環境を守り、命を守る自然農法

冷夏に強かった自然農法の稲

静岡大学農学部 中井弘和教授

自然農法の稲は冷夏に強かった

 戦後最大の凶作年といわれた一昨年、農薬や化学肥料を駆使した稲作が壊滅的打撃を受けた一方で、無農薬・無化学肥料で作った稲は例年と同様の収量を確保するものもあった程、冷害に強いことが実証されました。
 慣行農法と自然農法における稲の作柄を研究している静岡大学農学部の中井弘和教授は、専門の育種学を生かすことにより、化学肥料や農薬を使わない環境保全型の自然農法に、今後の農業の活路を見出そうとされています。
 今月は、中井教授に自然農法の展望と、健康面における利点についてお話を伺いしました。

自然農法の稲は 冷夏に強かった自然農法とは

・・安心して美味しいご飯が食べられることは誰もが望んでいることと思いますが、これだけ無機農法が広がった今、農薬・化学肥料を使わない農法の普及は可能なのでしょうか。
中井 それは決して不可能なことではないと思います。
 ヨーロッパなどでも、地球環境との調和という広い視野から近代農業を批判する思潮が生まれています。
 農産物を国家戦略物資の一環とみなして強力な補助金政策で輸出拡大策をとってきたアメリカも、1980年代には、早くも地力の低下、表土流出、水資源の減少、地下水の汚染、砂漠化・・などが表面化し、その反省から、大規模農でも有機農業化の動きが進んでいます。
・・先生は、これからの農業として自然農法に活路を見出そうとされてますが、どのようなことから自然農法に目を向けられるようになられたのですか。
中井 生産性を優先させ、農薬や化学肥料に依存している近代農業は、地球環境破壊の主要な要因の一つとなっていることは明白です。
 そこで、環境と人間をより良く生かす農業が希求されるようになってきたわけですが、それには先人達の農業の知恵や手法に今一度学ぶことが必須です。こうしたことから、自然農法に目を向けるようになりました。
 しかし、自然農法が一般に普及するには収量などいくつか問題点があります。私達は、自然農法に専門の育種(品種改良)学を生かすことによって、収量の減少等の解決を目指して研究を進めています。
・・一般には、無農薬・無化学肥料の農法は「有機農法」と呼ばれていますが、「自然農法」との違いは?
中井 「自然農法」は元々、昭和10年代に世界救世教の岡田茂吉師によって提唱され、化学肥料、農薬を使用せずに自然堆肥などを活かした土の力を基盤とした農法を言います。
 似たような意味の言葉は「有機農法」や「持続可能型農法」などいくつかありますが、明確な定義はされてなく、実施者によってそれぞれニュアンスが異なる場合が多いというのが現状です。
 私達の実験田を例にとって自然農法を説明しますと、化学肥料と農薬は一切使わず、育種は培養土(山土、米糠)で行い、堆肥は草、稲ワラ、籾がら、おから、米糠等を十分に発酵させたものと、完全に発酵させた鶏糞を使っています。また、冬はライ麦を栽培して青刈り(穀類を葉の青いうちに刈込むこと)して鋤き込んでいます。

冷夏に強かった自然農法の稲

・・異常冷夏が原因で大凶作となった一昨年、自然農法による稲作は一定の収量を上げたということで、再認識されましたね。
中井 平成5年の凶作年には、化学肥料と農薬を使用したいわゆる慣行農法の稲と、自然農法の稲では作柄に大きな差が出て、自然農法は環境や健康面からばかりだけでなく、収量の面からも見直される契機になりました。
 特に打撃のひどかった東北地方では、例年なら慣行農法に分がある収量が完全に逆転しました。
 奨励品種の「あきたこまち」の場合、育苗から自然農法で作った稲は、穂の中に実る籾の割合(稔性)など、稲の形質全般で優位が明確でした(図1、表)。
 コシヒカリの場合も、慣行農法では10アール当り1俵(60kg)の減少に対して、自然農法では前年をやや上回り、全体として例年と収量の差はありませんでした。
・・自然農法は何故、冷夏に強かったのですか。
中井 過保護になっていない自然農法の稲は、オシベとメシベができる時期に気温が低かったことによく耐えたということだと思います。
 また、土壌温度は、自然農法は慣行農法より1〜3度C高いのですが、凶作年には特にその差が大きかったこともあげられると思います。

