影響を及ぼすリンはとり過ぎがいわれていますね。
鈴木 リンは体内でリン酸塩の形で存在し、その大部分は骨に含まれているミネラルです。
 日本人のリンの1日の摂取量は、昭和55年で1200〜1300mgですが、この頃より加工食品の摂取が多くなっている現在はもっと高くなっていると思います。
 加工食品には添加物としてリン酸塩が広く用いられ、ハム・ソーセージやかまぼこなど魚や肉の加工品にはポリリン酸塩が多く使われています(表2)。
 ポリリン酸塩2000mg(2g)で副甲状腺ホルモンの分泌が刺激され、尿に骨の分解物が排泄されるという1970年代のアメリカでの研究から、リンの許容上限量(UL)は2gが一つの目安となっていました。
 今回の改定にあたって、我々はカルシウムの上限量が2・5gならリンも2・5gとすべきだといったのですが結局、4gとなってしまいました(表3)。カルシウムを十分とっていればリンが多少多くてもある程度はカバーできるといわれていますが、現実にはカルシウムは十分とれていませんから、許容上限摂取量4gはやはり高過ぎます。
――リンは食品添加物だけでなく、動物性食品からも多く入ってきますね。
鈴木 リンは肉や魚だけでなく、穀類や豆類などにも結構多いミネラルです。
 ただ、お米は精白や研いだりする過程で大分失われますから、炊いたご飯になるとずいぶん少なくなります。やはりリンの摂取源で最も要注意なのは、肉や魚の加工食品ですね。

高リン食は、腎臓機能やカルシウムバランスに悪影響

――高リン食が続くと、どういう問題がおきてきますか。
鈴木 我々が動物実験した結果では、腎臓に石灰化がおきたり、腎機能が悪くなったり、ビタミンDが作られなかったりと、腎臓に影響するのは確かだと思います。
――リンが多いと、骨からカルシウムを奪うというのは?
鈴木 リンが多いと、腸管からのカルシウムの吸収が妨げられます。血液中のカルシウムが少なくなると、血液のPHの恒常性を保つために、副甲状腺ホルモンの分泌が盛んになって、骨からカルシウムを動員するんですね。それが、骨粗鬆症の誘因になるといわれています。

動物性の高蛋白食はカルシウムの尿中排泄を促す

――高蛋白食も、カルシウムの尿中排泄を促して骨粗鬆症の誘因になるといわれていますが、これも蛋白質に多いリンの影響ですか。
鈴木 一概にはそうとはいえないです。高蛋白食で尿へのカルシウム排泄が多くなるというのは1970年代にアメリカでの研究で証明されていますが(表4)、そのメカニズムはまだわかっていません。ただ、硫黄と結びついた含硫アミノ酸が多くなると、それと一緒にカルシウムが尿に出ていくのではないかと推測されています。
 ですから、高蛋白食といっても問題なのは、含硫アミノ酸の多い動物性蛋白で、大豆蛋白ではそんなことにはならないといわれているのが現在の状況です。
 また、女性の場合、骨のカルシウム蓄積は女性ホルモンのエストロジェンによってかなり維持されていますから、更年期になるとガクンと減ってしまう。大豆蛋白がいいのは、大豆にはカルシウムも豊富ですし、イソフラボンによる女性ホルモン様作用もあるからだといわれています。

カルシウムは最低700mgを
――ミネラルバランスがよい植物性カルシウム――

――カルシウムの所要量は600mg(表3)では少ないけれども、高くしても日本人にはとれないからということで、600mgと決まったと聞いていますが。
鈴木 そういうことですね。現実に栄養調査で600mgにも満たされてないのに600mg以上にしても無理だということで今回の所要量が決まったんです。
 しかし、カルシウムは成人で最低でも700mg、骨粗鬆症年齢では1200mgはとった方が良いと思います。
――国立健康・栄養研究所の研究では、カルシウムが多くかつリンやマグネシウムとのバランスも良い食品は植物性食品に多く(表5)、吸収も結構よい(表6)ということですが。
鈴木 カルシウムとリンは1対1ないし2以下が望ましく、カルシウムとマグネシウムの比は2対1といわれています。その数値から考えれば、日本人が昔から食べている食品は望ましいということになります。
――骨の中のカルシウムとマグネシウムの比は2対1になっているといわれますが。
鈴木 そんなことはない。骨の中では10対1と圧倒的にカルシウムが多いです。一方、骨の中ではカルシウムとリンは2対1です。
 カルシウムとマグネシウムの比が2対1がいいというのは、疫学的調査や臨床研究の、マグネシウムを多くとっている人の方が高血圧が少なく、動脈硬化や虚血性心疾患が少ないという報告(図1)に基づいています。直接の引き金ではないけれども、二次的な原因になるわけですね。
 しかし、理想比は一律にはいえないし、まだよくわかっていないことが多い。ですから、今回の第六次改定ではあまり比については対象にされていないんです。
 ただ、植物性カルシウムでは、マグネシウムも一緒にとれるので、そういう意味では確かによいと思います。

