白内障の発生と進行の引金も活性酸素

獨協医科大学越谷病院眼科 小原喜隆教授

白内障増加の背景に、 活性酸素を生みだす環境

 水晶体の白濁から起きる白内障は、歳をとると誰でもかかる病気というイメージがありますが、高齢になっても必ずしも白内障になるわけではありません。実は、白内障には様々なタイプがあり、発生の要因もそれぞれ違います。
 しかし、どのタイプの白内障も、水晶体の濁りには活性酸素やフリーラジカルによる水晶体タンパクの酸化が関与していることが言われ、特に糖尿病白内障では酸化の悪影響を多く受けると言われています。
 高齢化社会の到来で白内障も増えてきていますが、そんな中、老人性白内障の若年化も言われています。これには、紫外線の増大、大気汚染、日常生活における化学物質の氾濫・・等々、我々を取り巻く環境が生体内で活性酸素等を生み出しやすくなっていることとも関係しているのかも知れません。
 20年来、白内障と酸化の関連を研究している獨協医科大学越谷病院の小原喜隆教授は、「眼は光や空気にさらされているために酸化的ストレスを受けやすく、白内障の他にも酸化が引金になっている眼の病気は多い。現代の酸化的環境は眼にも重大な弊害をもたらしている」と指摘されています。
 小原先生に酸化を中心に、白内障についてお話を伺いました。

白内障とは

・・「活性酸素は万病の元」と言われていますが、白内障にも活性酸素がからんでいる、白内障は酸化的障害の一つであるということで今日はお話を伺いに参りました。
 まずは白内障とはどんな病気なのかということから。
小原 白内障は本来透明な水晶体が白濁することから起きる病気です。
 眼をカメラに譬えると水晶体はレンズに当たる部分で、この部分が濁ってくると、ちょうど曇りガラスを通して見るように物がかすんで見えます。混濁が進行して瞳孔にかかる迄広がると失明を来しますが、その他にも飛蚊症や複視などの諸症状が起き、とにかく物が見えにくくなります。
 白濁がある程度進行すると、瞳を通しても白く濁っているのが分かり、昔は「白底翳(そこひ)」と呼ばれていました(翳とは「おおい」とか「かげり」という意味)。
 白内障にはよく知られている老人性の他にも、糖尿病性、先天性、網膜症など眼の病気から派生する併発性、外傷性、X線や紫外線によるもの、ステロイド等の薬の副作用によるもの・・など、様々なタイプがあり、最近はアトピー性の白内障も問題になっています。
 このうち最も多いのは老人性で、60歳では約7割、80歳では約9割の人が白内障にかかっていると言われています。次いで多いのが糖尿病性で、白内障の約25%を占め、糖尿病性では若年性を除き、加齢の因子も加わるので病気の形態はより複雑になってきます。
・・老人になると誰でも白内障になるというものでもないのですか。
小原 水晶体は若いうちは無色透明ですが、歳月と共に糖化によって次第に褐色を帯び、また、濁りを生じてきます。
 混濁は加齢に伴い誰でもある程度は避けられませんが、老人性白内障では加齢をベースに、病的な要因が加わって起きます。ですから、高齢になったからといって、必ずしも白内障にかかるわけではありません。
 例えば、我々が診ると水晶体がまっ黄色になって、何でこれで物が見えるのだろうという人でも、視力1・0を保っている人がいます。こうした人は、代謝の異常も酸化的ストレスもなく、水晶体の新陳代謝が規則正しく行なわれて、視力低下を起こさない程度には透明度を保っているわけです。

