健康生活に木炭の活用

循環して地球の環境を浄化するバイオマスエネルギー

京都大学木質科学研究所木質材料機能研究部門 今村祐嗣教授

今、木炭が燃えている

 燃料としての炭は日常の生活から姿を消して久しくなりますが、最近新たに、水や空気の浄化、また床下の調湿や畑の土壌改良など、環境を浄化・修復する作用で炭が脚光を浴びています。
 学問的にも、昔からいわれている効能に科学的な光があてられていると共に、環境調和型の新素材として注目されています。
 炭の作用や新素材開発を研究されている京都大学木質科学研究所の今村祐嗣教授も、人工化学物質による環境汚染が深刻な現代、「有史以前から利用されてきた身近な天然素材として経験的に安全性が確かめられている上に、簡単に作れ、安価で、入手しやすく、腐らず、地球温暖化防止にも寄与する」と炭を高く評価されています。
 今村先生に、健康生活に寄与する炭の効用と利用を伺いました。

木と炭
環境に調和した天然材料

――水や空気をきれいにする効用など、炭が健康に寄与するということで大変なブームとなっています。今日はそんなお話を伺いに参りました。
今村 確かに今、"木炭が燃えている”というのを実感しますね。
 炭が水をきれいにするというのは古くから経験的に知られていたことで、何百年も昔の遺跡からも井戸水の浄化に炭が使われていたのがわかっています。
 この他にも、アンモニアなど悪臭の消臭、ワインの脱色、土壌改良、住宅床下の調湿、発熱・蓄熱の調節に利用され、最近はこのような古くからの利用法をより発展させた用途が注目されています。
 さらに、プラスティックなど人工素材への不信から、できるだけ天然の、しかも身近な材料から、環境に調和した新しい素材を生み出そうという気運が高まっている今日、山に生えている木を熱処理するだけの木炭は、その点でも注目されています。
 最近では、軽量性、高強度性、高弾性、高導電性、耐熱性、化学的安定性、耐生物劣化性、高生体親和性――など、注目すべき機能をもつカーボン材料を、木炭からつくる試みも始まっています。

木から木炭、ダイアモンド迄
焼成温度で変る性状

――炭は木がどういう状態に変化したものなのですか。
今村 木は、炭素、酸素、水素の元素と、わずかな微量元素(ミネラル)からできています。
 木材を、空気を遮断して加熱(蒸し焼き)していくと、発熱分解を起こし、温度が上がるにつれて、酸素や水素が揮発成分となって飛んでいき、炭化が進みます。木材では約50%含まれる炭素量は、
・低温炭(約400〜500℃で炭化)で約70%、
・中温炭(黒炭。約600〜800℃で炭化)で約90%、
・高温炭(白炭。1000℃前後で炭化)では約95%――となり、2000℃以上の超高温になるとほぼ100%炭素の黒鉛(グラファイト)体になります。この状態でも木の基本構造はそのまま保たれていますが、それに高圧をかけると理論的にはダイアモンドになるわけです。
 このように、炭化温度が上がるにつれて、揮発成分が飛ぶので、重量は軽くなり、質量は収縮して密度が高くなり、硬く締ってきます。炭素の結晶もだんだん整っていき、最後は黒鉛の結晶になります。
 温度が上がるにつれて、木のもつ電気抵抗も少なくなり、400℃位まではまだ絶縁体ですが、500〜600℃で半導体に、1000℃以上になると導体になって電気をよく通すようになります。1000℃以上になると、電磁波をさえぎる働きも出てきます。
 また、木にはもともと通水性や通気性などがありますが、炭になるとこうした通導性はさらに高まり、水や空気をよく通すようになります。ミネラル分も水に溶けやすくなって、pHも酸性からアルカリ性に高まっていきます。

