水は常時切らさず、チビチビと健康は正しい水分のとり方から

高齢者ほど"脱水症状”に注意!!

東京都多摩老人医療センター 循環器科医長 後藤健先生

「老人が元気をなくしたら、まず脱水症を疑え」

 水の惑星と呼ばれる地球上のあらゆる生命体は、水なしでは生きていけません。酸素を必要としない生物(嫌気性生物)は存在しても、海から誕生した地球の生命体は水なしでは生きられない宿命なのです。
 60兆個の細胞からなる私達の体も、その一つ一つの細胞は細胞外液という海に囲まれ、また細胞自体も細胞内液という水を含んで、その出入りによって細胞の新陳代謝がはかられ、生体は維持されています。
 「老化は乾燥のプロセス(過程)」といわれるように、年をとると体内の水分量が減ってきます。そのため、水分摂取には十分留意しないと、脱水症にかかりやすく、重篤な場合は生命の危機を招くこともあります。
 東京都多摩老人医療センター循環器科医長の後藤健先生は、「老人が元気をなくしたら、まず脱水症を疑え」という言葉があるほど、お年寄りは脱水症に気をつけるようにと喚起されています。
 特に水分が失われやすい夏は、お年寄りに限らず、水の十分な摂取に心がけたいもの。
 そこで今月は、腎臓がご専門で臨床水電解質等を研究されている後藤先生に、脱水症を中心に、水の上手なとり方を含めて体の中の水についてお話を伺いました。

体の中の水――体液
人体の約2/3は水

――脱水症や熱中症を起こしやすい季節になりました。そこで、今日は健康と水というテーマで、体の中の水についてお話を伺いたいと思います。
後藤 人間の体は水だらけで、乳児では約70%、成人で約60%、お年寄りの場合は少し減って約50%が水でできています(表1)。
 体の中の水を「体液」といいます。体液は純粋な水ではなく、いろいろな成分を含んでおり、人間の体は、水とそれに溶けた物質と捉えることもできます。
 例えば血液も尿も体液ですが、血液の中には赤血球や白血球や血小板が、また、尿の中にもいろいろな成分が含まれています。健康診断では血液検査にしろ尿検査にしろ、要は水とそれに溶けたものを測るわけです。
 そして体の中の水、つまり体液は、「細胞外液」と「細胞内液」に分けられます(表1)。

細胞は、常に一定の 「細胞外液」に生かされている 生命維持の基本「体液の恒常性」

後藤 動物でも植物でも、生命の基本単位は細胞で、人体の場合は約60兆個といわれる夥しい数の細胞が集まってできています。
 その細胞の一つ一つは、「細胞外液」という水にとり囲まれて生かされています。アメーバのような単細胞生物も、海や川など水にとり囲まれた環境にいるから生きていられるわけです。
 なぜならば原初、地球の生命体は海から生まれ、海の環境の中で生命を育んでいたからです。生物が海から陸に上がった時も、自分の細胞を生かすために、細胞のまわりに海の環境を持って上がってきたのが細胞外液です。
 ですから、細胞外液は体にとっては内部環境ですが、細胞にとっては外部環境といってもよく、古代の海と同じ組成(ミネラル組成)をして、ナトリウムが多く、なめると塩っぱいんです(表2)。
 その組成は、腎臓の浸透圧の維持作用や濾過作用によって常に一定に保たれて細胞を生かしています。例えば、生理的食塩水と同じ浸透圧の中に細胞を入れてもそのままですが、純粋な水に入れれば、細胞内の方が浸透圧が高いので細胞の中に水がどんどん入りこんで、細胞膜は壊れてしまいます。
 このように、生命(細胞)を生かすために体の内部環境を常に、一定に保つ作用を「ホメオスタシス(恒常性)」といいます。細胞外液はその組成(質)だけではなく、量も、温度も一定に保たれています。
 例えば、外気温が上がったら汗をかいて体温を一定に保つ、汗をかいたら自然にのどの渇きを覚えて水を飲む、余分な水分は尿や汗、呼気などから常時排泄されるという具合に、体は無意識のうちに細胞外液を常に一定に保つように働いて、生命を維持しています。
 この細胞外液が常に一定に保たれていることは生命維持の最低条件で、この恒常性が崩れれば生命は危機を招きます。
――血液というのは細胞外液ですね。
後藤 正確には、血液中の血漿です。血液の中には液体の血漿成分と、赤血球や白血球、血小板などの細胞成分が含まれています。
 細胞外液は、血漿や脳脊髄液など管の中に入っている管内液と、組織と組織の間にある組織間液(間質液)があります(表2)。
――胃液や腸液などの消化液も細胞外液ですか。
後藤 消化液は細胞の中で作られて、それが外に出されるのですが、外に出た時には細胞内液でも外液でもなく、従って体液とは呼びません。