酸化と白内障
水晶体が濁るのは

・・老人性白内障の場合、老化に酸化的ストレスが加わると白内障になるわけですか。
小原 老人性だけでなく、白内障の発生と進行には活性酸素やフリーラジカル等が引金になっていると考えられます。
 水晶体の成分は水分7、蛋白質が3の割合になっています。蛋白質はレンズクリスタリンと呼ばれる特別のタンパク線維で、水晶体はこのタンパク線維が重なって作られています。
 水晶体が透明なのは血管がなく、水晶体線維が規則正しく整然と並んでいるからです。
 一方、水晶体が濁るのは、水晶体タンパクが酸化によって変性してしまうからで、水晶体線維が酸化されると、線維の間隔がズレたりよじれたりして、病的に凝集してしまうからです。無色透明な卵白が加熱によって変性すると白く固まりますね。あれと似たようなことが水晶体にも起きるわけです。
 また水晶体は、硝子体や房水と呼ばれる体液から栄養が補給されますが、血管がないために、栄養分が最終的に代謝されて出来る終末産物や老廃物の出口がありません。そうすると、こうしたものが水晶体線維に付着したり、中心の核にたまって水晶体全体が核化することもあります。この老廃物等の蓄積も、白濁の一因になります。
・・水晶体というのは酸化されやすい器官なのですか。
小原 そう言えると思います。眼は光や酸素にさらされている器官で、水晶体も間接的に光や酸素にさらされています。酸素も光も体内で活性酸素を作りますが、特に紫外線は強烈な活性酸素を作ります。
 また、水晶体には生体と同じ糖代謝系が存在し、生体の糖の代謝異常をそのまま反映しています。水晶体で糖の代謝異常が起きると蛋白質や脂質も代謝異常を起こし、蛋白質の凝集、脂質の異常、細胞膜の破壊など、いろいろな変化が起きますが、これらがまた、酸化反応を引き起こすことになります。

酸化をもたらす体内の要因

・・酸化を起こす要因には、どんなものがあるのでしょうか。
小原 生体内の要因としては、第一にホルモンの異常、第二に加齢、第三に耐糖力の低下が非常に大きく影響していると私は考えています。
1.ホルモンの異常
小原 私達のデータでは手術まで行くのは女性の方が多く、白内障を進行させる因子が女性特有に何かあることが推測されます。そこで調べていったら、女性ホルモンのエストロゲンに突き当りました。
 女性では閉経期、エストロゲンが目立って減る頃に白内障が結構進みます。エストロゲンには抗酸化作用があり、これもやはり酸化に関係しているわけです。
 また、エストロゲンが減ると、骨からはカルシウムが抜けて行きますが、逆に、水晶体にはカルシウムが入って来ます。水晶体にカルシウムが増えると、蛋白質を固めてしまうので、これも白濁を進行させることになります。
 さらに、細胞膜は酸化によって壊れるので、酸化が進むと、カルシウムはより細胞内に入りやすくなるという悪循環が生まれてきます。
2.加齢
小原 一般に加齢に伴い、体内の活性酸素消去機構は衰えてくるので、酸化的障害を受けやすくなります。病的な老化では特にその傾向が顕著になります。
3.耐糖能の低下
小原 水晶体には全身と同じ糖代謝系が存在すると申しましたが、糖が十分代謝し切れない、燃えつき切らないという耐糖能力が低い人は血糖値が上がりやすく、水晶体周辺の房水中に糖分が結構あるんです。
 そうすると、活性酸素を消去するSODなどのスカベンジング酵素(活性酸素消去酵素、抗酸化酵素)に糖がからみついて活性が低下します。こうした状況は糖尿病の人に顕著ですが、糖尿病がなくても耐糖能の低い人は白内障になりやすいのです。

