足は第二の心臓

足の血行不順と疾病

藤林クリニック 藤林敏宏院長

健康・長寿の秘訣は"足”にあり

 長寿の要因は食生活の他に、よく歩くことがあげられています。
 実際、旧ソビエトのグルジア地方、南米エクアドルのビルカバンバ、山梨県上野原町の棡原地区など、世界的に知られる長寿地域は山の中腹にあり、必然的に人々は坂道をよく歩きます。
 この"よく歩く”ことが、「第二の心臓」といわれる足を鍛え、健康・長寿につながっているのだと、藤林クリニックの藤林敏宏院長はおっしゃっています。
 足の健康法を提唱し、治療には積極的に東洋医学も取り入れて成果を上げていらっしゃる藤林先生に、歩くことが全身の健康にどのようにかかわってくるのか、効果的な足の運動法も含めてお話を伺いました。

足は第二の心臓
血液を循環させる心臓と足のポンプ作用

――足は第二の心臓とよくいわれますが、これは医学的にはどういうことなのですか。
藤林 足のメインの仕事は歩いたり体を支えたりすることですが、それだけでなく、足には「第二の心臓」としての働きもあります。
 心臓はご承知のように、ポンプ作用によって血液を全身に送っています。すなわち、動脈を通して血液は全身の細胞に酸素と栄養を送り、二酸化炭素と老廃物を受け取った血液は静脈を通って再び心臓に戻ってきます(図1)。
 しかし、心臓から血液が送り出されるときの圧力は、心臓からもっとも離れている足の静脈にまでは届かず、その上、足の静脈血が心臓へ戻るには、地球の重力に逆らって上がっていかなければなりません。
 このときに重要な働きをするのが足の筋肉で、収縮・弛緩を繰り返すことで血管を圧迫し、心臓に戻ろうとする血液をスムーズに上に押し上げます。この足のポンプ作用は"ミルキングアクション(乳絞り作用)”と呼ばれ、足の筋肉は乳絞りの要領で血液を押し出します。
 足には全身の筋肉の3分の2が集中していますが、中でも、ミルキングアクションに重要なのはふくらはぎの筋肉(腓腹筋)です(図2参照)。「第二の心臓」とは主に、このふくらはぎのことを指しているのです。
 ですから、ふくらはぎの筋肉を動かす運動をすれば、血液の循環が良くなり、最も一般的なのが"歩く”ことです。
――歩くことでふくらはぎの筋肉がポンプの役割をし、心臓のポンプ作用を助けるということですか。
藤林 心臓を助けるというより、血液が足まで流れてきた限りは、それを心臓へ戻してやる、環流させる必要があるということです。
 ただ、静脈から心臓へ返ってくる血液量が少ないとその分、心臓の方から血液を強く押し出して血液を環流させようとするので、心臓の負担は大きくなります。
 その意味では、足のポンプ作用は、間接的には心臓を助けていると言えますね。

恐い足の血行不順
ふくらはぎのこわばり、むくみ、冷え、のぼせ〈高血圧とふくらはぎのこわばり〉

――歩かないと足のポンプ作用が弱まる分、心臓に負担がかかるのですね。
藤林 そうして、心臓や血管に過剰の負担がかかると、高血圧になりやすくなってしまいます。
 高血圧の人は、ふくらはぎの筋肉が硬くこわばっていることが多いのですが、これは、「第二の心臓」がうまく働いていない証拠です。
 ふくらはぎが硬くなっているかどうかは、前屈運動をするとよく分かります。高血圧の人は、硬いふくらはぎの筋肉が引っ張られて痛むため、たいてい床に指先が届きません。
 ふくらはぎが柔軟性を取り戻し、前屈運動で床に手がつくようになれば、薬の効果があらわれにくい人でも、血圧を下げる効果が期待できます。
〈むくみ〉
藤林 下半身の血行不良はまた、足のむくみ(浮腫)の原因にもなります。
 海外旅行などで長時間飛行機に乗って足を動かさないでいると、足がパンパンにむくんで靴が履けなくなってしまうことがあると思います。これは、血液の流れが悪くなって血液中の水分が周囲に滲み出し、組織の間などにたまってしまったりするからなのです。

〈冷え〉

――血行不良から冷えなども引き起こしますね。
藤林 手足の指は血液循環の末端にあり、もっとも血液が届きにくく滞りやすいところです。
 血液の循環が悪くなると、血液は末端の毛細血管まで行かず、その手前の太い血管で心臓に折り返そうとしたがります。
〈のぼせ〉
藤林 また、下半身の血行が悪くなると、それだけ上半身を流れる血液量が多くなるので、いわゆるのぼせでイライラも起きやすくなります。
"頭寒足熱”は東洋医学の理想的な健康状態で、足の血液循環を良くすることの大切さがお分かりいただけると思います。

