がんの急増・欧米化の背景に、高脂肪・高蛋白の欧米型食生活

がんの7割は生活習慣の改善で防げる

国立がんセンター中央病院・薬物療法部 児玉哲郎部長

 近年、がんの研究は著しく進み、がん完治の指標とされる「5年生存率」は全体平均で50%を越え、がんの治療は着実に成績を上げています。しかし、治療成績の向上にかかわらず、がんの死亡数は年々増加し、昭和56年(1981年)からはがんが死亡原因のトップを切っています(図1)。
 現在、死亡原因の約3割(約28%)はがんで、年間3人から4人に1人はがんで亡くなっています。昭和10年にはわずか約4%、30年が約11%、40年でも約15%ですから、その急増ぶりは相当深刻です。このままでいくと、2015年には現在の約2倍の約74万人ががんにかかると予測されています。
 がんの種類も胃がん、子宮がん(子宮頚がん)を除いて全般的に増えており、特に肺がん、大腸がん、乳がんなど、従来欧米に多かったがんの増加が目立ち、背景には食生活の欧米化が指摘されています。
 早期発見・早期治療の二次予防が先行していたがんの予防も、疫学的研究の進展で、食生活を中心にさまざまな生活習慣が"がんにならない”一次予防の鍵を握っていることが明らかになってきました。今、がんの危険は「生活改善に努めれば70%は防げる」とまで言われるようになっています。
 国立がんセンターの児玉哲郎先生に、「増えているがん・減っているがん」というテーマのもとに、食生活を中心にがんの一次予防についてお話を伺いました。

増えているがん減っているがん
生活習慣の変化でがんも欧米型に

――今、3人に1人はがんで亡くなり、中でも欧米型のがんが目立って増えていると言われています。背景には、食生活の欧米化が指摘されていますが、そのあたりのお話をお願いします。
児玉 がんの死亡数が増加している一因には、高齢者が増えていることも見逃せません。しかし、働き盛りである30歳以上の壮年期の死因もがんがトップであること、また疫学的な研究からも、背景に生活習慣の変化があるのは確かだと思います。
 生活習慣の変化にともなって、がんの種類も変化し、この図(図2)でも分かるように、以前は日本人のがんと言えば胃がんを指すほど胃がんが多かったのですが、今、男女ともに死亡数、患者数ともに胃がんが減ってきて、かわりに肺がん、大腸がんが増えています。男性では肝がんも増えています。また、女性では肝がん、子宮がんが減って乳がんの急増が目立ちます。
 こうした急増しているがんは肝臓がんを除いて従来欧米型と言われていたがんで、日本でも生活習慣が欧米化するにつれてがんも欧米型に移行しています。

胃がんの減少
(早期発見・塩分)

――胃がんが減ってきたのはなぜですか。
児玉 減っているとは言え、患者数から言うと日本で一番多いがんはやはり胃がんです。ただ、胃がんは早期発見・早期治療による治療成果が大きく今では5割から7割近くが治るようになりました。死亡数の減少には、胃がんになる人が少し減ってきたことと、実際に治るようになってきたことの両方がからんでいます。
 胃がんの患者さんが減ってきたのはまず、第一次予防となる高塩分食が減ったこと。塩そのものは発がん物質(発がんを起こす物質、イニシエーター)ではありませんが、塩気が多いと粘膜が障害されやすくなり、そうすると分裂再生を繰り返している胃の腺上皮細胞に発がん物質が作用しやすい環境になります。
 食事中の塩分が減ったのは、東北地方を中心に脳卒中などの予防を目的に展開された減塩運動や、冷蔵庫の普及などで食品の保存環境が良くなったことが大きかったと思います。ですから、アメリカでも1900年代の初頭までは胃がんが多くみられました。

肺がんの急増
(タバコ・大気汚染・油脂)

