抗生物質の乱用が薬剤耐性菌を増やす

群馬大学医学部(微生物学)池康嘉教授

畜産と多剤薬剤耐性菌

 畜産や養殖魚の飼料には、病気の予防や成長促進のためにさまざまな抗生物質やホルモン剤が添加されています。
 これらの添加物は食品に残留し(13頁表)、アレルギーや性的異常成長などの健康被害が報告され、発がん性も指摘されています。さらに問題なのが、薬づけ畜産は抗生物質が効かない耐性菌を世の中に広める温床になることです。
 抗生物質などの抗菌薬が効かない多剤薬剤耐性菌は今世界中で、重症院内感染の原因菌として問題になっています。
 日本の重度院内感染の主役「MRSA(メチシリン耐性ブドウ球菌)」には今のところ、抗生物質の「バンコマイシン」が有効ですが、バンコマイシンも効かなくなると、MRSAの院内感染への手立てはもはやないとまで言われています。
 ところがこのバンコマイシンにも効かない耐性菌「バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)」が主要な院内感染原因菌として欧米で問題となっています。欧米ではバンコマイシンが医療で多く使用されてきたことと、また欧州では家畜の餌にバンコマイシンによく似た抗菌剤を混ぜたことがVREが拡がった原因と考えられています。
 バンコマイシンの使用をMRSAに限っていた日本でも、一昨年から昨年にかけて国内の鶏肉や鶏糞からVREが検出され、その拡がりが心配されています。
 耐性菌を増やす原因となる抗生物質(抗菌剤)の適正使用を呼びかけている群馬大学医学部の池康嘉教授に、薬剤耐性菌と抗生物質乱用の危険性についてお話を伺いました。
※院内感染 病院内で感染する感染症

VREは全ての 抗菌薬が効かなくなる菌!?
欧米に広まったVRE

――重症の院内感染を起こす「MRSA(メチシリン耐性ブドウ球菌)」が問題になって、一般の人達にも抗生物質などの抗菌剤が効かない"薬剤耐性菌”の怖さが知られるようになりました。
 今回、そのMRSAをやっつける抗生物質バンコマイシンの耐性菌「VRE(バンコマイシン耐性腸球菌)」が国内の鶏肉から検出されたということで、もともと肉の摂取に反対している私共は耐性菌の面からも肉を食べるのはますます危険だと考えていますが…。
池 耐性菌に汚染された肉を食べてVREによる感染症をおこす可能性はないと思います。
 ただ、家畜が薬剤耐性菌の貯蔵庫になり得ることは以前から言われていることで、畜産の問題では抗菌剤を上手に使っていかなければいけないのは事実です。
 家畜に病気予防や成長促進の目的で抗菌剤を使うと、家畜の腸内に耐性菌を持った腸内細菌が増えて、家畜の糞便や汚染肉と接触することによって耐性菌が人にまで拡がる危険は十分起こり得ます。
 欧米では1989年ごろから院内感染菌としてVREが目立って増えはじめ、今、相当深刻な問題になっています。欧米では、バンコマイシンが医療においてかなり昔から使用され、使用量も多いこと、又欧州では20年くらい前から家畜、特に鶏の飼料にバンコマイシンに似たアボパルシンという添加物が使われたことが、欧米でVREが拡がった原因と考えられています。
 現在では医療において使用する主な抗菌剤は、人への感染症で問題になる耐性菌を増やす可能性があるために、家畜の飼料に添加しないようになっていますが、アボパルシンが家畜においてVREを増やす可能性は20年前には予測できなかったと思います。

すべての抗菌剤が無効な 多剤耐性菌VRE

池 なぜVREの出現が深刻な問題かと言いますと、腸球菌はもともといろいろな薬に耐性を持つ多剤耐性菌ですが、菌の毒性があまりにも弱い(弱毒菌、または日和見感染菌)ので問題なかったんです。ところが、VREは現存する抗生物質が全て効かないことが多い。そのために、毒性が弱い菌でも感染症を起こす危険のある重い病気をもった人がVREに感染すると、その治療が困難になるために問題となっています。
 もともと腸球菌は多くの薬剤に耐性を持っている上に、VREのバンコマイシン耐性を含め、この菌の薬剤耐性の多くは耐性情報を他の腸球菌にも伝達する可能性があります。さらに、メチシリンだけではなく多くの抗菌薬に耐性を持つMRSAにも、バンコマイシン耐性の遺伝子情報が何らかの機構で伝達される可能性は完全には否定できません。そのような場合はVREよりもっと深刻な状態がおきると思います。

