食物繊維の効用

―糖尿病・成人病の予防に、麦・雑穀ご飯―

大妻女子大学 池上幸江教授

日本の伝統食の良さがすたれ、 今、不足している食物繊維

 健康の維持、成人病の予防に、食物繊維の重要性がいわれるようになったのはここ30年の間です。
 食物繊維は穀類、豆類、芋類、野菜や海藻など、植物性食品に多く含まれています。
 日本の伝統的な食生活では不足することはなかった食物繊維も、日本人の食生活が豊かになるにつれて人々が口当たりの良い柔らかいもの、動物性食品を好むようになって摂取量は年々減り、今では必要量の2割も不足しています。
 その食物繊維をバランスよく効率よくとるために、"大麦など雑穀を混ぜたご飯”を主食にすすめている池上幸江先生は、ご自身も昼食の手作り弁当も含めて三度の主食は麦ご飯。その健康効果を、瑞々しい肌、軽い身のこなし、明るく生き生きした全身で体現されています。
 食物繊維を中心に長年研究を続けてこられた国立健康・栄養研究所を今春退官され、新たに大妻女子大学教授として教鞭をとられることになった池上幸江先生に、食物繊維の効用を通して、成人病・糖尿病の予防に理想的な食生活をうかがいました。

成人病の急増でわかった食物繊維の重要性
欧米に多い大腸がんが アフリカには見られない

――食物繊維は昔はせいぜい便秘を防ぐ働きが知られていた程度でしたが、最近は成人病の予防にずいぶん重要視されるようになりましたね。
池上 食物繊維が見直されるようになったのは1970年代の初め、アフリカで医療活動をした英国の医師たちが、欧米とアフリカの疾病の違いに注目したのがきっかけです。
 彼らのうちバーキットとトロウェルは、第二次大戦後、欧米で急増していたがん、中でも大腸がんがアフリカやアジアにほとんど見られないのは食生活、特に、穀類などに多い消化されない食物成分が関係していると推測しました。
 一方で、バーキットらは英国在住のアフリカ人では大腸がんにかかる率が高くなることに着目し、糞便量を比較したところ、"アフリカ人は欧米人の二倍も糞便量が多く、また便の量が多いほど腸の通過時間が短い”などがわかり(図1)、大腸がんは人種の差ではなく、"食物繊維が不足すると腸内で消化された食べ物の残り滓が長く留り、それが腐敗して発がん物質を作り、発がん物質が大腸壁に長く接触して大腸がんを引き起こす”という「食物繊維仮説」を立てたのです。
 その後、多くの研究から、食物繊維は大腸がんだけではなく、高脂血症、糖尿病、肥満などの成人病に、他の栄養素には代えられない効果があることが実証され、食物繊維は健康の維持、成人病の予防に不可欠な成分として認められるようになったのです。
 それまでは、食物繊維は他の栄養素の消化吸収を妨げる不要な成分と考えられていたのです。

食生活が豊かになるほど 必要とされる成分

――大腸がんをはじめ多くのがんや成人病は欧米型の病気といわれています。日本でも高度成長期以降、急速に増えて問題になっているわけですが、欧米でも急増が目立つようになったのは第二次大戦後あたりからなのですか。
池上 そうなのです。
 大腸がんなど欧米型のがんや成人病には、第一に脂肪、二番目に食物繊維が関係しています。要するに、脂肪が多くて食物繊維が少ない食事をしているとがんや成人病にかかりやすくなるわけですね。
 もともとヨーロッパでは、アジアやアフリカに比べて、穀類があまりよく育たず、食物を畜産に多く頼っていたので成人病が他の地域より多かったのは確かです。それでも第二次大戦前は今ほど食生活は豊かではなく、未精白の黒パンや豆などから結構、食物繊維がとられていました。
 食物繊維は食生活が豊かになるほど不足してくる、逆にいえば必要とされる成分で、100年前なら日本人だけではなく、ヨーロッパやアメリカの人にとっても重要な成分ではなかったはずです。