加齢とともに減少する細胞内液
――細胞内液は筋肉細胞に最も多い――

後藤 細胞内の水を「細胞内液」といいます。細胞内液と細胞外液(組織間液)は互いに出入りして、細胞の新陳代謝をはかっています。
 加齢によって体内の水分量が減る(表1)のは主にこの細胞内液です。それは細胞内の水分量が減るのではなく、年を取ると細胞の数、中でも筋肉細胞が減少するからです。細胞内外の水分は絶えず出入りしていますが、細胞内液が外に出てもすぐに細胞外液から水をとりこむので、細胞内液が減ってしまうということは普通ではまずあり得ません。
 細胞内液は主には筋肉細胞に貯えられていて、筋肉細胞は水分の一番の貯蔵庫になっています。この筋肉細胞に貯えられた水は普段は使われず、脱水症などの緊急事に、不足した細胞外液を補うために使われます。
 年を取ると筋肉量が減少します。そうすると水分の貯えが不足してくるので、体の水分量が減ってしまうわけですね。ですから、お年寄りでも筋肉がない人ほど、体の水分は少なくなります。
 また、筋肉量が減少すると相対的に脂肪組織が増加します。"水と油”の喩えがあるように、水と油というのは相性が悪く、脂肪細胞には水が少ない。ですから、脂肪細胞の多い女性の方が筋肉細胞の多い男性より水分が少なく、また同じ理由で肥満の人の方が水分は少ないのです。
――細胞内液も恒常性というのは保たれているわけですね。
後藤 そうです。
 ただし、細胞内液がどういう機構で動いているかというのはまだよく分かっていません。細胞内の水分はゲル状(ゼリー状)になって含まれているのですが、ゼリー状の中に水分がどれだけ含まれているかもよく分かっていないのです。

体の中の水分の役割
栄養素等の吸収・代謝・循環 老廃物の排泄
──溶媒と循環の作用──

――それでは、体の中で水はどのような役割を果たしているのでしょうか。
後藤 ・いろいろなものを溶かして、・それを循環させる、それと・体温の維持。水のもつこの三つの働きがなければ、人間を含めてあらゆる生命体は存在できません。
 水の最大の働きは溶媒、つまりものを溶かす作用です。
 水はイオン(例えば、ナトリウムやカリウムなどの電解質のミネラル)も、ブドウ糖やアミノ酸などの重要な栄養素も溶かします。この水の溶かすという働きがなければ、栄養素の吸収も代謝もできません。
 地球上のあらゆる生命活動は、つまるところ化学反応によっています。栄養素が吸収されて代謝されるのも化学反応の一つです。この化学反応に、水は必要です。ブドウ糖がクエン酸サイクルという代謝回路を経てエネルギーになるのも、ブドウ糖が体液という水に溶けているからです。空気の中では絶対にエネルギーにはなりません。脂肪以外の栄養素は水に溶けて運ばれていきます。
 水は酸素も溶かします。人間の場合、酸素は赤血球中のヘモグロビンに結合して体の各組織に運ばれるわけですが、赤血球から細胞に酸素をわたす最終のところではヘモグロビンから酸素がはずれ、血液に溶けた酸素が局所に運ばれます。また、水の中の生物、例えばプランクトンなどは直接水に溶けた酸素をエネルギー代謝に使っています。
 このように、栄養素や酸素などは血液に溶けこんで、それから体のすみずみに運ばれていくわけです。この"運ぶ”という働き、つまり「循環」という機能も体の中の水の働きとして非常に重要です。血液が老廃物を運ぶのも水の循環作用によっています。