VREが日本国内の鶏肉からも検出

――それでVREがスーパー耐性菌と恐れられているわけですね。
 VREが今まで日本で問題にならなかったのはなぜですか。
池 耐性菌は抗生物質が存在するところで選択的に生き残りますから、抗生物質が使われていないところでは拡がる恐れはありません。
 日本でも鶏の飼料にアボパルシンは使われていたんですが(97年より使用禁止)、日本ではバンコマイシンの使用をMRSA感染症だけに限って非常に制限したのが結果的に良かった。しかも、バンコマイシンの認可そのものが1989年と欧米に比べて遅かったのも欧米に比べてVREが拡がっていない原因だと思います。
 一方、欧米では日本の10数年前から老人施設などで腸の病気などにバンコマイシンの内服薬が気楽に使われていたようです。それで耐性菌の保菌者(キャリア)が健康な人でも10%もいる状況にあると言われています。
――ところが最近、そのVREが国内の鶏肉や入院患者から見つかり始め、VREの院内感染が日本でも警戒され出したのですね。
池 日本では1996年から97年にかけて鶏糞や鶏肉から数例見つかり、また、96年の4月に関西の病院の急性腎盂腎炎の患者さんからVREが検出されました。これらはそれぞれのケースの人または動物が保菌していたVREがたまたま検出された可能性があり、国内でバンコマイシンまたはアボパルシンによって選択的にVREが増えている状況ではありません。
 私達が行なった国産鶏肉と輸入肉(鶏肉、豚肉)を含めた調査では、VREは分離されませんでした。しかしながら、MRSAをはじめとして今まで院内感染が問題となった多剤耐性菌の拡がり方から見ても、院内感染は個別の保菌例から拡がりますから、今後日本でもVREが医療現場で拡がる可能性は高く、輸入肉を含めて耐性菌の出現を警戒する必要を感じています。

抗生物質の乱用が 多剤耐性菌を生む 抗生物質のあるところに耐性菌あり

――メチシリンという抗生物質も、ペニシリンに耐性菌が出来たためにペニシリンを改造して作られたのですね。そのメチシリンにもMRSAという耐性菌が出現し、今度はMRSAをやっつけるバンコマイシンにもVREという耐性菌が出現してしまった。抗生物質と耐性菌はいたちごっこのようですね。
池 その通りです。
 1929年、フレミングが青かびから細菌の生育を阻害する物質を発見したのがペニシリンです。ペニシリンは1940年代後半に最初の抗生物質(生物から作られた抗菌薬)として実用化され、以後、各種の抗生物質(抗菌剤)が次々に開発されて一時は感染症は克服されたとまで言われるようになりました。
 ところが、ペニシリンが実用化されると同時にペニシリンを加水分解して壊してしまうブドウ球菌が発見された。そこで、ペニシリンを分解する酵素にも壊されない抗生物質が開発されたのがメチシリンです。ところがこのメチシリンにも、開発とほぼ同時期にメチシリンの耐性菌(MRSA)が発見されました。
 ということは、薬剤耐性菌は薬が作られる前から、自然界に存在していたということです。ただ、それが世の中に拡まるまでには長い時間がかかる。
――抗生物質に強かった菌がもともと存在していたということですか。
池 そういうことです。
 耐性菌は、自然界(動物の細菌叢)で耐性菌とそうでない菌(感受性菌)が同時に存在した時に、耐性のない菌を押しのけてまで生き延びられるほど強い菌ではないと考えられています。抗生物質があってはじめて目立ってきます。
 ところが、抗生物質があるところでは抗生物質が効く菌(感受性菌)は殺されていき、抗生物質の効かない耐性菌(非感受性菌)が選択的に生き残っていきますから、抗生物質を人為的に使うことによって、もともと自然界に少数存在していた耐性菌が増え、自然界に拡まっていくわけです。