酸化をもたらす外的要因

〈紫外線〉
・・外的な要因ではやはり紫外線が一番ですか。
小原 体外的な要因ではやはり、紫外線が一番です。
 紫外線は体内で、酸素と反応して「過酸化水素(HO)」という活性酸素を生成しますが、水分のあるところではより強力な「OHラジカル(ヒドロキシラジカル、
・OH)」を生成します。このOHラジカルは活性酸素の中でも、蛋白質を変性させたり、生体膜を壊す力が一番強いといわれています。
 私達は実験で、水晶体線維に紫外線を当てると線維の配列がメチャメチャになったのが増えることを確認していると共に、水晶体の中でOHラジカルを捕えていますので、紫外線が水晶体の酸化をもたらすことは確実です。
 そして、HOやOHラジカルなどの活性酸素は水晶体内で悪さをする過程で、脂質に働きかけて様々なタイプの過酸化脂質を作り、これがまた白濁の原因になります。
 紫外線に対しては、若い人は特に用心が必要です。私達が行なった調査では、20代30代に1日平均5時間以上の屋外労働経験のある人で特に女性は、白内障になりやすいという結果が出ました。50歳も過ぎると、水晶体に核が出来てこれがある程度フィルターになって紫外線を遮断するのですが、若者に限って言うと、日焼けの時期にはサングラスをかける、つばの長い帽子を被るなどして、眼を紫外線から守って欲しいと強く願っています。そうするだけでも、今の若者が高齢になった時の発生率を減少することが期待できると思います。
〈赤外線〉
・・赤外線も要因になると聞きましたが。
小原 ガラス工の職人さんに白内障が多いところから、赤外線の害は以前から指摘されていますが、一般の人では赤外線についてはあまり心配しないで良いのではないかと思います。
〈OA機器〉
・・私などは毎日ワープロ浸けで確実に眼が悪くなったと自覚していますが、テレビやOA機器のCRT画面から飛んでくる電磁波はどうなのでしょうか。
小原 白内障との関係は実験していないので分かりませんが、水晶体線維への影響はあると思います。
 と言うのも、15、6年前にCDT画面を使う人を調べたことがありますが、若い人にもかかわらず水晶体の表面がデコボコして、反射が違うんです。ですから何か影響があるなっていう感じは受けました。
・・OA機器ではドライアイが問題になっていますが、ドライアイは酸化に関係していますか。
小原 今度、そのデータを発表するところなのですが、ドライアイではSODが減っているんです。ですから酸化に関係していると思います。
〈タバコ〉
・・「タバコ一本活性酸素百兆個」って言いますが、タバコは?
小原 私達の調査も含めて日本での疫学調査ではタバコは因子として出て来なかったんです。ところが、アメリカでは、20本以上吸う人は吸わない人に比べて2・6倍も白内障にかかる率が高く、禁煙した人でも1・6倍位というデータが出ています。
 まあ疑わしいとは言えるかもしれません。因みに、アメリカのデータは女性(看護婦)を対照にしたものです。
・・屋外労働者の調査でも女性に顕著だったということですから、こと白内障に限ると、女性は酸化ストレスにはより気をつけた方がいいわけですね。
小原 そう思います。

酸化的ダメージの強い
糖尿病白内障

・・老人性に次いで多いのが糖尿病白内障ということですが、糖尿病では何故白内障にかかりやすくなるのですか。糖尿病では酸化的障害がより強くなるということですが、やはり酸化が関係しているのですか。
小原 糖尿病白内障ではいろいろなところに酸化が関係し、これに加齢や紫外線などの因子も加わって、その発生のメカニズムはより複雑になっており、未だ最終的に解明されていないのが現状です。
 酸化的障害が強いことから、進行も老人性に比べて格段に早く、2倍のスピードで進行します。しかも、血管も弱って手術も難しいので、糖尿病白内障の人はより血糖値のコントロールが重要です。

糖尿病自体が 酸化と関係している

小原 糖尿病は膵臓中のインスリンを作るベータ細胞の働きが悪くなってインスリンが出なくなる、または出にくくなるわけですが、このベータ細胞は酸化に対する予備能力がなく、酸化に非常に弱い細胞として知られています。
 ですから、糖尿病白内障では先ず、糖尿病自体が酸化に関係している、そこから白内障も起きやすくなることが上げられます。

糖代謝経路の異常

小原 次いで糖代謝の異常が関係しています。
 糖尿病では血糖値が高くなり、血糖が高いと糖が全身に流れなくなって代謝が簡単に崩れるわけですが、過血糖になると、神戸の震災で主要道路が輸送車でいっぱいになると皆が脇道にそれたように、糖(グルコース)が本来の経路で流れなくなってしまい、その結果、活性酸素などが出て来ます。
 水晶体で過糖状態になると、多量のグルコースはソルビトール経路を介して代謝されます。そうなると、水晶体の浸透圧が上昇して、還元型のグルタチオンやATPが減少し、蛋白質の代謝にも影響して来るようになります。
 蛋白質の代謝が狂うと、糖がアミノ酸に結合して蛋白質が糖化され、この時にスーパーオキシド(O)や過酸化水素(HO)、そこから出る一番の悪さをするOHラジカル(ヒドロキシラジカル)が出て来て水晶体タンパクを変性させ、膜を壊し、核も壊すわけです。さらに、この過程では最終的に過酸化脂質も出て来ます。