水や空気をきれいにする 炭の優れた 有害物質吸着作用 
有害物質の吸着は、 マクロとミクロの 無数の穴が鍵

――炭には無数の穴が開いていますが、それが通導性をよくしているんですね。
今村 そうです。もともと木は、多孔体構造といって、無数の穴(孔)が開いています。
 木の細胞壁は、鉄筋コンクリートにたとえると、鉄筋の役割をしているセルロースとその周りを固めるセメントの役割をするリグニンから成っています。その細胞壁に囲まれて無数の小部屋が作られ、さらに、小部屋と小部屋の仕切りにも無数の微細な穴(ピット)があって、水分や養分の通り道になっています。
 炭になると、セルロースやリグニンは加熱分解されて先ほどお話ししたようにだんだん炭素だけになっていきますが、木の多孔体構造はそのまま残り、熱によってピットが沢山開くので、通導性が非常によくなるのです(図1)。
――炭が有害物質を吸着するというのは、この穴の中に有害物質がトラップ(捕獲)されるわけですか。
今村 メインはそうです。
 マクロ及びミクロレベルの大小無数の穴の中に、ゆっくり流れてきた有害物質が取り込まれる作用、つまり物理的に穴に落ち込むという表面の吸着力が一番です。
 吸着能力は、穴の大きさ(内部表面積)や形状にも関係します。炭1gの内部表面積は約300・(畳約100〜150畳分)にも及びますから、1本の炭の吸着力は相当なものになります。
 穴の大きさや形状は、焼成温度によって異なり、温度が上がるにつれて形が整い、硬く締ってくるので、だんだん大きな穴は塞がれて微細な穴が増えてきます。
 600℃以下では10〜1000Å(オングストローム。1オングストロームは1億分の1cm)の大小様々な不揃いな穴が広範囲にできていますが、600℃以上では100Åに集積し、800〜1000℃になると何10Åという非常に微細な穴が飛躍的に増加します。
 1000℃をかなり超えると、表面積は小さくなり、浄化にはあまり適さなくなります。かなり高温で焼いた炭に吸着力を持たすには、高温時に水蒸気をかけて反応させたり、あるいは化学処理するなどの賦活作用を施して、活性炭にします。
――穴の大きさや形によって、とりこまれる有害物質も違ってくるのですか。
今村 違いというのはないのですが、有害物質の種類によって浄化能力に差が出てきます(図2)。
 また、NOx(窒素酸化物質)やSOx(硫黄酸化物)、ホルマリンなど、空気の浄化には600〜800℃で焼いた炭が適します(図3)。
 水中の水銀やカドミウム、鉛、ヒ素などの重金属の除去には、800〜1000℃で焼いた炭が効果を発揮します(図2、4)。
 生け花の水に炭を入れておくと水が腐らない、臭くならないのも、生花から出る成分で繁殖するバクテリアを穴の中に閉じ込めて、結果的に周囲の水をきれいにするからですね。
――吸着能力は、木材の種類にも関係しますか。
今村 いろいろ比較しますと、そこらに捨ててあるような間伐材の杉など、比較的比重の低い木の方がむしろよくなる場合もあります。
 ですから、水や空気の浄化には必ずしも備長炭のような高級炭を用いる必要はなく、今流行りの竹炭を含めて普通の黒炭(中温炭)で十分働いてくれます。

酸・アルカリ反応と、 活性酸素の除去作用

今村 炭が有害物質を吸着するのは穴の物理的作用の他に、化学的な吸着作用もあります。
 例えば、木材は酸性ですが、炭化温度が上がるにつれてアルカリ性になっていきます。この酸・アルカリ反応で、低温炭ではアルカリを吸着する力が強く、備長炭のような高温炭では酸をよく吸着します。
――環境汚染には、活性酸素もかかわっているといわれますが、炭には活性酸素を消去する作用もいわれていますね。
今村 重金属の酸化物に、炭素は還元剤となります。
 備長炭などの高温炭は立派な還元剤ですから、活性酸素を還元する作用も否定はできません。しかし、活性酸素については測定しても結果にバラつきがあり、まだよくわからないのが正直なところです。

微生物による分解

今村 炭を河川の浄化や土壌改良に使う場合は、炭のもつ大小の穴が水や土にいる微生物の住処となって、その微生物が有害物質を分解する役割も無視できません。
炭を生活に活用する
すぐれた調湿剤として
床下に使えば家を守る
今村 炭は水銀などは吸着するとなかなか手放しませんが、水分や熱などは一旦吸着しても再び放散する性質もあります。
 木が部屋の空気中の水分を吸って乾くと出すように、炭も吸湿と脱湿を繰り返し、さらに通導性がよくなっているので木よりもはるかにその作用が高く、一旦吸湿するとそれで終わりという乾燥剤と違って、恒久的に使えるメリットもあります。
 最近、床の調湿剤として木炭が人気を呼んでいますが、これは床下の湿度を低下させることによって、高湿度を好むカビや腐朽菌、あるいはシロアリの発生を防ぐ狙いがあります。
 地域や住宅の構造、敷設方法などで違いが出る場合もありますが、いずれにしても、木炭を敷いてから年月が経つほど、床下環境は改善されていきます。
 また、木炭の低い熱伝導性も、床下の結露防止になっています。
 なお、床下調湿材としては、500〜600℃で焼成した炭を粉砕したものがすすめられます。

土壌の改良・ 木酢液の殺菌作用

今村 日本の土壌は一般には酸性で、毎年同じものを作っていると悪さする細菌が増えて、生育障害を起こします。畑に炭をまくと、土壌の酸性障害も防止され、植物の成長が良くなります。
 また、木酢液を畑にまいても、殺菌作用で連作障害を防ぎます。
――木酢液はどのようにして取るのですか。
今村 木を炭にすると、約3分の1は消失し、約3分の1が木炭になり、残りの3分の1が煙になります。木酢はその煙そのものといってもよく、煙を水や氷で冷やすと木酢になります。
 木酢の主成分はお酢つまり酢酸で、その他、微量の成分が200以上もあります。
 その微量成分の中のフェノールやクレゾールが、殺菌剤としての効果を発揮します。ですから、農薬の代りに、畑やゴルフ場に使われていることもあります。
 また、不純物の多い低温炭では木酢をかなり含みます。木酢液をひたした低温炭は、シロアリの防御が出来ないかということで、床下に敷かれたりもしています。
 床下に炭を敷いたり、木酢液を家に塗ったりして、シロアリ防御を看板している住宅メーカーもあります。