なぜ院内感染が問題なのか
――日和見感染菌と常在菌――

池 しかし、それは短期間に拡まるのではなく、徐々に長い時間をかけて拡まります。MRSAも1960年代に見つかって、それが堰を切ったように拡がったのはつい最近ですね。
 日本でMRSAが問題になった背景には医療界で多種の多量の抗菌剤が使用されたことがあります。だから、耐性菌の存在に私たちが気がついて問題になる頃にはもう手遅れと言っても良いくらい、それだけ長い時間をかけて耐性菌は自然界に拡まっていきます。
――耐性菌に感染してもすぐ病気になるわけではないのですね。
池 耐性菌感染は普通の健康な人ではあまり問題になりません。院内感染が問題になります。
 腸球菌もそうですが、耐性菌の多くは日和見感染菌です。腸球菌も、腸球菌自体は毒性が非常に弱く、宿主の免疫能力が低下した人に感染した時、感染症状を引き起こします。このような菌を日和見感染菌と言います。
 ですから日和見感染菌は健康な人に感染症をおこすことはあまりありません。しかし、免疫機能の落ちている入院患者さんや体力が弱っている人では、感染すると菌血症や敗血症などの重症の感染症を起こす場合があります(表1)。
 病院には体の抵抗性の弱い人が入院していますから、そういう人達はただでさえ日和見感染菌に感染する恐れがある上に、薬剤耐性を持った日和見感染菌に感染すると、抗生物質が効かないから致命傷になり得るんですね。
――ここで感染と言うのは、例えば腸球菌が腸の中の大便に棲んでいても、腸から体の他の部位に入ってこなければまだ感染はしていないという状況ですね。
池 そう思っていいですね。病気を起こすためには、どこかの組織に定着するとか付着しなければならない。さらに、菌によっては組織の中に入らないと病気を起こさないのもあります。細菌による肺炎などを起こして肺の組織に障害が起きますと、障害された組織から菌が中に入り込んで組織の奥にまで入ってさらに重症の感染症をおこすことにもなります。
 薬剤耐性菌とは、自然の生態系の生物の中で、多くの普通の生物が生きられない特殊な環境でも生き延びることができる変った生物である、と考えると少しわかりやすいと思います。
 我々人間を含め動物はそれぞれの動物が保持している菌、すなわち常在菌(図)と共存関係にあります。常在菌は動物の体の中でそれぞれの菌の細菌叢(生態系)を形成しています。そして、常在菌の多くは、日和見感染菌です。院内感染等で問題となる薬剤耐性菌は種々の常在菌の中の、ある種の菌の中で薬剤耐性の性質を獲得した菌です。薬剤耐性菌を増やさないためには常在菌が形成している細菌の自然の生態系(細菌叢)を大きく乱さないことが大切です。
 菌は一つ一つれっきとした生物です。単細胞ではあるけれどもそれはあらゆる生物、つまり我々ともよく似た機能を持った生物です。我々の体一つをとっても、大腸の中で菌は細菌叢という生態系をつくって我々と共存しています。健康な時は菌の存在を感じませんが、何らかの原因でその生態系が狂うと下痢したり、いろいろなことが起きるわけです。
 健康な人の菌の生態系では、問題となる耐性菌は一般には非常に少ないか、存在しません。ところがその生態系をこわすのが抗生物質です。
 抗生物質は生物(細菌)の生態系を破壊するということにおいて、非常に特殊な医薬品です。また、普通の薬は使い方を間違えればすぐに悪影響が出ますが、抗生物質は使い方を間違ってもすぐ人に影響を及ぼすということはまずない。その代わりに、抗生物質を不適切に多く使用すると細菌の正常な生態系をドンドン破壊して生態系を乱してしまう。そうすると、抗生物質を使えば使うほど多くの常在菌が殺され、何が生き残れるかと言ったら耐性菌です。
 そういう状況で、多くの薬に耐性を持つ多剤耐性菌が増えて病院内に拡まれば、免疫力の低下した患者さんに感染する危険が高まります。
――院内感染の直接の感染ルートは?
池 VREを例にとりますと、VRE(腸球菌)は一般に便に常在していますから、便により院内感染が拡がる可能性があります。便による拡まりというのは最大限注意しても、拡がるのをゼロにするのは不可能です。オシメを代える時などどうしても菌が付着する。特に、先ほどもお話ししたように欧米では既に健康な人の10%が腸の細菌叢にVREを持っています。そうすると、そういう人達が何らかの病気で入院したりすると、もう院内の環境汚染というのは防ぎようがないです。
 MRSAは呼吸器に結構多い菌で、痰などを介して拡がる可能性もありますが、いづれにしても院内感染の予防には、医師を含め介護者の手洗いや消毒が重要になります。皮膚の表面に付着した菌は石鹸を泡立てて手を強くこすり合わせ流水でよく洗い流せば、常在菌の80〜90%は除去出来ます。残り10〜20%は皮膚の深部に入り込みますが、それには消毒薬の手洗いが有効です。