食物繊維の働きと 成人病の予防効果 食物中の消化されない成分
――不溶性と水溶性――

――何が食物繊維なのかについても、考え方が変って来ているようですね。
池上 食物繊維というと、繊維状のものを想像されるかも知れませんが、実際には繊維状のものはセルロースなどごく一部で、水に溶けて姿が見えない食物繊維も多くあります。
 植物の細胞は、細胞の外側を構築する細胞壁と、細胞壁に守られた内側の細胞質で成り立っています。バーキットらは当初、細胞壁の消化されない繊維質、すなわち水に溶けないセルロースやヘミセルロースなどを食物繊維と考えていました。その後、細胞の中(細胞質)には水に溶ける水溶性の食物繊維が含まれることがわかり(表1)、今では、"人の消化酵素ではほとんど消化されない高分子の成分”と定義されています。
 主には植物性食品に含まれ、リグニンを除いて全て多糖類です。
――でんぷん(炭水化物)もブドウ糖が集まった多糖類ですが、でんぷんが消化吸収されてエネルギー源になるのに対し、食物繊維は消化されないところが他の栄養素とは違うわけですね。
池上 他の栄養素が消化吸収されて初めて体の中で作用するのに対して、食物繊維は小腸や大腸で作用して、結果として体内に変化をもたらします。ですから、厳密には栄養素とはいえないのですね。
――主には植物中の消化されない多糖類ということですが、動物性食品にも含まれているのですか。
池上 キチンはカニやエビなどの殻にも含まれています。研究者によっては、キチンだけでなく、動物の関節に多いゼラチン質、つまり蛋白質と結合したムコ多糖類も食物繊維に加える人もいます。
 しかし、一般的には、植物性食品中の消化されない成分で、消化管で作用し、不溶性と水溶性に大別されると考えて良いと思います。
――不溶性と水溶性で働きも違うのですか。
池上 一般的に、不溶性の食物繊維は保水性が高く大腸で便量を増やす働きが、水溶性の食物繊維には粘性を持つものが多く、小腸で栄養素の消化吸収を遅らせたり阻害する働きが強くあります。
 しかし、個々の種類によっても働きの強弱があり、単純には分けられません。
 成人病予防効果は、水溶性で粘性のある食物繊維が効果が大きいと考えられていますが、いずれにしても、食物繊維はいろいろな働きが複合して効果を発揮していると思われるので、両方をバランスよくとることが大事です。
――それでは、食物繊維の働きと疾病予防効果(図2)について、もう少し詳しくお聞かせ下さい。

虫歯・顎関節症などの予防

池上 まず口腔では、食物繊維の豊富な食品はあまり口当たりの良くないものが多いために、自然に噛む回数が増えます。
 その結果、殺菌作用のある唾液の分泌を促して虫歯を防いだり、あごの発達を促して顎関節症などの予防にもつながります。

便秘と関連疾患の予防

池上 不溶性の食物繊維は保水性が高く、大腸で便のカサを増やし、便の通過時間を短縮して便秘を防ぎ、大腸がんを予防します。
 さらに、便秘と便秘に伴う腹圧や腸圧の上昇が解消することで、それに関連する疾患、大腸憩室症、虫垂炎、裂孔ヘルニア、静脈瘤、痔核などの予防につながります。

大腸がんの予防

池上 大腸がんの予防は便秘の予防からだけではありません。
 大腸がんに最も関係するのは高脂肪です。水溶性の食物繊維には、余分な脂肪や発がん物質などの有害物質を吸着して、便に捨てる働きがあります。
 また、水溶性の食物繊維には、ビフィズス菌など善玉菌を増やし発がん物質をつくる悪玉菌を抑え、腸内細菌叢のバランスを良くする働きがあります。
 善玉菌は食物繊維を餌としてこれを分解し、さまざまな有機酸をつくりますが、この有機酸は体の免疫力を刺激し、大腸壁の細胞を正常に増殖させます。
 さらに、有機酸は腸内を酸性に傾けるので、アルカリ性で活発になる大腸菌やウェルシュ菌などの悪玉菌が繁殖しにくくなります。
 これらの働きも、大腸がんの予防に役立っていると考えられます。

高脂血症と関連疾患の予防

――余分な脂肪を吸着する働きは、高脂血症の予防にもなるわけですね。
池上 水溶性の食物繊維は、コレステロールを含んでいる胆汁酸や食物中のコレステロールを吸着して便に排泄したり、コレステロールや中性脂肪の消化管からの吸収を抑えたり遅らせたりする働きがあります。
 主にはこのような働きから、血中コレステロール値を改善し、高脂血症や虚血性心疾患、胆石(コレステロール結石)の予防に役立つと考えられています。

