この人に聞く 33

風流人生を生きる
熱海温泉道場見学記

財団法人修学協会 熱海温泉道場 牧内泰道会長

 牧内会長のプロフィル
"Everything is good for me","Trouble is chance"
 牧内会長は昭和七年、東京中野で生れ、戦争中父親の郷里である長野県上田市に疎開。その間父親の事業が失敗、戦後もそのまま上田市に残り、多感な少年時代を信州の農村で送った。
 東京の総桧造りの大邸宅に暮らす生活から一転売り食いの貧乏生活が始まり、父親は農業、炭焼き、カツギ屋、行商と働き続け、生活苦の中、性格も変わっていった。
 高校生に成長した牧内少年は「鬼」と思う程に変身した父親から与えられたヤギ一匹を元手に自立を余儀なくされ、学費は勿論、生活費も捻出、労働と勉学と反抗の日々に明け暮れることになる。
 十八歳で家出、上京。街中が失業者にあふれている東京で、与えられたチャンスは貪欲に掴み、あらゆる職業を変転とする中勉学も怠らず、通訳試験、大学入学試験に合格した。少年時代から大学卒業迄の生業は、お百姓、ヤギの乳搾りと乳売り、浮浪児、カッパライ、カツギ屋、ビン拾い、モグリの運転手、セールスマン、タタキ売り、左官、住込み店員、ボーイ、運転手、通訳、タイピストetc.
 家出後浮き草稼業で命をつないできたが、大学卒業と同時に日産自動車に就職、これまでの生活と訣別。その後サラリーマン生活六年を経て独立し、学生時代から目標としていた会社経営の道へ入った。
 牧内会長はここまでの人生を「自らを頼むより生きる術を知らなかった貧しい境遇の中、ともすれば我を優先させるガムシャラなエゴ人生であった」と振り返る。
 そんな生き方に転機が来た。ガンで余命半年を宣告されたのである。
 従来の西洋医学的治療では絶望的。ヨガを知り渡印、断食に生死を賭けた。痩せさらばえ幽鬼の如き形相で這うように訪れた寺院で地獄と極楽を描いた一対の画を見た時、今まで知らなかった生き方を知った。
 自分の手より長い箸で食べなくてはならない。ご馳走を前に我れ先に争って箸を口に運ぶが結局食べることのできない餓鬼の姿に「己」を見い出し、同じ状況で相手の口に食べ物を差し出し食べ合っている極楽の図に「生かされている人生」を知らされたのである。さらにガンになったのは自分の今までの人生の結果だと知った。「ガン様、誤りを気づかせて戴いて有難うございました」。この叫びが心からほとばしった瞬間、牧内会長の人生はガラッと転換したのである。
 まもなくガン腫は宿便と共に排泄。会長の口癖「我の塊りがガンだ」「頑固者がガンになる」はこの時の体験がもとである。
 帰国後、物金商売の会社を人に譲り、沖正弘導師の下でさらにヨガの修業を積んだ。
 そして心身のトラブルに悩む人々の先達として己の得た知識、体験を分け与えるためヨガ断食道場を設立。ここに至って、貧苦、厳しい父親の躾、数々の生業で辛酸を舐めた全てが輝きをもって生かされ始めた。持前のガッツに加え、生かされているという深い感謝の念を胸に喜びの日々が始まったのである。
"Everything is good for me","Trouble is chance"もう一つの会長の口癖である。

熱海温泉道場見学記

 牧内会長の連載「人生成功セミナー」が終って三年、その間自然食ニュースには牧内会長再登場を望む声が相次いだ。
 ご要望に応え、今号から「病気を活用して人生を変える法」で新たに登場。新連載を記念して会長が指導する熱海温泉道場を見学させて戴いた。

自然の陽性な気に溢れた熱海

 北と西に山を背負い、南と東は暖流に面し夏涼しく冬暖い熱海は、古くから保養地として知られている。現在は歓楽的な温泉地のイメージが強いが、もともと海と山に囲まれた熱海は自然の気が横溢した地であり、街を少し離れれば今でも陽性な自然の『気』を十分味わうことができる。
 新幹線で東京から五〇分、熱海駅で下車、タクシーで約七分、道場へ直行した。