精製で失われるマグネシウム

――マグネシウムも不足傾向がいわれますね。
鈴木 はい、マグネシウムは精製によって極端に減るミネラルです。
 昔は、米などの穀類をはじめ、野菜、海草、塩も原材料に近いものをとっていましたので、日本人のマグネシウム摂取量は300mg以上と十分とっていたんです。ですから、白米ご飯だと、野菜や海草を十分にとらないと、マグネシウムは不足してきます。
 さらに、カルシウムやマグネシウムは水に溶けるので、煮物などは煮汁ごととる。水道水にも結構含まれているので、スープも一緒にとる具沢山の味噌汁や鍋物料理ならさらに良いと思います。

潜在性の不足がいわれる微量ミネラル  
"鉄”は吸収が問題

――微量ミネラルでは、若い女性の鉄不足が心配されていますが。
鈴木 鉄は成人男子で10mg、生理のある女性で12mg(表7)で、国民の栄養調査ではオーバーしていますけれども、体の中でそれが利用されているかが問題です。
 吸収率は年齢や体の必要量によっても違い、栄養所要量では鉄は10%の吸収をもとに算定していますが、10歳位までは30%近い吸収率で、また、不足している人ほどよくなります(表8)。それだけ体は、成長時や不足の時には栄養を効率よく利用しようとするわけですね。
 ただし、若い女性の場合は、ダイエット志向などで摂取量も少ない上に生理で失われますから、若い女性に貧血が多いのは鉄の補いがされてないということです。
――鉄は吸収されにくいミネラルなのですか。
鈴木 鉄は二価の鉄になると吸収されますが、食品中の鉄は三価の鉄なので吸収されないんです。果物などビタミンCと一緒にとると二価鉄になるので吸収しやすくなります(表8)。
 このように、ミネラルの吸収は・イオン化されたり、・蛋白質と結びついたり、・鉄のように反応性が高くなったりすることで吸収されます。
――ビタミンCは、酸(アスコルビン酸)だから鉄の吸収をよくするのですか。
鈴木 梅干や酢など、酸だけですと胃の中では胃液は酸性なのでイオン化されますが、十二指腸にくると中和されてまた元の状態に戻ってしまう。その時にビタミンCがあれば、ビタミンCの還元作用でビタミンC自らが還元して相手を酸化する形で二価の鉄を作ってくれるんですね。
 二価の鉄というのは反応性が高く、たくさんあると有害な過酸化脂質を作り出すので、鉄は腸から吸収されるとすぐ三価鉄に戻り、主に肝臓でフェリチンという貯蔵鉄になって貯蔵され、出血などで大量に血液が失われて補いが必要な時には二価に戻って移動し、ヘモグロビンを作る時はまた三価に戻るんです。
――そうすると、鉄は過剰にとっても貯蔵鉄になるからあまり心配ないんですか。
鈴木 過剰にとると問題です。特に二価鉄のような活発な鉄が入ってくると、細胞膜の脂質を過酸化します。例えば、ラットに鉄を沢山与えると、腸管壁の過酸化脂質が増えてくるというデータがあり、そうなるとがんなどの原因になる可能性も出てきます。
 ですから、腸管はバリア(障壁)になって、体の中に鉄がすっと入っていかないようになっています。
――生体というのはミネラルに対してかなりのバリア機構を持っているのですか。
鈴木 と思います。そのほとんどは腸管でのバリアで、吸収段階でバリア機能を持ってないのはリンだけです。
 自然界でリンはありそうでない。海の中にもないので、食べ物だけからとらなければいけないのと同時に、エネルギーを作る重要な部分にリンは必ず必要とされるので、生体は食物中にリンがあれば全部体の中にとりこむようになっています。ただ、リン酸イオンは陰イオンで体内の陽と陰のバランス関係から、その時に甲状腺ホルモンによって腎臓でのバリアをしているんじゃないかと考えられています。

