体内時計とメラトニン

早稲田大学人間科学部 柴田重信教授

 地球上の生物は睡眠・覚醒をはじめ、さまざまな生命活動を約24時間周期で行っています。体内時計はこの周期内に起きる様々な変動(サーカディアンリズム)を司どっており、地球の自転の24時間周期で動く外界のリズムに同調しています。
 体内時計の存在は海外旅行の時差ボケで思い知らされますが、24時間フル稼働の時代、社会形態が複雑化するにつれてその重要性がクローズアップされています。
 それにつれて研究も進み、近年、この時計が刻むリズムは病気の発症や症状の悪化、薬の効果にも関係していることが分かってきました。
 さらに、体内時計の調整には"メラトニン”という松果体から分泌されるホルモンが一役買っていることも分かり、アメリカではここ一、二年で、メラトニンのサプリメントが睡眠剤、リズム調整剤として広く飲まれるようになりました。
 そこで今月は体内時計の機構と体内の調整に働く薬の開発を研究されている早稲田大学の柴田重信教授に、体内時計とメラトニンのお話を伺いました。

体内時計とは何か
生体の日周リズムを刻む 体内時計

――体内時計とはどんな時計なのか、まずそれからお話をお願いします。
柴田 生体は心臓の鼓動のように短いものから、睡眠・覚醒などの1日周期、女性の月経などの1ヵ月周期、繁殖などの年周期といったようにさまざまな単位の周期的変動(リズム)を示しています。
 その中で、睡眠と覚醒をはじめ、種々のホルモンの分泌、血圧や体温など、基本的な生命活動は「サーカディアンリズム(概日リズム)」と呼ばれる約l日を周期とするリズムで営まれています。
 体内時計はこのサーカディアンリズムを刻む(発振する)もので、生体の測時機構に働いています。生物はこの機構をうまく働かせて外界の明暗すなわち光と闇を予知し、環境の変化に先んじて生体を適応させているわけです。
 測時機構は生物が地球環境に適応する上では最も重要な機構の一つで、それは体内時計が哺乳動物だけでなく、藍藻類など原始地球にも存在していた下等な単細胞生物(原核生物)まで生物界に普遍的に存在していることからも分かります。
 例えば、光合成を行う植物は体内時計を働かせることによって翌日の光に備えて光合成にかかわる代謝系を活性化しておくことができるので、無駄なくエネルギーを獲得できます。動物では夜行性、昼行性と棲み分け、外敵が少なく餌が豊富な時間帯に速やかに行動する準備をするなど、種の保存や繁栄を図る知恵になっています。
 そして体内時計は、時を刻む振り子としての発振機構、光の刺激で外界の時計に針を合わせる同調機構と、この時計信号を脳に伝える出力機構――の3つの働きから成り立っています(図1)。

体内時計は 光に関係する器官に存在する

――体内時計は器官として体の中に存在しているのですか。
柴田 体内時計は哺乳動物の場合、脳の視床下部(本能行動などを司る脳の部位)の視交差上核(SCN)に存在しています。視交差上核はちょうど目の裏側あたりに位置し、目からの信号が脳へ伝わる視神経の交差した直線上にあります(図2)。
 視交差上核イコール体内時計といっても良く、視交差上核が体内時計である証拠は以下のことから証明されています。
・視交差上核を破壊すると、睡眠・覚醒リズムをはじめとしたほとんどのサーカディアンリズムが消失する(1972年)。
・視交差上核の神経活動や、この細胞へのグルコース取り込み(脳細胞はグルコースのみをエネルギー源にしているので、代謝活動の指標となる)にもリズムが見られる。このような変化は脳の他の部位では見られない(1980年代)。
・体内時計を体外に取り出しても(培養実験)、視交差上核の時計細胞は時を刻み続ける(1990年代)。
・視交差上核の破壊でサーカディアンリズムが消失した動物に、生後間もない動物の視交差上核を移植するとリズムが回復する。特に、普通のハムスターに、体内時計周期の短いミュータント(突然変異)ハムスターの視交差上核を移植した実験で、正常ハムスターはミュータントハムスターの周期でリズムを刻むようになった結果は、視交差上核に体内時計が存在する決定的証拠になった(1990年代)。
――植物などでは、どの器官に体内時計が存在するのですか。
柴田 植物ではおそらく全ての細胞に存在していると思われます。
 哺乳動物以外の動物では、軟体動物は目に、昆虫は複眼と脳を結ぶ視葉に、鳥類は脳の松果体(鳥類の場合、目と類似して光を感じる場所)にあり、体内時計はいずれも光や目に関連する場所に存在します。
 このことから、体内時計は、外界の明暗環境と密接な関係があると考えられます。