──一方で男女ともに急増ぶりが目立つのが肺がんですね。
児玉 肺がんはがん死の中で主要先進諸国を含め35ヶ国でトップで、世界的にも増えているがんの一つです。日本でも、男性は5年前(1993年)についに胃がんを抜いてトップになりました。
 死亡数が急増しているのには、肺がんでは早期発見・早期治療がまだそれほど期待できず、発見された時にはすでに進行、転移しているケースも多く、胃がんなどに比べて治療成績が上がらないこともあげられます。発生数は胃がんよりずっと少なくて半分以下ですが、今のところ治るのは15%くらいで難治がんの一つにされています。
――喫煙率が下がっているのに肺がんが増えているのはなぜですか。
児玉 肺がんの最大の危険因子が喫煙であるのは間違いありません。ただ、どんながんにも言えることですが、発がん物質に暴露されてがんが発症するまでには早くて5〜10年、長いものでは20〜30年かかります(図4参照)。喫煙も肺がんになるまでには1日1箱平均で22〜23年はかかりますから、昭和30年あたりから増えて50年代がピークだった喫煙率から見ても、今後もタバコの影響は残るだろうと思います。女性では受動喫煙の影響も見過ごせません。
 肺がんは大きく分けて肺の入口の肺門部に多い「扁平上皮がん」、肺の奥の末梢部に多い「腺がん」で80%以上を占めますが、その他のがんは、がん細胞の大きさから「小細胞がん」、「大細胞がん」に分けられます(図3)。
 このうち、タバコと一番関連が深いのは、発がん物質に最も曝露されやすい肺門部に多い扁平上皮がんで、このがんはタバコを吸わない人には殆ど見当たりません。ところが、日本では1980年以降、扁平上皮がんを抜いて腺がんがトップとなり、特に女性の7〜8割は腺がんです。この傾向は最近の欧米にも見られ、日本と同じような逆転現象が起き始めています。
 それについて、肺がんの原因の9割方をタバコとしているアメリカでは、扁平上皮がんが減ったのは禁煙キャンペーンが功を奏した一方で、腺がんが増えてきたのはフィルターによって粒子の細かい発がん物質がより奥まで入り込んでいる影響が大きいと想定しています。
 しかし、そのあたりについては私達も研究論文を出しましたが、腺がんの患者さんには全くタバコを吸わない人も結構多く、女性の肺がんは圧倒的に腺がんが多いことから、必ずしもタバコだけの影響ではないと考えています。
 しかしながら、がんになりたくなかったらやはりタバコはやめるべきです。タバコには非常に多くの発がん物質(イニシエーター)、発がん促進物質(プロモーター)が含まれていて(表1)、こうした物質は呼吸器からだけではなく唾液などからも体内にとりこまれますから、全身のがんの3分の1くらいは何らかの形でタバコが関係しているといわれています(表1注)。
――大気汚染の影響も言われていますね。
児玉 動物実験では車の排ガスなど大気汚染の影響も報告されていますから、こうした因子も無視できないと思います。
 やはり増加傾向にある膀胱がん、腎臓がんもタバコの影響が言われていますが、これらのがんについても環境中の発がん物質の蓄積の可能性も指摘されています。
――肺がんと食生活の関連はないですか。
児玉 腺がんは女性に多いことからホルモンの影響が、また中国でタバコを吸わない女性に腺がんが多く見られる地域があることなどから、高脂肪食の影響も言われています。
 中国料理はご存知のように多量の油を強火で熱する料理が多く、厨房設備も旧式だと台所などは油分を相当に含んだ煙が充満して、その煙を吸い込むのが原因だとも言われています。

男性に増えている肝臓がん
(肝炎ウイルス・アルコール)