慣行農法と自然農法の  稲を比べてみると 成育状況

・・自然農法と慣行農法による稲の成育や作柄の違いというのは、平年ではどうなのでしょうか。
中井 私達は、長野県飯島町の駒ケ岳を望む標高630mの準高冷地の中村雄一さんの自然農法水田を借りて実験を行って来ました。研究対象として、隣接地に化学肥料と農薬を使った慣行農法による水田を用い、約120品種について、両農法による出来具合を比べています。
 栽培の過程で自然農法と慣行農法の差が最も明瞭にあらわれるのは田植え後の初期です。
 図2の写真は、田植え後1ヵ月目の成育状態を撮影したものですが、一見して自然農法の苗は丈が低く、茎の数も少なく、貧弱なことが見て取れます。
 耕作者は、成育初期のこの貧弱な苗の状態を見て驚き、耐えられずに自然農法を諦めてしまうことも多いのです。しかし実際には、貧弱な地上部に対して、目に見えない地下での根の成長は順調に進んでいることが分かりました。
 図3は、自然農法では慣行農法に比べて約50%の品種が根が長いことを示しています。根の長さと草の丈の比で見ると、さらに高い割合で自然農法の方が高い比を示すことが認められます(図4)。
 こうしたことから、初期の成育では自然農法は地上の草の部分より、地下の根の部分での成育が良いことが分かりました。

両農法における稲の特性

・・肝心の稲穂の出来具合はどうなのでしょうか。
中井 図5は、両農法における稲の特性を見たもので、自然農法は茎の長さ(稈長)、穂の長さは短くなり、穂の数が減少し、、籾の重量は重くなるという特性が見てとれます。
 こうした特徴のうちで、「穂数が少ない」というのは明らかに収量を減少させる欠点となります。自然農法では収量が上がらないと良く言われますが、その主な原因の一つがこの穂数の減少です。
 しかし、図5は一方で、自然農法でも慣行農法と同じ程度の穂数を確保している品種がいくつかあることを示し、特に自然農法に良く適応する品種が有り得ることが推察されます。

味は自然農法米が勝る

・・自然農法、有機農法で作ったお米は美味しいと良く言われますが、そうしたことも学問的に証明されているのですか。
中井 私達は食味値の測定を2種の食味計を使って調べております。
 その前に、図6は、成熟した籾の明度を測定したものです。自然農法の水田の籾の色がきれいだったので測ってみたのですが、80%以上の品種で自然農法の方が明度が高い(明るい)結果となりました。籾の明度と味や成分の関連は今のところ不明ですが、今、その関連性についても分析を進めているところです。
 図7は2種の測定機の違いによる品種の食味値を比較したものです。ニレコ製は米のマグネシウム(Mg)とカリウム(K)、窒素(N)の含有(Mg/K×N)で、佐竹製はアミロース、蛋白質、脂肪酸含有で食味値を算出しています。お米は、マグネシウム含量が高く、窒素含量が低いもの、また、蛋白質や脂肪の含量が高いものが美味しいと言われますが、両食味計の間には高い相関関係が認められました。
 図8は、ニコレ製の測定結果ですが、図7、図8と共に、多くの場合、味は自然農法の方が良いことは明らかです。
 図9は、自然農法において、高い食味値を示した品種から順に30位までを選んで、その食味値を示したものです。全般に、日本の在来種(品種名は不明。J記号をつけたもの)に、味が良いものが多く得られました。

自然農法米はマグネシウムが多い

中井 さらに、ミネラル含有量の分析から、自然農法米は、窒素含量が低く(図10)、マグネシウムの含量が高く、カリウム含量が少ない傾向にあることが分かりました。
 これらの結果は全て、自然農法米の味の良いことに関係しており、特に、窒素含量が低いのは、自然農法米の高い食味値の主な原因になっています。
 また、土壌分析からは、水田の土壌条件(改良目標値)は明らかに慣行農法の水田より、自然農法の水田の方が良いことが分かりました(図11)。
・・マグネシウムは今最も脚光を浴びているミネラルですが、自然農法米はマグネシウム含量が高く、美味しいというのは消費者にとって嬉しいことですね。