体温の保持

後藤 体の中の水の三番目の働きが体温の保持です。
 水は非常に比熱(物質1gの温度を1度上げるのに必要な熱量)が高く保温性が高い一方、蒸発熱が高く熱を放散させる力も強い。
こうした水特有の性質によって、外気温に暑さ寒さがあっても体温が一定に保たれているのです。
 体液は熱を保持する一方で、夏は体温が上がりすぎないように汗をかいて水分を蒸発させ、その
時、気化熱としてかなりの熱を放散させます。地球が安定した気温を保っていられるのも、海水が太陽の熱を昼間吸収し、夜放散しているからです。
 また、水は固体、液体、気体に変化します。この形態の変化は体の中で、液体の時には化学反応を起こし、吐く息や汗は水蒸気になるという具合に、非常に好都合に働いています。

体の水分が不足すると…。
脱水症の危険性
血管内の水が減る

――体の水分が不足すると脱水症になるわけですが、それは細胞外液の恒常性が崩れるということですか。
後藤 ホメオスタシスは質的なものと量的なものが密接に関係し、それが崩れるというのはまず普通の状態ではあり得ません。
 急激な脱水症では細胞外液の血管内の水(血漿)が不足します。
 体の中の水は、細胞内液と組織間液、組織間液と血管内の水が、ミネラル成分とともに互いに行き来してその組成を保っています。こうした働きがあるから、血管内の水分量もミネラル濃度のバランスも保たれて、血圧が維持され、循環が維持され、酸素が体にいきわたっていくわけです。
 ところが、大量に汗をかいたり下痢を起こしたりした時に、水分を十分補わないと、血液の中の水分やミネラル成分が失われます。そういう状態を放置しますと、体液の恒常性は崩れてしまいます。
 体内の水分が体重の約2%減ると、渇きを覚え、尿量が減るなどの症状があらわれてきます。普通はこの段階で自然に水を補給します。しかし、年をとると体内の水分量が少なくなっている上に、渇きを覚える感覚(口渇感)も衰えてくるので、お年寄りは注意しないと脱水症にかかりやすいのです。
 体重の6%減ると舌や皮膚が乾き、汗も出にくくなって熱がこもって「熱中症」にもなりやすくなります。10%以上失われると意識障害も起きてきます。

血液がネバネバして 循環が悪くなり、 "心筋梗塞”・"脳梗塞”の引き金にも

――血管内の水が減ると当然、血が濃くなってくるわけですね。
後藤 血が濃くなって粘ってきて、そうするとまず血流が悪くなります。
 例えば、腸にいく血液が不足すると腹痛に、筋肉にいく血液が不足すると筋肉痛や痙攣が起きてきます。また、血圧も下がり、脳に十分に血がいかなくなるので意識ももうろうとしてきます。心臓は多くの血液を送ろうとするので、心臓にも負担がきます。
 また、血管内の水が減れば相対的に中身が増えますから、血球や血小板の数も増えてきます。
 血小板は、血液凝固因子などと協力して血栓(血の固まり)を作りますから、血流が悪くなっているところに、血栓が出来れば、最悪の場合は血管が詰まって、心筋梗塞や脳梗塞を起こします。これが、脱水症の危険なところです。

脱水症は熱中症の引き金にも

――日射病などの熱中症は、脱水症の一つですか。
後藤 脱水も一つの症状としてありますが、熱中症は脱水症とはまた別のもので、体温調節が異常になり、体内に熱がこもるのが熱中症です(表3)。高湿・高温下で起きやすく、子供や高齢者では死に至る場合もあります(図1)。
 特に夏の炎天下での激しい運動中に起きやすく、要注意です。また、体温調節には馴れが必要で、急に暑くなったりした時のゴルフやゲートボールなどは特に注意が必要です。
 体重の3%の水分が失われると運動能力や体温調節能力が低下するので、体重減少が2%を越えないように水分の補給に気をつけます。さらに、水分摂取だけではなく、風通しが良く、かつ直射日光をさえぎる服装に心がけましょう。
 体調が悪い時も体温の調節能力が低下します。高齢者、子供、体力の低い人、肥満の人、暑さに馴れていない人はよく注意して下さい。
 むくみは水分と塩分が過剰――反対に、むくみは体液が増えた状態なんですか。
後藤 そうです。むくみは細胞外液のうちの血管外の水、つまり、間質液が増えた状態です。