生物は体内時計を 太陽の光に同調させて 外界に適応している

――サーカ(約)ディアン(1日)リズムは"約1日のリズム(概日リズム)”という意味だそうですが、わざわざ"約”1日と呼ぶのは何故ですか。
柴田"約1日のリズム”と呼ぶのは、人の睡眠・覚醒などのリズム周期は光の刺激などによって修正されない限り、約24・5時間周期で時を刻むからです。
 そうすると、地球の自転周期に基づいて24時間周期で動いている外界のリズムとは、毎日約30分程のズレが生じます。
 そこで地球上の生物は体内時計を太陽の日周変動に合わせる(同調)ことによって、サーカディアンリズムを正確な24時間周期に保っています。
 要するに、体内時計は外界の時計より毎日約0・5時間遅れるわけですが、この遅れは、毎朝太陽の光を感じることで体内時計の針を進めて取り戻しているわけです。
――太陽の光に合わせて体内時計をリセットすることで、生物は地球環境と調和して生きていくことができるわけですね。
 光以外にも体内時計を同調させるものはありますか。
柴田 光が最も強力に同調させますが、光以外の刺激では、強制的な運動、温度、音、社会的ストレス、メラトニンなどある種の物質──などの刺激(非光同調刺激)で体内時計の針を前進させることができます(図1)。

時差ボケ、リズム障害

――時差ボケなどは、体内時計が現地時間に素速くリセットされないために起きるわけですね。
柴田 体内時計の同調作用がうまくいかなくなると、時差ボケに代表される種々のリズム障害が起きてきます。
 時差ボケというのは、例えば日本からアメリカへ飛行機で行った場合、日本より7〜8時間進んでいるアメリカの時間に合わせるために、現地に着いた時に旅行者は体内時計の針を7〜8時間進めなければなりません。このように、体内時計が新しい現地時間に同調するまでの過渡期に、眠いとかダルいとかの症状が現れるのが時差ボケです。
 こうしたリズム障害は、海外旅行の他、交代勤務(不眠症)、夜更かし(睡眠時間がどんどん遅くなる睡眠遅延症候群)、痴呆症(夜間徘徊)、日照時間が短くなる冬季(冬季うつ病)、盲目(盲目性リズム障害)―|などの要因によってももたらされます。
 治療には、体内時計を同調させる刺激、例えば強烈な光を浴びせたり(高照度光照射療法)、また、メラトニンやビタミンB12などの物質が用いられています。

治療や投薬も 体内時間にあわせて

――最近、例えば血栓症などは真夜中から早朝に起きやすいなど、病気の発症や症状の悪化にも1日のリズムがあることが分かってきたそうですね。こういうことも体内時計に関係しているのですか。
柴田 体内時計が発振されることによって、細胞レベルではDNA、RNA、蛋白質の合成や各種ホルモン分泌、また個体レベルでは自発運動、体温、脳波、血圧、様々な生理活性物質の産生量――など、24時間のサイクルの中で多彩な変動がもたらされます(出力機構)。
 出力によって1日の中では、例えば体温、血圧、脈拍、血糖値などは昼間高く、夜低い。逆に成長ホルモンやメラトニンなどの分泌量は夜に高く、昼間低い――などの変動がもたらされます。
 こうしたことから病気の症状にも、例えば心筋梗塞や脳梗塞、狭心症の発作は真夜中に、また歯痛や関節炎の痛みは夜明けに、偏頭痛や端息の発作は夜明けから午前中に起きやすく、午後には緑内障の眼圧が高まり、夕方には消化性潰瘍の穿孔やアトピー性皮膚炎の痒みが増す――などの日周リズムが存在します。
 最近、こうしたことが分かってきたことで、投薬時間などもこのリズムを考慮されるようになってきました。と同時に、生体は薬物に対する感受性にも日周リズムを有していることも分かってきたので、時間治療を行い投与時刻を決定するには、疾病の症状リズムと薬物感受性リズムの両方のリズムを考慮して行うことが求められてきました(図3)。
 薬学の分野では既に、必要な時に必要な量の薬を投与するために、投与数時間後に吸収されるように工夫された薬も開発されています。医療費の削減、副作用の防止、予防医学の観点からも今後、こうした研究がますます進み、さらなる治療への応用が期待されています。

