子供たちがキレる原因に乱れた食生活

――現代型栄養失調と低血糖症――

福山市立女子短期大学 鈴木雅子教授

 14歳の少年による神戸の連続殺人事件の記憶も生々しい中、バタフライナイフを使った殺人事件、衝動的な警官襲撃事件や銀行強盗等々、その後も子供たちによる凶悪な犯罪が相次いで起こっています。
 これほど大きな事件ではなくても、80年代から目立ち始めた"いじめ”は年々エスカレートし、今、子供たちはささいな事で「キレる」、「ムカつく」という言葉を発します。一体、子供たちに何が起きているのでしょうか。
 福山市立女子短期大学の鈴木雅子教授は、20年も前から「子供たちの問題行動と食生活」をテーマに研究に取りくみ、食生活を改善しなければ根本的な解決にはならないと訴えています。
 鈴木先生に、子供たちの食生活の問題点についてお話を伺いました。

暴れている子供たちの 食生活がおかしい
80年代から目立ち始めた 子供たちの問題行動

――先生は80年代の初めから子供たちの食生活と問題行動についてご研究されていますが、そのきっかけは?
鈴木 1980年代の初め頃に子供たちが学校で暴れるということが全国的に起こり、その時に「暴れている子供の食生活はおかしい」という報告を受けました。
 1975年8月に京都で開かれた第10回国際栄養学会議で特別講演されたメキシコのJ・クラビオト博士は"発育ざかりに栄養素が足りないと、子供の知能の発達や精神状態に問題が起こる”と、さらにアメリカのジョージ・マクガバンは有名な「マクガバン・レポート」で、間違った食事が子供たちの心を狂わすと報告しています。
 しかし、当時の日本ではそういうデータがなく、そこで自分で調べなければと思ったわけです。

菓子パン、コーラ、カップ麺…食事の質が低下するほど、 イライラやいじめが増える

――どのような調査を行ったのですか。
鈴木 表1、図1が私の行った最初の調査データです。
 食の質が低下するにつれて「イライラする」「腹が立つ」というのが段々増え、特に女子のEグループでは全員「腹が立つ」と訴えていました。そして、憂さ晴らし的に「いじめる」という行為もEグループで一番多くなっています。
――Eグループに入るような子供たちは、実際にはどのようなものを食べていたのですか。
鈴木 例えば、当時14歳のある少年の場合、まず朝食は食べない。お昼は福山市の中学校は給食がないので菓子パンとコーラを買って食べる。間食に菓子パン3個、アイスキャンディー2個、カップラーメン2個、コーラ1・、肉まん3個。これだけおやつを食べるともう夕食は食べられず、食べても自分の好きなものを少しつつく程度。これは、子供たちの悪い食べ方の代表的なものです。
 この少年には、学校の机をカッターで削る、すぐ教室を抜け出す、授業中奇声を発するなどの問題行動や、頭痛、腹痛、吐き気などの訴えがみられました。

子供だけではない
大人では不定愁訴が…

――こうした傾向は、大人にもみられますか。
鈴木 実は、この調査よりだいぶ前に不定愁訴と食生活の関係について調べたことがあります。
 不定愁訴というのは、体に器質的な異常がなくても、だるい、微熱が出る、肩こり、めまい、手足のしびれなどの身体的症状や、イライラ、不安、怒りっぽい、注意散漫といった精神的な症状を訴えるものです。
 18〜65歳の女性を調査したのですが、やはり食事の内容が悪くなるにつれて不定愁訴がおこりやすくなることが分かりました(表2)。
 つまり、食事の質が心の健康に影響するのは、大人でも子供でも同じことなのです。

脳に必要な栄養素がとれていない "現代型栄養失調”
飽食日本の栄養不足 "微量栄養素が足りない!”

