腸内年齢の若さが、健康の決めて

バナナ状の健康な便を排泄しよう

東京大学名誉教授 光岡知足先生

老化、がんの予防は、腸内細菌のバランスから

 食生活の変化とともに、日本人の死因も変化してきています。
 80年代に入ってトップの座は脳卒中からがんに移りましたが、そのがんの種類も、日本人に圧倒的に多かった胃がんが減る一方で、欧米人に多い大腸がんが急増し、その数が胃がんを抜くのは時間の問題といわれています。
 大腸がんの急増をもたらした最大の原因は高脂肪・高蛋白・低食物繊維の欧米型の食生活ですが、その影に潜んでいるのは腸内で蛋白質を腐敗させ、有害物質をつくり出す腸内細菌です。
 しかし同時に、がん予防の鍵を握っているのも腸内細菌なのです。
 私たちの腸内には、約100種類、100兆個もの膨大な数の細菌がすみついています。それらは野山に群生する植物のように、同じ種類ごとに集まって腸内細菌叢(腸内フローラ)を形成しており、それらの細菌の中には、人体へプラスに作用するものもあれば、マイナスに作用するものもあります。
 腸内細菌学の世界的権威である光岡知足先生は、それらの細菌の分布によって腸の加齢状況は変化し、腸内年齢の若さが全身の若さを決定すると指摘されています。
 100兆個もすみついている腸内細菌が、私たちの体の中でそれぞれどのように働いて全身の健康を左右しているのか、腸内を健康に保つ食生活を含めて、光岡先生にお話を伺いました。

腸年齢の若さを保つことが健康の秘訣
健康の鍵をにぎる腸内細菌叢

――私たちの腸の中には、どのような細菌がすんで、どんな働きをしているのですか。
光岡 私たちの腸内には膨大な数の細菌が棲息しています。それらは同じ仲間ごとに集まってすみつき、その様子を顕微鏡で観察すると、まるで野山に草花が群生しているかのように見えます(写真)。これらが腸内細菌叢(叢は草むらの意)、あるいは腸内フローラ(フローラは花畑の意)などと呼ばれるのはそのためです。
 腸内細菌を人体への働きごとに分類すると、体にとって有益な善玉菌、有害な悪玉菌、悪玉にも善玉にもなりうる日和見菌――の3つに大別することができます。
 善玉菌の代表的なものは、ビフィズス菌や乳酸桿菌、連鎖球菌などの乳酸菌です。乳酸菌は基本的には炭水化物(糖質)を分解して乳酸や酢酸をつくり出し、腸内の酸性度を高めて悪玉菌の増殖をおさえる働きをします。一方、悪玉菌は腐敗菌ともよばれ、腸内で蛋白質や脂肪を分解、腐敗させ、さまざまな有害物質をつくり出します。ウェルシュ菌がその代表的なもので、この他、大腸菌やサルモネラ菌などの病原菌群も悪玉菌に属します。(図1)

腸内細菌叢は 加齢につれて変化する

光岡 腸内では常に善玉菌と悪玉菌の勢力争いがくり広げられ、どちらが優勢かによって腸内環境、ひいては全身の健康状態が決定されるのですが、その分布は年齢とともに大きく変化します(図2)。
 人間は、母親の胎内で唯一無菌状態で過ごしたあとは、一生細菌と不即不離の関係をもって生きていくことになります。生後1〜2日の間にまず急激に増殖してくるのは、大腸菌やブドウ球菌といった悪玉菌です。しかし、これらの悪玉菌は乳児が母乳を飲み始めると激減し、かわって勢力を伸ばしてくるのは善玉菌の代表格であるビフィズス菌です(図3)。生後5日目には腸の99%をビフィズス菌が占めるようになり、この時期の腸内環境は非常に安定して、便も甘酸っぱい匂いのする非常にきれいなものになります。ただし、これは母乳栄養児の
場合です。粉ミルクを飲んでいる人工栄養児や混合栄養児の場合には、ビフィズス菌とともに大腸菌などの悪玉菌も多く検出され(図4)、母乳栄養児に比べ便も臭く、下痢をしがちになります。
 さて、離乳期を過ぎてからはビフィズス菌全盛期に変化が訪れます。離乳期を境にビフィズス菌は10〜20%くらいに減り、代わりにバクテロイデスなどの日和見菌が増加してきます。それでも健康な人の腸内では、善玉菌のビフィズス菌が優勢を保ち続けますが、年をとると悪玉菌のウェルシュ菌や大腸菌が急激に増え始め、ビフィズス菌はさらに減り、まったくいなくなってしまう人もいます。(図2)
 60歳を過ぎると10人中3人はビフィズス菌が完全になくなり、逆に健康な若者では2人に1人くらいしか持っていないウェルシュ菌は、10人中8人近くに見受けられるようになります。
 このような腸内細菌叢の変化を、私たちは"腸内細菌の老化”と呼んでいます。
――腸内細菌が老化すると、人体にはどのような影響が出るのでしょうか。
光岡 腸内年齢の老化は全身の老化につながります。
 老化に伴い勢力を伸ばしてくるウェルシュ菌などの悪玉菌は、蛋白質や脂肪を分解して、アンモニアや硫化水素といった有害腐敗物質をつくり出します。これが腸壁から体内に吸収されると、肌荒れや頭痛、下痢、便秘、高血圧、動脈硬化などを引き起こす要因になり、全身の老化が進行していきます。