体内時計を調節する メラトニン

松果体から分泌される
時計ホルモン
――先ほどからお話に出ているメラトニン、最近、アメリカでは時差ボケや安全な睡眠用サプリメントとして、日本にも飛び火の勢いの大ブームだそうですね。
柴田 最近になってメラトニンが視交差上核に作用することが分かり、さらに1994年、メラトニンレセプター(受容体)のクローニング(分離増殖)が成功して、アメリカではメラトニンが時差ボケや入眠の際に、安全な睡眠リズム調節サプリメントとして気軽に用いられるようになりました。
 それだけでなく、メラトニンには活性酸素消去作用や免疫力増強作用があることが報告され、がんやエイズ、心筋梗塞、さらに不老長寿にも効くと喧伝されたのがブームに拍車をかけたようです。
――サプリメント(栄養補助食品)扱いで売られているとのことですが、どんな物質なのですか。
柴田 メラトニンは脳の松果体でLートリプトファンからセロトニンを経由して合成され、血管系へ放出されるホルモンで、体内時計の針を進めたり、遅らせたりする働き(同調)をします。
 鳥類では松果体の出すメラトニンが体内時計を司る重要な物質であると考えられており、哺乳動物でも視交差上核が見つかる前は松果体こそが体内時計だと信じられていました。しかし、哺乳動物の場合、松果体を除去してもサーカディアンリズムの発振や同調にはほとんど影響を及ぼさないことから、メラトニンは体内時計の出力機構には関係しているものの、サーカディアンリズムに具体的にどのように作用しているかは不明でした。

睡眠・覚醒リズムの調整と トリプトファン↓セロトニン↓メラトニン

――メラトニン以前は、トリプトファンのサプリメントが睡眠薬に代わる安全な睡眠リズム調節剤として、もてはやされていましたね。
柴田 トリプトファンそのものはアミノ酸の1つで、体内で様々な働きをします。その1つとして、ビタミンB6とマグネシウムがトリプトファン水酸化酵素を活性化することで、脳内で神経物質のセロトニンに作り換えられ、さらにセロトニンの一部が松果体でメラトニンに変換されます(図4)。
 セロトニンは脳の中脳に高濃度に存在し、セロトニンそのものにも位相前進作用や入眠作用などの睡眠・覚醒リズム調整作用があります。しかし、セロトニン自身は外から与えても吸収されないので、原料となるトリプトファンがこうした場合のサプリメントとして用いられてきたわけです。トリプトファンは昭和電工のサプリメントが起こした異物混入事件で人気がガタ落ちになりましたが、それに代わるものとして登場したのがメラトニンです。
 先ほどふれたように、セロトニンとメラトニンの作用は非常によく似ています。その活性は昼間低く、夜間に高いため、メラトニンの放出量は夜間に高くなっています。
 一方で、メラトニンもセロトニンも昼間働いて、体内時計の針を進める働きをします。例えば先ほどの時差ボケ。アメリカに到着した時には日本の時計を進めてアメリカの時計に合わせなければなりません。そのためには、アメリカに到着した時点でメラトニンを飲めば、時計の針が前進して現地時間に近付きます。
――そうすると、時差ボケには昼間飲まなければいけないわけですか?
柴田 そうです。到着時間がアメリカ時間で夜だとすると日本時間では昼間ですね。体内時計は日本の時間を引きずっていますから、アメリカの到着時刻にメラトニンを飲めば日本の昼間に飲んだことになるわけです。
 しかも、メラトニンやセロトニンには睡眠誘発作用がありますから、体内時計を現地時間に合わせると同時に、眠くもなるわけで、一石二鳥になります。
――時計の位相を前進させる作用と、入眠作用がちょうどアメリカの現地時間とマッチするわけですね。そうすると、アメリカに朝方到着した場合は、日本時間では夜ですからメラトニンを飲んでも効かないわけですね。
柴田 そうした場合は光にあたればいいわけです。体内時計の針を進めるのは光の刺激が最も強いですから、その場合は、外に出て午前中の光にあたることが一番です。現地の昼間にメラトニンを飲めば、時差ボケが解消されるよりむしろ、入眠作用でよけいに眠くなったりダルくなったりしてしまいますね。
――メラトニンとうつ病の関係は?
柴田 冬期うつ病患者は冬期のメラトニン合成能が低いという意見もありますが、うつ病の光療法では、光によるメラトニン抑制が重要という説もあり、メラトニンとうつ病の関係は現在のところよくわかっていません。