――それでは、どうして食事が心の問題を引き起こすのでしょうか。
鈴木 ギリシャ時代からヒポクラテスが「心は脳によって支配されている」と言っているように、脳が生き生きしない限り心も生き生きしません。しかし、今例にあげた少年のような食事では結局、脳の働きに必要な栄養素がとれていないのです。私はこれを"現代型栄養失調”と言っています。
 今、日本は食べ物の量が豊富で、欲しい時に欲しいものを食べられます。このため、子供たちが清涼飲料水やスナック菓子、インスタント食品など、自分の好きなものしか食べない風潮が生まれてしまいました。こうした食品はカロリーばかりが多く、健康に役立つ食物繊維や、体と頭を生き生きとさせてくれるビタミン・ミネラル類などの微量栄養素はほとんど含まれていません。

脳を活性化する栄養素が不足している

――脳にはどのような栄養素が必要なのですか。
鈴木 脳は、大人で体重の約2%程度(1200〜1400g)でありながら、人間に必要な全エネルギーの20%を必要とする大食漢です。体は脂肪と蛋白質もエネルギーとして使いますが、脳はブドウ糖しかエネルギーにすることができません。しかも、体は肝臓や筋肉にグリコーゲンとして貯えた糖分や皮下脂肪も使えますが、脳には糖を貯える場所がなく、送り込まれてきたブドウ糖しか使うことができません。
 だから、三食きちんと食べなければエネルギーが脳にまわらず、脳の働きが悪くなります。寝ている間にもブドウ糖を使ってしまいますから、特に朝食はしっかり食べてほしいと思います。
――食事の質の悪い子供というのは、食事の内容が悪いことに加え、欠食もまた非常に多いのですね。
鈴木 さらに、欠食をしてエネルギー源となるブドウ糖が不足することに加え、脳を生き生きとさせる栄養素、例えば、ビタミンB群やカルシウム、アミノ酸のグルタミン酸やタウリン、リン脂質のレシチンなどが豊富に含まれる食品を、子供たちはほとんど食べていませんね(表3)。
 また、今の子供たちは全体的にカロリーの摂取過剰で、肥満児も増えているのですが、昨年の調査では、小学生男子の10・3才ですでにダイエットを意識しているという結果が出ました。そういう年頃のダイエットというのは、自分の好きなものだけ少し食べるというような勝手な自己流でやりますから、余計ビタミン・ミネラルのバランスを崩してしまいます。

砂糖のとり過ぎが脳と心を狂わす キレる原因に"低血糖症”

鈴木 子供たちの食生活で一番問題になるのが砂糖のとり過ぎです。砂糖の1日の摂取量は70g以下が望ましいのですが、80年代の調査では一番多い子供で1日240〜250g位、最近の子供たちを調べてみますと、もう400g、600gなんていうのが出てきます。
 どうしてこんなに砂糖の消費量が増えているかというと、水とお茶代わりに1・5・の清涼飲料水を3本も飲んだりするんですよ。もう、ご飯を食べるのにも何をするのにもジュース類が欲しいんだそうです。あと菓子パンを食べたりすると、1日にそれくらいの量をとってしまうんですね。
――砂糖のとり過ぎは、脳にどのように影響するのですか。
鈴木 砂糖というのはブドウ糖と果糖の2つがくっついた簡単な構造をしているので、消化酵素でもってすぐ分解されます。分解された果糖の方もブドウ糖に変わるので、砂糖を大量にとると血液中のブドウ糖が急激に増えてきます。血糖値は普通、空腹時で70〜90mg/dl位ですが、砂糖をとるとそれがグーッと上がり、あまり高血糖になると命が危険なので、体は血糖値を下げるために膵臓からインスリンを大量に分泌します。すると、今度は血糖値が低くなり過ぎて"低血糖症”になってしまうのです。
 低血糖症では脳のエネルギー源となるブドウ糖が極度に少なくなりますから、ボーッとする、イライラする、今何が起こっているのか分からない、気を失う――などの状態を示すことがあります。
――今、盛んに言われている"キレる”という状態は、低血糖で脳がエネルギー不足になる結果、起こるのですね。
鈴木 それだけではありません。低血糖になると、体は「大変だ!」ということで、今度は副腎からアドレナリンを分泌して血糖値を上げようとするんです。アドレナリンというのは交感神経を刺激して全身の活動力を高めるホルモンなので、さらにイライラや興奮状態、暴力行為などを引き起こします。

