肺がんの研究から見つかった葉酸の顕著な胃がん予防効果

千葉大学医学部 林豊名誉教授

緑黄色野菜へさらなる期待
──日本人に多い胃がん、肺がんの予防──

 緑黄色野菜に含まれているカロチノイド色素やフラボノイド類には、活性酸素の消去やがんを抑制する働きがあり、緑黄色野菜を多く摂ることはがんの予防に役立つと言われています。
 加えて、やはり緑黄色野菜に多く含まれるビタミンの「葉酸」に、胃がんの発生を顕著に抑える働きがあることが最近報告され、緑黄色野菜のがん予防効果への期待がいや増しています。
 葉酸の胃がん抑制効果は、肺がんの研究者として知られている千葉大学医学部の林豊名誉教授(肺がん病理学)が、発がんとビタミンの関係を研究する過程で解明されたもので、元々は、肺ガンの前ぶれになることがある「気管支の病変(扁平上皮化生)」の改善がきっかけになっています。
 こうしたことから、葉酸には胃がんと同時に、急増している肺がんの予防も期待されています。
 林豊先生に、胃がんと肺がんの関係を中心に、葉酸のがん抑制効果について伺いました。

肺の前がん状態と葉酸スモーカーに多い 肺がんの前ぶれ状態気管支の扁平上皮化生

・・先生は肺がん病理学がご専門ですが、最初は肺がんとの関連で葉酸の効果を調べられたのですか。
林 そうです。近年、すごい勢いで肺がんが急増してまして、93年の調査では男性のがん死では胃がんを抜いてトップに躍り出ています。女性の肺がんも増えており、ごく近い将来、肺がんががん死因のトップになることは間違いないと言われています(図1)。
 この肺がんを何とか防ぐことはできないだろうかという予防医学的研究の一つに、食事や栄養による予防があります。私達はこれをビタミンで検討したわけです。
 肺がんの原因には、タバコや大気汚染物質など幾つかあり、また、肺がんの種類にも幾つかあります(肺門部の気管支に多い「扁平上皮がん」、「小細胞がん」、肺の末梢部に多い「腺がん」が代表的なもの)。
 そのうちの一つ「扁平上皮がん」は、タバコの影響が強く、スモーカーの気管支(気道)では「扁平上皮化生」という病変がよく見られます。特にヘビースモーカーでは、肺がん(扁平上皮がん)の前がん状態の一つとなる悪性に近い扁平上皮化生が多くみられるのです。
 私達は最初、この扁平上皮化生でビタミンの効果を見たところ、葉酸がこれを修復する、治すことがわかったわけです。
・・気管支の気道面は粘膜となっているわけですが、扁平上皮化生では気管支の粘膜はどんな状態になっているのですか。
林 図2を見ていただくと分かりますが、健全な気管支(気道)の粘膜は円柱状の細胞が並んでおり、その上に繊毛がきれいに生えています。
 ところが、タバコなどの刺激などを絶えず受けていると、この細胞がだんだん扁平になり(扁平細胞)、それが石垣のように重なって厚くなります。時には角化も起こります(図2、3)。
 皮膚ではこのように厚い石垣のような層の上に厚い角化も加わって、機械的な刺激に強くなるので、体表の皮膚細胞では外的刺激から体を守っています。
 しかし、気道の粘膜上皮で肥厚や角化という皮膚と同じ状態になると、大変不都合なことになります。
 気道では、円柱状の細胞の間に粘液を出す細胞があって、全体として通過する空気を湿らせたり、異物を粘液によってキャッチして、繊毛がこれを掃き出し、痰として捨てるようになっています。ところが、気道の上皮の細胞が扁平上皮化生になると、タバコやディーゼルの煙などの汚染物質は、痰として体の外に排除出来なくなって、肺に取り込まれてしまうのです。
 このように、円柱状細胞が扁平細胞になり、皮膚に近い形になることを「扁平上皮化生」と言い、その時に、がんに近い形の化生をすることを「異型性を伴う化生」と言って、この悪性の化生は肺がんに移行する可能性が高いのです。
 私達の研究は、本来、円柱状細胞であるべき気管支粘膜の気管支上皮化生を、葉酸が防ぐ、或いは修復することを突き止めたわけです。

葉酸は、 気管支の扁平上皮化生を修復する
(ビタミンA、葉酸、ビタミンB12での検討)