棡原長寿者たちの腸内は驚くほど若い

――逆に、腸の若さが保たれていれば、全身の老化を食い止めることができるわけですか。
光岡 その通りです。腸内年齢は必ずしも実年齢とは一致しません。実際、健康で長生きしている人の腸内細菌叢は、大変若々しい構成をしています。
 私は以前、長寿村として知られる山梨県棡原のお年寄りたち(平均年齢82歳)の腸内細菌の状態を調査したことがありますが、棡原のお年寄りたちの腸内細菌叢があまりにも若々しいのに大変驚きました。
 そこで、棡原のお年寄り、東京都内の某老人ホームに在住するお年寄り(平均年齢78歳)、私の研究室にいる若手グループ(平均31・8歳)――と比較したところ、表のような結果になりました。
 ビフィズス菌は、研究室の若手グループでは100%、全員から検出されましたが、都内老人ホームのお年寄りでは70・3%と、10人中3人は完全にビフィズス菌が消え去り、検出された人でも、その数は若手グループに比べて圧倒的に少ないものでした。一方、ウェルシュ菌の方は若手グループでは約半数の45%であるのに対し、都内の老人グループでは81%の人から検出され、10人中8人がウェルシュ菌を持っていました。
 ところが、棡原の長寿者たちでは、ビフィズス菌が80%以上の人から検出され、反対に悪玉菌のウェルシュ菌は47%の人しか持っていませんでした。この検出率は研究室の若手グループとほぼ同レベルで、棡原のお年寄りたちの長寿と健康が、この理想的な腸内細菌叢によって支えられていることが分かりました。
 このように、いつまでも若々しい腸内細菌叢を保っているお年寄りがいる一方で、最近では20〜30歳代の若い人に、腸内年齢の著しい老化が見受けられます。

"便”は腸内年齢を知るバロメーター

――それでは、自分の腸内年齢を知るにはどうすればよいのでしょうか。
光岡 自分の腸内の状態を知るには、自分の便をチェックするのが一番です。毎日決まった時間に排便し、便の量、かたさ、色、匂いをチェックしていただければ、腸内年齢が若いか、衰えているかが分かります。
 まず量ですが、ふだんの食事で食物繊維をまずまずとっている人の排泄量は、1日約120〜180gが標準です。これはだいたい長さ15cmほどのバナナ1本半〜2本分と考えていただければ結構でしょう。もし食物繊維を多く摂取していても少量の便しか出ないようですと、腸内バランスが崩れていることが考えられます。
 次にかたさですが、通常の便には70〜80%の水分が含まれており、これはバナナくらいの軟らかさです。水分80%以上の半練状、泥状の軟便だと下痢、反対に水分70%以下のコロコロ状、カチカチ状ですと便秘ということになり、腸内環境の状態は思わしくないということになります。
 便の色は本来、乳児のような黄色い便が理想的です。多くの人は年をとるにつれて、便の色が茶色から黒っぽいものになっていきます。しかし、大人でも乳児に近い腸内バランスを保ってさえいれば、黄色っぽい便にすることは可能です。実際、ある禅寺のお坊さんたちの便は、とてもきれいな黄褐色をしていました。これはお坊さんたちの腸内年齢が非常に若々しいことを示しており、食物繊維の豊富な精進料理を毎日とり、肉類をほとんど食べないことが影響していると考えられます。ちなみに、異常に真っ黒な便やドス黒いコールタール状の便が出
た場合には、胃や腸内で出血がおこっている可能性がありますので、すぐに医師の診断を受ける必要があります。
 そして最後に匂いのチェックです。先程、乳児の便はきれいな黄色であるとともに、甘酸っぱい匂いがするとお話しした通り、便が臭いというのは決して正常とはいえません。腸内で悪玉菌が産生するインドール、スカトールなどの有害物質は、便の臭気の素にもなるものです。ですから、便が悪臭を放つようなら、腸内で悪玉菌が優勢になってきている証拠だと考えていいでしょう。便の臭気が強くなってきたら、それは老化の第一歩なのです。