糖尿病の予防

池上 水溶性で粘性をもつ食物繊維は、食べたものを巻き込んでくず湯のようにします。そのために、でんぷんなどが胃から小腸へ移動するのもゆっくりで、糖質の消化吸収もゆるやかになり、その結果、血糖値の上昇もゆるやかになり(図3)、インスリンの分泌も改善されます(図4)。

有害物質の排泄・毒性緩和

――食物繊維は特異的に、余分な脂質や有害物質などを吸着排泄するのですか。
池上 有害物質に対しては、他にも、いろいろなメカニズムが働いていると考えられます。
 一つは、食物繊維が小腸の粘膜を保護し、毒性物質が粘膜に接触するのを防ぐと考えられています。
 また、ダイオキシンなどの有害物質は脂肪組織に蓄積しますが、食物繊維は脂質の消化吸収を遅らせたり排泄を促進するので、脂肪組織が小さくなります。そうすると、血液の中で高濃度に循環するので、肝臓での代謝が受けやすいことが考えられています。有害物質が脂肪組織に蓄積されるのは安全といえば安全ですが、例えば母乳などは脂肪組織から脂肪が動員され、その時にダイオキシンなども一緒に動員されるので、赤ちゃんの方へ移行してしまうということもあります。

微量栄養素の吸収などはかえって促進

――食物繊維の吸収阻害、吸着・排泄作用は、微量栄養素の吸収も悪くするといわれていますが…。
池上 飢餓が心配されるような地域や、食物繊維補助食品などで極端に大量にとればそういう心配も出てきますが、普通の食生活ではむしろ利点に働くと思います。
 メカニズムはよくわからないのですが、最近の研究ではカルシウムや鉄などのミネラルは食物繊維が一緒の方が吸収を促進するという結果が出ています。大腸でもミネラルは吸収されますが、先ほどお話しした大腸の善玉菌がつくる有機酸はミネラルの吸収を促進すると考えられています。
 ビタミンBやビタミンKなどは腸内の善玉菌がつくる部分もかなりあるので、食物繊維が多い食事で腸内環境が良くなると、結果的に微量栄養素の確保につながると思います。

食物繊維の効果的なとり方
1日の必要量20〜25g
若い世代は半分以下

――それでは食物繊維は毎日、どのくらいとれば理想的ですか。
池上 日本では平成6年に厚生省が初めて目標摂取量を定めました(第五次改訂「日本人の栄養所要量」)。
 成人1日当たりの目標摂取量は20〜25gで、この数値は大腸がんの予防を考慮して1日の糞便量150〜200gを確保するのを根拠にしています(図5)。
 ちなみに、WHOは27〜40gを推奨しています。日本の数値は先進諸外国の中では少し低目で、健康な人は目標量で良いと思いますが、成人病に問題がある人は25〜30gは必要ではないかと思います。
――いずれにしても、目標量が定められたのは、日本でもなかなかとりにくい成分となってしまったからですね。
池上 穀類、豆類、野菜や海藻と、食物繊維に富んだ日本の伝統的な食生活では、まず不足することはなかったわけです。
 それが、食生活が欧米化するにつれて摂取量が減り、第二次大戦直後までは20g以上だったのが、昭和35年を境に20gを割り、今は平均16gと必要量の80%しかとっていません(図6)。最も不足がいわれるカルシウムでも90%以上はとられていますから、日本人に最も不足している食品成分は食物繊維といえるかもしれません。
 世代別では、日本食の良さを守っている50代以上ではほとんどの人は必要量とっていますが、若い世代ほど食生活が欧米型だったり、食に無関心だったりして不足が目立ち、特に20代は最悪です。私達が以前、調理師専門学校の若い学生の便量を測ったら50gと極端に少なく、女子大生の調査でも便秘でない学生でも便量は100g以下、食物繊維は10g未満と必要量の半分もとっていませんでした。

穀類が決め手

――ひどい状況ですね。
池上 日本で食物繊維がとられなくなってきた最大の原因は、
・お米の摂取が減ってきたこと
・お米の精白度が上がったこと
・大麦など雑穀をとらなくなってきたこと――など穀類のとり方が
変ってきたことがあげられます(図6)。
 日本の食生活の最大の特徴は、主食と副食の区別があることで、食事には必ず穀類をとっており、量も欧米に比べて多目です。
 それが、最近は食物繊維の摂取源のトップは野菜で、これでは必要量を確保することはできません。食物繊維が多い食品はいろいろありますが、毎日食べるもの、量を確保できる食品が重要で、それには穀類が最も適しています。
 しかし、白米では摂取量を増やしても不足は補えません。玄米などは食べにくいのが欠点です。