部屋の浄化と 電磁波の遮蔽

――炭を部屋の隅々に置くとマイナスイオンを出して、電磁波もとるといわれますね。
今村 炭がマイナスイオンを出す可能性は否定は出来ませんが、今の段階では分かっていません。
 備長炭のような高温炭は電磁波を遮蔽しますが、電磁波はいろいろな方向に飛んでいるので、コンピューターやテレビの周りに炭を置くだけでは、殆ど効果は期待できません。電磁波の遮蔽には、炭を壁に塗り込めるとか、炭を埋め込んだ壁紙やシートなどで部屋を囲まないと駄目です。
――空気の浄化には、炭を部屋に置くだけでも効果がありますか。
今村 これはいいでしょう。
 効率的にするにはやはり面積比を大きくして、空気清浄器のフィルターと併用するとか、染めの技術を生かして炭を模様に使ってある壁紙もありますから、そうしたものを使うと一層効果的ですね。

水やご飯をおいしく

――炭を飲み水に入れると濾過だけではなく、アルカリ性のミネラルウォーターになるというのは本当ですか。
今村 水道水に炭を入れると、カルキ臭をはじめ、トリハロメタンなど、水道水の有害物質を吸着して有害イオンをとると同時に、わずかながら炭に含まれるミネラル(木にもともとある)が溶け出し、酸性の水がアルカリ水になるのは確かですね。
――飲料水などに炭を用いる場合は、時々煮沸して天日干しにするといいと言われますね。
今村 トリハロメタンなどは、熱湯を通して凝集させて天日で干すなりして熱をかけないと、なかなか外れませんから、1週間に1回ぐらいは励行することですね。
 また、炭の吸着力にも限度がある上、水道水に炭を用いる場合は、微生物による分解は期待できませんから、適宜新しい炭に代えるといいでしょう。
――炭を入れてご飯を炊くと、遠赤外線効果で芯までふっくら炊けて美味しくなるともいわれますが。
今村 遠赤効果で美味しくなるというのは疑問ですが、ミネラルが多少とも溶け出す分、美味しくなる可能性はあります。
 古いお米では、はっきり味が良くなるのが分かりますが、それは貯蔵中につくいろんな匂いを吸着する効果が大きいと思います。
 そういう意味で、ご飯には、炊く時よりもジャーで保存しておく時の方が効果があると思います。
──飲料水や炊飯に使う場合は、不純物の少ない備長炭が適していますね。
今村 それは言えますが、一度煮沸して使えば普通の黒炭でも大丈夫です。
――よくいわれる炭の遠赤外線効果というのはないのですか。
今村 炭が着火して赤くなりますと、近赤外線、赤外線、遠赤外線と、いろんな波長の赤外線が出ます。
 また、黒炭のままでも、熱を吸収してから放熱される時に熱線として遠赤外線が出てくる可能性があります。北国で雪解けの時に、炭を戸外にまくのも、炭が太陽の熱を吸収して、冷たい雪を溶かすという熱移動の媒体として働くからです。
 備長炭のように高温で焼いた炭を料理燃料として使う場合、火保ちが良く、ガスになる成分が殆どなくなってしまっていますから臭いもなく、鰻の蒲焼きとか焼き鳥など、熱でじっくり焼き上げると美味しくなる料理には最適です。ガスの直火で焼くと、臭いがつきますから不味くなりますし、焼けムラを起こしたりします。

循環して 地球の環境を浄化する バイオマスエネルギー

今村 炭の効果がいろいろいわれてますが、吸着作用にしてもまだ詳しいメカニズムは分からないのが現状です。
 しかし、化学的な人工物質に対しては何か危険なにおいを感じとる反面、天然材料で、人間の歴史とともにある木炭に対して私達がもつ、「何か体にいい」という感覚、安心できるという感覚は、大事なことだと思います。
 今、炭は竹や草、廃材からも作られています。山野に木や竹、草を植え、空気中のCO2を吸いながら成長したものを、炭にして汚れた川をきれいにし、そして、また山に木を植える…、このように循環しながら地球環境を浄化していく炭は、バイオマスエネルギー(生物材料による循環系のエネルギー)としても注目されています。
 燃料としては今、炭のタールが注目されていますが、石油や石炭などの化石燃料はCO2を出し、資源に限りある片道切符のエネルギーですが、炭のタールはもともと空気中にある炭酸ガスを固めた木が原料ですから、使われてもまた地球に返されていくのです。