ビフィズス菌の偉大な働き
老化やがんをもたらす 悪玉菌の増殖因子(図1)

――加齢以外に、腸の老化を促進する要因にはどのようなのがありますか。
光岡 腸内のバランスを崩す要因はいろいろありますが、一つにはストレスがあげられます。
 ホールドマン博士らは、NASAの極度の不安と緊張にさらされている宇宙飛行士の腸内では、悪玉菌がぐんと増殖することを報告しています。
 また、試験の前や旅行中は必ず便秘になる人がいますが、それもストレスが腸の蠕動運動の働きを弱める一因となって、便秘につながるわけです。便秘になると腸内で悪玉菌が増殖し、有害物質が生成されます。それを体外に排出させようと、腸が自己防衛のために異常な蠕動運動を行うと、今度は下痢をおこしてしまいます。
 こうしたストレスによる腸内細菌叢の変化は、私達が自衛隊特殊工作部隊の若者たちの協力を得て行なった実験でも確かめられました。訓練前は正常なバランスを保っていた腸内細菌が、2週間の厳しい訓練の後には、高齢者並にビフィズス菌が減少し、ウェルシュ菌が増加していたのです。
 結局、こうした結果はストレスが腸の蠕動運動の働きを弱め、さらに胃酸や腸液の分泌を低下させることで、腸内細菌のバランスを崩し、悪玉菌が増殖しやすい環境を作り出すからです。
 二つ目に、抗生物質の使用があります。
 抗生物質は感染症の治療に効果的ですが、それによって善玉菌も減少し、悪玉菌を抑えこむ役割を果たさなくなる場合があるので注意が必要です。外から侵入する菌への抵抗力がなくなり、腸炎菌による腸管感染にかかりやすくなることが動物実験で明らかになっています。
 また、長期にわたって抗生物質を使用すると、腸内の善玉菌も悪玉菌も消滅し、その後抗生物質耐性の悪玉菌が一気に優勢になる「菌交代症」という現象がおこることがあります。これは、除草剤をまいて花(善玉菌)も雑草(悪玉菌)も枯れた土地に、雑草が真っ先に芽を出すのと似ていますね。
 三つ目に、食生活の影響があります。
 欧米型の高脂肪・高動物性蛋白の食事ですと、脂肪や蛋白質が一部消化吸収されないまま大腸に運ばれ、そこに待ち構えているウェルシュ菌などの悪玉菌によって分解され、有害腐敗物質が産生されます。こうした有害物質が体内に吸収されると、様々な病気の原因となり、全身の老化が促進されることは既にお話ししました。
 この他、欧米型の食生活は、大腸がんとの関連を考えるうえでも非常に恐ろしいものです。動物性蛋白質からは発がん促進物質であるフェノールやインドールが、また、強力な発がん物質であるニトロソアミンの原料となる二級アミンがつくり出されます。また、脂肪を分解するために大量に分泌される胆汁の一部も悪玉菌の働きによって、発がんを促す二次胆汁酸に変えられます。(図5)
 近年、日本では胃がんが減り、大腸がんが増加の傾向にありますが、これは日本の食生活が欧米型の高蛋白・高脂肪の食生活に移行したことによって、腸内で悪玉菌がのさばり、活発に働いているからなのです。
 それらの悪玉菌の働きを阻害し、発がん物質の生成を阻止したり、病気に対する抵抗力をつけるなどして体を守っているのが、ビフィズス菌に代表される善玉菌です。

こんなにもあるビフィズス菌の偉大な働き(図1)