水は常時、切らさず チビチビと脱水症になりやすい
高齢者や運動時

――では、水分はどのくらいの量、どのくらいとれば良いでしょうか。
後藤 体液は恒常性によって量的にもいつも一定しているとお話ししましたが、体は1日約2・5・の水が出入りして収支をはかっています(図2)。
 基礎代謝で、出る量は汗や呼気から約900m・、尿から約1・5・、大便から100m・。反対に入る量は飲料水から約1・2・、食事から約1・、体内代謝物から約300m・となります。
 ですから、出る量と入る量はいつも一定し、通常では体内の水が不足することはないのですが、高齢者や運動などでは体内の水分が失われる場合があります。
 お年寄りの場合は、知らず知らずに体の水分が失われる可能性があります。まず水の貯蔵庫となる筋肉量が少なくて細胞内液量が少ない上に、口渇感がなくなってくるので水分の補給が不足してくる、さらに、濃い尿が出なくて水分の多い薄い尿が頻繁に出るようになります。頻尿が嫌で水分を控えたりする場合もありますから、お年寄りは水分が足りなくなる要素がいっぱいあるんです。
 また、運動中は1時間で1・2・くらいあっという間に失われ、夏の炎天下で失われるスピードは物凄い量になります。

水は切らさずチビチビと
起きがけと寝る前には コップ一杯の水を
──血液の粘りを防ぎ、血流をよくする──

――水の上手なとり方は?
後藤 日中は欲求に従って水分を補給していれば問題はないのですが、ガブ飲みはさけて少量を、回数多くとると良いでしょう。水は腸で吸収されるので、胃にたぷたぷたまっている状態だと吸収されにくくなります。
 運動など汗をかく様な場合は渇きを覚える前に補給すると良いでしょう。消化管の機能は運動時間が長くなるに従って低下するので、特に、マラソンなど長時間の運動では水分摂取を早め早めに行うことが肝要です。
 お年寄りで特に注意したいのは夜です。夜寝ている間も、不感蒸泄といって体の水分は汗や呼気から絶えず排泄されています。特に夏は睡眠中でも400〜500m・が汗などで排泄されます。
 その上、睡眠中は水分をとれないので、夜寝ている間に血液の粘稠度は徐々に上昇し、朝方6時から9時までの時間帯は最も血液が固まりやすくなります(図3)。
 さらに、活動前の朝の血圧は1日で最も低く、血流がおだやかで血が固まりやすい、加えて目覚めの瞬間は交感神経が働いてアドレナリンが分泌し、このアドレナリンが血小板の働きを活性化するので、血管がつまりやすくなる条件がそろうわけです。
 そうして、活動が本格的に始まる9時から11時台に脳梗塞や心筋梗塞が多発します(図4)。
 ですから、寝る前と朝の起きがけはコップ一杯の水を飲むこと。就寝中にトイレに起きた時も、水を補給すると良いでしょう。枕元に、水差しを置くのも良い方法です。
 入浴前後もコップ一杯の水に心がけて下さい。
どんな水がよいか――いろいろな水が出回っていますが、普通の水で差し支えないわけですか。
後藤 普段は、食事をきちんととっていれば塩分はそれで補給されますから、普通の水で十分です。お茶などで補給するのも良いと思います。
 激しい運動中などではいわゆるスポーツドリンクは吸収が早いのですすめられます。糖分の含有量があまり多くないものを選ぶと良いでしょう。
 水も今、磁化水、還元水といろいろ出回っていますが、理論的に面白いのですが、多くは科学的には未解明で、未知の要素が強い。それよりも、水道水の塩素を抜くのに沸騰させたり、一晩汲み置いたり、炭で浄化したりすることをすすめます。
 牛乳は栄養があって良いように思えますが、乳糖不耐症が多い日本人は下痢を起こしやすいので、朝起きがけの水分補給に牛乳を飲むのはすすめられません。
 水分の摂取不足は脱水症ばかりでなく、尿の減少からくる急性腎不全や膀胱炎、結石や痛風などの引き金にもなります。
 体にとって最も大事な水分の補給には十分留意されて下さい。