所要量が望まれていた亜鉛

――微量ミネラルの中では、亜鉛の所要量が最も要望されていたと思いますが。
鈴木 亜鉛は潜在性の不足がいわれてます。
 潜在性の不足とは、欠乏症が出るほどではなくても、毛髪の亜鉛量が少ないとか、味覚がうまく判断できないといった人達の血液を測ると普通の人より少し低い、そういう食生活を続けていくと亜鉛欠乏に近付いてくるというボーダーライン(境界線)ですね。これは鉄でもいえます。
 亜鉛は蛋白質の代謝に必須のミネラルですから、不足すると成長阻害や、免疫機能の低下、亜鉛を構成してる活性酵素、例えばSODやアルカリフォスファターゼなどの酵素の活性が下がってきます。

その他の微量ミネラル

――その他、今回の第六次改定では、銅、ヨウ素、マンガン、セレン、クロム、モリブデンなどが所要量に加えられましたね。
鈴木 ヨウ素は日本人の場合、コンブなどを多くとる地域では過剰が心配されているミネラルです。
 セレンは抗酸化作用とか、がんなど成人病予防から考えると所要量が必要だと思います。
 他の微量ミネラルについては、所要量が決まってないものは医薬品としてしか輸入できず、欧米並の所要量があれば食品として許可が出るという事情から決まった要素が強いと思います。

ミネラル豊富な日本人の伝統食
摂取の目安はカルシウム、鉄、マグネシウム

鈴木 私の考えでは、カルシウム、鉄、マグネシウムがうまくとれている食事ならば、極端にいえば、カルシウムが十分量とれていれば、他のミネラルも自動的にとれてくると思っています。
 そうすると、動物性蛋白の摂取量も適量で、加工食品も今ほどは多くない、昭和39年の東京オリンピック後から昭和50年くらいまでの食生活が理想ですね。
 食生活は、精製・加工の少ない自然食が本来の姿だと思いますし、先祖代々が勝ち得た食生活が一番だと思います。
 しかし、生活全般が変った今、食生活だけを元に戻すというのはなかなか難しい。せめて、惣菜屋などもそのあたりをもう少し手をかけて、消費者がその付加価値を評価するようになって欲しいですね。今は便利さだけですから。

主食のご飯を守りたい

――元々人間は肉食動物ではないですよね。
鈴木 そうですね。食文化から考えると、穀類を食べているのは一緒で、穀類の中味が、米を選択した国民と小麦を選択した国民がいるという違いですね。
 米の蛋白価はいいので動物性食品をそれほど補う必要がない一方で、質の悪い小麦蛋白では動物性食品で補って蛋白価をレベルアップしなければならない、その食文化のスタートの環境が違います。
 米の栄養価は蛋白質だけでなく、澱粉もちゃんと入ってお腹一杯になるから、エネルギーを米からとっていれば油も多くとる必要はない。しかし、米を少なくしたら、エネルギーをとるために油をとったり、肉を多く食べたりと、高脂肪・高蛋白の害が出てきます。
 米の消費は減ってきてますけれども、主食としてご飯がある食生活を捨てない限り、日本の食生活は大丈夫と思います。しかし、食糧を輸入に依存する度合いが高まるにつれて、日本独特の食文化は変わらざるを得なくなる。国民の健康こそ国力であるなら、自国で国民を養えるだけの食糧を作らなければいけないというのが僕の持論です。
――米離れは、学校給食の影響も大きいですね。
鈴木 学校給食は戦後、食糧難から始められたと日本人は考えていますが、アメリカにとってはアメリカの食糧をいかに売りつけるかという戦略です。でなければ、米を作って米の弁当を持参して、おかずだけ給食にすればよかったんです。しかし、今日本はアメリカからの食糧輸入に頼らなければ、生きていけないというところ迄来てしまいました。
 ご飯を主食にすれば、おかずも野菜の煮付けから、洋風、中華と何でも合うので食材も調理法もバラエティに富みます。
 給食も、もっとご飯をとり入れて、昔ながらのおかずをおいしく作って、たまにはお母さん方にも食べてもらい、栄養士さんから「買い食いや外食に頼る食生活をしていたらとんでもないことが将来子供達に起きますよ」というような話をしてもらう、そんな食育が出来るようになればと考えています。