総檜造りの気に満ちあふれた道場

 檜の門をくぐると周囲は巨岩に囲まれ、大木が何本も空に伸び、自然の湧き水が滝になって落ちている。如何にもミネラルたっぷりの地である。
 檜造りの大きな玄関、さらに玄関の横には赤い木肌の三メートルはありそうな古代檜の木瘤が置かれ、人体に良い『気』を発散している。それでなくとも総桧造りの道場はヒノキチオールの気が満ち、とてもすがすがしい。「桧は木の中でも最も電位が高く、森林浴効果も最高」と会長が案内してくれる。桧の床にはスリッパなど置いていない。桧の気を少しでも多く吸収するためだろうか、全員裸足である。
 総桧作りのこの温泉道場は、『気』を重んじる会長が長い間頭に描いて来た理想を現実化したものだが、心のどこかに幼い幸福の日々を過し戦争で焼失してしまった総桧造りの家の再現を願う気持があったのかも知れない。桧の太い柱と高い天井の道場の二階からは明るい熱海の海が一望できた。
 トイレにはびっくりした。さすが家相の大家である会長が設計した断食道場である。一間四方もあるかと思う程広いトイレが個々独立して九つあり、設備もそれぞれ違う。断食の効用の一つは『宿便』を出すことにあるが、入る物が入らないでは実際には出すのも難しいと聞く。しかしこのトイレなら長時間頑張っても快適な時が過せそうだ。読書室にしたらさぞ頭に入るだろう、暝想の場にも相応しいなどと勝手な想像が湧く。トイレの地下にはエネルギー値をさらに上げるために炭素が沢山埋めてあるそうだ。
 風呂は自家用源泉からの温泉である。温泉の浴槽より水風呂用の浴槽の方が広いのにも驚かされた。水風呂は毒素を出す効果に優れているとか。

研修風景

 広く機能的な台所に続く広い食堂では、ショウガ湿布の実習が行なわれていた。気持よさそうに寝ている女性群に湿布を施しているのは男性群だ。なかなか現代的な構図である。熱さが勝負なので次から次に「取り替え」のリクエストが出される。ショウガ湿布は体内の「汚血」を散らす効果が大きい。
 会長の講義が始まった。研修生は何やら口をもぐもぐさせて聞いている。何と唾液をどんどん出すために梅ぼしの種をしゃぶっているのだ。唾液の効用は多大であるが、病人や運の悪い人は唾液の出が少ないので、道場では「梅干の種噛み」を実行しているのだそうである。
 講義中に何度も笑いが出る。笑うと血液がアルカリ性になり、その上身体の歪みも自然に修正される。
 『風流人生』、『遊びの人生』をモットーとする会長は「一度しかない人生をウキウキと楽しいものにするには、血液の状態を健全にする。心の安定と活力を得るには、ともかく血液の状態をアルカリ性にもっていくことが急務。その為には身体の中を大掃除することが第一」という内容を様々なエピソードと自身の体験を交え、大きな笑いの中で講義が続いていった。

道場は、心身のヘドロを出す場

 「具合の悪い人、運の悪い人は沢山の業便がある。『宿便』を取り、腸をきれいにし、内臓を休息させ、関節や循環器に溜まっている悪液や老廃物を掃除しなければ病は治らない」、「道場は体と心の中の垢やこだわりを洗い流す場である」、「生活とは食、心、動、環境、気の五つから成り立っており、その内どの生活を誤っても心身にヘドロが生じてくる」そして「どの間違いをしているかで解決策が異なる」と会長は語る。
 その為研修生は、病気の原因を探り、その修正法、手当法、食養法、料理法の様々を道場で学ぶ。夕刻には台所で会長夫人が料理実習をしていた。会長自らが作った無農薬野菜が料理の素材である。身体の歪み、凝り、痛みを自分で発見し自分で修正するにはヨガの体位法が主に使われる。
 さらに、自分の住む所、呼吸しているところのエネルギー値を測定して『気』を高める方法を知り、実際に応用して自分の健康に役立たせる。
 道場を後にして帰路、「人は悩み苦しむ為に生れて来たのではない、遊びに来たのだ。それこそが本当の生き方であり、風流人生である。多くの人に風流人生を体得して欲しい。そのために道場と自分は存在する」という会長の言葉が胸に沁みた。
(取材構成 功刀)