大麦は大変なすぐれもの
"麦・雑穀ご飯”のすすめ

池上 その点、大麦は食物繊維の摂取源として非常に優れた食品です。
・まず、食物繊維の含有率が、白米0・8%、玄米3・4%に対し、大麦は10%と白米の10倍も含んでいます。
・しかも、精白による繊維質の損失がほとんどないという、穀類の中では大麦だけの特性を持っています。
・さらに、大麦は水溶性と不溶性のバランスがよく、生理活性の強い水溶性の食物繊維が半分も含まれています(図7)。
 海藻やコンニャク以外の食品は不溶性の繊維質が圧倒的に多く、水溶性の食物繊維は中々とりにくいのです(図7)。
――実際には、どのくらいの量を、どのように食べたらよいのですか。
池上 健康な人は白米に2〜3割、コレステロール値や血糖値の高い人は3〜5割ぐらい混ぜた麦ご飯を一日に二〜三回とると良いと思います。麦とろの麦飯は4割くらいですが、健康な人がそれだけとっても問題はありません。
 昔は大麦の黒い筋が嫌がられましたが、今は精白技術も進み、口あたりも良く、見た目もお米とあまりかわらない「米粒麦」が市販されていますから、それを混ぜると良いと思います。
〈高脂血症〉
――治療食としての効果は?
池上 私達が高脂血症の40代の男性に1日2回、白米5大麦5の麦ご飯を食べてもらったところ、2週間で総コレステロール値が劇的に低下しました。
 悪玉コレステロールといわれるLDLコレステロールが下がった結果で、善玉といわれるHDLコレステロールに変化はなく、動脈硬化など他の指標も改善しました(表2)。
〈糖尿病〉
――糖尿病では?
池上 私達の糖尿病ラットの実験では、玄米食や大麦食は血糖値の上昇を抑え、特に大麦食の効果が強く、糖尿病が改善することを確認しました。
 名古屋大学の研究では、糖尿病の人も正常な人も、白米を食べた後より大麦を食べた後の方が血糖値がかなり低いことがわかりました。さらに、糖尿病の患者さんに麦ご飯を食べてもらったところ、血糖値が改善されました。
 粘性のある水溶性の食物繊維が多い大麦は、おそらく、穀類の中では一番、血糖値を上げにくい食品だと思います。
――糖尿病食に、"高炭水化物・高食物繊維・低脂肪食”がすすめられていますが、炭水化物なら何でも良いというわけではないのですね。
池上 穀類、芋類、豆類など、炭水化物の多い食品は、量が同じでも、種類によって血糖値の上昇が異なります(9頁図3)。糖質を含む食品で血糖値の上がりやすい白パンを100とするグリセミックインデックス(GI)では、大麦や豆類はGIが非常に低い食品で(表3)、量も多くとれるところから、糖尿病の人には良いとされています。GIには食物繊維だけではなく、食品に含まれるいろいろな成分や、さらに形態や加工方法なども関係してきますが、中でも食物繊維の含有量は重要です。

食物繊維は 健康食のバロメーター

――本誌は、二分搗米に麦などの雑穀を2〜3割程度混ぜたご飯を主食に、納豆と野菜や海藻を入れた具沢山の味噌汁を欠かさず、芋類も毎日といった食生活をすすめています。
池上 結構だと思います。私自身、今日の朝食は麦ご飯に納豆、ほうれんそうの胡麻和えでした。
 日本人の食物繊維の摂取量が減ったのは穀類と同時に、食物繊維の多い豆類や芋類などの日本的な食品の摂取が減ったのも原因となっています。こうした食品は主要栄養素のバランスも、ビタミンやミネラルなどの微量栄養素のバランスも非常に良いのです。
 さらに、野菜類、海藻と、食物繊維をいろいろな食品から満遍なくとるように心がけていれば、食のバランスが理想的になり、成人病にもかかりにくい、健康的な食生活を送れます。
(インタビュー構成・本誌功刀)