砂糖のとり過ぎが ビタミン・ミネラル不足に拍車をかける

鈴木 また、砂糖は酸性食品なので、本来は中性である体を酸性に傾ける作用があります。そうすると、体はそれを補正しようとして体内のカルシウムを使ってしまいます。水酸化カルシウムはアルカリ性なので、酸性に傾いた体を中和するのにちょうど良いのです。
――食事からの摂取量が少ないうえに、砂糖によってますます脳の健康に必要なカルシウムが消耗されてしまうのですね。
鈴木 さらに、砂糖のとり過ぎは、脳の活性化に必要なビタミンB群も消耗します。これは、砂糖を分解する時に補酵素的にビタミンB1が使われるためです。
 つまり砂糖の大量摂取では、低血糖症やビタミン・ミネラル不足という様々な要素が重なって、脳と心の問題を招くわけです(図2参照)。

ナイフを取り上げるより食生活の改善を 今の子供たちは誰もがキレる予備軍

――先生が調査を始められた80年代に比べ、今の子供たちの食生活はどのように変化してきていますか。
鈴木 私達の研究では、欠食も偏食もなくて緑黄色野菜をちゃんと食べている子供というのは、今から14〜15年前には20%を越えていたのですが、昨年の調査では、中学生男子で1%、女子で5%しかいませんでした(図3)。全体的に食事の質が悪くなっているということですね。
――最近、普通の子がキレるということがよく言われますけれど、それも納得できますね。
鈴木 ええ。かつて80年代に暴力行為を起こした子供というのは、いつも大体同じ子が決まってやっていたんです。でも今は、どの子も食生活に問題があり、イライラして、何かあれば我慢できないという状態ですからね。もちろん子供のストレスは当時よりももっと大きなものになっているでしょうし。
 幼稚園でも、最近はじっと話を聞くことができない子供が多いですね。先生がわずか20名程度に紙を配っていて、自分もすぐにもらえるというのが待てないんですよ。ウワーッと騒いで後ろにひっくり返って、ダダをこねて騒いで、プイッと部屋を出ていってしまう…。
 そのような、精神的にものをきちんと受け止める状態にない子供に対し、ナイフを取り上げるのも必要でしょうが、それは応急処置にしか過ぎないわけです。食生活を改善するという原因療法をきちんと押さえるべきだと思うのですが、そういうことには誰も耳を貸さない状況ですよね。

日本の伝統的な食事が理想的

――食生活から直さなければ、子供たちの問題行動の根本的な解決にはならないということですね。それでは、子供たちの食生活をどのように改善したら良いでしょうか。
鈴木 まず、主食はご飯、あまり精製していない穀類が理想的です。脳のエネルギー源を確保できるうえ、ビタミンB群も豊富です。また、ご飯が主食なら、ひじき、みそ汁、小魚など、ビタミン・ミネラルの豊富なおかずをとることができます。パンが主食ではこういうわけにはいきません。
 結局、あまり精製していない穀類を中心に、野菜、海藻、小魚、大豆、ゴマといった、かつて日本人が食べてきたものを食べる、それにつきますね。
 しかし、今の若い世代の親御さんたちは、もう、ひじきを炊くのも面倒くさいと言います。そういう人に対しては、まずはお惣菜屋さんの出来合いのひじきを買ってでも食事の内容を変えて下さいと指導しています。それに薄味のおみそ汁を1品付け加えるなど、せいぜいそういう努力をして欲しいのです。それだけでも十分違うんですから。

今こそ食育のすすめ

――子供たちの食べ方にも問題がありますが、それを支えるべき家庭にも問題が多いようですね。子供たちの食生活のために、学校や家庭では何をすれば良いのでしょうか。
鈴木 食の教育をすることだと思います。18世紀のフランスの教育家ジャン・ジャック・ルソーは、「教育の原点は、食べることを通して自己保存できる知恵を学ぶこと」と『エミール』の中に書いています。「食育」は欧米では行われていることですが、日本の教育は「知」「徳」「体」が偏重されていて、どのように食べるかという「食育」が全くされていません。だから家庭でも、親が分かっていないから子供に正しい食事を教えられないということがあるのでしょう。
 まずは子供と一緒に食事をとり、コミュニケーションをとるようにして欲しいですね。
――食事の質の悪い子供たちは、家族で食べる機会が少ない傾向があるのですか。
鈴木 少ないです。反対に、食事の質の良いグループに入る子供は、やっぱり家族と一緒に食べる機会が多い。
 長い人生の中で、子供を育てる時間というのは本当に短いのですから、もう少し子供に対して時間をさいてほしいですね。「食べる」というのはその中核にあることだと思います。
(取材構成・本誌岩橋)