・・葉酸は緑黄色野菜に多いビタミンですが、一般にはあまり耳にしないビタミンですね。緑黄色野菜に多いビタミンでがんに効くということではベータカロチンが有名ですが…。
林 そうですね。発がんにはビタミンA(ベータカロチンを含む)、C、Eなど、ビタミンの欠乏や不足が関係すると言われています。一方で、緑黄色野菜には発がんを抑える成分を含んでいることが報告されています。
 こうしたことから、私達は緑黄色野菜に含まれるビタミンAと、葉酸、それに葉酸の働きを増強するビタミンB12を加えて、気道の上皮化生の出来具合、修復の程度を調べました。
 実験ではラットに、メチルコンラントレン(MC)という、皮膚へ塗れば皮膚がんが、気道に入れれば気道にがんを起こすという強力な発がん物質を餌に混ぜて、扁平上皮化生を作りました。正常な気管支細胞に比べ、異型性を伴う扁平上皮化生を起こした細胞では異常に腫れ上がっています(図3|D)。
 この腫れているところへ、ビタミンA、葉酸、ビタミンB12を与えたところ、MCと一緒に葉酸を十分投与した群は、ガンと関係の深い異型性を伴う化生を起こすものが非常に少なくなりました。例えば、MC単独の投与では41匹中13匹(31・7%)に異型性を伴う化生が起きましたが、葉酸を一緒に与えると7・1%しか起きなくなったのです(表1)。
・・Aはどうでしたか。
林 ビタミンAは、正常の上皮細胞の分化を維持し、細胞性免疫を補強する効果が期待されています。また、肺がんの患者はAが不足傾向にあるのですが、私達の実験ではAは全然効きませんでした。
・・アメリカとフィンランドの共同研究で、「肺がんの場合、ベータカロチン(ビタミンA前駆体)の摂取では発がんを抑えられず、かえって増やす恐れもある」と昨年報告されましたね。
林 実は、私達の実験でも、ビタミンAの投与では未だ葉酸のような効果は認められていません。ですから、アメリカの研究報告はよく理解出来ます。
 ただ、疫学調査などからは、ビタミンAの欠乏は肺の発がんと化生の主要な役割をしているという報告があり、歴史的にも昔からAは効くと言われています。ビタミンAに混じった不純物などの影響で悪い結果が出た可能性もあるので、Aについてはもう少し詳しく検討し直さなければいけないと思っています。
・・ビタミンB12は?
林 喫煙者の、葉酸とビタミンB12の血清濃度は減少していると報告されています。
 それで、葉酸はビタミンB12と一緒になって働きますから、併用すると作用が強くなるわけです。
 しかし私共の実験では、葉酸単独でも、ビタミンB12の併用でも効果を明かにすることが出来ていない状態ですので、今は、葉酸だけを検討しています。

肺がんの予防も期待される 臨床での効果

・・葉酸は既に、臨床で応用されていると聞いていますが。
林 東京医科大学の加藤治文教授の研究室では、扁平上皮化生の見つかった患者さんを対象に葉酸を摂ってもらって、非常に良く効いているという結果を出されています。
 患者さんには、葉酸とビタミンB12を約1年間飲み続けてもらったのですが、内視鏡での観察は、摂取した人の化生が平均半分以下になったのに対し、摂取しなかった人は殆ど変らないという結果になったと報告されています。
・・この場合の上皮化生の改善は、人の肺の扁平上皮がんの予防につながりますか。
林 この結果から、葉酸の摂取が肺がんの予防や再発防止つながることが期待されています。しかし、それについてはまだ研究の途中で、はっきりしたことは言えない段階なのです。
・・では、肺がんそのものへの葉酸の効果は分かっていないのですか。
林 まだ分かっていません。
 葉酸が肺がんを予防するかどうかということでは、化生や増殖のもっと微細な観察をしなければなりません。ところが、ラットの気管支は大変薄く、私達は、葉酸が異型性のある化生や増殖を防ぐ詳細な観察を行いたかったのです。
 それで私達は、この観察を、気管支よりも多数の細胞が重なって厚くなっている胃壁(胃粘膜上皮)で確認したところ、胃では効果の詳細が顕微鏡ではっきり観察されたのです。

胃がん予防に 顕著な効果 葉酸の摂取で 胃がんの発生率は大幅に減少

・・では、葉酸の胃がん予防効果は偶然、見つかったわけですか。
林 そうなのです。気管支の粘膜上皮では、葉酸が上皮細胞の悪性化を抑えること迄は確認出来ましたが、肺がんそのものを抑えることついてはまだ確認していません。ところが、それを調べる過程で、葉酸が胃がんの発生を抑えることを見つけたわけですね。
 葉酸に胃がん予防の可能性があることを胃壁で証明しようと思ったわけです。
 そして行ってみた結果があまりに都合の良いデータになったので、偶然の可能性もあるだろうと、実験を何回も繰り返してみたのですが、それでも結果は同じでした。
・・実験の結果をもう少し詳しく、お話いただけますか。
林 人工的に7割に胃がんを起こすという強力な発がん物質「MNNG(N―メチルN’―ニトロ―N―ニトロソグアニン)」を投与したラットを、餌に葉酸を与えないグループ(22匹)、与えたグループ(20匹)に分けて、胃がんの発生率を52週にわたって比較しました。
 その結果、葉酸を与えないグループでは、20週目から胃や十二指腸にがんが出来始め、52週後には71%に胃がんが見つかりました。
 一方、葉酸を与えたグループでは、途中で屠殺した13匹には胃がんは見つからず、52週目にしてやっと残りの7匹の1匹に小さながんが見つかっただけだったのです。
・・結局、20匹中1匹に胃がんが見つかっただけなのですね。すごい効果ですが、葉酸はかなり大量に摂取させたのですか。
林 そうでもありません。人間の日常の必要量の約3倍位です(ラットの体重100g当たり0・4mg)。
 ですから、緑黄色野菜など葉酸を多く含む食品を沢山摂ることで、胃がんの予防効果が期待出来ると思います。