体内時計と加齢時計

――アメリカではメラトニンのサプリメントが若返り、不老長寿にも役立つと言われ、高齢者の摂取が多いということですが…。
柴田 高齢者にメラトニンの摂取が勧められるのは、一つには生理的に睡眠覚醒リズムが乱れやすいのは殆どお年寄りだからですね。
――がん年齢に入ると、メラトニンの分泌が少なくなると言われていますが、メラトニンの分泌低下が原因で年をとると眠りが浅くなるのですか?
柴田 年をとるとメラトニンの分泌が低下するのは事実ですが、それが全ての原因ではないでしょうね。
 例えばメラトニンは昼行性の動物に限らず、夜行性の動物でも夜に分泌量、放出量が高まります。たまたま人では催眠効果が現れるのですが、その作用は種によるのですね。
――加齢時計イコール松果体で、メラトニンが寿命の鍵を握っているという説は?
柴田 加齢時計は寿命と捉えて良いと思いますが、体内時計が寿命に関係しているかはまだはっきりしていません。
 ゾウの寿命はネズミに比べてはるかに長いですが、ゾウとネズミの1日の長さが違うかというと、やっぱり24時間なんです。いろいろな説がありますが、24時間で組み込まれる時計機構と、いわゆる寿命、加齢時計とは直接は関係ないという方向で私は考えています。
 メラトニンが体内時計に作用してサーカディアンリズムをリセットするという作用に対しては論文も随分出されて公に認められた意見ですが、メラトニンが加齢時計を延ばすか延ばさないか、いわゆる寿命を延ばすか延ばさないかについては追試がないんですね。
 私も研究しているところですが、そうした実験で一番難しいのは寿命をどう捉えるかということ。寿命というのは環境条件の違いやストレスの有無などによっても随分違ってきます。例えば明暗を与えて寿命と体内時計の関係をみる実験でも、明暗そのものがストレスを起こすという結論にもなるわけです。ですから、実験を精密にやるのが非常に難しいんです。

メラトニンのその他の作用

――活性酸素消去作用や免疫活性化作用があると報告され、それで若返りの他に、がんやエイズにも効くと言う説は?
柴田 そうした種々の薬理作用を有するという研究報告についても、他の研究者による追試や、薬の効果を見るには不可欠な二重盲検法もされていないのが現状です。ごく一部の動物実験の結果なので、今の段階では何とも言えません。

副作用はない

――メラトニン人気の一つには、副作用がないことがあるようですね。
柴田 それが一番みたいですね。
 動物実験では性腺機能抑制作用があり、性成熟が抑えられるという報告もあるのですが、ただ、これも臨床的には明確なデータは出ていません。
 日本では熊本大学医学部付属病院の発達小児科で不登校児状態の治療にメラトニンの長期(2カ月以上)投与が行われ、治療効果があることが報告されています。不登校状態になると時差ボケ状態と一緒で、やはり睡眠・覚醒リズムがおかしくなるんですね。
 不登校児は当然、子供、青少年ですから、副作用の観点からずいぶんフォローアップされたのですが、性機能にはほとんど影響がなかったということです。
――人間ではまだ副作用は認められていないと言われてますね。
柴田 眠気以外には重篤な副作用はないと言われますし、実際、聞きません。
 しかし、メラトニンのサプリメントが出てからまだ日が浅いですから、10年、20年という長いスパンで毎日摂取した場合、副作用がないとは断定できません。
――今までのお話で、とにかく睡眠・覚醒リズムの調整には役立つし、そうした場合に飲むについては、睡眠薬などのような副作用はないわけですね。
柴田 そうですね。メラトニン、あるいはセロトニンの場合は受容体作動薬になりますが、こういう物質をうまく応用するのは心身の健康維持に役立つと思います。トリプトファンからはセロトニンもメラトニンも出来ますから、こと睡眠に関してだけの効果ならトリプトファンのサプリメントも勧められます。
 メラトニンを摂る場合、メラトニンは光抑制が強いので、夜間睡眠中は部屋を真っ暗にする。腸管吸収があまりよくないので舌下錠タイプをお勧めします。
――メラトニンのサプリメントは何でできているのですか。
柴田 メラトニン製剤化の研究はしていないのではっきりしたことは知りませんが、トリプトファンはアミノ酸の一種ですから、おそらく味の素のように砂糖キビのような植物をもとに微生物による発酵を利用しても作られていると思います。またメラトニンは天然の植物にもかなりの量含まれていますが、これを抽出して製剤化するのは莫大な時間と費用がかかります。もっと簡単な合成法で、構造的には天然のものと全く同じものが作れるので、それが売られていると思います。
(インタビュー構成・本誌功刀)