 足の血管障害

〈静脈瘤〉
――足の血管自体にはどのような障害がおこりますか。
藤林 東洋医学では血がよどんだ状態を"・血”といい、内くるぶしの下に赤紫の糸ミミズのような細い血管が浮き出る症状がよく見られます。
 これがひどくなった状態が静脈瘤で、静脈の一部が異常に膨らんで瘤のようになり、皮膚の表面に累々と浮き上がってきます。
 静脈は、体の表面を通っている「表在静脈」と、動脈に沿って体の奥深くを通っている「深部静脈」とに大別され、静脈瘤がおこるのは表在静脈の方です。
 静脈には、重力に逆らって血液を心臓に送り返すための弁がついていますが(図3)、長時間の立ち仕事や寝たきりなどで足を動かさない状態が続くと、弁の機能がだんだん衰えてきます。
 すると、血液が下へ、さらに皮膚の表面の静脈の方へと逆流するようになり、逆流した血液が血管を膨張させてしまうのです。
 かつては、飲食業に携わる人やデパートの店員、看護婦など、立ち仕事の人に多かったのですが、最近は、座ってばかりで足を動かさないOLや主婦、サラリーマンなどにも増えています。
 また、妊娠時に下腹部の静脈が圧迫されて血流が妨げられるため、経産婦にはおこりやすいといわれています。
 最近では、腹部の手術後に長い間入院させていると静脈瘤ができやすいことから、入院期間を短くすることがすすめられています。
〈静脈血栓、肺塞栓〉
藤林 血行が長く滞ることで恐ろしいのは、血液が固まりやすくなり、静脈に血栓(血の塊)ができてしまうことです。
 静脈の血液はそのまま心臓に戻って肺へ運ばれます(図1参照)。そのため、静脈(特に深部静脈)に血栓ができていると、それが肺の血管をつまらせて、「肺塞栓」という死にもつながる合併症を招いてしまうのです。
 肺塞栓では、肺組織が壊死したり、肺での酸素交換ができなくなって心不全をおこし、急死してしまうケースもあります。
 死体を無差別に解剖すると、10〜20%に肺塞栓がみられるとの報告もあり、くわしく調べればもっと多いのではないかと考えられます。
〈閉塞性動脈硬化症〉
――足の動脈にはどのような障害がおこりますか。
藤林 動脈の血流が阻害される病気として、閉塞性動脈硬化症があります。
 これは、動脈壁にコレステロールなどが沈着して血液の通り道が狭くなってしまう病気で、糖尿病の合併症などでもおこりやすいことが知られています。
 特徴的な症状に、ある程度の距離を歩くと足が痛んで歩けなくなり、少し休むとまた歩けるようになる"間歇性跛行”があります。これは、血流が少なくなっているところに運動をすると、血液が余計に必要になって酸素不足をおこし、痛みとして警告するわけです。
 運動をするとエネルギーが必要になる分、酸素が不足して痛みをおこすというのは、狭心症や心筋梗塞などと一緒ですね。

歩くことの効果
生活習慣病の改善

――歩かなくなったことは、現代人の健康にどう影響していますか。
藤林 まず、生活習慣病の増加が挙げられます。
 現代人は、摂取カロリーが増えている割には運動不足のために消費カロリーが少なく、その結果、肥満、糖尿病、高脂血症など、さまざまな病気にかかりやすくなっています。糖尿病などは、いまや日本で690万人、予備軍を含めると1370万人といわれています。
 食生活の改善と共に運動量を増やすことが重要で、先程申し上げたように、足には特に筋肉が多いので、足を動かす運動をすれば、糖や脂肪が燃焼されて効率良くカロリーが消費されます。

 歩かないと不妊・少子化の一因にも

藤林 また、少子化問題や不妊症に悩む人が増えている背景にも、現代人が歩かなくなったことが少なからず影響していると思われます。
 西洋医学では、歩くと脳内のエンドルフィンという物質が増加し、気分がリラックスして生殖機能が高まることが分かっています。東洋医学でも、歩くことで生殖器系のツボが刺激され、精力が増強するといわれています。
 この両者の相乗効果で、よく歩く人ほど生殖能力が高くなるのです。