リポ蛋白の過酸化脂質化

小原 水晶体の真ん中の核が濁るタイプの白内障(核硬化白内障)では、過酸化脂質が特に多いことも分かりました。
 これは悪玉といわれる低比重のコレステロール「LDL」などが水晶体の中にも入って来ることと関係しています。従来、LDLなどコレステロールは分子量が大きくて水晶体には入らないと思われていたのですが、私達は水晶体中にもLDLなどが入ってくること、特に糖尿病白内障ではLDLが増えていることを見つけました(表1、2)。
 コレステロールはリポ蛋白と言って、脂質と蛋白質が結合したものですが、糖尿病では特にリポ蛋白質の代謝に異常が生じます。糖尿病になると糖がこのLDLにもからみついて変形させ、水晶体にも入りやすくなるのです。
 LDLが活性酸素により酸化されて過酸化脂質になると、これはフリーラジカルですから、それ自身強い酸化力をもつようになり、水晶体線維を障害し、白濁させるのです。

糖化SODの増加

小原 また先程、耐糖能の低下に触れましたが、SODが糖化すると活性が下がります。
 同年齢で同程度に混濁した老人性白内障と糖尿病白内障の水晶体内のSOD活性を測ったところ、SODの量も活性も低下していました。さらに、糖尿病では過酸化脂質も増加しているところから、不活性になった糖化SODが増えると、活性酸素消去機構の一連の反応に異常を生じることも推測されました。(表3)

白内障の予防と治療
微量栄養素の摂取

・・こう白内障が酸化に関係していますと、白内障の予防や進行を食い止めるには、ビタミンやミネラルなどの抗酸化物質などの摂取が有効になりますか。
小原 それはなるでしょうね。
核硬化白内障では水晶体中のビタミンEが少なくなっていることが確認されています。特にビタミンEが有効と思われますが、動物実験では、ビタミンEにビタミンAを添加すると、さらに抗酸化活性が高まることを確認しています。
 ミネラルも抗酸化酵素を活性させる銅、亜鉛、セレニウム、鉄等を十分量、体に備えていることが必要です。但し、金属元素、例えば鉄や銅などは過剰に摂るとこれがまた活性酸素を作ります。鉄粉などが眼に入ったら、眼科では絶対に早く確実に取り除けと言われています。
 いずれにしろ、生体の抗酸化力をつける上では、ビタミンやミネラルなどの微量栄養素を、総合的に、十分量、適正量、摂ることが重要になります。
 栄養についてはまだまだ脂質や蛋白質ばかりに目がいっているのはとても残念なことです。微量栄養素の酸化防止効果、疾病予防効果等に、一般の人も医者ももっと眼を向けて欲しいと思っています。

SOD製剤

・・ビタミンEの点眼薬もありますね。
小原 それも含めて現在5種類程の薬が使われ、どれも理論的には進行を防止する効果はあります。
 私自身は白内障の薬として、SODに可能性を見ています。今までのSOD製剤は、ターンオーバーが早くてすぐ消えてしまい、実際の治療には応用出来なかったのです。しかし、現在開発中のものはその点がクリア出来たので、願わくば白内障の薬にしたいと思っているところです。

手術

・・手術は大分進んで、大変簡単になったそうですね。
小原 マイクロサージャリーといって顕微鏡を見ながらする手術法が開発されて、一昔前のような危険性は随分なくなりました。今は、一晩病院に泊れば、翌日に退院ということも可能な程、白内障の手術は安全になっています。
・・手術の時期は、早い方が良いと言うドクターも、反対に、あまり早くない方が良いというドクターもいるようですが。
小原 私は患者さんに、不自由を感じたら手術を受けなさいと言っています。
 その不自由さは各人違うわけで、現役で特に眼を使う方は0・6でも不自由だろうし、お年寄りであまり本も見ないような方は0・3でも不自由を感じないわけです。
 やはり人工の水晶体というのは微妙な遠近の調節が効きませんから、義足をはめて歩くような不自由さがつきまといます。
それとの比較で、どちらがより不自由かを考えて、距離の調節が効かなくなっても手術した方が良いということになったら、経験豊富な医師に手術してもらうのが良いでしょう。
(インタビュー構成本誌功刀)