自然農法の展望
自然農法に適する品種の選定・育成が重要

・・美味しく栄養価も高い自然農法米ですが、農薬、化学肥料を使う近代農法が広がった今、その普及は大変難しいのではないでしょうか。手間ばかりかかって、収量が上がらないとは良く聞く話しですが…。
中井 何故、収量が上がらないか。それは、自然農法を推進しようとする人々は土壌の改善には熱心でも、品種の選定には比較的無頓着であることが大きな原因の一つであると思います。
 化学肥料をたっぷり与えて収量が上がるようになっている品種を、化学肥料を与えない自然農法で作ろうとすれば、うまくいかないのが当然です。ところが何故かその辺りを軽視して、失敗して諦めてしまうケースが多いのですね。
 自然農法において慣行農法よりも穂数の多い品種は見られませんでしたが、同じ程度の穂数を示す品種はいくつか見られました。これは、収量に関して、自然農法に良く適応する品種があることを示しています。
 私共の研究によると、むしろ江戸時代や明治時代に使われていたような品種を育てると、自然農法でも近代農業の収量と比べても収量が落ちない上に、今、人気のあるお米より美味しいという評価を得るものもあるのです。
 図12は自然農法に適応する2種を選んでコシヒカリと対照させたものですが、J(在来日本種)235では穂数がかなり多く、慣行農法のコシヒカリよりも多いことが分かります。
・・自然農法を上手に運営していくには、品種の選定とその育成が重要なのですね。
中井 そうです。
 アメリカでは農産物を戦略物資として位置づけていると冒頭に申しましたが、アメリカの農業教本の中に、江戸時代末期黒船でやって来て日本に開国を迫ったペリーが、同時に植物探検隊とも言うべき使命を帯び、日本から大量の植物の種子や見本を持ち帰っている・・と書かれてあるのを数年前に見つけました。彼らは種子を遺伝資源としてその研究と応用を建国以前、つまり英国などの植民地であった時から熱心にやっていたということです。
 日本はそういう点、実に遅れていて、私が子供の頃食べた野菜の種類など既に、残っていないものが沢山あるのです。
 野菜も人気品種がかなり変動します。例えばキュウリなども以前はもっとトゲがあって白い粉がふいて、味も非常に美味でした。本来なら、それらの種子などは遺伝資源として将来のため、全部保存しておくべきものなのですが、それをしていないのですね。
 米と並んで野菜の自然農法を考えていこうという時代、これらの遺伝資源が残っていないものが多いということは全く残念なことです。

米や野菜は命の元であるという認識で賢い選択を

・・自然農法が広がらない原因には、消費者側にも問題があると思います。
 また、化学肥料を大量に使用していると、農産物はひ弱になって農薬を使わざるを得なくなる悪循環が生まれることも良く聞きますが…。
中井 これらも大きな問題です。消費者に対しては環境汚染が無い、安全である、栄養価が高い・・などを基準に選んでもらいたいのですが、どうしても見かけの外観や値段の安さを第一に選びがちです。
 化学肥料や農薬を多用したものなどは、栄養価などが少なくなっているといわれています。例えば、野菜中のビタミンAやCなどは30年前と今と比べると、約半分に減ったと言われます。
 スーパーなどでは、「貧血野菜」とも言うべき野菜が粒揃いで美しく並んで人気を呼んでいるのが実態です。市場に出すレタスなどの野菜には絶えず農薬を散布し、自分たちが食べる分には農薬抜きで身を守るというのが多くの生産者の姿です。消費者はそういった話を聞いたことがあっても、現実にスーパー等できれいに並んだ野菜を見ると、そんな恐い話も忘れてしまうようです。
 限られた人間の智恵で作られた化学肥料のみを与え、農薬で痛めつければ、作物は栄養不足になるのも当たり前で、そういうものを食べている人間の健康も危ぶまれます。例えば、私共の学生が実験した結果では、化学肥料で育てた小松菜からは硝酸が約3倍も検出されました。硝酸は最終的に胃腸の中で発ガン物資のニトロソアミンに変化する可能性が大です。
 生産者は、土本来の力を生かしながら、作物の生命力を引き出す農業への回帰を心がけ、害虫や雑草は殺して取り除くのもではなく、生態系そのものを農業技術に生かして、自然の調和や循環の中でそれらが発生しない方法を実践して欲しいと思います。
 こうした化学肥料や農薬を使わない農作物は粒揃いという外観にはなりませんが、安全で美味しいと言えます。そういう作物を生産者が作るようになるためには、消費者の選択が変ることが決定的に重要だと思います。
 自然農法でつくった農作物はビタミンやミネラルが多く、生命力が強く、美味しくもあり、その旺盛な生命力のあるものを人間が食べれば、食べた人も元気が得られ、生命が輝きます。
 近代農法は収穫量を最大限に上げるという大きな目標の中で、技術の主体はあくまでも農薬や化学肥料の側にあって、扱う対象作物の側にはありませんでした。
 一方、自然農法における技術の主目的は、作物固有の生命力を最大限に引き出すことにあり、作物そのもの在り方を明確に視野に入れた技術の開発が要求されます。自然農法の技術開発ということでは、命の源である食べ物を作る農業は、能率主義ではない、別の価値観を持つということを農業者も消費者も自覚して欲しいと願っています。