――肝臓がんは男性だけに増えて、女性はむしろ減っているのは?
児玉 肝臓がんはやはり肝炎ウイルス(特にB型、C型)が最大の原因です。ですから肝臓がんはアジア全体に多く、欧米にはむしろ少ないがんです。日本では輸血でC型肝炎になった人がその後肝硬変から、肝臓がんに移行したケースが多いですね。
 女性に肝臓がんが減っているのは戦後、蛋白質が十分とられるようになったのが好影響を与えている一方で、男性の場合はタバコと飲酒の習慣がそれを打ち消してしまっていると考えられています。
 飲酒の習慣が増えているのも事実ですから、今後はアルコール由来の肝臓がんが増えてくると言われています。やはり男性に多い食道がんも、タバコとアルコールの影響が言われています。
――肝臓がんは化学物質の蓄積などの影響はないですか。
児玉 特殊な地域では化学物質などの影響もあるかとは思います。
子宮頚がんが減り、乳がんが急増
(衛生の向上・ホルモンのアンバランス・高脂肪・高蛋白食)
――女性では子宮がんがグンと減ったかわりに、乳がんが急増しているのはなぜですか。
児玉 子宮がんでも特に減っているのは従来日本に多かった子宮頚がんで、欧米型と言われる子宮体がんは逆に増えています。
 子宮頚がんが減ったのは、衛生状態が良くなって発がんに関係するウイルス(ヒトパピローマウイルス)が減ったことや、胃がん同様、早期発見・早期治療の成果が高いことが考えられます。
 乳がん、それに子宮体がんなどはホルモンの異常が関係します。こうしたホルモンに関係しているがんは高脂肪・高蛋白の欧米型の食事が指摘されています。また、乳がんは高年初産、少産・未産のの影響も言われています。
――ホルモンの異常に高脂肪食は関係しているのですか。
児玉 女性ホルモンの一つエストロゲンは発がん性を高める作用があります。体内に過剰にたまった脂肪はエストロゲンの産生を高め、発がんの促進に働くこともあると言われています。
――餌の中に混ぜるホルモンが、肉や卵を食べることで一緒にとりこまれる影響もあるでしょうか。
児玉 ステロイドなどホルモンのもとになる物質はもともと脂質系ですから、そうした飼料に添加されたホルモンをとることによっての影響はあるかもしれません。

食事の欧米化と がんの欧米化
大腸がんの急増と 高脂肪・低繊維食

――「食生活の欧米化」イコール「がんの欧米化」の典型的な例は、やはり大腸がんの急増でしょうか。
児玉 そうですね。乳製品や植物性の油を含めた脂肪食品、或いは肉や卵の摂取が増え、脂肪摂取量は昭和30年当時の3倍と言われるほど非常に増えています。これと連動するように高脂肪・高蛋白の欧米型の食事と特に因果関係が強いと言われている大腸がん(直腸がんと結腸がん)、膵臓がん、乳がん、前立腺がんなどが増えています。
――高脂肪食だとなぜがんになりやすいのですか。
児玉 大腸がんでは、脂肪の摂取で肝臓から腸への胆汁酸が増加し、この胆汁酸が腸内細菌の働きで、発がん物質をつくると言われています。
 また、欧米型の食生活では脂肪の割合が高くなる一方で、野菜や海藻などに多く含まれている繊維質が少なくなり、そうすると便秘になって、大腸に発がん物質が長時間停留して発がんを促進するとも考えられています。
 また植物性脂肪に多いリノール酸などは、体内で細胞膜や遺伝子を障害するフリーラジカル(活性酸素、過酸化脂質)を生成しますが、こうしたことも関連していると考えられています。

高蛋白食とがん

――高蛋白食も影響しているということですが、それは大腸がんのお話にあった便秘を起こした場合、腸内で動物性蛋白質が異常発酵してフェノールやインドール、アミンなどの発がん促進物質(プロモーター)を生成するからということですか。
児玉 それもあります。肉や魚に含まれている2級アミンは強力な発がん物質(イニシエーター)となるニトロソアミンの原料にもなります。
 ニトロソアミンなどは肉や魚の加熱で蛋白質が変性することによっても生成されます。焦げの部分を取り除けば安全と言われますが、いずれにしても動物性蛋白質のとりすぎはがんの危険因子の一つと言われています。

カロリー過多・ 肥満も危険因子に

児玉 カロリーの高い高脂肪・高蛋白食は当然、肥満につながりますが、肥満はがんにも関係していると言われています。
 動物実験では、カロリーのとりすぎはどのがんでもがんの発育を促し、逆に、カロリーを抑えると発がん率が低くなるという結果が出ています。カロリー源の中ではやはり、特に脂肪が問題にされています。

がんの予防は生活、 特に食生活の改善から 日系移民に見るがんの変化

――がんは民族的、家系的な問題もからんでいると言われていますね。
児玉 それは確かにありまして、やはり検診などの際に家族の病歴を調べることは意味のあることです。
 ただ、民族的な問題から言うと、例えばハワイやアメリカ西海岸に移民した日系人は、・世、・世になるにつれて或いは日本食を食べなくなるに従って、胃がんが減ってきて、逆に結腸がんが増えています。同じ民族的背景を持ちながらも住む場所によって、がんの種類が変わってくるということは、がんの発症にはやはり生活、特に食生活が大きく影響していると言わざるを得ないと思います。