農薬と害虫に似る 抗生物質と多剤耐性菌の関係

――耐性菌を増やす環境は抗生物質の使われるところである。そして、抗生物質を使えば使うほど多剤耐性菌が増えるということですね。
池 耐性菌は自然の環境では増加しません。増える環境を作るのは人であるわけです。ですから、抗生物質は上手に使わなければいけません。
 理想的には家畜の飼料に抗生物質を使わなくてすむのであれば使わない方がよい。しかしながらこれは畜産とのバランスの問題になりますが、最小限度、家畜飼料に使う時には人の薬剤耐性菌と無関係な薬を使うことが大事だと思います。
――人においても日本の医療界は、かなり気軽に抗生物質を使っていると聞きますが。
池 確かに、日本ではいろいろな多くの菌に効果のある抗菌薬が気軽に使われる傾向があり、国民一人あたりの抗生物質や抗菌薬は欧米に比べて多く使われています。しかも、新しく開発された薬を用いる傾向が強く、従って欧米ではまだ増えていない耐性菌も増えています。
――お話を聞いていると、抗生物質と耐性菌は農薬と害虫の関係に似ていますね。畑に害虫がいると農薬をかける。そうすると、農薬に強いのが何匹か生き残る。次に別の農薬を用いる。そうして何年かすると、いろいろな農薬に強い害虫が優勢になってくる…。
池 そのように考えていいと思います。
 農薬耐性を持った害虫は変異株ですが、変異株が生きるためにはそれが優勢な環境でないと生きられないのと同じで、耐性菌では抗生物質という選択力があって生き延びるわけですね。
 例えばVREがいい例ですけれど、バンコマイシンという薬が使われるとそれに感受性のある菌はドンドン死んでいって、感受性のない耐性菌が残ります。抗菌薬が使われれば使われるほど耐性菌は選択的に残りますから、VREは先に述べましたように、バンコマイシンだけではなく、他の抗菌剤にも耐性ですから、よく使われるβラクタム剤とかペニシリンに対しても選択的に生き残って、自然界に拡がってきます。

院内感染予防は 抗生物質の適正使用と免疫力の強化から

――耐性菌の問題については、抗生物質を大事に使っていくしかないんですね。
池 抗生物質にはさまざまな種類がありますけど、それぞれ特性があってどういう菌にどういう時に効くか、その特性を知って上手に使うことです。
 ところが、抗生物質は効き方にある程度の幅があって、いろいろな菌に効いてしまうので安易に使われやすいんです。
 心臓薬などは選択を間違えて与えたら死ぬ可能性がありますが、抗生物質は選ばなくても取り敢えずの失敗はない。
 しかし、抗生物質の不適正な使用はすぐに影響が出なくても長い間には細菌の側に薬剤耐性菌の増加という影響が出てきて、気がついたら多剤薬剤耐性菌の感染によって死ぬ人が相当に出るという状況が、今抱えている院内感染の問題です。
――抗生物質が使われなくなれば、耐性菌は生き残れなくなりますか。
池 抗生物質を使わなくなれば耐性菌は減ってくるという一つの例がクロマイ耐性です。
 クロロマイシンは今から30年前、再生不良性貧血の問題が起きて、使われなくなった薬です。当時は家畜の腸内細菌叢などを調べると、クロマイ耐性菌を持った大腸菌が非常に多かったのですが、使用を止めてから今は殆ど問題になりません。
――抗生物質の適正使用はお医者さん側の問題ですが、結核やがんが自然療法で治った人もいるように普段から体力、免疫力をつけていくことも大事でしょうね。
池 それは大事だと思う。感染症に勝つかどうかは基本的には体力の問題ですから。
 ですから日頃から、栄養を確保すること、肉などに偏らず野菜を十分とることなどは非常に大事なことだと思いますね。
 自然食というのは、自然の細菌叢を活性化していく上で有効だと思いますし、耐性菌の問題から見ても細菌生態系のバランスの中で耐性菌は選択力がなくなっていきますから、自然の正常な腸管細菌叢を作る努力は長期的に見れば無意味なことではないと思います。