葉酸はニトロソ化合物の生成を抑える

・・葉酸が胃がんの発生を抑えるメカニズムは分かっているのですか。
林 始めは全く分らなかったのですが、ここ1、2年の間に、共同研究している生化学の分野(千葉大学医学部第一生化学教室・藤村教授)で、葉酸は人の胃がんの発生に大きく関与していると言われるニトロソ化合物の生成を抑えることが分かってきました。
・・それはやはり、葉酸にはフリーラジカルを除去する力があるということなのでしょうか。
林 それは確かだと思います。
 胃ガンの有力原因の一つとして、ハムなどの製造に発色剤として使われる亜硝酸塩や、野菜中の硝酸が変化した亜硝酸が、肉の蛋白のアミンと結びついて、胃袋の中で発ガン物質のニトロソアミンが作られることは良く知られています。
 それで葉酸は、ニトロソアミンなどから一種のフリーラジカルとして働くNOの生成を阻害する働きをすると考えられます。また、NO発生は発がんに非常に関係があると言われています。
・・葉酸の欠乏で悪性貧血を起こした人は胃がんになる確率が高いそうですが、その辺との因果関係は解明されているのですか。
林 これもまだです。
 血液中の葉酸レベルの低い人が特に胃がんになりやすいかどうかということの解明は、大変急がれる研究課題です。

葉酸とガン予防効果 葉酸の働きと 多く含まれる食品

・・葉酸はビタミンB群の一種で、赤血球を作るのに必要なビタミンとして知られていますが、がんを防ぐ効果もあったんですね。
林 実は葉酸は貧血だけでなく、皮膚の健康にも良いといわれるビタミンです。皮膚の健康に良いとされるビタミンが、気管支の上皮でも良いというのは考えられないことではありません。また、葉酸には、口腔内の潰瘍を予防する働きもあると言われています。
 元々葉酸は、核酸の合成に必須のビタミンで、赤血球の生産、細胞増殖の促進、蛋白質の分解と利用に欠かせないビタミンとして知られています。
・・どんな食べ物に多く含まれているのですか?
林 ほうれん草から分離されたことから葉酸と名付けられ、アスパラガスなど緑の濃い野菜、人参、かぼちゃ、豆類などの他、レバーや卵黄などにも多く含まれています(表2)。
 日光にあたると破壊されてしまうのが特徴で、野菜などは冷暗所等での貯蔵に気をつけないと簡単に失われてしまいます。
 水溶性のビタミンで、熱にも弱く、ホウレン草をグラグラ茹でたりすれば効果はたちどころに半減してしまいます。野菜を茹でる場合は、水が少なくてすむ蒸煮等で、すばやく加熱するなどの注意が必要です。
・・1日に必要な摂取量は?
林 摂取量は一日当り、アメリカの基準では成人で200マイクログラム程度とされており、ごく微量を摂るべきとされています。
・・葉酸のサプリメント(補助食品)も売られていますが、こうしたものも光が当ったりすると失効しやすいのですか。
林 そうです。スーパーなどで光の当たるところに長く置かれているものは、効果が随分減少しているのは間違いないと思います。

毒性、副作用

・・ラットの実験では必要量の3倍位で胃がんの予防効果があったということですが、毒性はないのですか。
林 葉酸は、貧血がなければ毒にも薬にもならないと言われる程、地味なビタミンです。
 特に毒性としては知られていませんが、まれに皮膚にアレルギー反応を起こす人があると言われています。しかし、普通は多少多目に摂っても、心配することはないと思います。
胃・肺がんの予防と葉酸
・・胃がんは日本人に最も多いがんですが、副作用も殆どないという葉酸に、こんなにも高い胃がん予防効果があるということはすごい福音ですね。臨床では既に試されているのですか。
林 がんになりかかっている、要するに前がん状態みたいな人に摂取してもらって治れば非常に有難いのですが、胃では臨床の応用がまだ行われてなく、残念に思っています。
・・ヘビースモーカーや、胃の弱い人は葉酸を沢山摂れば、がんの予防につながると言えますか。
林 既に葉酸が、子宮頚がんと肺がんの危険性を下げる、特に肺がんの場合は、喫煙をしていても葉酸を摂ればそれだけリスクが低くなるというデータが出されています。
 胃がんについても私達の研究で、がんの予防に役立つ可能性が示されたわけですね。
 がんになってしまったら早期発見、早期治療しかないわけですが、そうなる前に是非、緑黄色野菜を多く摂るなど、食事等の工夫で、防いでいただきたいものだと思います。
・・大変、貴重なお話を有りがとうございました。
(インタビュー構成・本誌功力)