――ビフィズス菌が腸内に増えると、がんを始めとする病気や老化の予防につながるわけですね。具体的には体の中でどんな働きをしているのですか。
光岡 ビフィズス菌は善玉菌として体の中で実に多種多様に働いていますが、代表的な働きとして次のことがあげられます。
・悪玉菌の増殖、病原菌の感染を防ぐ
 ビフィズス菌は炭水化物を分解して乳酸や酢酸をつくり出し、腸内を酸性に傾けます。それによって悪玉菌の増殖が抑えられ、腸内の腐敗、有害物質の生成が抑制されます。同時に、他の病原菌の侵入も阻止されます。
・便秘・下痢を防ぐ
 ビフィズス菌がつくり出した乳酸や酢酸の刺激によって腸の蠕動運動が促進され、正常な便通が得られます。
・ビタミンB群をつくる
 腸内でビタミンB1、B2、B6、B12、ニコチン酸、葉酸などのビタミンB群を合成します。これらのビタミンの一部は体内に吸収され、利用されると考えられます。
・免疫力を高める
 ビフィズス菌が自己融解すると、菌体成分が体に吸収され、免疫機能を刺激し、体の抵抗力を高めます。
・発がん物質を吸着・分解する
 試験管内の実験では、菌体表面に発がん物質を吸着したり、悪玉菌によって生成されたニトロソアミンなどの発がん物質を分解することが明らかになっています。

腸内年齢の若さを生み出す食生活
善玉菌を増やす鍵は食物繊維

――善玉のビフィズス菌を増やす方法を教えて下さい。
光岡 結論的には、脂肪や動物性蛋白質を抑え、食物繊維の豊富な食事を心がけることです。
 先程、棡原村の長寿者たちが成人並みの若々しい腸内細菌叢を保っていることをお話ししましたが、その秘密はこの地区の伝統的な食生活にあります。麦を中心とした雑穀類とイモ類、豆類、野菜、山菜、保存食である海草類、これらには食物繊維が豊富に含まれているのです。
 岩手大学の鷹觜テル教授によれば、棡原村の食物繊維摂取量は、日本人の平均の5倍の多さです。棡原以外の世界の長寿村でも、食物繊維の摂取量の多いことは共通していて、こうした食事こそが腸内年齢を若く保ち、ひいては全身の健康につながるわけです。
 かつて食物繊維は、栄養にならない無駄な成分として扱われていました。しかし、今日のような飽食の時代では、逆に食べ過ぎによるカロリー過剰の心配がないという点にもスポットが当てられ、炭水化物、脂肪、蛋白質、ビタミン、ミネラルにつぐ"第六の栄養素”として注目されています。
 食物繊維の働きとしては、
1.ビフィズス菌をはじめとする腸内の善玉菌を増殖させ、悪玉菌の増殖を抑制する
2.悪玉菌が産生した有害物質を吸着し、保水性とカサを増す作用によってその毒性を2〜3倍に希釈する
3.繊維そのものが便の材料となり、水分を含んで便を軟らかくし、排便を促す
4.糖質の吸収速度をゆるめるため、糖尿病の予防・治療に効果がある
5.コレステロールを吸着し、体外に排出させるため、動脈硬化や虚血性心疾患の予防にも役立つ――などがあげられます。

オリゴ糖も有効

――食物繊維の豊富な食事をとることによって、腸内を清掃し、善玉菌を増やすことができるのですね。乳酸菌などを含んでいる食品を多くとることも有効ですか。
光岡 乳酸菌は、ヨーグルトやチーズ、味噌、しょうゆなどの発酵食品に多く含まれています。しかし、ビフィズス菌は酸に弱いので、食物から摂取しても強い胃酸にやられてしまいがちです。10億個のビフィズス菌を摂取しても生きたまま腸内にたどり着くのはせいぜい1億個程度で、しかも、たとえ無事に腸内に到達したとしても、外からとり入れたビフィズス菌は腸内にすみつくことは難しく、その効果も一過性のものです。
 そこで注目されるのがオリゴ糖です。オリゴ糖は、食物繊維と同様、消化吸収されにくい性質を持つため、腸まできちんとたどり着くことができます。そして、私たちの腸内にもともとすみついているビフィズス菌のエサとして働き、ビフィズス菌の増殖に役立つのです。悪玉菌のエサにはなりにくいという利点もあります。また、オリゴ糖には便の量を増やし、便通をスムーズにする働きもあります。
 オリゴ糖にもいくつかの種類があり、例えば玉ねぎ、アスパラガス、ゴボウなどの野菜類や蜂蜜の中に多く含まれているのはフラクトオリゴ糖です。味噌やしょうゆ、豆腐などには、ラフィノース、スタキオース、イソマルトオリゴ糖が含まれています。
 こうした食品を上手にとりいれた"腸内クリーニングメニュー”を工夫し、毎日の食事からオリゴ糖や食物繊維を多くとる習慣を身につけることが大切です。
 また、食生活の改善とともに、ストレスをためない生活や排便チェックなども心掛け、いつまでも腸内年齢を若く保っていただきたいと思います。