 ボケの予防

藤林 病気やケガなどでお年寄りが長期間寝たきりになると、そのままボケてしまうことがあります。これは、歩かないために足から脳に信号が送られなくなってしまうからです。
 人間は、歩いている時とものを噛んでいる時は眠ることができません。これは、歩く、噛むという動作を通じて、脳に"目覚めている”ということを知らせる覚醒信号が送られているからです。
 足の筋肉には、重力に抵抗するための抗重力筋という種類があり、歩くことで抗重力筋が使われると、その刺激によって脳に覚醒信号が送られ、脳が活性化します。寝たきりのお年寄りは抗重力筋が萎縮するため、ボケやすくなってしまいます。
 歩くことは脳を活性化し、ボケ予防にも重要な役割を果たしているのです。

 足の血行を良くしよう
階段や坂道も取り入れて、 1日最低1万歩

――自覚はしていましたが、改めて現代人はもっと歩かなければいけないと実感します。
藤林 そうですね。
 歩くのも漫然と歩くのではなく、例えば、歩くコースに階段や坂道の上り下りを取り入れると、平地を歩くときよりもふくらはぎの筋肉が強く鍛えられ、血行を促進する効果が高まります。
 神社やお寺参りで実際に病気が治る例があったり、長寿村のお年寄りが元気で長生きなのも、神社やお寺が比較的小高いところにあることや、長寿村が山の中腹などに位置していることが影響していると思われます。
 また、現代人が健康を維持するためには1日約300キロカロリーを消費する運動量が必要だといわれ(表)、それには最低1万歩は歩かなければなりません。しかし、デスクワークをしている会社員は、1日たった5千歩程度しか歩いていません。
 運動と長寿の関係についての大規模な調査からも、よく歩くと実際に死亡率が下がることが証明されており、私たちはもっと歩くことの大切さを認識すべきです。
――他に、歩くときに注意する点は?
藤林 歩きやすい靴・服装で、背筋を伸ばして胸を張り、腕を大きく振るという正しい姿勢で歩くことが大切です。
 通勤途中に、歩きにくい革靴やハイヒールを履き、片手に鞄を持って体を歪めて歩くのではかえって体に毒です。背骨や骨盤が歪むと、肩こりや腰痛をはじめ、内臓の血行障害からくるさまざまな病気の引き金になってしまいます。

 歩けない人は筋肉をこう鍛える

――忙しくてなかなか歩く時間がとれない人はどうしたら良いでしょうか。
藤林 忙しい現代人や、健康増進にさらなる効果を得たいという人には、足の筋肉を鍛えるさまざまな運動法があります。
 日常の動作では、筋肉のもつ最大収縮の20%しか使っておらず、鍛えるには、筋肉に60%以上の収縮をさせる運動が必要です。特に、膝から下の筋肉に比べて、日常ではあまり動かさない太股(太腿)の筋肉は、意識的に鍛えるようにした方が良いのです。
 今、バリアフリーといって建物の段差や仕切りをなくす設計が盛んに行われていますが、太股の筋肉が弱ると足が上がらず、つまずいて転びやすくなります。
 太股を鍛えて転倒を防ぐ(図4)ために、私がもっともおすすめするのが「お尻叩き運動」です。寝ながらにしてできるので転倒して骨折する心配もなく、お年寄りの運動不足解消には最適です。
 「足踏み運動」は股を水平より高く上げて行うと効果的です。だんだん膝が下がってきたり体が傾いてくるのを防ぐために、鏡を見ながらやると良いでしょう。目から入った情報をもとに、左右対称になるように自然と頭が働き、姿勢の歪みを矯正することができます。
 この他、相撲とりが行う「しこ」や、上半身を伸ばしたまま膝を屈伸させる「スクワット」もおすすめです。
――足の不自由な人にもできる運動法は何かありますか。
藤林 血行を良くするにはふくらはぎを柔軟にする運動(図5)をおすすめします。
 歩行困難の程度や種類によっても違いますが、まず、足首の柔軟性を高める運動から始めましょう。足首の関節が硬いと、ふくらはぎの筋肉の伸び縮みが少なくなり、血行が滞りやすくなるからです。
 床に座った状態での前屈運動もふくらはぎのこわばりをほぐすのに役立ちます。前屈運動で床に手が届かなかった人は、まずはここから挑戦してみて下さい。
 筋肉や関節を柔らかくする座り方(図6)は、脳卒中の後遺症で歩行が困難になっている人の回復を助けるのに役立ちます。入浴時に行うと良いでしょう。
 このようなさまざまな足の運動を習慣づけて、元気な老後を送っていただきたいと思います。
――最後に、食生活から、足の血行をよくするアドバイスをお願いします。
藤林 やはり今いわれている食生活の欧米化は、動脈硬化の原因になります。血液の循環を悪くする高脂肪食は控え、野菜類を多くとり、全体的な摂取カロリーを抑えることが大事だと思います。
(インタビュー構成・本誌岩橋)