がんのできる仕組み

――がんの予防はやはり生活、特に食生活が重要な鍵を握っているわけですね。
児玉 がんの原因は今では特定の発がん物質やウイルスというより、様々な原因物質の組み合わせと、食事・栄養、飲酒・喫煙習慣、労働、ストレス、セックス、睡眠など生活習慣の歪みがさまざまかかわっていると考えられています。
 そして、発症までには多くの段階を経ると考えられています(多段階発がんモデル。図4)。
 プロモーションやプログレッションなどの段階で体の免疫細胞が、がん細胞をどんどん殺していきますから、がん細胞が出来たからと言って必ずしも発病するわけではなく、一人前のがんになるのにも通常20〜30年かかります。ですから今、がんは発がんや発がんの促進にかかわる要因を退け、免疫力を高める生活を心がけていれば、その70%は防げると言われるまでになっています。

日常生活でがんを防ぐ12ヶ条

児玉 国立がんセンターではがんを防ぐ12ヶ条として次のような生活習慣の改善をかかげています。
1.バランスのとれた栄養
 天然の食品にも遺伝子の突然変異を起こすもの(変異原性)がある一方で、変異原性を抑える物質もあります。偏らずにいろいろなものを食べることで相殺効果が期待できます。
2.毎日変化のある食生活
 食品にはワラビなど微量の発がん物質を含むものがあるので、同じものを毎日多量に食べるのは避けたいものです。
3.食べ過ぎず、脂肪は控え目
 今日、繰り返しお話ししましたが、付け加えたいのは最近出回っているファーストフードや、安いお弁当は揚物中心ですね。油で揚げることで、必ずしも新鮮な素材でなくても味を誤魔化すことができるからかも知れません。そういう意味でも要注意です。
4.お酒はほどほど
 ブランデーなどアルコール濃度の高い酒を飲む習慣のあるところでは食道がんが多く、口腔や咽頭、食道などの粘膜を傷つけるのが原因と考えられています。
 また、大腸がんの危険リスクは毎日飲む人はそうでない人の2倍、さらに長期間飲み続けた人ほどなりやすいという調査もあります。
 アルコールはタバコとの相乗作用が強いこともわかっています。
5.タバコはやめる
 喫煙歴が長いほど危険率が高く、未成年者は始めから吸わないことです。
6.食べ物から適量のビタミン、繊維質を
 食物繊維は1日25gを目安に。抗酸化に働くビタミンA、C、E、繊維質、またミネラルのセレニウムなどには発がんを防ぐ働きがあることがわかっています。最近では、大豆などに多いフラボノイド、緑黄色野菜や果物に含まれている色素などさまざまな植物中の成分(ファイトケミカル)にもがんを防ぐ働きがあることもわかってきました。野菜は種類、量ともに確保したいですね。
7.塩辛いものは少なめに、熱いものは避ける
 熱い茶がゆを食べる習慣がある地域では食道がんが多いことが知られています。
8.焦げた部分は避ける
 肉や魚などを焼いた時に出来る焦げ物質や、燻製には発がん性があります。
9.かびの生えたものに注意
 ピーナッツなどに生えるアフラトキシンは少量でがんを発生させます。アジア人に肝臓がんが多いのは肝炎ウイルスの他に、アフラトキシンもからんでいると考えられています。
10.日光にあたりすぎない
 皮膚がんも増えつつありますが、紫外線は最も強力な変異原性の一つです。
11.適度な運動
 運動と休養のバランスを上手にとることは、人間が本来持っている免疫力、抵抗力を落とさない上で大変重要です。
12.体を清潔に
 体を清潔にすることで、英国では煙突掃除人に多かった陰嚢皮膚がんが、また入浴設備が不備だった地域の子宮頚がんが減っています。
 この他、最近がんの治療にお笑い療法もとりあげられているように、心を明るく保ち、精神的ストレスを上手に回避する生活の知恵もとても大切だと思います。